庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2020年11月

19.結婚不要社会 山田昌弘 朝日新書
 高度経済成長期には、女性が自分または自分の父親よりも経済力がある男性を容易に見つけることができ、結婚によってより収入の高い家庭をつくることができたこと、つきあったら結婚するのが当然(つきあって問題もないのに別れることが許されない)という圧力があり、多くの人が結婚していた/できていたが、男性/特に若い男性の収入が減少したために女性が結婚により生活レベルを上げる可能性が低くなって結婚したい相手がまわりに見つからず、恋愛しても結婚するとは限らないということが社会的に許容されて今よりもいい結婚相手が見つかるかも知れないと思うと結婚に踏み切れないという事情で結婚が少なくなり、現在では経済力の低い男性は結婚したくてもできないことがはっきりしてきたこともあり、恋愛をしたいとも思わないようになっているというような論を展開した本。
 著者は、女性が「男は仕事、女は家庭」という従来型の結婚観にこだわり、「いまよりも、親よりも、よい生活ができると思える相手」を結婚の条件とすることが、結婚困難な状況をもたらしたと主張しています(30~32ページ、112~116ページ等)。自分のことで考えても、私の親世代は戦争体験もあり、子どもには自分の人生よりもよい条件をという思いが強く、学校も親よりもよい学校に入れと言われてきましたが、そう言われて育った自分は、子どもにそういうプレッシャーをかけたくなくて、そういったことは間違っても口にしないようにしてきました。今の若い世代は、果たして経済的に親よりもよい生活をと思って人生設計をしているのでしょうか。研究者や官僚、マスコミは高学歴の自分のまわりの声しか聴いていない、自分は非エリート層のフィールドワークをやってきたという(26~30ページ)著者の思考が、私にはそれほど柔軟にも的を射ているようにも見えないのですが。
 前半で、2000年以降、さまざまな調査から恋愛をしている人が減っていることがわかり、今日では、恋愛が不活発化しているがゆえに結婚が減っているというロジックの方が正確、要するに、結婚難という状況が一般に知れ渡った今日では、結婚につながらない恋愛は無駄だという雰囲気になっているのですが、恋愛をめぐる変化については、あとでさらに詳しく述べることにしますと書かれています(34ページ)。結婚したい人が結婚できないという社会情勢はよく耳にしますが、さらに恋愛自体が減少ないしは不要のものとされているという言説には興味を持ち、その後はここでいう「あとでさらに詳しく」だけを追い求めて読み続けたのですが、その点についての詳しい記述を、私は見つけることができませんでした。その点が、とても残念でした。

18.あの場所の意外な起源 断崖絶壁寺院から世界最小の居住島まで トラビス・エルボラフ、マーティン・ブラウン 日経ナショナルジオグラフィック社
 著者(この本では著者紹介がまったくありませんが、作家・文明評論家だそうです)の好みにより選ばれた45の「思いがけない場所」を1か所4ページで紹介した本。
 邦題の「あの場所の意外な起源」だと、有名な場所について、その起源を説明しているように見えますが、原題は " Atlas of the Unexpected " で、思いがけない場所の紹介をしているものです。
 紹介されている場所は、ポンペイやガラパゴス諸島、ラスコー洞窟などの有名なものもありますが、多くは、私には初めて聞くような場所で、それ自体で興味深く読めました。1か所4ページで原則として地図が1ページ、本文が1ページ半~2ページ、写真が1~2ページ(写真に本文がかぶっているものもあるので)となっています。構成として地図が無駄に大きいというか、地図から得られる情報が少ないものが多く、地図を工夫して半ページくらいにした上でもっと見やすくしてもらい、その分写真をもっと増やしてもらった方がいいと思いました。ナショナルジオグラフィックなんだし、写真はもっといいのを載せられると思うんですが。
 自然環境による絶景中心ということではなく、人工的な場所が多くなっています。権力者の政治家や富豪の愚かな行為のなれの果てや、欲望の夢の跡が紹介されているのもいいところかと思います。世界のあちこちにありそうな話ですが、地上げに頑として応じずに大きな百貨店の建築を歪めさせた事例として紹介されているシュピーゲルハルター宝飾店(108~111ページ)も、「庶民にとって不朽の偉業」と呼ぶべきかはさておき、庶民の弁護士としては、なんとなく快哉を叫びたいところです。

17.教育は何を評価してきたのか 本田由紀 岩波新書
 日本の教育は相対的で一元的な『能力』による選抜という垂直的序列化と特定の振る舞い方や考え方を求める水平的画一化が過剰であり、他方において水平的多様性に乏しいという特徴的な構造を持っており、それが『能力』『態度』『資質』という言葉に絡め取られたものだとして、それを乗り越えるべきことを論じた本。
 著者は、冒頭からイギリスで本来的には個人が受けた教育歴や達成した業績を重んじて言及する『メリトクラシー』を『能力主義』と訳してむしろ個人の属性を重んじて用いたことが誤りであることを繰り返し指摘しています。また、日本の教育について論じるに際して中教審答申その他の行政政策文書に加えてそれと同じくらいの比重で教育学者の著書・論文の記載を取り上げています。言わんとすること自体はわかるのですが、その論証は、教育のプラクティスを世間に向けて論じているというよりも学者の世界を向いている感じがします。あとがきで著者の既発表論文を再構成したものだと書かれているのを読んでなるほどと思いましたが、一般人/学界外の者が読むのに適しているかには疑問を感じました。
 著者は、高等学校の専門コースを増やす/普通科中心にしないことを水平的多様性を確保するものと評価し、1971年中教審答申が正しい道を示していたのに教育学者や教員が誤った批判をしていたかのように述べています(106~113ページ、215ページ~)。しかし、私は、むしろ49ページに示されている表で、分岐型モデル、要するに子どもを早期に選抜して学校別に分離する諸国(中東欧諸国)と受験競争モデルの日本、韓国では職業学校在籍率が高いのに対して、自由主義モデル(英米諸国)と平等主義モデル(北欧諸国)では職業学校在籍率はほぼ0であるというのを見て衝撃を受けたというか、目からうろこが落ちる思いがしました。日本で育つと職業学校があるのが当たり前に思えますが、それは当然ではないのだということですね。そういう視点を加味して言えば、職業高校、高校の各種コースを増やしても、それは子どもの早期選抜による垂直的序列化を促進するだけじゃないかと思えます。
 また、『能力』『能力主義』という言葉で、垂直的序列化が当然であったり正しいものと理解されることの誤りを指摘し、『言葉』の重さを言う著者が、『能力』『態度』『資質』という言葉と闘う本で、『日本型メリトクラシー』『ハイパーメリトクラシー』『ハイパー教化』などという耳慣れない言葉を基本概念としているのでは、最初から勝負にならないように思えます。
 示唆に富む部分もあると思いますが、高校の各種コースを増やすことを改革のポイントにおいている点、使用する言葉や論証方法が内向き(学者さんの中でのもの)という点で、一般読者の支持を得にくい本のように感じました。

16.産婦人科医が伝えたいコロナ時代の妊娠と出産 宋美玄 星海社新書
 新型コロナウィルス禍の下で今後の見通しが定まらず流動的な状況で妊婦と出産を考えている人がどのように考えて行動すべきかを論じた本。
 2020年6月時点の情勢に基づいて書かれているため、現時点では事情も感覚も違う点も多々ありますが、不確定情報が多い中でどうするかという点でなお参考になるものが多くあります。
 アルコール消毒よりは手洗いが有効(80~86ページ)、スマホを「清潔」に保つのは難しいので食事中はスマホに触らない、スマホをいじったあとは顔や食べ物を触らない(77~80ページ)などは、当然とは言え、肝に銘じておきたいところです。
 「よく男の人に、出産後の妻にはどんな声をかけたらいいですかと聞かれますが、声で済まそうという時点で間違っています」(148ページ:出産前からちゃんと家事の練習をして出産後家事をやれって)、「最後に、妊婦さんのパートナーに言いたいことは『キャバクラや風俗に行くな』です。ウィルスを持って帰ったら、きっと一生言われ続けますよ。お父さんはあなたがお腹にいるときにキャバクラに行ってウィルスを持って帰って、そのせいで大変だったのよ、と。子どもからも軽蔑されてしまいます」(157~158ページ)。至言ですね。
 著者は、オンラインの問診について、ないよりはいいのだけれども実際に会って診察した方がいいと述べています。やはり実際に会って話をし、全体を見た方がいい、例えば診察の際にドアから入ってくるときの雰囲気や表情も診断の材料になるし、オンラインだと雑談がしにくいけれども雑談が診察の役に立つこともあるというのです(132~133ページ)。裁判手続でも、今、裁判所も弁護士会も、コロナ禍への対応として、期日のWeb会議化を、闇雲にといってよいほど推進しようとしています。微妙な表情や雰囲気、雑談での駆け引きや感触で裁判官や相手方の心証・本音を探るような職人芸は、そんなものに価値を見いださない人(できない若手も…)とそういうものを正面から認めるべきでないという建前に駆逐されていきそうです。何でもオンライン化すればいいというもんじゃないと、古い職人気質の者としては、思っているのですが。

15.罪の声 塩田武士 講談社
 グリコ森永事件から基本的な事実関係を借用し、グリコ森永事件の真相がこうだと思わせるような効果を狙って、グリコ森永事件をエンターテインメントとして消費した小説。
 グリコ森永事件を扱った報道や記事には、グリコや森永という企業の暗部にも言及しまた示唆し、犯人にある種のシンパシーを持ったり犯行に快哉を叫ぶものが少なからずあるのとは一線を画して、この小説は、徹底的に対象企業を擁護し正当化し、対象企業が嫌がることは一切触れないという姿勢を取っています。根強くある裏取引説を一蹴して犯人は株価操作以外では一切儲けていない(企業からは一銭も取れなかった)と言い張り、対象企業の行為は大量の首切りも含めすべて正当化(企業には落ち度はない、すべて犯人のせい)しています。作者の姿勢を象徴している事実として、この作者が挑戦状の多くを引用しながら、報道されて有名になった(私の記憶にも残っている)「森永 まえ ひそで どくのこわさ しっとるやないか」という挑戦状は一度も引用されていないことがあります。対象企業が言われたくないようなことには一切触れないという、大企業には忖度する姿勢が露わに思えます。
 そして、この小説は、犯人グループにシンパシーを持つ者を糾弾するように、犯人グループの残忍さを脅迫状や子どもの声の利用等をあげつらって強調した上で、グリコ森永事件の首謀者が極左であるという根拠はないのに、極左が首謀者だとし、ひたすら極左を悪者に仕立てています。権力に刃向かう者を悪者にしたがる感覚は、先の大企業を徹底的に擁護する姿勢と相まって、この社会の支配体制を守りそれに脅威を与えかねないものは許さないという意思を感じます。
 極左活動家だった者が、イギリスに渡り「ストライキが横行」していることに驚き、サッチャーの民営化と労働組合弱体化を支持する(310~311ページ)。極左の活動家にも変節を重ね右転向した者も多数いますが、少なくとも左翼陣営に踏みとどまっている者は労働者と労働組合に対してこういう姿勢は取らないと思います。この作者は、極左を、その思想や姿勢を知りもせずにただ何でもいいから貶めているように、私には感じられます。
 エンタメとしてのできは悪くないですが、作者の姿勢にただただ疑問を感じる作品でした。

14.実践 自分で調べる技術 宮内泰介、上田昌文 岩波新書
 市民が自分で関心を持ったテーマについて、自分の手で調査するためのノウハウを説明し、様々なことについて自分で調べてみることを勧める本。
 第2章で文献(雑誌記事・論文、本、新聞記事等)調査のノウハウが説明されていて、いろいろと知らなかった検索方法や媒体を知ることができます。この部分だけでも、読む価値があると思いました。
 この本では、文献調査に加えて、関係者への聞き取りや測定等のフィールドワークに相当な紙数を割いています。聞き取りでは、聞き取りという作業自体が聞く人と聞かれる人(話す人)の相互作用であることが指摘されています(126~127ページ)。同じ人が同じテーマで話したとしても、聞く人の聞き方、質問内容、関心のあるポイントや方向性によって、話される内容が大きく違うという指摘は、なるほどと思います。仕事がら、証人尋問の結果が、どこまでの材料がありそれをどう検討して何をどういう順番でどう聞くかでまったく異なるということは常日頃感じていますし、さらに言えば、法律相談も、特に相談者が証拠資料をほとんど見せずに聞くような場合、相談者が話した事実と相談者が聞いた質問に応じて、全然異なるものとなり得ます(だから、役所の無料相談とかどこかの電話相談で弁護士にこう言われたという相談者がいても、それはそう答えるしかないような聞き方をしたんだろうと思うことが多々あります)。
 聞き取り調査に加えてさらに科学的な測定まで、一般人にはかなりハードルの高い調査も、やってみようと勧める著者の志に敬意を持ちます。ただ、本当に実践するのは厳しいかなと感じ、私には、とりあえず『国会図書館サーチ』をブラウザのブックマークバー(この名前で Google Chromeを使ってるのがバレますね)に入れたのが成果というところです。

13.劇場 又吉直樹 新潮社
 中学高校の同級生野原と2人で劇団「おろか」を旗揚げした自意識過剰・自信過剰の脚本家兼演出家の永田が、渋谷付近の画廊で声をかけて不思議にも言われるままにカフェでおごってくれた青森出身の演劇志望で服飾系の大学に通う沙希と付き合い、いつしか沙希の部屋に転がり込んで暮らし、沙希の親の仕送りや沙希のバイト収入をあてにして公演を続け、若干の観客を獲得しながらも芽が出ないままにダラダラと演劇を続けるという展開の小説。
 何かを目指しつつ何者にもなれずにいる独りよがりな男が、ふつうに考えて絶対引かれるというか相手にされないシチュエーションで若い女性と知り合い、身勝手なことばかりしても相手から嫌われず、笑顔で受け容れ続けてくれるという、男性向けの都合のいいファンタジー・幻想・妄想なのだと思います。しかし、主人公の永田が、そこまで尽くしてくれる沙希にまるで報いず(まぁさすがに暴力を振るったりするところまで人でなしではないのですが)、生活費を全て出させて、沙希にバイトを掛け持ちさせながら自分がバイトして収入があったときも光熱費さえ払わず自分のものを買い込む、それでも笑顔でかまい続けてくれる沙希を思いやるでもなく脚本さえ書けずにゲームをし続けるというあまりのろくでなしぶり、卑屈さ、ひねくれぶりに、読んでいてどうにも心情的に入れないものを感じます。どういう人ならこの作品に満足感を持てるのでしょう。
 永田の自信過剰ぶりを、「永田が考えることは面白いと思うけど、こんな田舎の中学にお前みたいなんがおるってことは、全国のどの中学にも一人ずつくらい、お前みたいなんがおると思うねん。」と受け流す野原の言葉(42ページ)が、至言だなぁと思いました。

12.固定資産税土地評価 ビジュアル地目認定 山本一清 ぎょうせい
 固定資産税課税のための地目(宅地、田、畑、山林、雑種地等)の認定と、土地の価格の評価について、写真付きの具体例を挙げて解説した本。
 地目認定に当たっては現況(現在の利用状況)が重視されるとしつつ、宅地の建物を取り壊して果樹等を植えた場合には、当分は宅地のままで相当年数が経過しないと畑等には認定されず、他方、農地(田、畑)が転用許可を受けると現況が田畑のままでも直ちに宅地と認定されたり、山林に果樹が植栽されると相当期間の経過を待たずにすぐに畑を認定されるというのは、著者の意見というよりも、不動産鑑定士として市町村の地目認定実務の見通しを述べているのでしょうけれども、基本的に課税当局に都合がいい(多額の課税ができる)ように認定がされていると感じられます。この本では課税の公平性という言葉が多用されていますが、その多くは、課税逃れは許さないという方向で使われているように思えます。そうでない場合も、端的に言えば周囲の土地との均衡ということを言っており、そうするとその土地の現実の利用状況(現況)よりも周囲の土地利用に重きが置かれてしまい「現況主義」というのはお題目に過ぎないのではないかとも思えてしまいます。よかれ悪しかれ固定資産税課税とそのための地目認定はそのようなやり方をしているということを学ぶべきなのでしょう。
 ビニールハウスレベルでない永続性のある建物(鉄骨組の温室等)内で野菜等を栽培しているときに、土を耕して植えていれば畑と認定されるが、プランター等で栽培していれば宅地と認定するというのも、そういう基準が示されているからそう判定するのでしょうけれども、あまり常識的ではない、あるいはいかにもお役所的な発想に思えます。
 土地の価格の評価についても、せっかく不動産鑑定士が写真付きの具体例を挙げるのですから、標準的な土地(標準的な宅地、標準的な田畑等)に補正係数をかけるなどして評価するという場合、具体的にその補正係数の考え方を示して欲しいところです。その点は、パターン化されたものについていくつか一般的な数字が示されているだけで、具体的なケースについて考慮した係数の説明例がわずかしか見られなかったのが残念です。

11.地図と写真でわかる江戸・東京 西東社編集部編 西東社
 江戸の古地図や浮世絵・屏風絵・写真等を用いて、江戸の地形と開発、歴史、江戸時代の風物・風俗などを説明した本。
 家康入国前の江戸の様子やその後の市街地の形成、上水道建設と干拓、大火事での焼失と再開発などの経緯が地図と相まって説明され、現在に至る変化や地名の由来等がわかり興味深く読みました。
 鬼門とそれを守る鎮守の寺(「東叡山」寛永寺、江戸総鎮守としての神田神社の移設、裏鬼門に日枝神社を配置等)の配置、江戸の街の16%が寺社地など、宗教の位置づけ、宗教勢力の強さも、改めて感じました。
 29ページの安政の大地震と関東大震災の震度分布の図。「震度分布」って書いてあるのに図に「Mはマグニチュードを表す」と記載して「M5」「M6」「M7」が色分けして書かれているの、震度とマグニチュードを取り違えたものと思いますが、今どき素人でもやらないミスで、編集者の能力を疑ってしまいます。こういうところがあると、全体に安直に作ってるんだろうと、他のところの信憑性にも疑いを持ってしまいます。

10.ゼロからはじめる建築の[歴史]入門 原口秀昭 彰国社
 建築の技術技法、デザインについての歴史をイラスト中心で解説した本。
 イラストは、イラストレーターの記載もありませんので著者自身のもののようですが、そのできが素晴らしく、その部分ではわかりやすく魅力的な本です。説明も、一応初心者を意識している感じで、用語の意味や語源、略語の意味等の知識は増えます。
 他方で、Q&A形式なんですが、ふつうにQ&A形式にありがちな読者が聞きたい質問じゃなくて著者が説明したいことに合わせた質問だというレベルを超えて、建築の専門家じゃなければ聞きようがない、そもそも質問の対象とされている建築物や人物自体知らないような質問が多く、答の方も著者の問題関心がストレートに出たわりと趣味的なものに思えます。まぁ、著者の好みや意見が前に出た解説自体は、むしろ小気味よい感じですが。
 また、冒頭のヨーロッパ建築史概観と日本建築史概観は時代を追って書かれているのですが、その後はテーマ別の組積造、軸組構造、木造小屋組、オーダー(柱、付柱、装飾柱)の章立てとなり、「歴史」という形で把握しにくく、この点も建築の初心者には読みにくくなっています。

09.歩行者事故はなぜ起きるのか 松浦常夫 東京大学出版会
 歩行者が被害者となる交通事故について、統計や心理学的な考察を中心に、どのような場面で起こりやすいか、歩行者事故が多い子どもの特性と死亡事故が多い高齢者の特性、歩行者事故を防ぐために何をすべきか等を解説し論じた本。
 2018年の交通事故総合分析センターのデータでは、歩行者の死傷事故5万0756件のうち1万6267件は横断歩道横断中(115~116ページ)、道路横断中の事故のうち人身事故は横断歩道横断中が多い(横断中の56%)(170ページ)って、酷くない?
 歩行者用信号の待ち時間表示が赤信号無視を減らし(青信号を待つイライラを減らす)赤信号になった時の残留歩行者を減らす(赤信号になるまでの時間を表示することで渡りきるめやすを与える)効果がある(125~126ページ)が、外国では残り時間を数字で示す方式もあり著者の経験では残り時間の数字の減少に目を奪われて左右から来るかも知れない車への注意がおろそかになった気がするという指摘(126ページ)は、なるほどと思えました。横断歩道上の歩行者の存在を感知して青信号の時間を延長する信号も出てきた(156~157ページ)というのは、歩行者目線ではありがたいことです。車の運転者からはけしからんことかも知れませんが。
 連載を単行本化したことからか、様々な点から紹介があり有益な情報がある一方で、有機的体系的に論じていく展開になっていないように感じられました。

08.見たい!聞きたい!透明水彩! あべとしゆき、小杉弘明 日貿出版社
 水彩画家と絵の具メーカー(ホルベイン)技術者が、絵の具についての基礎知識、作画の技法に応じた絵の具と画用紙などの画材の特性や選択、水彩用画用紙や筆の特徴や扱い方などを対談形式で説明した本。
 タイトルやぱっと見からは水彩画の描き方、テクニックの説明かと思いましたが、テーマは専ら絵の具を中心とする画材の話で、専門的な細部にわたり、最初からそうとわかっていたら読まなかったかなと思いました。しかし、対談形式で、彩りのよいイラストや図、写真が多用されているので、予想外に興味深く読み切れました。
 顔料の固有の屈折率が糊剤のアラビアゴムの屈折率と近ければ透明水彩絵の具になりやすい、大きく違うと不透明水彩絵の具(ガッシュ)になるとか、顔料の粒子の大きさにより透明になったり不透明になったりする(25~27ページ)とか、自然乾燥の方がドライヤーによる強制乾燥よりも彩度(鮮やかさ)が高くなる(93~96ページ)とかいう話は、こういう機会でもないと知らなかったでしょうね。
 著者の水彩画が掲載されているページが、とても美しい絵で感心しました。折角だからもっと多数掲載していただけるとよかったと思います。

07.50の実例で知る住宅トラブルのきっかけ 建て主たちのクレーム事典 日経ホームビルダー編 日経BP
 建築工事でクレームにつながった事例とその原因、建設会社・工務店と建て主の行き違いのポイント、クレームの処理結果等を列挙した本。
 雑誌「日経ホームビルダー」の連載コラム「クレームに学ぶ!」を単行本化したものだそうで、元が雑誌のコラムのため、読み始めは、事例説明としてはちょっと短い印象でしたが、問題点や双方の行き違いのポイントがコンパクトにまとめられていて(イラストで「これが火種」と書かれているのがツボを押さえている感じ)、読み進むうちに、読むにはちょうどいいくらいの長さに思えてきました。
 読み手としては建設会社・工務店を想定しているようで、業者側がクレームを防ぎ、またクレームに対処するための教訓という感じのまとめ方が多くなっています。どう考えても工務店側に問題があるケースも多々あり、怒る建て主を戯画化したイラストがそぐわない印象もあります。他方で、工務店側には落ち度がなく建て主側のわがままに思える場面でも、顧客対応として工務店側の配慮不足を指摘する記事も相当数あり、業者側も大変だなぁとも感じます。

06.やがて訪れる春のために はらだみずき 新潮社
 カフェの出店を希望して同僚と準備を進めていたが思いにズレがあり裏切られた気持ちで会社を退職した村上真芽が、祖母ハルが骨折して入院したのを機に、長らく訪れていなかった祖母宅を訪ねて庭の荒れ果てた様子に驚き、手入れをしてそこでカフェを開くという展開の小説。
 体が衰え認知症の気配が現れた祖母に寄り添おうとし、祖母の言動と気持ちを理解しようとする真芽や幼なじみの遠藤、ハルを慕って庭に出没する近所の子どもあずきらの年寄りを大切にする姿勢にほのぼのとした暖かさを感じます。
 自営業の採算とかがあまりに甘く都合のいい設定に思えますが、そこが夢のあっていいところなのでしょう。

05.トラブル事案にまなぶ「泥沼」相続争い解決・予防の手引 加藤剛毅 中央経済社
 相続紛争でありがちな事例・問題を挙げて予防のために遺言作成等の対策と早期の弁護士への相談を勧める本。
 問題に応じてシンプルにした事例が紹介され、わかりやすく参考になりました。海外在住の人の印鑑証明がないので代わりに署名証明書を作ってもらう話(87ページ)とか、大正時代からの遺産分割協議未了の相続で相続人が50名近いケース(58~60ページ)とか、遭遇したくないですけど、こういう紹介を見ると、間違って当たってもなんとかやれそうな気になれます。
 相続人が行方不明のとき(相続人に認知症患者がいるときも同じでしょうね)に遺産分割協議ができないので、公正証書遺言を作成しておくべきという助言(225~226ページ)や、高齢の親の囲い込み(同居の親族が面会もさせてくれない)への対応(といっても難しい:181~191ページ)、相続放棄をしても朽廃家屋の管理責任が残るので相続財産管理人選任が必要となる事例(195~200ページ:それも金がかかるし…)などは、これからそういう問題が増えていきそうです。
 遺言の無効を主張することは非常にハードルが高いこと(120~122ページ)、相続廃除のハードルは極めて高いこと(170~177ページ)は、弁護士としては、いくら強調しても、し足りないほどです。
 行政書士(72~78ページ)、司法書士(101~104ページ)、弁護士でもとんでもないヤツ(78~79ページ)に依頼するな、最初から相続案件を得意とする弁護士に相談するようにと、セールストークが強すぎるのが鼻につきますが、相続問題に関心がある人は読んでみて損はないかなと思います。

04.共有不動産の鑑定評価 共有物分割をめぐる裁判例と鑑定評価 黒沢泰 プログレス
 不動産の共有について説明し、共有不動産の賃貸や売却、共有物の分割請求の事例と処理等を説明して、それらの場合の不動産鑑定士の出番等について紹介した本。
 この本でも繰り返し解説されているように、共有不動産は売却等の処分や賃貸等の際に他の共有者と意見が一致しないとそれができなかったりスムーズに行えないため、第三者が(全体であれば問題はありませんが)共有者の共有持分を購入することには躊躇するのがふつうで、共有者にとっては持分の売却は困難です。そのため、共有不動産の持分は、不動産の全体の市場価格に持分割合をかけた額より相当低く評価されざるを得ません。この本では、それを「共有減価」と呼んでいます。「共有不動産の鑑定評価」というタイトル、これを不動産鑑定士が書いていること、はしがきにもあるように「共有不動産の鑑定評価に関する限り、これに特化した書籍はきわめて少ない」ことから、不動産共有持分の評価、つまり「共有減価」について具体的に説明し論じているものと期待して、実務的な強い関心を持って読みました。
 しかし、その点に関しては、「20%前後の市場性減価を行っているのが一般的です」という不動産鑑定士協会のホームページの記載を紹介し(108ページ)、著者の鑑定例で、賃貸目的利用の事例故に「共有減価として通常20%程度を織り込むところ」その半分(10%)にした事例(120ページ)、別の事例で共有減価を20%とした事例(126ページ)が紹介されているだけです。結局この本を読み通しても、共有者の数や共有持分、(賃料収入を得る目的かどうかという1点以外はまったく)物件の性質等について区分して検討することさえなく、共有減価の具体的な評価については、共有の内容がどうかは気にもせずに原則20%、ただ賃料収入が目的の場合はそこまで減価する必要がなく10%という以上のことは出てこないのです。
 まぁ、共有不動産の評価に特化した本を書く人でさえ、共有減価は賃料収入が目的の場合以外は一律20%程度くらいしか考えがないんだ、とわかったことが収穫でしょうか。
 裁判例がいくつか、比較的詳しく紹介されているのですが、そこでは共有者間の代償金の算定が目的のため、共有減価をする必要はないとされ、他の点については勉強になることもありますが、共有減価に関する不動産評価・鑑定という点では関係がないと思えます。
 また、裁判例を始め、事例の紹介に際して、日付や金額を白抜き等にしているのですが、そうする必要性があるか疑問ですし、仮の数字でも入れてくれないと日付は前後関係、金額はどっちが多いか何倍くらいかの感覚もつかめずたいへん読みにくい。
 第5章を始め、不動産鑑定士のニーズを語り、その利用を繰り返し呼びかけていますが、私たち裁判業界の者は不動産鑑定ができればいいなと思う場面が多々あると常日頃感じてはいるのですが、鑑定評価の判断に疑問を感じることも多々あり(例えばこの本の123ページや125ページのように原価法ではいくら、収益還元法ではいくらなどといくつかの評価方法が列挙されてその評価額が全然違うのに、さしたる根拠も示さずに本件ではこれが妥当とか書かれていることが少なくなく、まぁ専門家の意見として使うけど、あまり納得できていない)、なによりも裁判等の一資料に過ぎないのにそれをしてもらうのに1件数十万円も取られる、さらにはそれを裁判等で提出しても不動産業者の無料の査定と大して違わない扱いのこともけっこうあったりする状況では、使う気になれないのが実情です。

03.化学の目で見る気体 身近な物質のヒミツ 齋藤勝裕 技術評論社
 気体を素材にして、大気中に含まれる気体(元素)、地球史の中での気体、宇宙史の中での気体、周期表の族毎の特性や気象、気体の物理等を紹介した本。
 地殻を構成する元素の重量比約50%が酸素だ(8ページ)とか、金は王水(硝酸と塩酸の混合物)だけじゃなくてヨードチンキにも溶ける(89ページ:どこが気体の話か…)とか、トリビア的な情報がいろいろあるのが興味深い。
 気体の状態方程式(PV=nRT)は間違っている(気体分子に体積があること、気体分子間及び気体分子と容器壁の間に引力・斥力があることを前提にしていないため)なんて言われて実気体の計測値のグラフ(141ページ)を見せられると、ドッキリします。高校で気体の状態方程式を習ったときに「理想気体」と言われていたけど、え~っ、こんなにずれるのと思うのですが、他方で、かなり高い圧力をかけたときの話でもあり、大気圧ではたぶんほとんどずれないとホッとしたりします。著者自身、「はじめに」で、「22Lのメタンガスは16gですが、二酸化炭素は3倍近い44gもあります」って状態方程式の説明に沿った話してますし(それならやはり22.4Lって言って欲しいですが)。

02.令和版遺言の書き方と相続・贈与 比留田薫 主婦の友社
 遺言の制度と相続、贈与についての一般的な説明をし、自筆証書遺言について文例を挙げて説明した本。
 遺言と相続について、一般の人が疑問に思う事項をわかりやすく説明しています。財産評価とか、税金関係は、この本を読んでもあまりわかりませんが、それは性質上仕方ないでしょう。
 自筆証書遺言(全文を自筆で書いて、日付をやはり自筆で記載して署名押印する遺言。法改正で、財産目録は自筆でなくてもよくなりました)の記載例が多数挙げられていて、主として、自分で自筆証書遺言を作成したい人向けの案内書として読まれる本だと思います。
 弁護士を遺言執行者として指定する文例が多い(大半がそう)ですが、公正証書遺言の公証人の手数料を解説していても(40~41ページ)、信託銀行の遺言信託手数料例に触れていても(58ページ。高い…)、遺言執行者の報酬にはまったく触れていないのはどうしたことでしょう。

01.新版ウィルスと人間 山内一也 岩波科学ライブラリー
 自らは遺伝情報(DNA、RNA)に基づいて子孫を作る機能を持たず、細胞に寄生して、宿主の細胞にウィルスのDNAないしRNA(ウィルスによりDNAを持つもの、RNAを持つものがある)を複製させ、ウィルスのDNA、RNAの情報によりウィルスタンパク質が合成されそれにより子ウィルス粒子が組み立てられることで増殖するウィルスの生態、宿主や他の動物との関係、ウィルスに対抗する手段、近年の新たに出現するエマージングウィルス多発の背景等について解説した本。
 興味深い話題が多数書かれていますが、エピソード間の関係がやや整理されていない感があり、雑多に羅列されている印象があります。
 移植臓器不足解決の手段として豚の臓器の移植やiPS細胞を用いて豚に人の臓器を造らせる研究が進んでいますが、これについて豚の体内では病気を起こさないウィルスが人の体内で新たな病原性を示すような新タイプのウィルスに変異する恐れが指摘され(115ページ)、野ネズミの繁殖を抑制する目的での不妊ワクチン開発の過程で人工的に免疫の効かない強毒性のウィルスができてしまったことが紹介されて(117ページ)いるのを見ると、科学研究の希望と危うさが隣り合わせであることを感じます。
 他方で、ウィルスも宿主を殺してしまうと/強力に殺し過ぎると自らの生存が持続できなくなるため、究極的には宿主との共存へと進み、HIVでも病原性が低下したウィルスが見いだされたり感染後十数年を経て発症しない人も見いだされるなど人との共存の道が始まっているのではないかという指摘(119~120ページ)などを見るとどこかホッとします。

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