庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2014年10月

04.入門 現代物理学 小山慶太 中公新書
 人間の五感、経験、常識に収まる範囲を対象とし19世紀末までに完成を見たニュートン力学を基盤とした古典物理学に対して、ミクロな粒子、光速に近い運動、強い重力が働く空間、絶対零度に近い極低温、100億光年を超える深い宇宙など、見ることもさわることも、皮膚感覚では捉えることのできない、人間から遠く離れた対象を相対性理論と量子力学で記述していく現代物理学の世界を、重力−遠隔作用の不思議、真空−虚無の不思議、電子−無限小の不思議、物質−極低温の不思議、地球−知的生命体のいる不思議という5つのテーマで概説した本。
 素粒子論から宇宙論までの現代物理学を、数式はあまり使わずに少し意外な切り口で説明しているところに、興味をそそられます。私は、「真空」という切り口に引き込まれました。近代物理学が誕生して以降400年の歴史の中で、真空は物質が存在しない物理的に虚無の空間と考えられていたのは1905年から1930年までの25年間だけなのだそうです(61ページ)。それ以前は宇宙空間は光を伝える媒質としての「エーテル」で満たされていると考えられていて、それ以後は真空の空間には負エネルギーの電子が充満している(負エネルギーの電子が充満する空間を例えばガンマ線で叩くと電子が飛び出しその空孔が陽電子となる)と考えられているそうです。そうすると1960年生まれの私が生まれた時には、物理学の世界では後者の考え方になっていたことになるけど、中高生の頃も、大学でも(文系だからか)そんなの教えられた覚えはなく、真空は、宇宙空間はほとんど何もない(完全な真空ではないからごくわずかの原子・分子があるだけ)と認識してきたのですが…高校の頃に相対性理論とか量子力学の入門書も読んだけど、そういう説明なかったと思います。
 幅広い分野についてさまざまなことがらにいろいろなつながりを付けて説明していく話の流れに感心させられます。もっとも、最後の2つ、特に一番最後の「地球」というテーマはずいぶんページが少なくなっていて、テーマの分け方は少し無理をしたかなという気もします。
 電磁気力と「弱い相互作用」「強い相互作用」の3つの力を統一的に説明する「大統一理論」の帰結となる「陽子の崩壊」を検出する実験の話で、陽子の寿命が1030年以上だがそれはあくまでも平均値なので、「1030個以上の陽子を用意すれば、そのうち、平均して年に一個程度は壊れる可能性があるということになる。」とされています(187ページ)。ここは、読んで愕然としました。陽子の平均寿命が1030年ということが、寿命1年の陽子が1個に対して寿命2年の陽子も1個、寿命3年の陽子も1個…寿命1030年の陽子も1個と、すべて1個ずつの同じ頻度で存在するというイメージなのでしょうか(仮にそう考えても1030年が平均なら2×1030年まで1個ずつ配分されないといけないので、陽子を1030個用意しても「2年に1個程度」になるはずですが)。ふつうの数学なり物理なりをやっている人は、平均寿命が1030年なら1030年あたりをピークとする正規分布になってそこから離れれば離れるほど頻度は下がっていくイメージを持つと思うのですが。理論的には平均値だけじゃなくて標準偏差もわからないと正規分布でも寿命1年の陽子の割合はわからないということになりますが、平均寿命が1030年ということなら寿命1年の陽子の割合は1030分の1よりはるかにはるかに小さいと考えるのが常識的だと思います。こういう記述を見つけると、センスを疑ってしまい、他の説明も大丈夫かなぁと勘ぐってしまいます。

03.流転の細胞 仙川環 新潮社
 名古屋支社社会部で評価され次は東京本社と思っていたら支局長と2人体制の北埼玉支局に配属されてむくれ、北埼玉から抜け出すべく全国版に配信される記事を狙い続ける大日本新聞6年目の記者長谷部友美が、全国2番目の「赤ちゃんポスト」を開設した地元の病院を張り込み、赤ちゃんポストに赤ちゃんを預けに来た母親のインタビューを狙っていたところ、記者仲間が溜まり場にしているバーに以前勤めていたアルバイトの女性石葉宏子が赤ちゃんポスト近くに佇むのを見て仰天し、逃げ去った石葉の消息と過去を調査するうち意外な過去がわかり…というミステリー風の新聞記者成長物語。
 新人から一人前の記者になろうとする長谷部友美の記者としてとともに人間的な成長がテーマですが、長谷部とともに石葉宏子を探すバーのマスター中島の石葉に寄せる思いがサイドストーリーになっています。長谷部サイドでは、元経済紙記者という作者の経歴もあってでしょう、新聞記者と新聞社の行動と発想のパターンにリアリティが感じられます。典型的にいい人と描かれている中島の思いが、石葉と単純なラブストーリーにつながっていかないところに物語としての膨らみ・含みを感じさせます。男性読者としては切なく思えるところですが。

02.算数的思考法 坪田耕三 岩波新書
 算数の問題を題材に、試行錯誤とさまざまな角度からの見方・考え方でルールを発見し、結論に至る理由を検討し、新たな解き方を考えていくという算数的な思考方法を論じた本。
 高校の数学でも数3や数2Bは数式のパターンを覚える技術的な部分が多いのに対し数1が一番頭を使い難しいのと同様、数式を用いずに小学生でも説明できる「算数」の方法で問題を解く方が柔軟な思考を要します。この本ではそれほど難しい問題はありませんが、中学入試あたりでよくみるようなパズル風の問題がいくつか取り上げられています。
 まえがきにあたる「算数は考えの泉」と終章「心に火をつける」が、おそらく著者にとっては一番書きたかったことなのでしょうけど、説教くさくて少し引いてしまいます。そのあたりを気にしなければ、紹介されている算数の問題を通勤時間に考えるのは頭の体操になっていいかなと思えます。

01.愛の国 中山可穂 角川書店
 愛国党政権の下、ネオナチが幅をきかせ、同性愛者が少子化の元凶とされて迫害され秘密警察によって拘束され秘密の収容所に送り込まれる近未来の日本で、ネオナチの脅迫に抗して最愛の主演女優稲葉久美子と伝説になる迫真の舞台を演じきった後の事故のため記憶を失ってさまよう劇作家兼俳優の王子ミチルが、愛国党・ネオナチへのレジスタンスを展開する尼僧や新女性党の政治家らと連帯しつつ、巡礼の旅の過程で記憶を取り戻していくという筋立ての小説。
 安倍政権の下、転がり落ちるように人権の状況が悪化していっている現在の日本では、この小説の舞台にいやなリアリティを感じてしまいます。作者のあとがきで「憲法改正を声高に叫ぶ我が国の現政権を見ても、遠からず本当にこんな社会が到来してしまうのではないかという危惧を拭いきれません。それは決して小説のなかの絵空事ではないと、一人のマイノリティであるわたしは日々リアルな恐怖感を覚えているのです。」(430〜431ページ)と書かれているのを見ると、安倍政権のような政権が誕生してしまい国民の支持を受けていることを見るに付け自分が少数派・異端者なのだと感じ続けている身には、悲しい連帯感とわずかばかりの安堵を覚えます。
 私と同い年の作者が、あとがきで「遺作になっても悔いはないように、すべてを捧げて書きました」と述べていますが、もう「遺作」を意識する年齢というべきなのか、そういう社会の到来を嘆くべきなのか。

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