庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2006年8月

31.ヒバクシャになったイラク帰還兵 佐藤真紀編著 大月書店
 イラク戦争で使用された劣化ウラン弾で戦闘終了後に被曝して偏頭痛やむくみに悩まされ帰国後身体障害児が生まれた米兵の話を中心に劣化ウラン弾問題を扱った本です。劣化ウランは、原発の燃料や核兵器の製造のためのウラン濃縮で生じる廃棄物ですが、密度が大きい(重い)ため爆弾に用いると貫通力が高く、戦車の装甲や塹壕を打ち抜く目的で兵器として使用されています。爆弾として発火・破裂した後にはウランの微粉末は飛散し、それを吸い込むと体内で放射線被曝することになります。もちろん、被曝の被害はイラクの住民により多く生じるわけですが、米軍等の外国からの駐留軍にも被害が生じます。そのことをアメリカで訴え始めた数少ない米兵を切り口にしたというわけです。前半が被害を訴える米兵の話で、後半は劣化ウラン弾とイラクでの被害についてのレポート4本で構成されています。そのあたり、バランスを取ったのでしょうけど、やっぱり、前半の方が具体的な話だし、米軍・政府の反応もリアルで読ませます。

30.ユーミン「愛」の地理学 蔦きうい 河出書房新社
 松任谷由実の歌を題材にしたエッセイですね。歌の解説・解釈本かと思って読んだのですが、また形としては解釈の形の部分が多いのですが、その形を借りて著者が言いたいことを言ってるんだと、私は思いました。失恋を至福の時に作り替えるとかいうあたりの抽象論は、まあ、ユーミン解釈として納得できるんですが、それぞれの歌の解釈には、言い切りされても、そうかなあと思うことがしばしば。「国民的歌手」になってしまったユーミンには、10人いれば10人の読み方・ユーミン論があるのでしょうけど。

29.恐怖の病原体図鑑 トニー・ハート 西村書店
 病原体となるウィルス・細菌・真菌・原虫を解説した本。1つについて原則1頁、写真付き、概説・臨床像・治療・予防が書かれていて、ざっと見るには手頃。髄膜炎菌は一旦定着すると人の免疫系に対して何らかの有益な点があるのではないかと考えられる(120頁)とか、チフス菌はこれまで治療に使われてきたほとんどの抗菌薬に対して耐性となってきており地域によってはもはや使うべき抗菌薬が全くないという時代に迫りつつある(129頁)とか、興味深く読みました。でも、写真に全く説明がないのが残念。倍率とか色とか(染色して撮影しているはずだから本来の病原体の色とは違うはず)に何の言及もないのは不親切だし、せっかく写真を載せるなら見えている構造について説明がほしい。そして、一番最初に登場するプリオンをウィルスに分類していて、それに説明がないのも違和感を持ちました。

28.いのちのキーワード 免疫 穂積信道 オーム社
 免疫についての解説本。理科好きの中高生向けに発刊された「東京理科大学・坊ちゃん選書」の第1号ですが、中高生に読ませるのはかなり無理があるように思えます。第1章あたりでは、その辺を結構意識していますが、導入部が終わったら、化学物質や専門用語が並びます。免疫関連の分野を幅広く取りあげていて教養的にはいいですし、まだわからないことが多いんだなあということがわかるのもいいかなと思います。最近のアレルギーの増加について、細菌感染の危険性が減ったことがアレルギーの原因となる抗体IgEの増加につながっているのでは・・・(まだはっきりはわかっていないと書いてありますが:104頁)という指摘や、腸管粘膜への細菌の頻繁な侵入が適度な刺激になって防御系のトレーニングになっている(157〜158頁)とかいう話は興味深く読みました。細菌はなくせばいいってもんじゃないんですね。

27.夏と夜と 鈴木清剛 角川書店
 妻とともに服飾デザイナー(パタンナー)をしている僕(平原君)が、専門学校時代に3人で楽園を作ろうと話し合っていた仲間の和泉みゆきと再会し、死んでしまったスウちゃんを含め、3人の過去と妻との現在が交差する小説。最初、目次が「夏」「夜」と記載されて初出も別なので短編2つと思って読んでいました。それで、3人の話も妻との関係も中途半端なところで、僕が草むしりするところで「夏」が終わったときには、「え〜っ、そりゃないでしょう」って思いました。すぐ始まった「夜」がそのまま話が続いていたのでホッとしましたが、でも、最後まで読み終わっても、結局、3人の話と妻との関係はなんかうやむやのままでオカルトっぽく、あるいは観念的に、ぶん投げてしまったような形で終わり、やっぱり「え〜っ、そりゃないでしょう」って読後感でした。前半の専門学校時代の回想は、青春・恋愛小説っぽくてよかったし、後半からオカルトっぽくなってきても、途中までは不思議な三角・四角関係のお話として楽しめましたけど。最後、話の途中でぶった切られて、あ〜あって感じ。ちゃんと結末つけてほしいですよね。あと、平原君の言葉づかいが、妻にも昔の仲間にも、ずっと「ですます」でしゃべったり、和泉みゆきには本人に対して「和泉みゆき」って呼んだり、なんか変。もちろん、作者は意図的にやっているんでしょうけど、読んでて最後まで違和感持ち続けました。

26.ケセランパサラン 大道珠貴 小学館
 不器用で覇気がない若者4人のそれぞれの友人関係・家族関係・異性関係(恋人未満)を基本的にご近所の狭い社会内で綴った短編4つを並べた小説です。あまり大きな事件も大きな展開もなく、ほのぼの・のほほんとした小説が好きな人向けです。無気力度の高い「ちまきのこと」から少しずつ前向きになって、3つめの「フユヲとハルヲのこと」あたりで結構明るめになる構成ですが、4つめの「剣のこと」がちょっと毛色が違って(普通の不倫って感じ)、全体の構成としてはクエスチョン。「きらら」への連載を1つの単行本にまとめたもので、ひょっとしたら全体の構成は考えてなかったのかも知れませんが。私としては、3つめまでで終わった方が読後感がいいと思いました。
 題のケセランパサランは、スペイン語で(Que seran pasaran)なるようになるという意味だそうですが、作品中では幸せを呼ぶ不思議な生物(タンポポの綿毛みたいなヤツ)として登場します(197頁)。特に表題になるほどの存在感はないんですが。

25.好きです!小笠原 にっぽん離島探検隊 双葉社
 小笠原に魅せられたライターたちが綴る小笠原の観光、自然、風俗、歴史、生活などをまとめた本。小笠原は陸続きになったことがなく海底から隆起してできたので固有種が多数いたのだけど、外来の山羊とか猫とかに喰われて絶滅のピンチにある種が少なくないとか。小笠原の植物にはトゲがない、アブもブヨもヘビもいない、人を不愉快にさせるものがないんだって(81頁)。うーん。小笠原には、裁判所も検察庁もないし、弁護士もいません。弁護士会では、月に1回父島と母島に弁護士を派遣して役場で「小笠原法律相談センター」を開いています。東京から船で25時間、一度行くと6日間は帰って来れないという交通事情ですので、若手の弁護士しか事実上行けず、私は二弁の法律相談センターの委員を十数年やっていますが、まだ小笠原の当番はやったことがありません。でも、こういう本読むと一度いってみたいなあなんて思ってしまいます。でも、6日間も事務所あけるのはなあ・・・台風で船が欠航したりしたらさらに長期間帰れないリスクもあるし・・・

24.なんで時間がないんだ? 菅野結希 自由国民社
 時間のひねり出し方についての読み物です。「混んだ電車に乗らない」「本かかってきたその日に読み終える」(本や書類を)「積み上げない」「床にモノを置かない」「出しっぱなしにしない」・・・できません、私には。「時間があればきちんとやるはウソ?」はい、ウソです。時間がないときの方がなんとか工夫するし、時間があるとなんとなくのんびり過ごしてしまいがちです、私は。テスト前に突然部屋を掃除したくなる理由・・・「人間は何かに集中しようとしたとき、集中できる環境を作ろうと無意識に片付け始めるのではないかと思うのだ」。私は逃避行動+心の準備(自分に言い聞かせる時間稼ぎ)と思ってましたが。まあ、そうだよねと思う部分、そうかなあと思う部分、半々くらいかなあ。目から鱗が落ちるようなハッとする指摘はありませんが、電車の中でなんとなく読むにはいいかも。

23.空の香りを愛するように 桜井亜美 幻冬舎文庫
 騙されて引っ張り込まれた合コンで睡眠薬を飲まされて集団レイプされ正体不明の生物を孕みHIV感染の可能性も告知された主人公が、恋人に告げずに別れることを決意し犯人への復讐を決意するが、正体不明の青年の示唆を受けながら恨みを克服し恋人と生きようと決意するに至る小説。正体不明の青年の「鳥の影から逃げないで。逃げたら、一番大切なものを失うから。その眼で鳥の影の正体を見ることができれば、影は消える。」(54頁)がキーワードとなっています。ストーリーの中では鳥の影は加害者のこと、加害者の力を過大視するなということのように読めましたが、エンドで「心の弱さや恐怖」(173頁)、「鳥の影は恐怖に駆られた自分の弱い心が作り出す、憎しみと破壊を望むもう一人の自分」(174頁)とされています。加害者を憎み復讐で自分の人生を費やすより自分の人生を前向きに生きようというスタンスは、理解できますし、現実的とも思えます。弁護士としては、その辺ちょっと複雑な思いはありますけど。でも、同時に、レイプ犯のイツキが逃げ延びるのもなにか割り切れない気持ちが残ります。また、一緒に被害を受けた被害者がナイフを振りかざしてイツキに襲いかかったときの主人公の対応は、今ひとつ被害者が持つ復讐心への共感を感じさせません。この場面に限らず主人公の態度は、終始無感動というかさめた感じですが。同時にその意味で「前向き」って感じもしませんが。もっとも、イツキが逃げ延びるのが気に喰わんといっても、もろに勧善懲悪的なお話だとそれはそれで、ファンタジーならともかく、小説としてはおもしろくないとも思ってしまうわけで、読者としてわがままなだけともいえますけど。

22.いちばんわかりやすいバドミントン入門 陣内貴美子 大泉書店
 元全日本チャンピオンによる写真を多用したバドミントン解説書。私も中学・高校の時にバドミントンやってたもんでちょっとうるさくいうと、写真を多用してわかりやすいんですが、ハイバックでフォロースルーの写真がなくてわかりにくい(15頁)のと、バックハンドの時にはグリップを持ち替えることと何度か書いている(10頁、14頁等)のにフォアハンドとバックハンドのグリップの違いをはっきりわかりやすくした写真や図がないのが残念。グリップについていうと、いろいろなショットの写真があるので気がついたんですが、著者(陣内選手)はショットによって結構グリップを変えています。フォアとバック、クリアやロビングとドライブ・プッシュでグリップが違うのはもちろん、深いところからのショットでも写真を見る限りクリア・スマッシュとドロップ・カットでグリップが変わっています。相手に見破られないよう同じフォームから打つことになっているんですけど・・・。バドミントンではイースタングリップ(包丁を持つようにラケット面を垂直にした状態で握る)がスタンダードなんですが、初心者にはウェスタングリップ(ラケット面を水平にした状態で握る)を勧めている(11頁)のも、ちょっとショック。イースタングリップは確かに最初慣れないと振りにくいんですが、ウェスタングリップはシャトル(羽根)に当てられても手首が使いにくいんで文字通り羽根つきレベルで止まってしまうと思います。スマッシュの初速が男子のトップレベルで時速330km、女子で300kmを超える(42頁)というのも時代の違いを感じました。私がバドミントンをしていた頃は女子では相沢マチ子選手の新幹線スマッシュというのが売りで時速200kmくらい、男子のトップクラスで時速250kmくらいと言われてました。そのころはまだカーボンシャフトが出始めの頃でした。用具の進歩なんでしょうか。バドミントンでもラリーポイント制が導入された(2006年からだそうです:120頁)のも知りませんでした。やはり時代の変化に取り残されてますね。

20.21.タラ・ダンカン3 魔法の王杖 上下 ソフィー・オドゥワン=マミコニアン メディアファクトリー
 地球とは「移動の門」でつながった別世界を舞台に、オモワ帝国の女帝の姪で強い魔力を持つ少女タラ・ダンカンが、悪魔と結んだ魔術師(サングラーヴ族)のマジスターと戦うファンタジーです。2巻の終わりで唐突にタラ・ダンカンの争奪のため別世界の人間(魔術師)の帝国オモワ帝国が地球の人間たちに宣戦布告するというとんでもない展開になっていましたが、その話は「虚構の戦争」(シミュレーションということでしょう)をしてみてその勝負でタラ・ダンカンの居住場所を決めるということで3巻の始まりまでに終わってしまっています。はっきりいって連続ドラマで次回につなげるためによくやるやつ。3巻も終わりで突然タラ・ダンカンが行方不明になりますが、きっと同じことでしょう。こういうやり方をされると、かえって読む気が薄れますね。3巻の冒頭はそのシミュレーション戦争の時の魔法の衝撃でタラ・ダンカンの記憶が失われたという設定で始まりますが、これも第4章まで(上巻66頁まで)で何の問題もなく記憶が戻りその後も記憶喪失の影響とかは出てきません。2巻の発売から1年ほどたっているので記憶を失ったタラにこれまでのことを説明する形をとって読者にこれまでのことを説明するためとしか思えません。ストーリーは、1巻、2巻に比べて少し展開のテンポにブレーキがかかったように感じました。1巻、2巻はとんでもなく展開が速くてなかなかついて行けなかったというか、流れがわからなくなってアレッと思って読み返すこともしばしばだったので、これくらいでようやくスッと話の流れについて行けるテンポ。作者の意識が少しストーリー展開の速さ重視から登場人物の造形に比重を移したかなと感じます。3巻ではタラ・ダンカンも友人たちもティーンエイジャーになり、タラも帝国の世継ぎとして責任を負う場面が出てきますし、恋愛関係も出てきます。日本語版のイラストは原書に比べて異様に幼く(日本語版の3巻下巻ではビキニスタイルの戦闘服だったりロリコン色を強めていますが)成長感がありませんけど。深刻になって読んでもハッピーでなくなったハリー・ポッターから離れた10代読者の受け皿となれるかは、ディテール、特に人物・人間関係の綾がどこまで書き込めるかによるでしょう。ただ、今さらどうにもならないでしょうけど、魔法をかけるときの呪文の訳(例えば「レパリュス(ちりょうする)のまじないによって、傷が消え、痛みがおさまりますように!」)なんとかなりませんかねえ。ちょっと読んでて恥ずかしい。まあ、もともと大人が読むのには気恥ずかしい本ですけど。
  女の子が楽しく読める読書ガイドで紹介

19.やっぱり子どもがほしい! 田口早桐 集英社インターナショナル
 不妊治療専門の医師が自分たち夫婦の不妊がわかり、自分の勤務先で体外受精を繰り返した体験と、医師の立場からの不妊治療をまとめた本。体外受精では生理日から排卵を抑える点鼻薬を1日3回スプレーし卵胞の発育を促すための注射を1日1回するそうですが、自分が患者になってみるとスプレーの時間が守れないし筋肉注射がとても痛い(39〜42頁)とか、採卵時の生理食塩水での膣内洗浄がまた結構痛い(46頁)というあたりの体験談がいいですね。人工授精は体外受精でもなかなかうまくいかず患者には「とにかく一喜一憂せずに淡々と続けるのです」と言っていても、4回目の体外受精でもうまくいかなかったとき、怒りが爆発した(158〜160頁)、5回目も失敗したとき自分の勤務先以外を受診しようかと思った(161頁)という話も読ませます。全編を通じて夫(専門は別だけどやはり医者)とのやりとり、諍い、関係修復が繰り返されますが、そのあたりも興味深く読めます。精液検査をいやがる夫に「あなたも医者なんだから科学的アプローチが大事だってことはわかっているでしょう」といいながら(18頁)、私は誰がみても多産系(34頁)とか、「1回あたりの体外受精の成功率が私の年齢と条件では1/3程度。それが3回分。つまり1/3+1/3+1/3=1で100%。つまり3回目までに妊娠することになる。」(97頁)とか非科学的なことを言い出すあたりも笑わせます。ただ患者としての体験談を書きながら、精液検査や採精をいやがる夫たちの気持ちへの配慮は今ひとつに思えますし、不妊治療に心のケアは不要と言い切るのにも(154〜155頁)、やっぱり医者側の視点優先だなと感じます。極端に言うとほとんどの男性に多かれ少なかれ精索静脈瘤の疑いがあり泌尿器科の医者は不妊の原因がそれかも知れないってよく言うけど手術しても何の変化もない人がほとんど(124頁)、医師自身手術手技術に習熟するためにはある程度の症例をこなす必要がありおのずと手術の対象範囲が広くなることも考えられる(181〜182頁)などの話も考えさせられます。1回35万〜50万円程度かかる体外受精(191頁)を何度も受け続けることを勧めることになる著者の立場と泌尿器科が競合するという性質から割り引いて読むべき点もありますが、いろいろな意味で考えさせられます。

18.昨日 アゴタ・クリストフ ハヤカワepi文庫
 故郷で12歳の時に娼婦の母とその客だった父を殺害したと思いこみ(実際には父を刺したが未遂)外国に逃亡し寄宿学校に収容され16歳で時計工場の労働者となり10年たった「私」が、異国での疎外感と幼少時の同級生で「腹違いの兄妹」の少女リーヌの想い出への思慕に悩みつつ、自殺やリーヌの夫の殺害を試みて果たせず、結局は失望感・虚脱感に満ちた日常に回帰する小説。冒頭のトラに強いられた演奏、鳥の死、ラストの鳥の死と演奏家=船人が観念的・象徴的で、小難しい印象を持ちます。おそらくは鳥が自由と自由への意思、トラは支配者(どこの?)として、旅する演奏家は何でしょう。故国の同胞でしょうか。私の日常の中に、裁判での通訳を依頼されたことを通じて故国からの亡命者たちとのつきあいが流れ込み、冒頭では架空の存在と述べていたリーヌが夫と乳児を連れて工場に現れ、故国と過去とのからみ、リーヌとの恋愛を軸に話が進みます。解説で、亡命、工場労働等が作者の実体験と重なることが説明されていますが、それがなくても、作家になろうとして原稿を書いては燃やす「私」という設定は、作者が私に自己を投影していることを示唆します。観念的・象徴的な部分がはさまれているところは理解しきれず、異国での疎外感と過去への憧憬、破局的行動の誘惑と未遂、失望感・虚脱感に満ちた日常への回帰というイメージ・雰囲気はつかめるけど、それは楽しいわけでもなく明確なメッセージを感じさせない、ちょっと読んで疲れる小説だなという読後感でした。

17.ビール最終戦争 永井隆 日経ビジネス人文庫
 ビール業界4社の熾烈な戦いを描いたノンフィクション。シェアの上下をめぐる敵失の話、キリンのラガーの「生」化(その背景の営業部門以外の社長が3代続いたトップ人事)、サントリーのスーパーチューハイ(中高年向けブランド)のCMへのスマップの起用、アサヒの本生(発泡酒)の値下げによるブランド価値喪失、サッポロの社長交代による意趣返しによる黒ラベルの販売終了(147頁。真偽の程は定かでないとコメントされていますが)とか、エピソードとしてはおもしろい話が多数書かれています。他にも商品開発をめぐるドラマや提案型営業、増税との戦いとかもおもしろく読めます。ただ、エピソードが細切れで、まるで新聞の小コラムの連載かドラマの脚本のように場面がころころ変わって、ストーリーとしてはものすごく読みにくいです。書き下ろしと書かれていますが、読んでいると、書き下ろしで何でこんなに細切れなんだろうと不思議に思います。著者の主観としては、最初の細切れと最後の細切れがそれぞれの人物のドラマとしてつながるように仕立ててあるのでしょうが、読む側にはかなり離れた細切れを頭の中でつなげるのは苦痛です。テーマごとなり、人物ごとなり、時系列なりで、もう少し読みやすい編集をして欲しいと思います。

16.マンガ 化学が驚異的によくわかる ラリー・ゴニック&クレイグ・クリドル 白揚社
 化学について絵を多用した解説本です。前半の原子の電子配置(電子軌道)と周期表、酸化・還元、分子の極性、溶解とかについてはわかりやすいと思います。でも、エンタルピーが出てきたあたりから、詳しい説明をすっ飛ばしてこういうものだという感じのところが強くなり、「驚異的によくわかる」という日本語タイトルには無理があると思いました。高校で「化学T」が理解できた人が復習として読んで、なるほどねというレベルの本です。ルイス構造式(外側の軌道の電子を点で表すヤツです)とか説明なしでわかることが前提になってますし。高校の時に化学がわからなかったという人が、出版社が売らんかなでつけた日本語タイトルに目を奪われて読んだら、たぶん失望するでしょう。

15.アジアの歴史 東西交渉から見た前近代の世界像 松田壽男 岩波現代文庫
 各地の気候・風土と交易路・交易関係からアジア史の全体像を考察した本です。アジアを南側から湿潤アジア(モンスーン地帯)、乾燥アジア(砂漠地帯)、亜湿潤アジア(森林地帯)に3分し、湿潤アジアを東アジア農耕文化圏(中国)と南アジア農耕文化圏(インド)とその南側の海洋アジアに分け、乾燥アジアを北アジア遊牧文化圏(ステップ地帯)と西アジアオアシス文化圏(砂漠地帯)に分け、北方の森林地帯(シベリア)の狩猟(特に高級奢侈品であったテン皮)を含めた6つの文化圏での富の蓄積と交換を基に歴史の展開を論じています。各国史のレベルでも、麦の中国(北部)と米の中国(南部)、麦のインド(インダス川流域)と米のインド(ガンジス川流域)と綿のインド(デカン高原)の対立と稲作地域、貿易ルート・港を支配下におくことでの歴史展開を重視しています。教科書にありがちな政治史的把握ではなく、経済史中心の把握ということになります。中央アジアの交易ルートを支配していたことが、イスラム教の浸透やトルコ民族の隆盛に果たした役割なども論じられています。
 著者が中央アジア史専攻ということから、前近代まではヨーロッパ文明などたいしたことはなかった、だいたいギリシャやローマを西欧文明の始まりと位置付けるのはおかしい(ギリシャ・ローマは西欧ではない、地中海は前近代はアジアの海・アフリカの海だった)、ギリシャのポリスというのも特別ではなく西アジアのオアシス国家と同じとか、アジアに肩入れする表現が目に付きますが、表現はさておき、言っている内容はうなづける点が多いと思います。イスラム文明の発展も、イスラムが寛容・柔軟に各地の文化・伝統を取り込んでいったためとする指摘も、特にいまどきは大事な指摘と感じます。この本は、1971年に書かれたものだそうですが、言葉遣いが少し古い点を除けば、今読んでもあまり違和感なく、アジア史の大きな流れについて考える材料を与えてくれると思います。

14.私が売られた日 ジュリアス・レスター あすなろ書房
 1859年にアメリカ南部ジョージア州で行われた史上最大の奴隷市を題材に、家族と引き裂かれて売られる奴隷の悲劇と、逃走を助ける白人、逃走をめぐる葛藤、逃走して自由を得た黒人の生き様を描いた戯曲です。ストーリーは12歳で両親と離ればなれにされて売られる少女エマを中心に進行しますが、さまざまな人の同時的な語りと回想で進められますので、物語は重層的になります。エマが売られるシーンにはつい涙ぐんでしまいますし、淡々と逃走を決意し実行するエマの姿、白人の中でも本当の愛情をかけてくれた人の恩を忘れない様子などに共感します。開明派の白人農場主に「奴隷制度があってニガーはどんなによかったことか。だいいちやつらが文明的になれたのも奴隷制度のおかげじゃないか。」(62頁)「2人がどうして私を裏切れたのか、いまでもわかりません。いじわるな扱いなんてこれっぽっちもしませんでしたよ。食事だってたっぷり与えました。こづかい稼ぎの仕事もさせてやったし、奴隷には一人残らず菜園まで持たせてやりました。なのに、あんなひどい仕打ちをわたしに返したんです。ええ、すぐに手を打ちましたとも。ほかの奴隷たちまで逃げ出すのをだまって待つようなバカな真似なんかできません。もう奴隷たちの言葉など信じられませんでしたからね。わたしは、隣のジェイク・ベンドルさんにそっくり売ってしまったんです。あの人はわたしみたいに奴隷を甘やかしません。」(178〜179頁)「乗った舟があの日の大雨で沈んでしまい、あの5人も、あの5人を逃がそうとしたニガーびいきの白人も、一人残らず溺れ死んでいたらいいって、何度も思ったものです。」(180頁)と言わせてみたり、黒人奴隷に「わしらニガーには奴隷の暮らしがどんなにありがたいもんか、こいつにはわかっちゃいない。めんどうを見てくれる白人がいなかったら、わしらはどこにいけばいい?」(125〜126頁)と言わせてみたり、問題提起しています。売られた奴隷たちに餞別として恩着せがましく1ドル銀貨を渡す開明派農場主に対して、一緒に売られたジョーは無視し、エマは受け取らずに農場主をにらみ続けます(119〜120頁)。ジョーからの求婚を、結婚して子どもができたらいつかどこかに売られてしまう、奴隷になると決まった子供を産むのはイヤと拒否していたエマが、そういう時代と葛藤の中で、ジョーから一緒に逃げようと言われてあっさりと逃走を決意する(148〜154頁)姿はすがすがしささえ感じます。そのエマがおばあさんになってからの回想で物語は幕を閉じるのですが、最後にエマが「この世でいちばん大切なのは優しい心を持つことだよ。だれかが苦しんでいるのを見て、もしあまえの心が痛んだら、それはね、おまえが優しい心を持っているってことなんだよ。」(216頁)と語るのが心にしみます。戯曲で短めですので、アピールもストレートですが、それだけ力強く感じます。舞台でも見てみたいと思います。

13.崩壊する日本農業 一農業者の告発 工藤司 同成社
 著者は、農家に生まれ、戦中・戦後は超国家主義団体に惹かれ、実験農場・りんご園で雇われたり農業機械の製造販売に従事した後、大規模農場の実現を試みて失敗したそうです。著者は、農家の後継者が少ないことと国際競争の観点から農家の大規模化・省力化を推進すべきという考えです。その点では政府と同じ方向です。しかし、著者の目からは、行政も農協も大規模化はお題目で実現するつもりがないと映ります。最初の生い立ちで農家の作業の大変さを書いた部分と補助金申請への行政の対応を書いた部分が読み応えがありました。この本の中心は、著者が、アメリカ流の大規模農場の実現を目指して、農家の規模拡大を推奨する行政の新農政プランで融資と補助金を申請し、その先延ばしの間に資金繰りが破綻して自己破産に至るまでの経緯です。縦割り行政とお役所仕事で、実情にあわない条件を付け、何度も書類の書き直しや手続の繰り返しを求め続ける行政、農業法人の経営を評価できない金融機関の対応への批判が書き込まれています。ただ、消費者の側から見ると、アメリカ型の大規模農場でヘリコプターで種籾を蒔き、除草剤を撒布して作った米に「いながのまんま」というブランドをつけて売り出す姿勢・感覚には疑問を感じました。

12.刑務所で泣くヤツ、笑うヤツ 影野臣直 河出書房新社
 著者の実刑確定から仮釈放までの刑務所生活を綴ったルポです。新しい分、これまでに出たものに比べて外国人受刑者との交流が描かれているのが特色でしょうか。新潟刑務所内で、他の受刑者に刺青を彫ったとか、玉を埋め込んだとかとかの話も興味深いです。でも、仕事柄気になったのは、最初の方の弁護士との面会シーン。これまで裏稼業でばんばん稼いで来たのに刑務所帰りとなると再度の刑務所行きを恐れて気弱になってしまうのではないかということを恐れて「オレは・・・刑務所から戻ってきて、はたして立ち直れるでしょうか」と聞く著者に「大丈夫だよ。・・・あなたみたいなタイプは、刑務所に入ったからといっても根本にある、あなた本来が持っている本質的な性格は変わるもんじゃない。あなたなら、またやり直せるって!。」(15〜16頁)って答えた弁護士って・・・。うーん、この著者、歌舞伎町のぼったくりグループの総帥だった(11頁)わけで、弁護士としては刑務所で反省して心を入れ替えて立ち直ってもらいたいと考えると思うんですがねえ・・・。著者の側の受け取り方でニュアンス変わってるかも知れませんけど。このケースで上告しても無駄と説得する弁護士の話はよくわかるんですが・・・。ちょっと考えさせられました。

11.だれも教えなかったスーパーマーケット買い物裏ワザ 今野保 ヒット出版社
 スーパーマーケットで安く無駄遣いせず買い物するための本。特売日の予想の仕方やチラシの読み方などのテクニックも書かれています。でも、全般的には、必要のない物を買わない、そのためにカートは使わない(カゴなら持っていると重いから買いすぎが実感できる。さらに節約したければ利き腕でカゴを持つ)、特売日だけを見ずに長期的に安く買うには、といった地味で着実な情報が中心です。スーパー側の視点ではなく消費者側が節約する観点で書かれているのがうれしいです。でも、全部実践するのはかなりのエネルギーが要りそうです。

10.イソップ 青木和雄 金の星社
 いじめグループににらまれて有名私立小学校から転校した優等生が、転校先の公立小学校で、不幸に遭いながらも力強く生きる子どもたちにもまれ、自分の生き方を考えていくお話。題名は、母・妹と死別し父に捨てられながら明るく生きようとする少年磯田のあだ名と、話の中でイソップの寓話を何度か用いていることから。娘の課題図書で読んだ児童文学ですが、久しぶりに涙ぐんでしまいました。主人公の友達になるイソップと、兄を交通事故で失ってから男装で男言葉を使い続ける千里の人物造形がうまい。イソップの家庭が崩壊していくドラマと最後の父との再会は、涙ものですが、借金地獄から母・妹が自殺、父は夜逃げという設定には、仕事柄、「どうして弁護士に相談しないんだよ、破産すれば家族一緒に生きていけるのに」と、つい思ってしまいました。

09.子どもの「がまんできる心」を引きだす本 星一郎 青春出版社
 著者は、「がまん」はあきらめることではなく、あきらめないで実現に向けて時期を待ったり条件を整えることと位置づけています。ですから子どもがしたいということを「がまん」させるときには単純に「ダメ」ではなくてできる時期や条件を設定して子どもに待たせたり条件を整えさせ、その間想像や工夫をさせることが大事だと指摘しています。もちろん、本当に危ないことや、できないことははっきりだめ出しして、理由や意見を伝えるということになりますけど。子どもとの「約束」は親が一方的に決める(それは命令)のではなく、話し合って子どもが納得して初めて約束になり、そうであればこそ、それを守ることの大事さが伝えられます。親の意見はきちんと伝えつつ、子どもが自分で考えて決められるようにすることが大切、子どもの意見をすぐ聞くのもかえってダメで親の意見も伝えて子どもに本当にそうしたいのか別の工夫はないかなど考えさせることが大切、そして親は一緒に考える、解決の手助けをするというのが親の役割というのが著者のメッセージです。いちいちごもっともなんですが、実践となると・・・

08.「百匹目の猿現象」を起こそう! 船井幸雄 サンマーク出版
 「百匹目の猿現象」というのは、かつて宮崎県幸島で餌付けされた猿がサツマイモを川の水で洗うようになり、それが伝播しグループの75%が餌を水で洗うようになると、遠く離れた高崎山等でも同じように餌を洗う猿が現れ始めたという現象なのだそうです。著者はそれを引いて「よい行い、よい思いは時間や空間を超えて、周囲に広く伝わり、多くの人の思考や行動も正しい方向に導く」「だから、私たち一人ひとりがみずから率先して、よい思い、正しい行いを実践していこう。そうして社会や世界を変える起点となろう。」(12頁)と提唱しています。抽象的にはわかるんですが、著者の言うことを拾っていくと・・・自由の最低限の条件は「しつけ」(44頁)、世の中に起こることはすべて必要・必然・ベスト(53頁)、起きたことはすべてよいことだ(56頁)、幸島でよくなった猿社会の特色は、ボス争いがなくなり本家(血統のもっともよい家系)の最年長のオス猿が自動的にボスになるようになった(87頁)、群れには厳格な順位制度があって、ボス猿を筆頭に、おとな猿の一匹一匹の順位がきちんと決められていて下位の者が上位の者より先に餌を食べるようなことは決してない(113頁)。結局、長幼の序、社会の秩序を守って分相応に生きなさいって言われてるみたいですね。終盤になると、人は生まれ変われる(人生をやり直すって意味じゃなくて輪廻です)とか知的計画(進化論否定論者の主張)とか出てきて・・・ビジネス書・人生論じゃなくて宗教書だったんですね。「百匹目の猿現象」と言いたいことの関係も今ひとつはっきりしない感じがしますし、言いたいこともこういうことはいけないと言ってみたら起きたことはすべてよいことだと言ってみたり、スッキリしません。幸島の猿も餌付けされなくなったら芋を水で洗うのやめたそうです(60〜66頁)し、よいことなら当然に広まるっていうのはちょっと難しいでしょうね。

07.サイボーグとして生きる マイケル・コロスト ソフトバンククリエイティブ
 聴覚を失い人工内耳の埋め込み手術を受けた著者の体験と考察をまとめた本です。人工内耳はサウンドプロセッサーがサンプリングしてデジタル信号化した音を聴神経に直接電気刺激として伝達する装置で、既に相当数の人が使用しているそうです。でも人間の聴神経はスピーカーとは違いますから、どういう周波数・強さの電気刺激を加えればどう聞こえるかは、人工内耳をつけた人での実験で確認していくことになります。そうしながらサンプリングした音を電気刺激に変換するソフトウェアをバージョンアップしていく作業が続けられます。人間の聴覚は複雑で、理論通りには音が聞こえなかったり、脳の方で柔軟に対応してうまく聞き取ったりもするようです。そのあたりの試行錯誤が圧巻です。でも、著者がサイエンスライターでもあることから、自分の聴覚がコンピュータに制御されること(それを著者は「サイボーグ」と繰り返し強調しています)や失聴者社会にとっての人工内耳の影響(手話コミュニティの脆弱化)などについての哲学的な考察がかなりの部分を占め、ちょっと退屈します。人工内耳手術は5万ドル(著者は条件のいい医療保険に入っているので自己負担は数千ドルとのことですが:206頁)もすること、医療扶助の対象になっているけれども手続が面倒で時間がかかり、診療報酬が低いので医療扶助で外科手術を引き受ける医師が少ないので低所得者が手術を受けるのは困難になっているそうです(206頁)。ついでに調べてみたら、日本でも1994年から保険適用となり装用者が数千人になっているそうです。それなら、「サイボーグ」なんて刺激的な言葉で目を引こうとしないで、体験を中心に機器の説明や開発研究を加えた着実な語りにしてほしかったですね。

06.善意の殺人 リチャード・ハル 原書房
 訳者による巻末の解説によれば「前代未聞の法廷ミステリ」「予期できないような結末」の推理小説です。形としては法廷ものになっていますが、実際には法廷で進行する冒頭陳述に膨大な捜査過程の回想が組み込まれ、回想部分で話を進めています。法廷でのやりとりで新たな展開というところはありません。実質的には探偵ものの推理小説に近い感じです。被告人が誰かが終盤まで明らかにされない点とラストのどんでん返しは、「前代未聞の法廷ミステリ」ではありますが、終盤に明らかにされる被告人は特に意外感もなく、評決に至るまでの進行もさして意外なところはなく、はっきりいって犯人の推理そのものについては平凡なできだと思います。最後のどんでん返しは、確かに「予期できないような結末」ですが、これは法廷ものとしては反則に属するものだと思います。最後にビックリさせられること自体は認めますが、本筋の部分でドキドキワクワクの展開もなく推理としてもそれほどおもしろくもないので、推理小説ないしリーガルミステリーとして高い点は私にはつけられません。文章も大仰で持って回った感じで日本語としてわかりにくく、いまどきの文章としては読みにくい部類に属します。もう少しこなれた訳にしてほしいと思いました。

05.マラソントレーニング マラソンマガジン・リクール編集部 ベースボール・マガジン社
 日本の著名なマラソン選手たちのマラソンについての考え方やトレーニング方法についての取材記事とインタビューをまとめた本です。マラソンマガジン「リクール」(そんなのがあるの知りませんでしたけど)の過去の掲載記事を再編集したムック本だそうです。同じテーマについて選手ごとに意見が違って、奥が深いというか、個性を感じました。私たちの世代には忘れられない瀬古と中山が冒頭に来て違いを際だたせていたり、意外な一面を見せたりが興味深く思えました。野口みずきって、少ない月で900km多い月には1200kmも走っているんですね(44頁)。前は商品先物取引会社の広告塔だったので、イヤだなと思っていましたが、それもやめたことだし今後は素直に応援する気持ちになれそうです。後半は取材記事が多くて選手の肉声が感じにくくなってきて、読んでてだらけてきます。増田明美が高校の頃毎日腹筋3000回やってたって話(91頁)には目が覚めましたけど。

04.柘榴のスープ マーシャ・メヘラーン 白水社
 イスラム革命前夜のイランから逃れてロンドンに渡り、アイルランドの田舎の村でカフェ(ペルシャ料理店)を開くに至った3姉妹が、村の実力者らの嫌がらせと戦いながら村に受け入れられていく過程を描いた小説です。回想で登場するイラン時代は、両親の死亡後、長女は愛した男性に引っ張られて革命グループに関わって拘束され、その拘束中に次女が革命グループに入って同士の男性と結婚してその後別れてもその暴力男につきまとわれと、運命に翻弄されます。パキスタンの難民キャンプ経由でロンドンにたどり着いた後、イラン時代に有名料理店で皿洗いをしながら料理の専門知識を学んだ長女と看護師となった次女が姉妹の生活を支えて行きます。しかし、辛い時代をくぐり抜けてアイルランドの村に来てからは、一部の村人の嫌がらせを、長女の料理の腕と、次女の勤勉さ、三女の魅力で跳ね返し、着実にファンを増やしてゆきます。あからさまな戦いではなく、地道にしたたかに前向きに生きて行く姿が描かれています。比較的地味な展開の小説ですが、ポジティブな暖かな読後感を持ちます。章ごとにペルシャ料理のレシピがあり、さまざまなペルシャ料理の香りが漂うような描写が、軽さと暖かみを加えている感じです。舞台が1987年頃とされることもあって、80年代ポップスが頻繁に登場することも、私たちの世代にはなつかしい親しみを感じさせます。私としてはNENAの 99Luftballons が出てきたのにちょっと感激(87頁。でもこれ、日本語タイトルは「ロックバルーンは99」で、「恋のバルーンは99」じゃないですけど。内容も反戦歌なんですけど)。そういう料理とかポップスとかの小道具が効いてという面もありますが、地味だけどちょっといい感じに仕上がっています。

03.虹の鳥 目取真俊 影書房
 中学時代の暴力支配から抜けられず、薬と暴力で支配された少女を利用して美人局を続ける主人公を軸に、米兵による少女強姦事件に対する抗議行動をクロスさせ、従属を続けるあきらめと自立への行動を対比させつつ描いた小説です。目取真俊の新作ということで「風音」のイメージで読み始めたのですが、思惑違いでした。主人公は、「ほんの一瞬の差で何か狂い始める」(37頁)と、何度も、あり得た自分と今の自分を隔てるものがわずかな偶然と理解しようとします。しかし、同じ反目しあう両親の下で放任され、小学生の時に米兵に強姦されたトラウマを持つ姉が、まっすぐに生きている姿を対置することで、作者は、それを否定しています。このままではいけないと感じつつも、自ら暴力支配への屈従を選び続ける主人公に、米兵への抗議行動のデモ隊や演説に対してそんな生ぬるいことでは何も変わらないと言わせることで、抗議の意思を示すことさえできない主人公のより屈折した様子が浮かび上がります。薬で酩酊状態にされながら、自力で支配を脱した少女に、主人公は少女を連れて逃避行を試み自分が少女の保護者のようにふるまいますが、少女はそうは思っていないことがラストで示されます。自立への行動を起こさずに屈従を選び続ける者と反撃に立ち上がった者の差は、「ほんのわずかな差」ではなく決定的に大きいというのが作者のメッセージでしょうか。しかし、それにしてもエンディングはどこまでもやるせなく救いがたい。ハッピーエンドは無理としてももう少し救いのあるまたは美しい終わり方はできなかったでしょうか。全般に流れ続ける暴力と薬とセックス(と言うより強姦)の重苦しさとあわせて、気楽に楽しく読むのは無理です。覚悟して読むタイプの本ですね。

02.感染症列島 日本経済新聞科学技術部編 日経ビジネス人文庫
 各種の感染症の現在について、広く浅くおさらいするのに適切な本です。文庫本で手頃ですし。新聞記者が新聞の記事にしないで文庫本に書き下ろすのってどうかなとも思いますけど。私たちが子どもの頃、感染症との戦いは、希望に満ちていて、ワクチンと薬でいつか押さえ込めると考えられてきました。子どもの頃は、偉人のトップが野口英世でしたしね。でも、天然痘だけは「撲滅宣言」ができたものの、結核は依然としてかなりの新規患者が出るし、エイズとかSARSとか、鳥インフルエンザとか新たな感染症が次々と流行し、最近では感染症対策は簡単でないという状況。そういうあたりをコンパクトにまとめていますが、著者の視点は、医師側・行政側一辺倒。そちらサイドしか取材していないんでしょうね。SARSもエボラ出血熱も感染源はコウモリが疑われる(97〜99頁)なんて書かれていて、こういう記述はマスメディアの手で短絡的な駆除運動につながりそうでイヤな感じがします。日本で感染症が減少しないものについては予防接種訴訟での国の敗北と強制接種の廃止がやり玉に挙げられます。予防接種や薬の副作用の話にはほとんど触れられません。結核が減少しないのは早期発見されにくいからとされています(131〜132頁)が、患者特に高齢者が簡単に医者に行かなくなったことの背景には医療保険の本人負担の増加が影響しているのではないでしょうか。日経にとっては触れたくない論点でしょうけど。アステカ文明が滅亡したのが天然痘のせいでコルテスらスペイン人侵略者の残虐行為はまるでなかったかのように(触れられていないだけですが)印象づけられる記述(158〜160頁)にもビックリしました。

01.図解雑学 巨大望遠鏡で探る宇宙 二間瀬敏史 ナツメ社
 最近の宇宙研究のエッセンスを基本的に見開き2頁で項目ごとに説明している本です。原則として可視光の望遠鏡写真付きなのがうれしいです。一般人にもわかりやすいですから(電波望遠鏡とかX線望遠鏡の「写真」だとどうもイメージしにくくて)。私たちの体を作る元素が、恒星での核融合反応とその(超新星)爆発での宇宙への撒布や爆発の際の中性子との反応での重元素の生成(これを星間ガスの重元素汚染というそうです)に由来する(108頁)なんて話は、神秘的というか不思議な感じがします。まあ宇宙論って多くの部分は不思議なというか今ひとつストンと落ちない話なんですけど(私はいまだにビッグバン宇宙論についてもどことなく納得できないものを感じているんですが)。

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