庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2017年10月

07.リアリズム・チャレンジ 紙切れ1枚からはじめる写実への挑戦 マーク・クリリー マール社
 折り目としわのある紙、2つに切ったマッシュルーム、ちぎったトランプを精密に描写するコマ抜き動画をYouTubeにアップして話題になったイラストレーターが、6つのテーマ(陰影を描き分ける、色を加える、複雑な表面、透明な物、金属の表面、工業製品)合計30点の写実画を描き、その過程を解説した本。
 著者は、すべて透明水彩絵の具と色鉛筆、ガッシュ(不透明水彩絵の具)の白で写実画を描き、原則として、鉛筆で輪郭を精密に描いて、透明水彩絵の具でベースカラーを塗り、薄く明るい色から少しずつ濃く暗い色へと水彩絵の具・筆で可能な範囲を描き込み、細部は色鉛筆で描き込んで行き、最後にガッシュの白でハイライト(最も明るい部分、光っている部分)を入れるという手順を取っています。その過程を見せながら、水彩絵の具では薄めて塗り乾かすと自動的に輪郭が濃く描かれることや、影とハイライトで絵のリアリティが劇的に変化することを実感させています。
 透明なものや光るものの描かれる過程を見ていると、自分もやってみたいなぁという気持ちが生まれますが、しかしものすごく根気のいる作業だろうなぁとも思います。いつかたっぷり時間ができたら・・・と思うと、いつまでもできないんですよね (^^;)
 著者の作品のほとんどで、対象物はかなり写真に近く仕上がっているのに、影は「面」にし切らずに「線」を残しています。たぶん、やろうと思えば、写真とほぼ同じ「面」の影にできるのでしょうけれど、そうしてしまうと写真と変わらなくなってしまうので、あえて影を完全にしないことで、これは絵なんだとわからせようとしているのでしょうね。

06.そういう生き物 春見朔子 集英社
 学生の時に所属していた研究室の元教授の下に通う今は薬剤師の原田千景と、勤め先の叔母が経営するスナックで千景と再会して千景の部屋に転がり込んだ高校の時の同級生まゆ子を中心に、元教授の孫の小学生や千景の同僚、元同級生らが絡んでいく小説。
 千景の、一方であっけらかんとした性行動とセックス観と、他方で元教授に寄せる想いと諦め/少し冷めた目線、軽やかさと引きずった白けぶりが作品の基調をなしています。大上段に構えずに、性同一性障害を含めた様々な性のあり方にふわっとした優しいエールを送る作品です。そういうところ、読み味というか、読後感がいいです。

05.労働基準監督署の仕事を知れば社会保険労務士の業務の幅が広がります! 村木宏吉 日本法令
 元労働基準監督署長で、現在は退官してコンサルタントの著者が、社会保険労務士向けに労働基準監督署の業務の実情を解説する本。
 労働基準監督署は、労働基準法違反や労働安全衛生法違反をしている使用者に対して、違反を調査して指摘し、是正を指導・勧告するという権限と職責を持っています。私のような労働者側の弁護士の立場からすれば、労働者の権利を守るための重要な存在で、特に弁護士費用をかけたくない労働者、裁判を行いたくない労働者には、もちろん労働基準法違反があるケースについてですが(したがって、解雇等の相談は無理)、労基署に相談・違反申告することを勧めることもままあります。
 しかし、この本を読んでいると、労働者の権利を守るという姿勢からはずいぶんと遠い様子に驚きます。労基署から「長時間労働の抑制・過重労働による健康障害防止の自主点検結果報告書」の提出を求められた事業主に対する社会保険労務士の対応として、回答しないと立ち入り検査が入ることも多いから報告書は出した方がいいというのはいいですが、法違反があるときの回答内容については「あまりにも違反の程度がひどい場合には、多少粉飾するという考え方もあるね。」と、虚偽回答を勧めています(19ページ)。労働者が交通事故を起こして会社が損害を受け労働者が退職する場合にそのまま退職することを許す事業主はまれであり弁償するまで残りの賃金を支払わないからなとなることもある、「もちろんこれも労働基準法違反ですが、弁償の話を棚上げして労働基準法違反を説いても、事業主は納得しないでしょう」(62ページ)って・・・交通事故のような場合、そもそも労働者への損害賠償自体制限的に見る裁判例が多いですし、会社が損害賠償請求できる場合でも賃金から差し引くことは労働基準法24条違反です。使用者の明確な労働基準法違反を、使用者を責めずに労働者が悪いと言わんばかりの対応を容認する本を労働基準監督署長だった人物が書いているのは、それこそが到底納得できません。さらにこの著者は、経営者が賃金を支払わないときは経営不振でもない限り労働者に何らかの非難すべき事情があることが少なくない、このような事情を丹念に聞き出そうとしない職員は信用できません(62ページ)、「『どうしてクビになったのですか?』と聞くと、『わからない』と答える労働者がいます。こうした態度は、筆者の経験では『私が会社に対して悪いことをしでかしてしまいました』と同じ意味です」(65ページ)と、基本的に労働者は悪いやつだという先入観を持って労働基準監督行政を行ってきたことを露わにしています。こういう人が労働基準監督署長だったというのを知ると、労働基準監督署に期待をすることはできなくなります。また、労働者が資格を取ったり留学するための費用を会社が出したとき、労働者がすぐにやめたらその費用を返せと会社が言うことがありますが、それは違約金の定めまたは損害賠償額の予定として労働基準法16条違反となる可能性があります。現に裁判でそう判断された例があります。会社側はそれを回避するために、留学費用や資格取得費用を会社が負担するのではなく貸し付けたことにするという姑息なやり方をするようになってきていますが、労基署がそういうやり方をするように指導しているというのです(71ページ、117ページ)。労基署は労働者の権利を守って会社の労働基準法違反を指摘するのではなく、会社の利益を守るためにまるで会社の顧問弁護士のように労働基準法をすり抜ける道を指導しているということでしょうか。

04.祖母の手帖 ミレーナ・アグス 新潮社
 熱烈に思いを寄せた相手とは続かず、娘の奔放さを不安に思いさらには一族の恥と呪う母親から戦災で疎開してきた男と結婚するよう無理強いされ、愛のない結婚生活を続ける主人公が、流産の末その原因が腎臓結石と診断されて医師のすすめで温泉療法を行い、その逗留先でやはり結石を持つ片足が義足の妻子ある帰還兵と知り合い、惹かれてゆくという官能恋愛小説。
 主人公と夫の夫婦関係が、スタート時点で主人公が「わたしはあなたを愛していないし、ほんとうの妻には決してなれないだろう」と言い、夫も「心配はいらない」と答えた、彼の方も彼女を愛してはいなかったのだ(10ページ)と描かれ、新婚1年目に主人公がマラリアにかかり夫が献身的に看病をした(11~12ページ)が、二人は同じベッドで離れて寝て触れあうこともなかった(13~14ページ)ところ、ある夜主人公が夫に売春宿に通うのはやめるように言い自分が売春宿の女と同じサービスをすると言い出し(22~23ページ)それからは肉体関係を結びながら、「祖母は、愛というのはなんておかしなものなんだろう、といつも思った。愛は、ベッドをともにしても、優しくしたりよい行いをしたりしても、生まれないときには決して生まれない。一番大切なものなのに、どんなことをしても呼び寄せることができないなんて、ほんとうにおかしなものだと思った。」(25~26ページ)と設定され描かれています。そのサービスのリストには女体盛りとか犬のまねとかノーパン喫茶のメイドのような屈辱的なものがあり(それでも主人公は帰還兵にそれを「誇らしげに」挙げたというのですが:60ページ)、夫に「もう売春宿に行く必要がなくなったわけですが、わたしのことを愛していますか」と聞いたが夫は主人公の方を見ずに一人で微笑みらしきものを浮かべ、彼女のお尻を平手で軽くたたいただけで質問にはまったく答える素振りも見せなかった(63~64ページ)という状態で、その夫婦関係に満足できない主人公の焦燥感、愛への渇望感が、ポイントになっています。
 語り手は、主人公の息子の娘という設定で、当然知らないはずの主人公の若かりし頃の話を、伝聞形ではなく直接見たように語り、読んでいてわかりにくいというか違和感があります。回想の形もなく時期は行きつ戻りつし、しかも後半ではときどき語り手がいつの間にか主人公の妹になっていたりする(同じ章の連続するパラグラフで、主人公を「祖母」と呼んでいたのがその次のパラグラフでは何の断りもなく主人公を「姉」と呼んでいたりします)のも混乱を招きます。

03.恋の法廷式 北尾トロ 朝日文庫
 著者が傍聴した刑事裁判の中から、恋愛が絡む事件での検察官、弁護人、被告人の様子を採り上げたエッセイ集。
 私も娘が一度行きたいというので、東京地裁で一日、法廷傍聴をしたことがありますが、自分に利害関係がない事件というのは気楽に見ていられるし岡目八目で弁護士の法廷活動が第三者からどう見えるのか(見える人にはどれくらいあらが見えるか)わかって興味深い反面、事件そのものにそれほど興味が持てずに下手な尋問が続くと眠くなるものです。私が行ったとき準強姦の事件で被告人質問があって、1時間ほどの間に、これまでの人生で経験したことがないほどの頻度で「セックス」という単語が女性検事の口から出続けて赤面しました。ものを書くためとはいえ、その種の事件の傍聴を続ける著者の熱意には、頭が下がると言いますか・・・
 内縁の妻は見捨てないという項目、「夫が罪を犯したとき、妻は離婚するか否かを考えるが、そこには世間体が絡んできやすい。」「内縁の妻の多くはそれがない。判断の基準は、刑務所にいる間、寂しさに耐えて待つに値する愛の深さがあるかどうかである。」(85~86ページ)。至言かも。そして逮捕されたあと、これまで身近にいたけれど恋愛関係になかった人が毎日面会に来てくれて愛が芽生え結婚の約束をしたというケース(256~259ページ)。こういうところ、微笑ましいと思う。もちろん、犯罪を犯した後の人生、そんなに甘いもんじゃないと思うけれど。この本で取り扱っている事件の被告人の大部分の行動や主張が、身勝手で一方的な思い込み、一般人にはとても理解できない勝手な論理に満ちているのですが、そういう微笑ましいケースもあるのが、ちょっとホッとします。

02.親権と子ども 榊原富士子、池田清貴 岩波新書
 親権の内容と性質、離婚の際の親権者の決定、監護権者の指定、養育費、面会交流、虐待と親権(親権の停止、喪失)について解説した本。
 親権は、権利とされていますが、2011年改正で「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」とされたように、子どもの養育される権利がその本質で、親にとっては子に対する義務の側面が強く、子の監護や教育に対して不当に介入する者(国や社会)に対して介入を拒む(排除する)権利という点で権利性を有するものです。
 離婚の際の親権者の決定や監護権者の指定、面会交流等では、「子の利益を最も優先して考慮しなければならない」とされています。少子化を反映して親権や面会交流が争われるケースが増えていますが、親権者が母親となるケースは今なお増え続けていて2015年には母親が親権者となった割合は84.3%に及んでいます(78~79ページ)。無原則な「母親優先」に批判がなされ、父親が親権を求めて争うケースが増えている中で、母親が親権者となる割合が増え続けているのはややショッキングでもあります。
 親権と虐待についての第3章は、虐待を繰り返す父母に対して児童相談所が子どもを保護し里親に委託する事例を紹介しています。このあたり、自戒を込めてではありますが、確かにここで挙げられているケースを読めば、虐待に心が痛みこのような親から子を保護するのは当然だと思いますが、現実の事件では「客観的事実」が明確とは言えず、行政側がそう認定したといってもそれがどこまで確実なのか、権力の行使を無批判に賞賛していてよいのかが問われます。弁護士の中でも、民事介入暴力(暴力団対策)や犯罪被害者の権利、女性の権利(両性の平等)、子どもの権利等の領域では、警察の取り締まりの強化を求める意見が強く優勢になりがちで、簡単にそう言っていいのかと思う場面が多々あります。虐待を放置してよいということにはもちろんならないのですが、弁護士として、悩ましいところです。

01.10秒でズバッと伝わる話し方 桐生稔 扶桑社
 相手に聞いてもらい相手を動かすために核心部分を短くかつ相手が受け入れやすいように話す話し方を解説した本。
 人間は30秒以上興味がない話が続くと急に集中力が落ちる(68ページ)ので、基本10秒(20~30字)で話をまとめようというのが、この本での目標となります。そのために①無駄な口癖(え~、あの、まぁ等)をなくす、②自分が言いたい言い訳や自分の主観・思惑ではなく相手が知りたいことから先に話す:「ニーズファースト」、③自分が一番言いたいことを抽出するにはここで自分が言いたいことは「ズバリ」何かと自問する、④話すとき主語と述語をくっつける(間に修飾節を挟まない)、短文に切る、指示代名詞(あれ、それ)を使わない、⑤画像を示したり例え話でイメージを描かせる、⑥言いにくいことを言うときに前置きを長くせず結論を予測させる(相手に覚悟させる)ひと言と相手への気遣いの言葉を入れた「プリフレーム」を述べてから結論に入る、⑦逆接(相手の話に対する否定)から入らずいったん受け止める、⑧ミーティング(会話)のゴール(目標)を設定するというようなことを挙げています。①~③が自分の伝える話を短くする、④と⑤は相手が理解しやすい(誤解しにくい)ように話す、⑥と⑦は相手が受け入れやすいように話す、⑧が会話全体を短くすることに通じるということでしょう。
 私には、③と⑥と⑧が、なるほどなぁと思えました。ズバリどれ?と聞かれたら、⑥でしょうか。⑤は、使う例え話自体から想起するものが自分と相手で違うというリスクがあり、かえって誤解を拡げる可能性もありそうです。

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