私の読書日記  2011年2月

08.西方之魂:ウェストサイドソウル 花村萬月 講談社
 不登校の高校生火田光一が、同級生の日向淑子に誘われて淫蕩の限りを尽くした後淑子の兄の幸多に導かれてブルースに目覚め、類い希なリズム感とギターテクニックを発揮して幸多らとともにバンド「西方之魂(ウェストサイドソウル)」でデビューする青春小説。前半は光一の性の目覚め系官能小説で、後半は音楽小説となっています。音楽の濃い話をされてもちんぷんかんぷんの私には、前半の官能小説部分を楽しむしかない感じですが、これがいかにもツボにはまった男の妄想を絵に描いたような設定。妻子ある中年男との不倫経験を持つ同級生から徹底的にセックスを教え込まれてひたすら爛れた性生活を送り、その彼女が自分一筋になりながら、その彼女の勧めで買春をしたり、さらにはその彼女に秘密で彼女の兄の恋人ともできてしまうって、妄想としても恥ずかしいくらい好き放題。高校生の時にそんな経験したら、私だったら日向一人だけで十分に満足した上で、きっと違う人生歩んでただろうなと思えてしまいます。それくらい、私の感覚では羨望の的の日向さえ、後半では次第に脇役というかお飾りになっていく展開で、音楽部分が今ひとつわからない私にはもったいないよねと思えました。

07.セカンド・ラブ 乾くるみ 文藝春秋
 清楚で上品な大学院生内田春香と、乳児期に生き別れた一卵性双生児だというホステス半井美奈子との間で、春香との交際を続けながら春香の出生の秘密を美奈子から聞かされた上で美奈子とも関係を持ってしまい、思い惑う工員里谷正明の心の揺れを描いた恋愛小説。春香と美奈子の関係、出生をめぐる秘密がミステリー仕立てになっています。私には、読み終えてみても、春香が正明に対して取った行動の意図は理解できませんでした。そして、このような経験をした正明が春香と結婚を決意することも理解できませんでした。私だったら、すべてを知った後で春香と結婚する気には、とてもなれないと思います。謎解き部分も含めて、そういうストーリーはありとしても、どこか納得できない居心地の悪さが残り、読後感がすっきりしませんでした。そう感じるのは、中年のおじさんの視点から見るからなんでしょうか。

06.県立コガネムシ高校野球部 永田俊也 文藝春秋
 プロ野球球団の買収を拒否された恨みから野球界のドンの鼻を明かすために、長野県の名門進学校の弱小野球部を買収し資金力と冷徹なマネジメントで甲子園に出場させると宣言する実業家小金澤結子にかき回されながら、練習に明け暮れ勝利の味を知り結束していく高校生たちの姿を描いた青春小説。私は「もしドラ」を読んでいないので(あれだけ流行ると読む気になれない天の邪鬼)断言しませんけど、野球をひたすら経営の論理で押し進める姿や、表紙イラストにミニスカ女を大きく描くのは、もしドラのパクリかパロディのつもりなんでしょうね。対戦相手を徹底的に分析し、資金力にものをいわせて選手全員にキューバナショナルチームの選手を個人コーチに付け、マネージャーの美貌も資源とし、相手チームの選手を陥れと、野球小説の常道を踏み外した意外性が、読み味です。野球センスゼロの下手の横好きでいつもベンチのキャプテン昇平の語りで進められ、マネージャーあずみへの思いが度々語られますが、それでも昇平がしごかれて名選手になったりしないあたりが、野球青春小説じゃなくて経営的な視点なんでしょうね。

05.逃げる 永井するみ 光文社
 母が父に階段から突き飛ばされて死亡し祖母の手で育てられた過去を持つ主婦柴田澪が、肺がんで余命幾ばくもなくなった父に発見され、父の存在を夫に知られまいとして父を連れて失踪・放浪するうちに、自らの過去の真実を知り折り合いを付けていく家族関係ドラマ小説。澪が幼い娘雪那に対して愛情を持ちつつも虐待しそうな自分の怖さを、幼児期の自分に対する虐待の埋もれた記憶と結びつけ、昨今ありがちな虐待の連鎖のテーマに過去をめぐる謎解きを絡めて軽いミステリー仕立てになっています。しかし、単行本タイトルにもなっている「逃げる」というテーマ、母を手にかけた父の存在を夫に隠したいとしても、その夫と幼い娘を置き去りに長期間失踪し、しかも夫が痕跡を追ってたどり着きかけると早々に新たな町へと逃走を続ける澪の行動は、どうにも理解できません。夫の立場からすれば、妻の身を案じて必死で探してたどり着いたらDV男と疑われ、しかもその妻はもっぱら自分から逃げているというシチュエーションはあんまりでしょう。澪と幼い娘との絆の復活が感動的なだけに、この設定の納得できなさが、心残りに思えます。

04.「最強のサービス」の教科書 内藤耕 講談社現代新書
 旅館・ホテルや鉄道、クリーニング業などのサービス業で、顧客のニーズを分析し無駄なサービスを省いて省力化しその分を顧客に密着したサービスに振り向けたり価格低下させることでサービスの充実を図っている企業を紹介した本。至れり尽くせりのサービスではなく、むしろ特定のサービスに特化して顧客にとって必要でない部分は顧客のセルフサービスにしたり顧客に見えない部分は機械化したりして、特に業務量の繁閑があるものを平準化して必要な人員を減らす、顧客の満足度を下げないでできるコスト削減の努力を評価している感じです。ホテルで客がコンビニで買ってきてゴミを出すのを削減するために自販機でコンビニより安く飲料を売るとか、クリーニング屋が洗濯作業時期を自分で調整して平準化するために無料で次のシーズンまで保管するとか、顧客にとって便利なことが実は企業にとってのコスト削減でもあるというウィンーウィンの工夫は確かに魅力的で、目から鱗感があります。しかし、そういった省力化の上で、顧客へのサービスは現場での従業員の顧客に密着しての情報収集とサービスのフィードバック、そして従業員の多能工化(繁閑に応じてみんなが何でもやる)に依存しており、結局のところ、労働者の労働強化が図られているということじゃないかなと感じてしまうのは、労働者側の弁護士の僻みでしょうか。

03.わたしはノジュオド、10歳で離婚 ノジュオド・アリ、デルフィヌ・ミヌイ 河出書房新社
 イエメンの貧しい家庭に生まれ、口減らしのために10歳で結婚させられ、夫にレイプされ殴られ虐待され続けて逃走して裁判所に駆け込み、最年少の離婚を勝ち取り、アメリカの女性誌グラマーの2008年のウーマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれた少女の自伝形式のノンフィクション。底辺の民衆の生活の悲惨さ、イスラム社会での女性の地位の低さと人身売買のような婚姻のありさまが生々しく描かれています。同時に、何も持たずにいきなり裁判所に飛び込んできた少女を救おうとした裁判官と女性弁護士の勇気と行動力には救われる思いがします。社会の現実は簡単には変わらないとしても、ノジュオドのことが報道され、同じような目に遭っている少女が離婚を申し出てきたことや、ノジュオド自身が学校で勉強して弁護士になって虐げられている少女たちを救いたいと考えていることには希望が感じられます。

02.日本料理の贅沢 神田裕行 講談社現代新書
 ミシュラン三つ星料理人による日本料理のうんちく本。自分が一番おいしいと感じる魚のサイズが1.5〜1.8kgの鯛、2.5kgの鰹の片身、1kgの鰈、ヒラメは2日目でもおいしく食べられるので2日分で3kg、それらの魚は17人前から18人前だから、1日の客は18人と決めているという職人のこだわりというか頑固さには驚きます。料理の種類ごとに著者の思い入れや店で出しているメニューが書かれているのですが、どうしてそれが、またそうすれば、おいしいのかについて、マメに理由が書いてあって、グルメ本としてよりも料理の参考になりそうです。日本料理では炭火焼きが多いのは皮下脂肪の多い魚や霜降りの肉など脂が多い食材を使うからで、ヨーロッパの魚は皮下脂肪が少ないものが多いからバターとフライパンで料理する、舌平目にしてもドーバーソールは厚さが数センチもあるから焦がしバターを上からかけてカリカリにムニエルするのがうまいが日本の舌平目でそんなことをやったらカサカサになって鰈の唐揚げみたいになるなど、ヨーロッパでの修業時代に感じた食材の違いなどについてのうんちくも含め、興味深く読めました。

01.言葉にして伝える技術 田崎真也 祥伝社新書
 食べ物についてのテレビレポーターの表現や紹介記事の表現力の乏しさを例に、五感によって感じ取ったことを記憶し整理して記憶から引き出し他人に伝えるために言葉にすることの大切さを指摘し、さらにはビジネスへの応用を論じる本。テレビや記事の表現が紋切り型で実はほとんど情報を伝えていないこと、実際の味わいよりも思い込みによる表現が多いこと、そして著者がソムリエであることから、それぞれのワインの特徴をつかみ記憶し紹介する必要上五感、特に嗅覚、味覚により感じたことを言葉にする必要性が高いことについては、説得力を感じます。ただ、それではどのように言葉にすればいいかの積極的な部分では、ワインについての経験が中心のために香りについての例えが中心になり、それはそれでずいぶんと幅広く類例を探すのだなとは思いますが、食べ物についての表現のイメージとしてはつかみにくいものが残ります。ましてやビジネスへの応用は、最後に取って付けた感が大きく、むしろない方がよかったかも。

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