私の読書日記  2009年8月

08.傷つかない技術 “有害な批判”から身を守るための6つのカギ エリック・メイゼル 創元社
 他人からの批判にどう対処すべきかについて論じた本。著者は創造活動をする人々(作家や画家等)に対するアドヴァイザー(クリエイティビティコーチ)を仕事にしているため、議論の主眼や事例は作家、画家等の自営のアーティストに置かれています。そのため、友人や同僚からの批判を扱ったパートでは、他の場面より歯切れが悪くなり、批判を無視するのが難しい、対処が難しいという感じになります。その意味で、多くの読者にとっては、ちょっと実感と合わない、実践しにくい本になっているのではないかと思いました。この本の眼目は、批判は避けることができないが、その批判が有害な批判となるかどうかは、批判の内容等ではなく批判された本人がその批判をどう受け取るかにかかっているということにあります。そのため、批判がフェアな批判かアンフェアな批判かは関係がないということが繰り返し言われています。このあたり、目からウロコとも言えますし、眉に唾してかからねばとも言えます。批判された人の受け止め方にポイントを置く結果、著者の勧める対処法は、本人の考え方、感じ方、気の持ちようということになります。繰り返し「6つのカギ」と言っていますが、そのあたりは今ひとつスッキリ6つに別れない感じがします。自分の将来像・重要なことは何かについてのヴィジョンをしっかり持ち、批判がそれを基準として重要かということをまず考えよ、というのが第1のポイントで、あとは冷静に状況を判断し(時間を稼いで冷静になり)、泰然自若とした態度を維持し、感情をコントロールし、批判に対する軽率な反応を避け、適切に行動するというようなことです。要するに批判されてもそれが自分の人生の将来像や重要事項に影響しない批判なら気に止めず受け流して鷹揚とした態度を取れということでまとめてしまってよいように思えます。でも、フェアな批判でもアンフェアな批判でも同じように対応するというのはどうも納得できませんし、職場での批判に現実的にどう対応するのってあたりに今ひとつ現実感が持てないので、ストンと落ちない読後感でした。

06.07.オールド・フレンズ 上下 浅倉卓弥 宝島社
 次々と男を乗り換えて生活する荒んだ母の元で邪魔にされながら育てられた男っぽい少女まことと、教師夫婦の元で愛情を持って育てられた少女はるかが、8歳の時にまことがはるかの隣家に引っ越してきて出会い、まことの母の荒れた生活を見かねた、まことの担任でもあるはるかの母がまことの母と対立しながらまことを夕食に呼び続けまことの母の逮捕をきっかけに引き取って育てるが、はるかに思いを寄せるまこと、幼なじみの野球選手哲平に思いを寄せるはるか、まことに思いを寄せる哲平といった三角関係の下で16歳のある日はるかの両親が家を空けた一夜に重なった事件の末家を飛び出したまこととはるかのその後の生き様を描いた青春恋愛小説。欲望を剥き出しにし身勝手な母親の元で虐待され続け、母親の男にも襲われ、女の身で女を愛してしまったことに身もだえするほど悩み続けた挙げ句その愛するはるかとの事件の末に16歳の身空で身一つで飛び出したまことの運命と心情には涙します。はるかの身にもそれ相応に悲劇は押し寄せるのですが、私は、まことのような虐待され、異端故に悩みと不幸を背負う主人公には、たぶん過剰に、感情移入してしまうたちなもので、まことを不幸が襲う度に胸を痛めて読みました。まことが体を売って生活しながら自業自得とかあの母の元に生まれた定めと自らを責める時期が比較的短く描かれているのがせめてもの救いでした。キャラ設定がはまって私が感情を揺さぶられすぎたかなという気もしますが、哀しさと切なさと甘酸っぱさに満ちた読みでのある作品でした。

05.ぼくは夜に旅をする キャサリン・マーシュ 早川書房
 8年前に母親を失い父親と住む14歳の少年ジャックが、交通事故にあった後、母親との想い出の地ニューヨークに行き駅で知り合ったゴーストの少女ユーリに案内されて地下の黄泉の国を訪れてゴーストの世界を冒険し楽しみながら母親を捜し、自殺したことを後悔している少女ユーリを連れ帰ろうとするファンタジー小説。ゴーストは地下の黄泉の国にいるが夜の間は噴水を通じて人間界に現れることができるが人間はゴーストを知覚できない、黄泉の国に通じるトンネルがあるが生きている人間は渡し守に渡す特殊なコインがないと黄泉の国に入れず、黄泉の国に入ったことがばれると3頭犬ケルベロスに喰われるという設定。強気で、しかし陰のある少女ユーリが魅力的で、ジャックのユーリに寄せる思いが切ない。その部分では青春恋愛小説としても楽しめます。ユーリの母アナスタシアと父ルイスの愛と冒険、ユーリを人間界に連れ帰ろうとするジャックの冒険は、エウリュディケを黄泉の国から連れ帰ろうとするオルフェウスの神話をベースにしています。至るところでラテン語や詩が引用されることと合わせて、本来はギリシャ・ヨーロッパの古典の素養が要求される読み物なのでしょうけど、そうでなくても単純なゴーストファンタジーとして楽しめます。

04.あなたは、だまされている! 安斎育郎 主婦と生活社
 悪徳商法の紹介と騙されないための心得を説く一般人向け啓蒙書。著者は放射線防護学の学者なのに、何故こんな本をと思ったら、趣味がマジックで騙しの技術についてあれこれ考えてきた経験からって・・・。詐欺商法の紹介は、警察庁・警視庁や国民生活センターのHPの記載とかの受け売りだし、騙されやすい人のタイプとか騙されないコツとして書かれていることも、ありきたりです。ただ素人が書いているだけあって、やさしく読みやすいのは利点といえるでしょう。この著者のアプローチでユニークなのは、騙されているというか迷信に凝り固まっている人を説得するのに、それを否定しないで「占い師」として相談にのるとか、神社でお祓いをしてもらってから説得するとかをやってみていること。そのあたりはなかなか現実的ではないけど、一つのやり方として傾聴すべきかも知れません。

03.サムシングブルー 飛鳥井千砂 集英社
 交際していたイラストレーターの彼と別れた翌日に高校時代の元彼と元親友の結婚式の招待状が来た27歳広告会社勤務事務職の浅川梨香が、まるで世界が滅びたかのような(滅びて欲しいと願うような)落ち込み方を見せ、同僚や友人、結婚式に備えて集まった元同級生らに慰められながら、結婚を祝える心理状態に立ち直るまでを描いた青春小説。中盤で延々と続く高校時代の回顧シーンは普通に青春恋愛小説してて微笑ましいんですが、現在時制の主人公の過剰な落ち込みぶりに違和感がありました。今の彼と別れたことで落ち込むのはわかるんですが、そこに元彼と元親友の結婚の知らせが来たっていっても、ずっと前に別れた元彼でしょ。過去に交際した男はいつまでも自分のものって感覚なんでしょか。高3の時に体育祭実行委員で連帯感を強め、結婚式にも呼ばれたメンバーの男4人女4人のメンバーのうち主人公は結局男2人と肉体関係を持ち、1人と今後の含みを持ってデートしてるわけですし。そういう立ち回り方しながら、自分は、自分だけが悲劇のヒロインって思い込みそういうふるまいしてるのって、かなりうっとうしい。その主人公を、まわりで落ち込むのは当たり前ってみんなで慰めるって設定も違和感を持ちました。過ぎてみれば思い出せないのですが、でも27歳ってそんなに子どもだったでしょうか。仕事上の知人のイラストレーターのマキが、ラスト近くで示唆する「連絡」は、当然に別れた彼からの連絡でしょうけど、その中身は作品のトーンと流れからして再会方向と思われますが、マキが恋愛直前で戸惑っているというその相手がその彼だったりというブラックな結末も期待してしまいました。

01.02.ミレニアム 3 眠れる女と狂卓の騎士 上下 スティーグ・ラーソン 早川書房
 シリーズ2巻のラストで公安警察に保護されていたソ連からの亡命スパイでリスベットの母親を虐待し続けたザラチェンコとリスベット・サランデルがともに瀕死の重傷を負って発見され、ザラチェンコの存在とザラチェンコを守るために違法な活動を続けて来た公安警察の特別分析班の活動が暴露されることを恐れた「班」のメンバーが、関係者の抹殺とリスベットの精神病院送りを画策し、リスベットを守り事件の真相を公表しようとするミカエル・ブルムクヴィストらとの間で攻防戦を繰り広げるサスペンス小説。国益のためと称して(たぶん自分ではそう信じ込み)市民の権利を踏みにじって職権濫用を繰り返してきた公安警察の特別分析班が、さらなる職権濫用を重ねて事実を隠蔽しようとする醜さ、傲慢さ、身勝手さには、身が震えるほどの憤りを感じます。もちろんフィクションですが、自らの誤りを絶対に認めず職権濫用を繰り返し、国益と称してその実は組織の存続と自己保身を図るというのは、いかにも役人にありがちな行動パターンと思えます。他方、警察組織内に憲法を守りミカエルらの告発に真摯に耳を傾けて市民に対する警察組織内の者の陰謀を身を挺して防ごうとする警察官を多数設定したことには、作者の官僚と行政組織に対する信頼感を感じさせます。政府と決定的に対立したくないという保険・エクスキューズかも知れませんが。本当に警察・政治権力内にこういう人たちがいればいいんですが。そういうエクスキューズと願望を含めて、権力を濫用する公安警察内のグループ対一市民・良識的なジャーナリストたち・正義感に燃える警察官という図式が、この作品のストーリーに明るさを保ちエンターテインメントとしての読みやすさに貢献しています。シリーズ3巻でも、女性に対する暴力と差別に対するアンチテーゼ色がさらに強まっています。ストーリーからは蛇足にも見えるエリカ・ベルジェに対する嫌がらせも、働く女性・女性管理職に対する妬みと嫌がらせとして、作者のテーマの中では重要な位置づけを持っているのだと思います。登場人物でも、3巻で現役の公安警察官モニカ・フィグエローラ、元警察官の警備員スサンヌ・リンデルといった腕力系の魅力的な女性を新たに設定し、「部」の扉に歴史の中の女性戦士の記事を配して、体力を駆使して戦闘に参加する女性というイメージを前に出しています。「国家」好きの人と、女性はつつましくあるべきと考える人には、ますます耐え難い読み物になっています。またシリーズ全体を通してですが、登場人物の奔放な性生活は、たぶん日本の読者の多く(スウェーデンの読者がどう思っているかは私にはわかりませんが)の基準を超えていると思います。そのあたり、次々と女性と肉体関係を持つミカエルをフェミニストと位置づけることには反発を覚える向きもあろうかと思います。リスベットやエリカも相当に奔放な性生活を送っているのがお互い様と見るか、そこにやるせなさを感じさせるところがどうかなど、フェミニストがどう評価するかも複雑かも知れません。本の帯では「驚異の三部作、ついに完結!」としていますが、上巻の訳者あとがきでも触れられているように、ラーソンは3巻で終わらせたつもりはなく4巻の原稿執筆中に亡くなりました。3巻でリスベットをめぐる事件は終結を見ていますが、モニカの登場、リスベットとミカエルの関係は、今後の展開を予期させています。作者が亡くなった以上続編が書かれないことは事実ですが、「完結」と打つのは、ちょっと違うんじゃないかと思います。公安警察の悪役のリーダーがクリントン、それと闘う若手の公安警察官がモニカというのは、偶然でしょうか。
 1巻は2009年2月分、2巻は2009年4月分で紹介しています。

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