庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2019年12月

02.マチネの終わりに 平野啓一郎 毎日新聞出版
 中年になりスランプを感じつつある天才ギタリスト蒔野聡史と蒔野より2歳年上のパリ在住のジャーナリストで世界的に有名な映画監督の娘小峰洋子が、出会いの日の会話から互いに強く惹かれ合いながら、もどかしい行き違いを繰り返す恋愛小説。
 映画の方を先に見たので、予告編でも採用されている蒔野聡史(福山雅治)が2度目に会った小峰洋子(石田ゆり子)に言う「もし洋子さんが地球のどこかで死んだって聞いたら、僕も死ぬよ」という台詞(小説では「地球のどこかで、洋子さんが死んだって聞いたら、俺も死ぬよ。」:111ページ)の印象が強く、40歳近い蒔野聡史の観念的で思い込みの強い人柄(私の世代には、「愛と誠」の岩清水を思い起こさせます)にやや呆れていたのですが、小説では蒔野聡史の内心等がより丁寧に説明されて、天才故の孤独、周囲に溶け込むためにあえて馬鹿話をする蒔野聡史の気遣いと気苦労から蒔野聡史が小峰洋子との知的な会話に快感と憧憬を深めて行く姿(知的な会話が日常的に求められるようになったときの息苦しさというのもあるでしょうけど、そこは見ない/見えない)に、たった2回・3回しか会っていないのに強く惹かれてゆくことにはそれなりに納得できますし、蒔野聡史が2人を騙して引き裂いてその妻に収まった三谷早苗から2年余を経て真相を聞いた際に、どんなに必死でその嘘のメールを書き送ったかを想像し、妻を憎むことができなかった、それほどまでにはすでに妻を深く愛していた(361ページ)という記述に蒔野聡史の成長を見ることができます。この部分にきれいごとを感じるかリアリティを見るかは見解が分かれるかも知れませんが、私はそこにこそ夫婦生活の、男女の機微のリアリティを感じます。そうしてみると、この作品は、人は40を過ぎても恋に迷え、そして成長できることを謳っているのではないかと思えるのです。
 映画では、ラスト近く、蒔野聡史がニューヨーク公演に向かうに際して、三谷早苗が娘とともに実家に帰ると伝える、小説にはないシーンが挿入されています。このシーンが挟まれることで、ラストの印象が大きく変わっているように思えます。どちらにしても明言はされないのですが、小説では蒔野聡史は三谷早苗と別れることはないという印象のエンディングを、映画はその反対を示唆しているように感じられます。私は、小説の方が、円熟味を感じられてよいように思うのですが。

01.ニワトリをどう洗うか?実践・最強のプレゼンテーション理論 ティム・カルキンス CCCメディアハウス
 企業の従業員が上司や幹部に対して行うプレゼンテーションのあり方やテクニックについて論じた本。
 メインタイトルの「ニワトリをどう洗うか?」は、慣用句の類いや理論から来たものではなく、著者自身が8歳の時に始めて行ったプレゼンテーションのテーマで、プレゼンの後半でニワトリを使って実演を試みたところニワトリが抵抗して逃げ回り悪戦苦闘し大騒動になったが、聴衆の興味を引き退屈させず最高点をもらったというエピソード(11~15ページ)から取られています。他方、サブタイトル「実践・最強のプレゼンテーション理論」は、原書では " Mastering the Business Presentation "とされ、「最強の」は、邦訳で独自に盛ったものです。
 プレゼン資料の作り方についても論じていますが、この本は、そもそもプレゼンは何のためにやるのか、自らの提案を上司に受け入れさせるためだというところにポイントを置き、むしろプレゼンをやるべきでない場合や、プレゼン前の根回し(事前の売り込み)、プレゼン後のフォローなどにも紙数を割いています。おぉ、「根回し」は日本独自の文化ではなかったのかと感銘を受けてしまいました。
 準備は徹底的に行え、しかし内容を暗記しようとするな、スライドはシンプルに、いくつもの情報を詰め込むな、しかしスティーブ・ジョブズのように1語だけのスライドを社長に見せたら戸惑われるだけだなど、さまざまなアドバイスが並び、一読すれば直ちにプレゼンがうまくなるということではなく、試行錯誤しながら身につけていくべき点が多いでしょうけれど、学ぶところが多い本かなと思います。

 読書日記は、2017年半ば頃までは、原則として読んだ本全部について何か書く/書くよう努力するという方針でやってきましたが、現在は、これは書いておこうと思ったときだけ書くことにしています。

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