私の読書日記  2007年9月

23.24.獣の奏者 T闘蛇編 U王獣編 上橋菜穂子 講談社
 捕獲されて戦闘用に飼育された龍のような大蛇「闘蛇」と翼のある巨獣「王獣」、闘蛇を兵器として用いる大公と王獣に守られた伝説を持つ女系の真王、闘蛇・王獣を操る術を持ちつつ昔そのために破局的な戦争が起きたことから術を封印して秘匿し放浪する霧の民。その駆け引きと陰謀の中、そのような事情を知らずに闘蛇の世話係だった母が闘蛇が死んだことの責めを負わされて処刑されて孤児となって蜂飼いに拾われて放浪するうちに野生の王獣を見て惹かれ蜂飼いが王都に戻ることになって王獣保護場に住み込み王獣の世話をすることになり、傷ついた王獣の世話をするうちに王獣と意思疎通ができるようになった少女エリンが、王獣を守りたいという気持ちと、王獣とそして王獣を操ることができるエリンを利用したい者たちの思惑に挟まれ翻弄されながら自分の思いを貫こうとするというようなストーリーの物語。前半は、どちらかというと動物園の飼育係奮闘記みたいな感じで楽しく読めますが、後半はエリンが政争に巻き込まれていく上に、特に終盤でエリンがエリンを連行しようとした男たちに逆上した王獣がその男の1人を襲いそれをかばったエリンの左手が王獣に噛み砕かれて以降はエリンも王獣と距離を置き王獣が嫌がる音無笛を吹かざるを得なくなって、読んでいて暗くなりちょっとつらい。エンディングあたりまで、エリンのいざとなったら自分がすべてを背負い込んで死ねばいいという悲壮感というかやや投げやりともいえる思いが引きずられ、ラストに少し変化があるとはいえ、なんか切ない読後感でした。
 女の子が楽しく読める読書ガイドで紹介

22.猫鳴り 沼田まほかる 双葉社
 オレンジの縞の大きな牡猫モンとその周りの人々を描いた小説。第1部と第2部は中年女性と少年がそれぞれに幼児や小動物にいらだちからの憎悪・殺意を抱き、あれこれ自分に言い訳しながらも猫を執念深く何度も捨てに行ったり幼児への暴行を繰り返し殺害を計画したりするが無抵抗な子猫との接触を持つうちに少し人間らしさを取り戻すというストーリー。それに対して第3部は、それから年月がたち老猫となったモンが飼い主の老人とつきあいながら老いを深め大往生していく話で、ある種老いと死のあり方を問いかけ模索するというテーマ。3つの話を通じて登場するモンと第1部・第3部で登場する飼い主の男性は共通するものの、テーマや雰囲気は第1部・第2部と第3部で明らかに断絶していて、月刊誌掲載時はそれでよかったのかも知れませんが、1つの話として読まされるとちょっと違和感がありました。別の話として、私は第3部の方向でそこに向けて前半を作った方がよかったと思いました。第1部・第2部の主人公の幼児や小動物への憎悪ぶりがおぞましくて嫌悪感を持ったためではありますが。

21.やってられない月曜日 柴田よしき 新潮社
 大手出版社にコネ入社した経理部勤めの背が高く髪の毛が硬い150分の1サイズのドールハウス模型作りを趣味とするOLの会社勤め・人間関係を描いた小説。同じくコネ入社で同人誌作りを趣味とする同僚とのコミカルな愚痴り合いを軸に会社勤めにありそうななさそうな事件を絡めた読み切り連載6回分。ひがんだり愚痴ったりしながらも頭の中ではちょっと引いて自分の境遇がむしろ恵まれていることも認識している主人公は、ドタバタしながらも(社内の身の処し方は)危なげなく、ある種安心して見ていられます。社会人のちょっとした息抜きにフッと力を抜けるような軽い娯楽読み物だと思います。

20.裁判員制度の正体 西野喜一 講談社現代新書
 タイトルからイメージされる通り裁判員制度への批判を展開した本。裁判員制度に多くの問題点があることの指摘は、おおかたその通りと思いますが、元裁判官の著者の論旨は、職業裁判官に任せておけばいい、現行の刑事裁判制度はうまくいっている、新しい制度を無理に導入する必要などなかったというもの(一番最後に「私もいまのままでよいと言っているのではもちろんありません」(226頁)と書いてはいますがいかにも「アリバイ的」付け足し)でそれには違和感を持ちます。被告人が裁判員制度を辞退できないのは問題、くじ引きで選ばれた人に被告人や被害者の運命を任せていいのか、手続の更新でそれまでの証言を聞いていない人が判決をするのは問題としていてそれ自体はわかりますが、現在の制度でも被告人は職業裁判官による裁判を辞退できないし裁判官の忌避も現実にはできないし、裁判官にも当たりはずれがあるし、裁判官の転勤で更新手続をして証言を聞いていない裁判官が判決することは珍しくもないわけで、裁判員制度を批判するあまりに現行制度を美化しすぎるきらいがあります。国民に過度の負担を課する(時間拘束+罰則)とか、拘束時間を減らすために手抜き審理が横行するおそれがあるとか、弁護体制に不安があるとかはその通りと思いますが。第9章で裁判員を免れるための方策がまとめられていて、ここが一番面白いかも。裁判員選任手続で「あの凶悪な顔付きから見てまちがいなくあいつが犯人だと思う」「起訴された以上、被告人は何かやったに相違ない。何もやっていないのなら起訴されるはずがない」「これまでの冤罪の歴史から見て、検察官などは所詮国家権力の手先だから到底信用できない。今回もたぶん冤罪だろう」と言う(210〜211頁)とか、裁判員候補者名簿に登載されたという通知が来たら翌年は逮捕の報道がある度に被疑者を告発する(213〜215頁)とか、それでも選任されてしまったら初日に飲酒酩酊して出席する(217〜218頁)とか、そりゃまあ確実に外してくれるでしょうけど。でも、それをやる人が増えて裁判所がそれでも外さなくなったら、それこそ怖いですね。

19.復活のヴェヌス ヴェヌスの秘録4 タニス・リー 産業編集センター
 水没した中世のヴェヌスを模擬して海中のドーム内に再建されたコンピュータが管理する近未来の都市ヴェヌスを舞台に、招待された客たちとDNAから復活させられた18世紀初頭の音楽家デル・ネーロ(1巻の登場人物)とローマ時代の女剣闘士ユーラが繰り広げる物語。人間の創造という神の領域に手を付けた人間たちに潜入した天使が実行する絶滅戦の地獄の光景といった終盤は、かなり宗教色が強くて、ちょっと勘弁して欲しい感じでした。しかし、同時に破壊されたのはドーム内のヴェヌスだけで、人間世界は、予定通り無事というあたり、バベルの塔やソドムの物語とは違うシニカルさというか冷静さを感じさせています。ヴェヌスの秘録シリーズと銘打たれていますが、この最終巻で1巻の登場人物をリンクさせた以外は、共通点は舞台が水上都市ヴェヌスということと魔術ないしは宗教的な色彩が強く感じられることくらいでした。
 1巻については私の読書日記2007年6月09.で紹介
 2巻については私の読書日記2007年7月05.で紹介
 3巻については私の読書日記2007年8月19.で紹介

18.地図で読む世界情勢 第2部 これから世界はどうなるか ジャン−クリストフ・ヴィクトル他 草思社
 地図を示しながら世界情勢を解説する最近はやりのスタイルのムック本。フランスの衛星TV局の連続番組が元になっているということで、ヨーロッパサイドの視点がちょっと新鮮。戦争と環境についての現状と今後を語っていますが、地域的にはややアフリカに関心が集まる感じで、解説もアメリカと少し距離を置いた目線です。北朝鮮やイランの核開発を米軍に囲まれた地図とリンクさせ(28〜29頁)、イランがついに核計画を推進することにしたのはおそらくアフガニスタンやイラクでのアメリカ軍の展開を見て領土をアメリカに侵略されないよう「聖域化」するためと思われると解説したり、イランは核をカードにしてアメリカ政府と接近するしか生き残る道はないのではと解説する(29頁)姿勢は、アメリカサイド一辺倒の日本のメディアでは聞けないコメントでしょう。メディアのテロ事件の報道やテロリストへの定期取材がテロリストの目的達成に貢献している(24〜25頁)という指摘も。インティファーダについて「一連の暴力事件」と注釈している(23頁)のはちょっと姿勢に疑問を感じましたけどね。ふだん、関心が及ばないコートジボワールの内戦(40〜43頁)や赤道ギニアのウミガメか石油かの問題(94〜97頁)、海洋の重油汚染の原因としてタンカーのバラスト水(空荷のときの重し代わりに積載する海水)の投棄が重大という指摘(78、80、81頁)、地球温暖化で脚光を浴びつつある北西航路(ヨーロッパ−アジア間の北極海ルート:スエズ運河経由より約6000km短縮 98〜103頁)とか勉強になりました。

17.もっと知りたい 雪村 小川知二 東京美術
 室町・戦国時代の水墨画家雪村の解説付き画集。雪村は時代と名前から雪舟と比較されて語られますが、人物や動物のユーモラスな表情というか味わいが特色だと思います。蝦蟇鉄拐図(64〜65頁)の蝦蟇や、布袋、わりとよく出てくる童はもちろん、龍虎図屏風(28〜29頁)のトラがひょうきんだったり、呂洞賓に踏みつけられている龍(38〜39頁)さえユーモラスな感じ。雪村の出身地の常陸太田市では絵入りの雪村団扇という民芸品が今も作られているとか(9頁)。常陸太田まで脚を伸ばすことがあったらおみやげにしましょうか。

16.労働組合Q&A[第2版] 東京南部法律事務所編 日本評論社
 労働組合の作り方や組合活動・団体交渉・争議の進め方についての法的観点からの解説書。普通の組合活動家にはちょっと読みにくいかも知れませんが、コンパクトな本のわりにはけっこう細かいところにも触れられていて、使い勝手がよさそうです。編者の事務所の依頼者層を反映してか、特に少数派組合や組合内少数派の立場に目配りされている点が好感が持てます。細かいところですが、労働組合のナショナルセンターについて全労連については政党色には触れないで全労協は旧社会党左派系組合中心と書く(66頁)のはいかがなものかなと思います。

15.カゼヲキル1 助走 増田明美 講談社
 テニス部の補欠から陸上部に転向した女子中学生がその才能を見いだされて成長しマラソンをめざすというようなストーリーの小説。1巻では陸上を始めて半年の中学2年生山根美岬が初めての県大会で陸連の強化委員に見いだされて異例の大抜擢で全日本ジュニアの合宿とクロカンの国際大会ジュニアの部に招待され健闘するが大会で骨折して失意の日々を送り再度陸連の強化委員から励まされて再起を誓うまで。エースをねらえの岡ひろみ(そんなの知らない?世代の違いが・・・)もビックリの漫画でもありそうにない大抜擢にも動じず天然ボケの応答を繰り返し中学生として他にただ1人参加したライバル(全国大会2連覇のチャンピオン)の冷たい態度に反発する主人公の強心臓はさすが。作者自身が陸上エリート街道まっしぐらなればこそという感じもします。主人公はライバルの青井恭子に怪我をさせられたと感じて青井に対する強烈な拒絶感・嫌悪感を募らせますが、クロカンの障害物付近で抜かれかけて進路をふさぐように体を寄せたのは単に抜かれまいとしただけで怪我をさせようとしたというのはちょっと思いこみが強すぎるような感じがします。前半一気に展開させて気持ちよく読ませ、後半屈折気味に停滞と、まあある種お決まりのパターンですが、2巻以降の展開で、最近の読者ニーズに沿った陸上爽快ストーリーになるか、請うご期待というところでしょうか。

14.リビアの小さな赤い実 ヒシャーム・マタール ポプラ社
 カダフィ政権下のリビアでの反政府活動家の様子をその息子の立場から描いた小説。描かれている反政府活動家の家庭は、夫は滅多に家庭に帰らない、帰ってきても子どもとあまりつきあわない、妻は心の病を持ち結婚を後悔し、子どもは父親のことを好きだといいながらも反政府活動家仲間が逮捕されるや親友だったその子を罵り裏切りいじめ、政府の手先に優しくされると父親が持っていた本を渡したり父親の仲間の名前をいったりするという始末。しかも父親が拷問の末仲間のことを白状して傷だらけで戻されると妻は心の病も治って夫と仲良くなる・・・。まるで反政府活動家の家庭がいかに悲惨で反政府活動をあきらめることがいいことだといいたいかのよう。主人公の少年は親友を裏切った瞬間だけは後悔しますが、その後その少年が幼なじみと結婚すると聞いて自分の方が幸せにできるのになどと思うなど、最後までいやな奴だし。まあ9歳の少年だからしかたないと読むしかないんでしょうけど。もちろん、カダフィ政権の悪辣ぶりは描かれていて、強権政治が弱い人々をこのように歪めてしまうことを描いているのでしょうけど、なんだかなあ。どうも主人公の少年の行動・考えに違和感ばかりを感じ、爽やかさが感じられない展開も合わせ、読み進むのがおっくうで、読むのにとても時間のかかる本でした。ストーリーとは関係ないけど、リビアではよその人との間でも親を子どもの名前との関係で呼ぶんですね(スライマンの父はブー・スライマン、母はウンム・スライマン)。ちょっとビックリ。それからリビアでは反政府活動家の尋問や裁判・処刑をテレビで実況中継するんでしょうか。尋問なんかテレビでやったらかなりリスクが大きいと思うんですが・・・

13.基礎から学ぶ外国為替相場 林康史 日経BP社
 外国為替相場のでき方と外国為替証拠金取引などについて解説した本。公表される外国為替相場は銀行間(インターバンク)のコンピュータ・電話取引の相場で、銀行が顧客に示すレートはこれを元に各銀行が独自に買値(ビッド)と売値(オファー)を独自に決めていて、ただ買値と売値の差(スプレッド)があまり大きいと客がよそに行くので是正されるという世界だそうです。インターバンクの1ドル=120.20−25円というのはビッドが120.20円、オファーが120.25円の意味(71頁)だそうですが、各銀行が顧客に示すレートは買値と売値が違うとしても市場では買値と売値が一致しないと値が付いていないはず。インターバンク取引は2営業日後の引き渡し(56〜57頁)だからその間の金利差調整(スワップ)だというなら売りと買いが違っても理解できますが・・・。著者は、元為替ディーラーですから外国為替証拠金取引を勧めて、一般には証拠金取引では自己資金の10〜20倍程度までのレバレッジであれば実際にはあまり問題なくリスクを管理できるでしょう(116頁)などといっていますが、(外国為替に限らず商品先物でも株式でも)証拠金取引では証拠金に対する一定割合までの評価損が出ると追加証拠金を入れるか強制手じまいですから証拠金の10倍・20倍の取引をしていれば数%足らずの値動きで証拠金相当分の損が確定しかねません。外国為替証拠金取引では業者は顧客の注文で市場で外貨を売買するわけではなく相対取引ですから、基本的には顧客が儲ければ業者は損をすることになるはずです。顧客の注文とは別にリスクヘッジもしてはいるでしょうけど。それで業者が営業していけるということ自体からも、損をする顧客の方が多いはずだと思います。最後には外国為替相場の予測なんて項目があって期待させますが、いろいろな項目が羅列された挙げ句にマーフィーの法則まで飛び出す始末。基礎的な概念や仕組みの勉強にはなりましたが。

12.ギャングスタ クワン 青山出版社
 抗争に明け暮れるニューヨークのストリートギャングを主人公にした小説。主人公のルー・ロックは冷酷な殺し屋で射撃の腕は抜群、ハンサムで、薬物の売人をして貯めた金でかなりの金持ちで、半端じゃない読書家でギャングから足を洗って作家になろうとしているという設定。一線のの殺し屋稼業の現役でありながら経済ヤクザのトップクラスというわけ。そして度々命を狙われながら相手を倒し続け、美女に囲まれと、都合のいい設定。血で血を洗う抗争のさなかに美女とのんびりとHしてたり、足を洗うと決めてニューヨークを出る前に銃もすべて処分したりというのもちょっと考えにくい展開。最後は、まあそりゃそうなるよねってエンディングで、釣り合いをとり、哀感を持たせていますけど。全体に「実体験をもとに描いた、超リアルな」(裏表紙の紹介)というには無理があり、純然たる劇画・映画っぽいエンターテインメントとして専ら高揚感を求めて読む読み物だと思います。

11.繁盛ブログになれるSEO入門 石崎秀穂 秀和システム
 SEO(検索エンジン対策)のテクニックの近況を解説した本。基本は比較的シンプルですが、具体的な作り方がいろいろ書いてあって参考になりました。自分でやるためというよりは、このサイトへの逆アクセスをチェックしていてよく出てくる用語集的なサイトやリンク集が、こういう目的で作られているのかということが納得できました。検索サイトのアルゴリズムがどんどん変わっていてGoogleとYahoo!で重視する要素が変わってきている(Googleは検索エンジンの評価が高いサイトからのアンカーテキストリンクを重視、Yahoo!は同じテーマのサイトからのリンクとページ全体が示すキーワードを重視:201頁)とかは、GoogleとYahooの順位の違いを不思議に思っていた身には納得です。著者がHP作成業者ではなく、自分のHP(ブログ)作成の経験から読み取って書いているというのも好感が持てました。

10.病的ギャンブラー救出マニュアル 伊波真理雄編著 PHP研究所
 ギャンブルがやめられず多額の借金を作る病的ギャンブラー(ギャンブル依存症)の実態や回復のための自助グループなどについて説明した本。基本的には「治す」ことはできず自助グループで仲間と体験を共有して気づき回復していくしかない、それには数年単位で時間がかかる、正直いつ回復するかわからない(227頁等)とされています。その意味では「救出マニュアル」と言っても結局は、家族は借金を肩代わりしたりせず本人に情報を与え(できれば自分の意思で)自助グループか回復施設に行かせなさいということになります。依存症の実態はそうなのだろうと思いますが、他方執筆者の多くが回復施設のNPO法人の関係者で、その施設に誘導するというパターンの本にはちょっと構えてしまいます。本には料金のことが全く書かれていないことも(HPで調べたら、通いのプログラムは無料だそうですが、施設入所になると毎月十数万円かかるようです。まあHPの方に明示されてますからいい方でしょうけど)。この本では、ギャンブル依存症が回復するまで債務整理はするな(「行ってはいけないところ」として簡単に債務整理だけを引き受けてくれる弁護士・司法書士のところが挙げられています:145頁)として、棚上げにしておいていいということが説明されています(171〜184頁、194〜196頁等)。担保のない借入だけで相手の貸金業者が法的手続を取らない場合はその通りですが、自宅などが担保に入っていたり保証人がいたりすれば自宅が競売されたり保証人に請求が行きますし、サラ金などの担保のない借入でも裁判を起こされた上で自宅や給料を差し押さえられることもあります。この本の立場は、病的ギャンブラーは仕事を辞め自宅も処分して回復施設に入ってリハビリしろということのようです(20頁)から、資産もどうせ手放すことになり、仕事もやめるから給料差押えも怖くないということかも知れません。それも1つの考えですが、それでは家族はたまらないでしょうし、そういった100か0か的なところ以外の解決が必要な場合が多いと思います。この本の著者からは、甘いと言われるのでしょうが。執筆者の中に病的ギャンブラー本人が2人入っていてその人の体験やそれ以外の体験が書かれていて、そのあたりを中心にした病的ギャンブラーの実態や心理についての話が、私には一番参考になりました。

09.美しき傷 シャンサ ポプラ社
 マケドニアのアレクサンドロス大王のペルシャ・インド遠征を題材に、アマゾネスの女王タレストリア(後にアレストリア)をアレクサンドロスが妻にするという設定を加え、アレクサンドロスとタレストリアの生き様と愛を描いた物語。幼少期虐待され、父の暴虐を呪ったアレクサンドロスは、父を暗殺して王となるや残虐の限りを尽くし、それに対する違和感や苦悩をほとんど見せません。タレストリアと恋に落ちた後もタレストリアをおいてインド遠征の戦いに明け暮れます。ラストで瀕死の重傷を負いほとんど動けなくなってアマゾネスに同行して戦いを捨て自然に生きることになりますが、それは本人の選択とは言えません。アレクサンドロスの運命の皮肉を書きたいのかも知れませんが、人間としての成長・変化の過程が読み取れません。タレストリアの方も強靱な戦士として戦闘に明け暮れていたものが、アレクサンドロスと恋に落ちるや街の王宮に囲われただの待つ女になってしまいます。物語はアレクサンドロス、タレストリアに加えてタレストリアの侍女タニアの3者の視点から交互に描かれ、戦いと仲間たちを捨てたタレストリアへの批判的な視点が混じりますが、タレストリアの変貌もただ愛に目覚めたというだけで、今ひとつ納得できる流れになりません。自立した女も強い男と恋に落ちればただの専業主婦・産む性になるのが幸せよって言っているようで嫌な感じ。ラストでアレクサンドロスが瀕死の重傷を負ってアマゾネスに戻るタレストリアと同行というか連れて行かれるので逆転はしますが、それも単に運命のいたずらでしかたなくって感じもして主体的な選択を読み取りにくい。女性作家が強靱な戦士として生きたアマゾネスの女王を描くならもっと主体的な人生を描いて欲しいし、アレクサンドロスを題材にするならば、より内面的な成長や苦悩を描いて欲しいと思います。今ひとつ人間としての生き様や内面の変化というのが書き込めていない気がしました。

08.絶妙な「教え方」の技術 戸田昭直 明日香出版社
 上司が部下に仕事を教えるときの上手な教え方についてのビジネス書。前半は臨床心理学っぽく書かれていて、後半はビジネス書っぽく書かれています。基本的に1項目4頁でまとめられているところが、ビジネス書として読みやすく、他方流れとしてあるいは体系的には捉えにくい感じ。

07.行列ができる店はどこが違うのか 大久保一彦 ちくま新書
 飲食店について、どのような店が流行らないか流行るかについて、コンサルタントの立場から解説した本。私が読んだ限りでは、著者の言いたいことは、まじめにほどほどの価格で価格のわりにはいい味を提供しているそこそこの店(あるいは総合店は高い店)は印象に残らずリピーターを確保できない、ターゲットをはっきりさせてわかりやすいコンセプトを打ち出してそれをはっきり印象づけることが必要だというようなところだと思います。普通のメニューではなく印象に残るものを食券ボタン等で注文しがちなレイアウトにして再来を確保した(21〜23頁)とか、表メニューは3つだけで常連客には様々な裏メニューを出してリピーターの人気を保っているハンバーガーショップ(32〜34頁)とか、店の印象と価格を一致させろ(40〜42頁)とか、従業員はサルと思って接客のコツは具体的に指導しろ(138〜142頁)とか、個別のエピソードは結構面白く読めます。ただ、全体の流れは今ひとつ統一感がなくこの手のビジネス書にしてはわかりにくい感じ。

06.ダンサー 柴田哲孝 文藝春秋
 大学の理事長の息子で女性を監禁した挙げ句に逃走中事故にあい植物状態のストーカーの遺伝子を用いてヒヒと人間のキメラとして生み出された実験動物「ダンサー」がストーカーの記憶と意思/命令を受け継いでその被害者女性を追うというシチュエーションに、それを阻止しようとする研究者、巻き込まれたその父親と被害者とその周辺人物たちを絡めたホラー系アドベンチャー小説。ひょっとしたら推理小説としても書かれているのかも知れませんが、普通に読めば次が見える展開で意外性はほとんどなし。遺伝子が記憶を伝えたり、ましてや現在の命令を伝えたり遺伝子提供者と被提供者が一蓮托生だったりする設定はかなり無理があり、作者も科学では説明できない話として紹介するしかないわけですが(245〜246頁あたりで説明を試みてはいますが・・・)、そのあたりについての抵抗感がどれくらいかによって評価が異なりそう。遺伝子研究をめぐる陰謀と「ダンサー」の襲撃と闘う冒険、親子の人間関係あたりでシンプルに読めばエンターテインメントとしてはまあいい線かという気がします。ストーカーの命令に踊らされる「ダンサー」の運命も哀しいところですけど。細かいところですが、初期に登場するアーミーショップ店主の田代和秀(16頁)と中盤で登場する左官屋田代裕司(184頁)が同姓だけど何の関係もない(親族関係等の説明が最後までない)というのはちょっと。同姓の人物が出てきたら後から絡んでくるのがお約束だと思うんですが。

05.もうガマンできない!広がる貧困 宇都宮健児、猪股正、湯浅誠 明石書店
 労働分野の「規制緩和」で過労死予備軍の正社員と貧困・餓死予備軍の非正規雇用に2局化し、働けど働けど生活できる賃金も得られない「ワーキングプア」が増え続け、「自己責任」とか「自立支援」とかいいながらセイフティネット(社会保険・福祉)を切り下げ、生活保護も水際で追い返して申請させないというこの国の現状を、社会的弱者や労働の観点から報告した3.24東京集会の報告をベースに編集した本。DV被害者や過労死遺族、ネットカフェ難民たちの報告が生々しく、哀れと怒りを感じました。20年ほど前から徐々に進み、ここ数年かなり露骨になった、労働分野での企業のやりたい放題と福祉切り下げによる弱肉強食化とそれを進めてきた政治・官僚・財界の悪辣さを改めて感じます。この本には直接書いていませんが、こういうやり方は、個別企業の短期的な儲けにはつながっても、労働者の収入減少と生活破壊で個人消費が伸びなくて長期的には企業の業績を悪化させ、税収と社会保険料収入も減少して(払えない人が増えてますから)財政破綻にもつながるということも連中は考えていないのか、最近の政治家・役人・財界人のレベルの低さにあきれます。

04.川の光 松浦寿輝 中央公論新社
 河原に住んでいたクマネズミ親子が川の暗渠化工事のために住処を失い、新たな住処を求めて長旅に出る物語。上流地域一帯を支配するドブネズミたちの妨害、大雨、下水道での彷徨と増水、ドブネズミたちによる監禁、ノスリの襲撃、排水管への幽閉、大雪など度重なる試練を経て子どもたちが成長してゆく姿が読みどころです。下水管の川下りとか、バスに乗り込んでの旅とか、ピンチの度に信じられないような都合のいい助けが現れたり、ネズミたちが犬や猫、雀やモグラに助けられ友情を深めていくなど、いかにも子ども向けではありますが、楽観的な明るさも好感が持てます。こういう童話が読売新聞夕刊の連載というのは、ちょっと驚き。私は新聞小説ってまじめに読み続けたことないんですが、最近の新聞連載っていうと日経新聞のH系の印象が強かったこともあり、意外でした。大人が読み続けるにはちょっと気恥ずかしい感じがしますけど。

03.なぜあの人はモテるのか? 科学が解き明かす恋愛の法則 久我羅内 ソフトバンク新書
 心理学、動物学、脳科学系統の実験例に基づいて書かれた雑学本。タイトルに関係があるのは第1章と、まあ第2章であとはタイトルとは関係ありません。ありがちなパターンですが。実験の精度の検討がなく、内容や著者の姿勢もトンデモ本的な部分が見られますので、信用性は高くなさそう。実験結果もちょっと傾向が見られる程度で書きすぎてる感じがしますし。それでも、好意を持っていない人物に対して苦痛が与えられるのを男性は好む傾向(78頁)とか、勧善懲悪ものを見てスッキリするのはそういうことかとか、その種の話はつい気になります。ジョークネタとして読むにはいいでしょうね。

02.ロシアン・ダイアリー アンナ・ポリトコフスカヤ NHK出版
 ロシアでチェチェン戦争の実像やプーチン政権の非道ぶりを報道し続け、2006年10月7日に暗殺されたジャーナリストの取材日記。2003年12月から2005年8月までのものが(ロシアでは出版されず)イギリスで出版するため翻訳中に著者が暗殺されてしまったことになります。2004年の大統領選挙の対立候補の1人が失踪し大統領府の特別宿泊施設からウクライナのキエフの要人専用宿舎に移送されて発見された(135〜138頁)、イングーシで頻発している誘拐事件に地元政権の関係者やFSB(ロシア連邦保安局)イングーシ支局が関与している証拠を添えて検事総長に報告書を提出した検事補は殴られて拷問された姿が見られた後行方不明(170〜172頁)、反政府ゲリラを逮捕しに来た兵士は別の番地の家に踏み込んで無実の者を叩きのめした挙げ句に射殺し謝罪すらしない(216頁)、村人を誘拐し暴行して財産を強奪した兵士を告発した村長は射殺された(477〜478頁)・・・これって、軍事政権下の途上国か、米軍占領下のイラクかと思ってしまいます。選挙では同じパスポート番号の者が複数の投票をしている(178〜179頁)とか、2004年になって知事の直接選挙が廃止された(273頁、286頁)とか、今時信じられない野蛮さ。チェチェンをはじめとする地方の政権も民警も反政府勢力も入り乱れての暴虐ぶりとか、読んでいて混乱したり暗澹たる気持ちになる部分が多いし、ところどころロシアの実情がわかりにくくて著者の怒りの方向や理由が見えにくいところもないではないし、日々の記録なので話題があちこちに行くこともありますが、読み応えのある本です。2005年9月から2006年10月分があると、著者の暗殺に至る事情にもより迫れたかも知れません。その原稿は亡き者にされているかも知れませんが、発掘して出版して欲しいものです。

01.「あっ、忘れてた」はなぜ起こる 梅田聡 岩波科学ライブラリー
 これからやろうとしている行為についての記憶(展望記憶)がタイミングよく思い出せない(想起できない)ことによる「し忘れ」がなぜ起こるか、どうすれば防げるかについての心理学・認知神経科学の研究の状況についての解説書。著者の実験では、意外にも「し忘れ」は若年者の方が多いという結果が出た(22〜23頁)そうです。記憶力は若年者の方があるわけですが、タイミングよく思い出す能力は信用に関わるので社会生活を通じてスキル化されて習得されていく、壮年者は自分の記憶の限界を認識しているので手帳等の記憶補助装置を定期的に参照するなどのために壮年者にし忘れが相対的に少ないだろうということです(23〜27頁)(他方、「ど忘れ」は壮年者の方が多い)。展望記憶の想起には、存在想起(何かすべきことがあることの想起)と内容想起(すべきことの内容)があり、存在想起は前頭葉が司っており(73〜74頁)、意識的に想起する以前に脳は無意識のうちに緊張状態になっている(信号を発している)(75〜80頁)というようなことはわかっている(それ以上はまだよくわかっていない)そうです。し忘れ対策としては、予定が発生したらなるべく具体的にそれを実行する時刻を定めておく、やるという情報ではなくやろうという意欲を持つ方がし忘れをしにくい(92〜94頁)とか。う〜ん、わかったような気もするけど、まだわかってないことが多い感じですね。

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