庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2017年9月

10.ホームズ四世 新堂冬樹 講談社
 シャーロック・ホームズの孫がイギリス人と日本人のハーフで日本で私立探偵をしており、その息子が父の探偵事務所で働いていたが曾祖父の名が重荷になって探偵をやめ、女性嫌いだった曾祖父とは反対に多くの女性とデートすることが好きなためホストになっているという設定で、店の太客の女性社長の失踪について調べるうちに事件に巻き込まれ、推理を働かせて次々と生まれる謎を解いていくというミステリー小説。
 ホストという設定と女性好きの性格設定から柔らかめの展開で、無理無理にでもどんでん返しを二重三重に仕掛けようというサービス精神は豊かで、それなりに楽しく読めます。
 設定は荒唐無稽で謎解きも強引な印象があり、本格ミステリーとして読もうとすると辛い感じではありますが。
 雑誌の連載のため、章の継ぎ目で繰り返しがうるさい感じがします。単行本化するときにもう少しきれいに直してくれるといいのですが。

09.計画結婚 白河三兎 徳間書店
 幼い頃から突出した美貌とプロポーションに恵まれ正義感が強く売られたけんかは買わずにいられない性格で人と群れず友人が少ない久曾神静香が、横浜港をクルージングする客船で船上結婚式を挙げ、そこに呼ばれた級友の佐古怜美との意地を張り合いながら続いた友情のエピソード、静香が怜美との仲を取り持った美容師桜田祐介との三角関係、妹が結婚詐欺に遭いその詐欺師を追い詰めるうちに新郎にたどり着いた警察官の怨念、静香の婚活に4年付き合って新郎を紹介した結婚相談所の相談員の述懐、ウェディンドレスフェチの趣味が高じて結婚式代理出席のアルバイトを続けて新郎側で代理出席したライターの戸惑いなどを通じて、静香の結婚式の一日を描く連作短編。
 静香と怜美の意地を張り大げんかをして絶縁状態になりながらも続く友情のエピソードを語る第1章、研究者の生活を続けながら芽が出ず一歩引いて尽くすタイプの妻美登利が不憫に思え結婚相談所の相談員に転身し妻との関係に悩みその後妻が末期癌とわかって苦しみ抜く富永の心情を語る第4章が泣かせます。
 全体としては、男女のもつれの青春小説が、結婚詐欺師を追う警察官が登場する第3章からサスペンスに変化し、最終的には恋愛サスペンスのような形で収束します。静香のキャラが立っていることもあり、読み味はわりとよかったと思います。

08.国会女子の忖度日記 議員秘書は、今日もイバラの道をゆく 神澤志万 徳間書店
 国会議員秘書歴20年以上という匿名の著者が、議員秘書の仕事の実情を説明した本。
 雇い主が「偉い人」で基本的にわがままということから(ある意味、弁護士の場合も同じような位置づけかな・・・)朝令暮改の指示に対して絶対服従を求められ、議員が落選すると職を失いかねないので選挙運動も一蓮托生で奉仕が求められる、ストレスがたまることもあり先輩秘書のいじめも多い、地元の支援者には逆らえないので無理な要求が少なくないなどの事情があれこれ書かれています。そのあたりは、仕事と雇い主の性格上、概ね予想できるところではありますが。
 優秀な秘書は永田町から早々にいなくなる、秘書自身に集票力や人脈があれば自分が政治家になってしまうし、情報収集力や分析力があれば大学やシンクタンクに、人心掌握力があれば大手企業の秘書室長等に引き抜かれということで、残っているのは・・・(32~33ページ)というのは、さもありなんというところでしょうね。
 後半では、国会議員の醜聞や評判について書いていますが、明らかに自民党議員には甘く、野党、特に民進党と蓮舫にはやたら厳しい書きぶりで、いかにも自民党と自分の雇い主の意向を「忖度」した内容です。野党の牛歩は時間の無駄と言いつつ、共謀罪の異例の「中間報告」による強行採決には野党が批判しても時すでに遅し、と涼しい顔をしています(194~195ページ)。こういう姿勢で「正義感」と「誠実さ」も秘書を続ける私のモチベーションになっています(229ページ)というのですから、永田町特有のというか自民党バージョンの価値観を読む本と受け止めておくべきでしょう。

07.真夜中の炎 リサ・マリー・ライス 扶桑社ロマンス
 ワシントンDCで起きた「ワシントンDC殺戮事件」でターゲットにされたデルヴォー一族の生き残りジャックと、人気政治ブログ「エリア8」の主筆ジャーナリストのサマー・レディングの、幼なじみで学生時代に1週間Hしまくり後破局したカップルが、再会して焼けぼっくいに火をつけながら「ワシントンDC殺戮事件」の犯人を追うという官能サスペンス小説。
 ポートランドの元SEAL(アメリカ海軍特殊部隊)出身者が作った警備会社ASIのメンバーが美貌の有能な女性と恋に落ちつつその女性を狙う危険な敵と対決するというパターンを踏襲してきた「真夜中」シリーズの前作「真夜中の秘密」での「ワシントンDC殺戮事件」と生き残ったイザベル・デルヴォーの話の続きで、イザベルの兄ジャックという元SEALでもASIでもない人物(CIAの工作員)を主人公にして、周りにASIの構成メンバーとその彼女たちを配するという発展形というか変形ですが、マッチョでタフな男が美貌の有能な女性を危険から守る、エンドレスのセックスにふけるという点は同じです。ここがやっぱりこのシリーズの肝 (^^;)
 今回の敵は、中国人民解放軍の秘密(サイバー)部隊で、アメリカ合衆国乗っ取り作戦だとか。今ではロシアより中国の方が嫌われてるんでしょうね。
 369ページ2行目の「フェリシティに紙を見せた。」のフェリシティ、393ページ最終行の「待て、とイザベルに合図した。」のイザベルは、どちらもサマーの間違いでしょう。原書の誤りか翻訳の誤りかはわかりませんが、その場にいない人物の名前が出てきたら読んでいておかしいと思うはず。通し読みしてないんでしょうか。

06.四時過ぎの船 古川真人 新潮社
 システムエンジニアとして関東で稼働する全盲の兄浩を同居してサポートするためと言って、30歳近くなりながら働かずにニートでいる稔が、福岡住まいの母美穂が、死んだ養母佐恵子の一人住まいしていた離島の「古か家」の物(遺産)を整理するのに付き合わされ、祖母とのおぼろげな想い出や昔の友人との邂逅等に浸り記憶を呼び戻されながら、現在の屈折した思いと将来への不安を、「やぜらし」いが避けるべくもないあるものとして受け入れていく様子と、稔が中学のときに一人で佐恵子を訪れた際のすでに認知症が進んだ佐恵子の様子を交差させた小説。
 稔たちの片付けと母美穂、その叔母であり実は母という敬子、旧友の卓也らとのやりとりなどの時間経過の中で、稔が屈折した思いから、人生には様々なうっとうしいけれども受け入れざるを得ないことが数多くあることを悟り受け入れる気持ちになる心の変化を描いた作品だろうと思います。十数年前の生前の、しかし認知症が進んだ佐恵子の心情を挟むことで、なんとなく稔の変化を自然にする効果があるような気もしますが、理論的には、それは佐恵子のエピソードで、稔はそれを知るわけでもないのですから、関係がないわけです。そのあたりの、なんとなくと、理屈に合わないの間で、十数年前の佐恵子のエピソードが意味があるのかどういう意味を持つのかを、あえて巧みと評価するか、据わりの悪さを感じるかで、評価が分かれる感じがします。
 この作品のキーワードとなる「やぜらしか」は長崎・熊本(あるいは鹿児島とも)の方言ということですが、佐恵子(老人)の言葉の一部を除けば、会話は基本的には博多弁で書かれていて、私(1983年8月~1984年11月の実務修習を福岡でやりました)には、会話自体が懐かしく思えました。

05.アカガミ 窪美澄 河出書房新社
 2030年の近未来の日本で、出生率は極限まで落ち、若者は恋愛やセックスに関心を持たなくなり、若者の自殺者が年間10万人を突破し精神科・心療内科に通う若者は400万人を超え、30代以上の者だけが(限りなく)性欲を持ち続けているという状況の下で、国家公務員としてセックスワーカーであるとともに性に関する研究を続けるログの研究サンプルの若者ミツキが、ログの紹介で国が運営する正体不明のプロジェクト「アカガミ」に応募しそのレールに乗せられ、そこで配偶者候補者としてあてがわれたサツキと共同生活をしていくという展開の小説。
 そもそも異性に性的な関心を持たずに育ったミツキとサツキが、国によって選択され引き合わされた(悪くいえば統一教会みたいに)相手に、当初は見捨てられたくない(「チェンジ」されたくない)という思いと不安に駆られ、次第に相手に恋心を抱きつつ不器用に振る舞う様子は、いかにも初々しく微笑ましい。
 しかし、それが国の思惑で国に完全に管理された形で展開する「家族計画」に無抵抗に順応することであることに思いを致すと、不気味に気持ち悪く思えてきます。
 そのあたりの違和感、ギャップ感がこの作品のテーマかと思いました。
 初出は「文藝」2015年冬季号で、一括掲載で連載小説ではないのですが、ログが主人公のように思える冒頭から、もっぱらミツキ主体の中盤の展開に至り、終盤ではサツキの視点へ移行するなど、構想にブレがある印象を持ちました。

04.クラウド・ガール 金原ひとみ 朝日新聞出版
 著名な作家だった母と大学講師の父の間に生まれた、父に愛着を持ち続け妹からはファザコンといわれ母に愛されたかったという欲求を持て余し複雑な思いを持つ大学生の理有と、浮気性のイケメン男と同棲状態にあるシスコンの高校生杏の姉妹が、母が行きつけだった美容室のオーナー美容師広岡、母が集めていたぬいぐるみ「ベスティ」が置かれていた喫茶店でバイトする光也らと関わり合いながら、父母の過去への思いなどをぶつけていくという展開の小説。
 著名な作家だった母の言葉として「可哀想な人とか、社会的弱者を主要人物において悲惨な状況やストーリーを書いて、読む者の感情を著しく揺さぶるような小説には、誠意が感じられない」と書いています(155ページ)。作者の信条なんでしょう。いわゆる社会派とか(昔の言葉だと「プロレタリア文学」だとか)言われる人が嫌いなんでしょうね。
 終盤で、姉妹間で、過去にあった事実、父母への評価が矛盾対立し、事実と幻想/妄想の境が曖昧にされていきます。おそらくは、そこがテーマで、真実を突き詰めることの不可能性/不要性をいい、自身の持つ幻想/妄想と折り合いをつけながら、過去に囚われずに生きていこうというようなことを言いたいのかなと思いました。

03.検査なんか嫌いだ 鎌田實 集英社
 自分自身検査は苦手だという医師の著者が、検査は嫌だけど役に立つという医師としての認識の下で、微妙な立ち位置で検査について論じた本。
 著者自身は、検査は人を幸せにしない(大抵は何か問題が見つかり医師から何らかの制限を受けたり小言を食らうし、医師に言われなくても「異常」値があると憂鬱)、医療は人を幸せにするものでありたいという立場で、あまり痛い思いをさせるような検査や検査結果が出ても無意味な検査(疑い通りの結果が出ても手術等の治療が選択されないときなど)を避けるとしています。しかし、個別の検査についての説明では、検査をして助かったケースも出てくるので検査の有効性を一概には否定しにくく、歯切れの悪いところが多くなっています。
 最後に、検査嫌いの人が実践すべき健康法として、①体重を測ろう、②血圧を測ろう、③食生活を見直し、「ま・ご・わ・や・さ・し・い」(豆、胡麻:穀物・種子類、わかめ・海藻類、野菜類、魚介類、椎茸・キノコ類、芋類)を食べよう、④骨と筋肉を鍛えよう、⑤世のため人のために生きようを挙げています。最後の点は、生きがいを持つことが長寿・健康を促進する傾向があり、高齢者の生きがいとしては「他人のために役に立つ」ということが高く評価されていることからです。
 「検査なんか嫌いだ」というタイトルの割には、医師の視点から穏健な書きぶりで、手に取ったときの予想/期待からは優柔不断な印象ですが、検査について考えるためのわかりやすい入門書としてふさわしい読み物かと思いました。

02.介護職・介護家族に役立つやさしい医学知識 和田忠志 技術評論社
 介護を要する人(高齢者・障害者)の介護をするスタッフや家族が知っておきたい医学知識を説明した本。
 高齢者では認知症も想定し、障害によってコミュニケーションがうまくいかないことを想定して、本人の訴えに頼らずに対応できるように考慮されているところが売りかなと思いました。
 すぐに病院へ連れて行くべき判断基準として、①(普段歩ける人が)苦しくて歩けないとき、②数時間のうちに病状がどんどん悪くなるとき、③肛門からの出血が疑われるとき、④「意識」や「体の一部の動き」に異常があるとき、⑤嘔吐が続くとき(2回以上)、⑥食べられないとき(1日以上)の6項目を「基本の6項目」としているのが目からうろこです。病名を判断する必要もない、体温や血圧を測定する必要もない、第三者が観察でわかることだけで判断できるところが優れています。
 また、感染症等の予防のために手洗い(掌だけでなく、手の甲、指の間、親指と掌を合わせてねじるように、指先と爪の間、手首と6段階の入念な手洗い)が基本ということも強調されています。う~ん・・・
 その後各論的に様々な病気ごとの対応と病気についての知識が順次説明されています。読んでいると、それぞれの患者ごとに様々な配慮が必要とされ、介護職って本当にたいへんだなぁと思います。ここに書かれていることをきちんと実践しようとしたら、かなり職員配置に余裕が必要だろうけど、現実には1人のスタッフで何人の要介護者をケアしているかを考えると、とても無理そうと思います。介護スタッフの労働環境の改善の必要性も考えさせられました。

01.遠野物語 柳田国男 新潮文庫
 民俗学者柳田国男が、遠野出身の学生佐々木喜善から聞き取った遠野の民間伝承をとりまとめ、民俗学をスタートさせた記念碑的作品。
 個人的には、すでにおぼろげな記憶となっていますが、高校の現代国語の先生が柳田国男ファンで柳田民俗学を熱く語ってくれて、なんとなく柳田国男は食わず嫌いしていて、これまで読まなかったのですが、今回、カミさんと花巻・遠野旅行をすることになって、慌てて読みました (^^;)
 女・子どもが簡単にさらわれて行方不明になる話が多く(宮澤賢治の「グスコーブドリの伝記」でもブドリの妹ネリがさらわれ、私はそのシーンにいつも涙を禁じ得ないのですが)、弱肉強食の世での庶民の悲哀を感じます。
 読んでいて一番感じたのは、物語として見たとき、勧善懲悪の話がとても少ないこと。私の印象では、63番の山中の不思議な立派な家(マヨヒガ)に迷い込みながら何も持ち出さなかったために後日手元に赤い椀が流れ着きその椀を使って米を量ると米がいつまでも減らなかったという話くらいです。ただ不思議な思いをした、怖い思いをしたという話が多くありますが、特に悪いことなどしていないけど不条理に被害に遭い、悪いことをしても特に罰を受けずにいるという話も淡々と語られています。説教くさい話は受けが悪く伝承されなかったということでしょうか。庶民の強さ、したたかさを感じます。
 新潮文庫で、2016年6月1日発行なのですが、元々古くから新潮文庫で出版されているのに、「新版」とか「新装版」とかの表示もなくこのような表記になっているのはどうしてでしょう。

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