私の読書日記  2007年8月

22.民主主義という不思議な仕組み 佐々木毅 ちくまプリマー新書
 民主主義が様々な批判があるにもかかわらず現実に行われた他の代案(ファシズムや共産主義)と比べると捨てがたく、是か非かではなくより良くしていくためにはどうすべきかという視点を示しつつ民主政治について解説した本。引用されるのがアリストテレスだったり福沢諭吉だったりというのはちょっと議論が古すぎると感じますけど(民主主義をめぐる議論と実践がその頃から前進していないと言いたいのかも)。民主主義が理想の政治体制ではないことを度々述べつつ、結局民主主義しかないという著者の論拠は「人間の持っている基本的人権に適合する政治の仕組みは民主政治しかない」(59頁)と意外に理念的なもの。圧力団体や宣伝とテロリズムによる独裁への大衆操作など、政治と歴史の現実を多々論じているところからはちょっと驚きました。市民的不服従を積極的評価している(130〜143頁)あたりも、意外にも革新的な感じで好感を持ちました。

21.インターネットは誰のものか 谷脇康彦 日経BP社
 インターネットの混雑によるスピード低下に対する対策とインフラ整備のコスト等について総務省官僚が解説した本。日本は光ファイバーの普及もあり世界で最も速く最も安いブロードバンドサービスを利用できる状態(176頁)だがネットの混雑の進展は世界で最も厳しい状況(181頁)だと紹介し、その原因はユーチューブの視聴と、それ以上にファイル交換ソフトの一部のヘビーユーザーによる大量のファイル交換にあるとしています(181〜189頁)。インターネットのインフラ整備については、利用状況やコストを厳密には把握できないインターネットの特徴と各事業者の利害、定額制が普及しかつ競争が厳しい現状ではインフラ整備のコストを負担すると事業者の収益が悪化することから、難しい状況を説明しています。対策としてはいくつかのパターンを説明していますが、結局は帯域制限(実質的には特定のソフト:ファイル交換ソフトの利用に通信会社やプロバイダーレベルで制限をかけること)への理解を求めています(145〜150頁等)。中立性等の方針は必要としており、社会のコンセンサスが必要、インターネットでは試行錯誤が必要などと当たり障りなく論じ、こうあるべきという結論をはっきりさせないようにしつつ、方向としては帯域制限に行くように誘導していて、いろいろな意味で役人らしい解説になっています。

20.夏の光 田村優之 ポプラ社
 アナリストとしての良心と所属金融機関の利害・官僚の思惑の狭間で揺れる証券会社の債券部門のチーフアナリスト宮本修一が、新聞社の財務省クラブキャップとなった高校時代の親友有賀新太郎と再会し、高校時代の苦渋に満ちた記憶に翻弄されつつ、自分の進む道を定めて行く、サラリーマンもの+青春グラフィティの小説。現在の修一をめぐる問題点を、財務省の国債発行政策の選択とそれをめぐる金融機関の利害と財政上の利益及び長期金利の動向の読みと一般投資家への影響などの関係者の利害調整の1点のみに絞り、過去についても高校時代の恋人の不可解な言動と自殺及びそれと有賀の関係の疑惑に始まる2人の決別に絞って、かなりシンプルな構成にしているため、話としては大変わかりやすくなっています。修一の選択も、悩んだ末ではありますが、スッキリとしていますし、過去の疑惑もだいたい読者の希望しそうな方向に解決していき、少し哀しいですが爽やかな読後感を持ちました。ちょっとひねりが少なく素直すぎるかなという感じもありますが、人生に疲れてきた中年世代へのエールとしては重苦しくならない方がいいでしょう(現実がすでに重苦しい)から、これくらいがちょうどいいかも。「人の幸せにダイレクトに結びつくための成長のメカニズムを見つける」ために経済学部に行くという修一(33頁あたり)、それを覚えていて考えている有賀(139頁)、「二十歳の原点」を読んで感動して京都に行きたいという高校生(88頁)・・・作者の生まれを見たら私の1年後。まあ、そういう世代ですよね・・・

19.土の褥に眠る者 ヴェヌスの秘録3 タニス・リー 産業編集センター
 墓地の所有権をめぐる争いを契機に長らく敵対を続けるヴェニスの貴族スコルピア家とバルバロン家の間で愛し合う2組の(亡霊の乗り移り的な話があるので正確には何組というべきか判断に苦しみますが)男女とその周囲の人々の思惑・決意・運命を描いた物語。終盤間際まで、他の貴族と婚約したスコルピア家の娘メラルダが出入りの画工の甥ロレンツォにたぶらかされて肉体関係を結んだ上駆け落ちしようとしたところを侍女の裏切りによりバルバロン家の者に捕まって婚約者に引き渡され、ロレンツォは殺されてメラルダはそれと知らされないままロレンツォの男根を食べた後そのことを知らされて投身自殺したことから、メラルダの身ごもっていた子どもの霊が関係者に復讐するという形でストーリーが展開していきます。このあたりがどうも読んでいて居心地がよくありません。やり過ぎではありますが、ロレンツォは婚約中の娘と知りながらしかも騙して自宅に誘い込んで関係を持ったわけですし、メラルダも悪いと知りつつ関係を持っています。メラルダ自身は暴力を受けず自ら死を選んだわけです。そして、この2人、婚約者に引き渡されなくても、生活力のない男と家事能力ゼロの女の組み合わせですぐに生活が破綻することが明らかですし、いずれスコルピア家に探し出されてロレンツォは似たような結末になることが予想されます。それで復讐って言われてもなぁという思いがどこか残りながら読みました。そこはむしろ、復讐というもののむなしさを感じさせます。たぶん、このままの展開でもこういった違和感から、両家の確執や復讐への無意味さを感じ取れると思います。しかし、ラストで、あえて、それまでメインストーリーに組み込まれながらサイド的な位置づけだったもう1組の男女の素性・運命を絡めることで、物語の主軸が復讐でなかったことが明らかにされ、よりわかりやすい結末への流れとなります。このあたり、なるほどとも思いますし、そうしなくてもそれは感じ取れるんじゃないかとも思います。亡霊の絡みがあったりするので、登場人物の関係について時々錯綜する(特にラストでより複雑になります)のが、ちょっと読みにくいなと感じました。ヴェヌスの秘録シリーズとされていますが、1巻とは舞台がヴェニスということ以外関係なく、2巻のエピソードは伝説として何度か出てきますが、2巻を読んでなくても支障はありません。
 1巻については私の読書日記2007年6月09.で紹介
 2巻については私の読書日記2007年7月05.で紹介

18.「やり直し」のホームページ集客術 飯野貴行 ダイヤモンド社
 営業用のサイトの作り方についての解説本。著者は、今時は検索エンジン対策の観点やYahoo!ニュースなどからのリンク、更新情報の送信などで顧客を引き込むためには、ブログ形式で作成することが圧倒的に有利と述べています。サイトを訪れた人の連絡先を入手することに目標を置くべきとか、サイトのどの場所がクリックされやすいかチェックしてレイアウトを考えろとか、業者さんはそういうことまで考えてサイトを作っているんですね。素人としては、感心したり考えさせられたり・・・。基調色が大事で「ホームページのコンテンツと同じくらい、色がイメージに与える影響は大きなものです」(136頁)って。このサイトの基調色はどうして決めたかっていうと・・・基調色も、タイトルロゴのパターンも、ホームページ・ビルダーのデフォルトの設定のままですから・・・

17.電子マネーのすべてがわかる本 竹内一正 ぱる出版
 Suica、PASMOなどのICカードや「お財布ケータイ」の電子マネーについての解説本というか、各カード類のカタログ本。タイトルはずいぶん大げさで、確かにたくさんのカードを説明していますが、それぞれのカードの特徴と特典を並べているだけという感じ。電子マネーのしくみや、セキュリティの問題、個人情報の問題など読者が疑問を持ちそうな点についての解説はあまりなく、業者サイドの視点から利用者にほぼ利点だけをアピールする内容に思えます。各カードの利点のアピールという位置づけで見ても、各カード別に同じようなことをバラバラに書いてあるので、はっきりいって、どう違うのかわかりにくい。この内容なら、こういう1ページの字数の少ないモノクロの本ではなくて、大判のカラー雑誌(日経トレンディとか)の特集で見開き2ページあたりの文字数・情報量を多くして図表を駆使した方が、よっぽどわかりやすくなると思いました。

16.ローザの微笑 海月ルイ 文藝春秋
 現役女子大生AV女優でメディアの寵児だった千石ローザが同棲していた監督から捨てられ、雇われマダム、ストリッパー、売春婦、ホームレスと落ちぶれていく様子を描いた小説。ローザを食い物にする男たちやマスコミの醜さを淡々と描いたという読み方もできないではないですが、ローザは、子どもの頃の母親からの虐待を除けば、自ら進んでやっているという書きぶりですから、まわりの者から都合のいい物語にも思えます。ただ何よりもいやらしいのは、現役女子大生AV女優で大仰なほど丁寧な言葉づかいで「私と、セックスしていただけませんか」が流行語になったとか、男優兼監督で「グローバル映像」の社長とか、お笑い芸人の「クラークしんじ」とか、誰をモデルにしているのか見え見えなこと。私はまじめに調べる気もないからどこまでが事実かわかりませんが、こういうモデル小説は、書いてあることが本当ならプライヴァシー侵害だし、事実と違うなら名誉毀損。モデルにされた方にとっては、どちらにしても迷惑この上ない。最後にフィクションだと断れば、何でもアリだと思っているのでしょうか。それに加えて、この種の有名人をモデルにした小説は、作家が腕で勝負しないで/できないで、モデルのネームバリューで読ませようというさもしい根性が見えて、私は嫌いです。

15.ゲドを読む。 ブエナビスタホームエンターテイメント
 ゲド戦記の本とアニメについての岩波書店とジブリによる無料配布の販促本。冒頭の中沢新一の語りだけがオリジナルで、後はこれまでに岩波書店とジブリ関係のメディアに掲載されたゲド戦記についての論評類をまとめたもの。中沢新一の語りと河合隼雄の1978年の評論が長くて重めで後は軽めの感想。中沢新一の語りはかなり観念的で感傷的。学者さんはむりやりにでも観念的抽象的に語りたいんでしょうけど、ゲド戦記はWの言葉(Water、Wizard)で彩られている(24頁)、Wではじまる言葉には暗いイメージがつきまといます、WはマリアのMと反転関係にありますからねって・・・。その少し前でゲド戦記は非白人(White)の物語だって言ったところですが、そっちのWはどうするんでしょ。河合隼雄がその後におかれている論評で「ユングが好きになりますと、どんな本を読んでもユングの言葉でいえるような気がしてきます。たとえば主人公が男性で、もう一人男性が出てきた、ア、これは影だっ。女性が出てきたらアニマだ、少年が出てきたら自己だっていっていれば全部わかったような気がするのですが、ほんとは何もわかっていないんじゃないかと私は思うのです。」(86頁)って言っているのが印象的です。最近ジブリ系のメディアに掲載された文章の方を見ると、アニメについてほめるのにずいぶん苦慮しているなという跡がうかがえるのが楽しい(私はアニメは見ていませんので論評できません/する気もないけど)。

14.ガリレオ・ガリレイ ジェームズ・マクラクラン 大月書店
 ガリレオ・ガリレイの伝記。ガリレオの活躍が印刷技術の発達と望遠鏡(レンズの研磨技術)の発達を背景とし、大学よりも宮廷科学者の方が収入があるという時代の影響があったことがわかります。ガリレオに地動説を放棄させた異端審問に至る経緯を見ていると、他の哲学者との争いでガリレオ側にも相当程度挑発的な態度があったことやガリレオと親しかった教皇の態度がキリスト教社会での力関係の変化を背景に大きく変わったこと、ガリレオの有罪の決め手が地動説を論じたことそのものではなく教皇からコペルニクスの説を擁護してはいけないと命じられていたことに違反したことだったことなどがわかります。最後の点は実質的には同じなのですが、理由のつけ方が今でもいかにもありがちな官僚的なものであることに苦笑してしまいます。役人のやり方はいつの時代も共通していますね。

13.人は想い出にのみ嫉妬する 辻仁成 光文社
 恋人に死なれてその想い出を忘れられない大学准教授戸田とそれを知りつつ交際を始めたはずのその恋人の友人の30歳女性栞が、その想い出に嫉妬し続け、ついには上海に逃亡して年下の愛人との関係を持ったが、そこへ戸田が現れ迎えに来たのを、栞が拒否し、戸田が交通事故で植物状態になると、栞が想い出を語りながら看病を続けるという小説。二人の間の想い出の量と重さがその関係を規定することは、その通りだと思います。でも、この2人の生き方は、大人たちが不器用さ故に相手を苦しめた/失ったその自責の念から後ろ向きの人生に囚われるというようなやるせなさを感じさせます。最後は、回り道をしたハッピーエンドのような、ほろ苦さを感じるような流れで、単純には行かないところが深みを感じさせています。戸田の研究テーマが水質なのに栞は水アレルギーという設定で、栞の水アレルギーが戸田と別れた後改善されるというのも、象徴的/アイロニカルです。栞には別の人生の方がよかったという暗示とも、力みが抜けたところで障害がなくなり戻る流れとも読め、ちょっと考えさせられます。

12.ペギー・スー8 赤いジャングルと秘密の学校 セルジュ・ブリュソロ 角川書店
 ケイティおばあちゃんと焼き菓子店をオープンして平穏に過ごすペギー・スーのところに役人が現れ、スーパーヒーローは免許制になったと知らせ、ペギー・スーはスーパーヒーロー学校に送り込まれてそこでの訓練として地球外生物の跋扈するジャングルでのサバイバルを強いられ、学校をめぐる陰謀に巻き込まれるというお話。スーパーヒーローの力は衣装にあり、その衣装は地球外生物の皮をはいで作ってその生物の持つ力を受け継ぐが、その衣装はそれを着る人間からエネルギーを奪い老化させるという設定。強力な衣装を着ると超人的能力を得るがすぐにエネルギーを奪われてミイラになる。その条件でもスーパーヒーローになりたがる生徒たちとかつての活躍が忘れられない元スーパーヒーロー(学校の先生)たちの異様な高揚ぶり、そのばかばかしさを認識しつつもなお完全にはそれを捨てきれない屈折した思いを持つ穴蔵挫折組、戦いの無益さを感じるペギー・スーの対比で、英雄を消耗(消費)する戦争と英雄志向のむなしさ/哀しさを描いています。同時にスーパーヒーローが存在すると住民たちはそれに頼り大したことじゃなくても泣きまねの名人になる(166頁)と「英雄」の傍観者たる一般人の姿勢も皮肉っています。この点は同時に「自己責任」の強調でもありますが。冒頭の人助けさえも管理したがる役人の根性(「予測できない行動をする勇者よりも、臆病者のほうがこちらは管理しやすいからな」とも:10頁)への皮肉とあわせ、官僚と政治家・軍隊の危うさ、そしてそれを支える一般人の意識・心情をめぐり考えさせられます。
 シリーズ全体として女の子が楽しく読める読書ガイドで紹介
 7巻については私の読書日記2007年2月分で紹介

11.タラ・ダンカン4 ドラゴンの裏切り 下 ソフィー・オドゥワン=マミコニアン メディアファクトリー
10.タラ・ダンカン4 ドラゴンの裏切り 上 ソフィー・オドゥワン=マミコニアン メディアファクトリー
 別世界のオモワ帝国の世継ぎで強い魔力を持つ14歳の少女タラ・ダンカンが、別世界とは「移動の門」で接続されている地球でタラの友人ロバンらの襲撃事件やストーンヘンジをめぐる陰謀に巻き込まれるファンタジー。かつて悪魔とドラゴンの戦いで妻を殺されたドラゴンが、今は「煉獄」に住む悪魔たちへの復讐を計画し、遺伝子操作により魔術力を強めた魔術師を利用して、その魔力を吸い取って増幅する兵器として製造したストーンヘンジに追い込んで、悪魔の世界と地球を破壊するという陰謀を軸に、オモワ帝国内の権力闘争、ダンカン家の過去がからんできます。4巻で、タラの異常に強い魔力がドラゴンによる遺伝子操作によることが明らかにされ、その操作に積極・消極に関わってきた人々とタラ・タラの友人たちとの人間関係の機微が物語を少し深めています。4巻も3巻と同様にストーリー展開のテンポが通常のファンタジーレベルに減速されており、1巻、2巻に比べると私にはずいぶんと読みやすくなっています。2003年スタートの魔法使い物ですから、当然ハリー・ポッターとの類似性が問われますが、4巻では、イギリスで魔法使いだと知らされた14歳の少年に「ぼくは魔法が使えるって言ったよね。ハリー・ポッターみたいに?」(下12〜13頁)なんてあっけらかんと言わせています。友人のファブリスが魔法の力を強めようとしているのには「ダース・ベイダーみたいじゃない?妻パドメへの愛ゆえにってわけね!」(上213頁)なんて言ったりしますし。このあたり作者にも楽しむ余裕ができたってところでしょうか。
 シリーズとしては女の子が楽しく読める読書ガイドで紹介
 3巻は私の読書日記2006年8月分20.21.で紹介

09.スカイブレイカー ケネス・オッペル 小学館
 私のお薦め本のコーナーで紹介している「エアボーン」(その後、読書日記で通読した本全部紹介してるからお薦め本書いていませんが)の続編。「エアボーン」の後、念願の飛行船アカデミーに入学したマットと、ソルボンヌ大学で動物学の研究を続けるケイトが、財宝と希少生物の剥製コレクションを積んで遭難した伝説の飛行船「ハイペリオン」をめぐる陰謀と争奪戦に参入/巻き込まれる冒険小説+ラブロマンス。こんなにうまくいっていいのかなと思うようなハッピーエンドと、まあだいたい先が読めるストーリー展開ですが、前作同様テンポのよさと語り口の軽さ、意外な新種生物や機械の構想と小道具の使い方の巧さで、無理なく読ませます。ハッピーエンドで読後感もいいし。あまり難しいこと考えたくないときのエンターテインメントとしてお薦めだと思います。ただ、前作の「エアボーン」も私は気に入ってベタ誉めしたんですがあまり売れた形跡は見られないし、世間の売れ筋の感覚とは違うんでしょうかね。

08.幼児化する日本社会 拝金主義と反知性主義 榊原英資 東洋経済新報社
 元大蔵官僚で現在は大学教授の著者が教育、政治、メディア等の現状について論じた本。白か黒しかないという単純な二分割思考は思考の退化であり人間の幼児化だと嘆き、小泉政権のむき出しの弱肉強食を批判し、「わかりやすさ」と感情論に流れる(煽る)マスメディアの現状を批判する姿勢には、同感します。しかし、他方、元大蔵官僚らしく、福祉は最小限にして自己責任を主張し、公務員への批判は、文科省に対するもの以外は回避する姿勢が見え、全体としては今ひとつ。二分割思考を批判し事実は簡単じゃない、多面的な思考が必要と論じているはずなのに、いじめや自殺問題について「最大の責任が親にあることは自明のはずです」(19頁)と決めつける姿勢には違和感を感じます。テレビのバラエティ番組で若手タレントをいじめているのを親たちが笑って見ているから子どもたちに「こういうことは面白いことなのだ」という価値観が植え付けられるのは当然(20頁)とか、いじめの責任をとにかく学校以外に押し付けたい姿勢がありあり。元公務員にもかかわらず文科省に対してだけは批判を繰り広げていることとあわせ、現在は大学教授の立場から、教育をする側には自由にやらせろ、学校や教師の責任を追及するなと言っている感じ。いいこと言っている部分もあるけど、ちょっとそのあたり興ざめしました。

07.ワープする宇宙 リサ・ランドール NHK出版
 私たちが住む宇宙が5次元だが私たちや大半の素粒子が4次元時空(3次元空間)のブレーン(brane。membrane=膜の略)の中に閉じ込められているため5次元を検出できないということなどを論じた本。基本的には、あくまで素粒子論のレベルで理論上予測されながら発見できない粒子が検出できない理由や他の力(電磁力、原子核レベルでの「強い力」「弱い力」)と比較して重力が弱すぎる理由を説明するための仮説。他の仮説に対する新しさは、私たちがむき出しの5次元に居住しているのではなく5次元宇宙(バルク)に浮かぶ4次元ないし3次元のブレーンの中に閉じ込められ重力を伝えるとされる仮想粒子「グラビトン」(または+α)だけがバルクとブレーンを行き来できる(第1仮説)、または私たちはバルクに住んでいる(そこんとこ、明言はされていないんですが・・・)がグラビトンが重力ブレーン付近に偏在するために重力が弱くなるとともに5次元時空が歪曲しているために5次元を検出できない(第2仮説)というもの。従来の多次元宇宙論が、4次元を超える「余剰次元」は小さく(原子レベル以下のサイズに)巻き上げられているために検出できないとしていたのを5次元が大きくても検出されないとしている点がポイント。監訳者あとがきでも「数式を一切使わずに、身近なたとえを織り交ぜながらわかりやすく説明している」(606頁)と書いていますし、NHKの番組とかでもそう紹介されていて、図書館の予約を見てもけっこう人気があります(リサ・ランドールが40台半ばで容姿端麗なもんでちょっと見てみようかってところかも)。数式を使っていない(末尾の注釈の「数学ノート」を読まなければ)ことと、たとえがうまいことは事実です。本文の説明の難易度は、おおかた講談社ブルーバックスレベルです(ブルーバックスを開くと居眠りしたくなる人や「ブルーバックスって何?」レベルの人は、NHKが何を言おうが手を出さない方が無難です)。ですから、著者の自説を説明している最初と最後(第3章までと第20章以降)は感覚的にはわかりやすい。しかし、理論物理・素粒子論の発展経過と問題点を説明する残りの部分は、直観的には捉えられない素粒子の世界で多数の聞いたこともない素粒子の数々とそのふるまいについて一言二言のたとえがたまに混じる程度で了解して付いていける(洞察力がものすごいか、わからなくても気にしない)人でないと挫折の可能性大。こういう本を、売らんがために、とってもわかりやすい入門書のように紹介する手法は、物理嫌いを増やすだけじゃないのかなと危惧します。(著者の主張のわかりやすい部分はNHKの番組を単行本化した本:2007年7月分19で紹介 で書かれています)

06.明日この手を放しても 桂望実 新潮社
 法学部学生時代に中途失明した完璧主義者の凛子と不動産ディベロッパーに就職したがブライダルプランナーに回され不平を言い続ける兄の真司が、母の交通事故死、漫画家の父の失踪に遭い、当惑しながら試行錯誤していき成長していくお話。順番に凛子の立場、真司の立場で時期を開けて書かれていて、失明にとまどい、編集者に頼り切りの凛子が次第に自立していく様、何事も他人のせいにして不平を言うばかりだった真司が人を使う立場になり責任感を持って行く様が描かれています。もちろん、まっすぐには行かず、父親の失踪の真相もわからないままで、不完全燃焼の感じもありますが、ちょっとホッとするいい読み味でした。

05.Harry Potter and the Deathly Hallows J.K.Rowling Bloomsbury
 ついに最終巻。英語だし時間もかかりましたが、ハリポタファンには苦労しても読む価値ありです。
 内容についてはthe Deathly Hallowsを原書で読む

04.NHKスペシャル 失われた文明 アンデスミイラ 恩田陸、NHK「失われた文明」プロジェクト NHK出版
 NHKスペシャル「失われた文明 インカ・マヤ」第1集「アンデス ミイラと生きる」の単行本化。スペインによる征服と破壊以前、アンデスでは多数のミイラが作られファルドと呼ばれる袋に多数の副葬品と共に安置され、ミイラと共に生活していた例も少なからずあったそうです。現在でもミイラを祀ったりしている村もあり、日本人にとっての仏壇のような位置づけのようです。当初は海岸の砂漠地帯で生まれたと見られるミイラの風習がインカ文明の拡大と共に高山に持ち込まれていき、6700mもの高山の山頂で神への生け贄にされたと見られる子どものミイラがほとんど生きているときと変わらぬ姿で発見されたりしています。この本ではインカがアマゾン川流域のチャチャポヤス族を攻略する際にチャチャポヤス族の先祖の墓にミイラを持ち込み精神的な支えを切り崩して抵抗を封じ込めたと解説しています(102〜107頁)。またインカでは歴代の皇帝のミイラが死後も生きているものとして宮殿におかれ貴族たちは皇帝が生きているものとして世話をし続け、皇帝のミイラ(実質的にはその取り巻きの貴族)が権力を持ち続けたとか、新皇帝はそのために新たな領土と宮殿を獲得する必要がありそのためにインカ帝国が急速に拡大したと、この本では解説しています(98〜102頁、128〜129頁)。この歴代皇帝のミイラの権力を奪おうとした新皇帝が混乱をまき散らしていたところにスペインの侵略が重なったためにインカがあっさり滅びたのだとも。そして、インカで皇帝のミイラが生きているものと扱われているのを見て驚いたスペイン人がミイラを徹底的に弾圧したために地中に埋められていた以外のミイラはほとんど残存していないそうです。インカについて、単純にスペインの侵略による被害者という位置づけでなく、ミイラを切り口にして多方面から論じていて、これまでとは違う視点を持たせてくれるもので、興味深く読みました。

03.ホーム・メディカ 虫歯・歯周病 花田信弘、井田亮、野邑浩美 小学館
 虫歯・歯周病についての一般向け解説書。虫歯も歯周病もバイオフィルム(歯垢が厚くなってその中で菌が増殖して膜を作ったもの)の中で細菌が活動することによる感染症という位置づけで、対症療法では治らない、原因をなくすことが大切という視点で書かれています。むしろ歯科治療がまたむし歯の原因になることもなんて書かれています。定期的なプロによる器械的な歯の清掃(バイオフィルムの除去)と薬剤による虫歯菌除去で原因を除去できる、だから定期的に歯科医に通いましょうっていうのが、この本の結論。新たな治療法の開拓に基づく記述なんでしょうけど、外野から見ていると、昔風の歯医者に行ってちゃダメ、新しい技術を持った歯医者に歯が痛くなる前から定期的に通いましょうって営業の話に聞こえ、歯医者さんも競争が激しくなってるんですねえって感想を持ちます。

02.海賊ジョリーの冒険3 深海の支配者 カイ・マイヤー あすなろ書房
 水上を歩き水中でも呼吸できる「ミズスマシ」の少女ジョリーが大渦潮(マールシュトローム)の攻撃から海上都市エレニウムの人々を守るために闘う物語の完結編。原作は2004年に3部作で完結していましたが、日本語訳は3年がかりで1冊ずつ出版されてようやく完結です。3巻では最初から最後までエレニウムの攻防戦と「大渦潮」攻略で、血なまぐさい戦闘シーンと海中での心理戦が続き、私はちょっと疲れました。多くの大いなる存在ないし強大な力が数々の思惑を持って対峙する構成で、後半になるほど関係が複雑化していき、世界・正義は単純じゃないというメッセージが繰り返される感じです。ジョリーに近い大いなる存在(「神」ではなく創造主の手にならずしてこの世界に生まれたものだそうですが)「水の機織り女」が最後に謎解き役を務めます(346〜353頁)が、それもどこか、真実は自分で考えよという突き放しも感じます。そういうあたりかなり抽象的・哲学的なテーマも感じますが、他方「大渦潮」がいじめ被害者の恨みから生まれたという設定はちょっと全体のスケールと違和感がありますし、後半はジョリーとグリフィン、ソールダッドとウォーカーのラブストーリーに収斂するのも、哲学的なテーマとはあわないような感じがしました。読み物的にはラブストーリー的なまとめはいいんですが・・・
 女の子が楽しく読める読書ガイドで紹介

01.図解&入門 大人のための日本地理 浅井健爾 日本実業出版社
 日本の各地の人口とか気候とか山とか川とか湖とかの項目分けをして1項目見開き2頁で解説した本。見開き2頁だからもちろん深い解説はなく、トリビア的な興味で読むタイプの本です。河川は最近は「長さ」よりも「流域面積」で比較されることが多くなりましたが、流域面積って雨水等がその河川に流入する地域全体の面積なんですね(114頁)。川の表面積かと思っていました。製品出荷額最大の工業地帯は今や中京工業地帯(162頁)とか、政令指定都市はもう17もある(143頁)とか、面積最大の市は高山市(145頁)とか、昔習った知識では付いていけなくなっていますね。国立公園面積が最も大きいのは東京都で全体の33%が国立公園内(174頁)って、とっても意外。自然が守られてるとは感じにくいんですが。

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