庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2021年4月

10.まるわかり給与計算の手続きと基本 2021年版 竹内早苗 労務行政
 月次給与と賞与の計算、明細書や関係書類の作成、所得税の源泉徴収・住民税の特別徴収、社会保険料の徴収・計算、年末調整のしかた等について解説した本。
 税金の徴収(所得税源泉徴収、住民税特別徴収)と社会保険料の徴収のためにどれだけ多くの書類作成や注意が必要とされているか、社会保険料に関しては資格取得・喪失・特定年齢に達した達してないで徴収するしないがけっこう複雑に規定され(月次給与は前月分徴収のため前月末日基準、賞与は当月末日基準、資格喪失は退職日の翌日=末日退職ならその月は資格ありで徴収される、年齢は誕生日前日に加算など)1日の違いで扱いが変わるなど、法律の規定というか役所の都合に総務担当者がいかに翻弄されているかがよくわかります。
 給与計算の実務というのは、手引類を見ながら機械的にやっていくしかないのかな、内容を理解した上で頭にたたき込むのは、その分野のプロならともかく、雑学知識として習得するのにはハードルが高すぎるなと思いました。
 基本給の決定基準は作成義務がないから開示要求に応える必要はない(19ページ)、遅刻して所定終業時刻後も残業した場合に当然に遅刻分を差し引いて労働時間を計算する(136~145ページ等。90ページで「完全月給」の場合は不就労控除/欠勤控除をしないと説明しているのですが、計算場面ではそういうケースは想定しないようです)など、使用者に有利に有利にというスタンスが感じられます。労働者側弁護士の価値観からすれば、そう見えるということなんでしょうけど。

09.マリッジカウンセリングブック 吉池安恵 出版芸術社
 心理カウンセラーの著者が、夫婦げんか、浮気、セックスレス、DV等のマリッジカウンセリングの事例を紹介しながら、夫婦の行き違いの原因や解決方法などを論じた本。
 ゲーリー・チャップマンの「愛を伝える五つの言葉」を引用し、どういうときに愛を感じるかを、肯定的な言葉で伝える(褒めたり感謝することを口に出して言う)、無言の献身(不言実行、口先よりも態度)、贈り物(無形のものではなく物が欲しい)、一緒に至福の時を過ごす(物よりも一緒にいることや体験)、肌を触れあう(スキンシップ)を挙げ、自分はどうかということ、そして相手はどうかということを考えるように勧めています(182~194ページ)。他人から自分がされたいことを他人に対して行えという黄金律じゃダメなんですね。自分がされたいことを、相手もされたいと思っているわけじゃないと…
 妻からDVを受けているが子どものためを思うと別れることもできずに耐えているという夫からの相談もある(94~95ページ)というところ、もちろんそれが多数派というわけではなく全体像としては夫からのDVが圧倒的とは思いますが、離婚訴訟では妻側が圧倒的に優位にあることを背景に妻側がかなり横暴な姿勢と主張を示すケースも見られ、そういうこともあるのだろうなと思います。

08.建築家になりたい君へ 隈研吾 河出書房新社
 著者が建築家を目指したきっかけ、学生時代に考え学んだこと、これまでの経験やそこから建築について考えることなどを語った本。
 小学生の頃に丹下健三の国立代々木競技場に憧れて建築家になろうと思った(18~19ページ)著者が、当時とは時代が変わったとは言え、コルビュジエの国立西洋美術館にはガッカリさせられた(25ページ:実は、私も、みなさんが褒める国立西洋美術館の建物、どこがいいのかわからないなぁとかねがね思っていましたけど)とか、高1のとき大阪万博で見た丹下健三のお祭り広場は大きな工場のような退屈で殺風景な空間だった(58ページ)とか思い、安い素材で「低い」とか「小さい」を意識していくというというあたりが、読み物として面白く思えました。
 「プレゼンテーションで一番大事なのは、相手を引き込み、のせてしまうような強力なタマがあることです。それさえあればリスクつぶしは後からいくらでもできます」(91ページ)というのは、忘れがちですが、大切なことだと思います。
 建築家の仕事は、ある意味で相手を説得する仕事ですと、著者は何度か語っています(44~45ページ、200~201ページ等)。クライアントを説得してOKをもらう、近隣の住民に説明して説得する、そういう場では、相手から逃げずに、相手と正面から向きあって、堂々と、正直に説得することが大事だといいます。同じように、依頼者の人生がかかった場で、人を説得することを生業としている者として、そこはそのとおりだなと思います。説得する主な相手が、裁判官なのか、依頼者なのかというところは、弁護士によって、あるいは事件によって変わってくることにもなりますし、その説得のためのテクニックはちょっと違ってくるかも知れませんが。

07.現代アートをたのしむ 人生を豊かに変える5つの扉 原田マハ、髙橋瑞木 祥伝社新書
 元キュレーターの作家と元学芸員で香港のアートセンター館長の2人が、現代アートとその魅力について語った本。
 「現代アートって何?」と題する歴史の話の場面では、そこそこ知っている画家(アーティスト)が登場しますが、個別の紹介になる「ふたりが選ぶ、いま知っておきたいアーティスト」になると、アンディ・ウォーホルしか知らん…私、少なくとも学生の頃は美術好きで美術館にもけっこう通っていた方なんですが…やっぱり「現代アート」は敷居が高い。
 興行側の著者たちが美術館に足を運んで現物を見に来いと誘うのは理解できるものの、特に東京では、美術館は、最近だと1回1900円も取られた挙げ句に、特に新聞社・テレビ局主催・後援だと大宣伝でたくさんの人が押しかけて行列を作り人の頭しか見えなかったりへたすると立ち止まって見てたら注意されたりするような、とても文化の香りがしないところに見えます。平日の午前中と週末の昼前後が最も混雑する、閉館30分前を狙えというご指導(219ページ)はありがたく受け取っておきますが、それで見に行こうと思えるのはよほど気に入った作品に限られると思います。近年の日本の美術展には、何としても見たいと思うような作品はあまり来ないように思えるのですが。
 著者(原田マハ)が、自分は国立近代美術館の熱心なファンだと言って、「騎龍観音」(原田直次郎)、「裸体美人」(萬鐵五郎)、「生々流転」(横山大観)、「第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神」(アンリ・ルソー)を是非見て欲しいと紹介しています(225~226ページ)。国立近代美術館は、私の事務所から歩いて行ける圏内なので時々平日の昼間に時間ができたらぶらりと行っていました(コロナ禍後、予約制になってしまい、面倒に思えて行かなくなりましたが)。「生々流転」以外は常設展でたいてい展示されていますので何度も見ました。ルソーは、他の作品でも植物・樹木の描写が巧みで、私は好んで見ています。「騎龍観音」は少し奇をてらった構図ですが、見惚れます。でも「裸体美人」は何度見てもどこがいいのかわかりません。「現代アート」が、このあたりの作品のことだったら、わかりやすくていいのですが…

06.他者を感じる社会学 差別から考える 好井裕明 ちくまプリマー新書
 差別について、原理的・哲学的な観点からの考察や、著者の経験やこれまでに見た各種の作品を通して考えたことなどを解説し論じた本。
 他者をカテゴリーに当てはめるという日常的な認識自体が差別を必然的に生じさせかねない、つまり自分が差別をするということは、常時「あり得る」という認識が度々語られます。差別など自分とは関係ない、別世界のこと、他人事と捉えるべきでないという主張は、わかるのですが、同時に、誰もが差別をしかねないという認識が、確信犯的な差別、悪質な差別を相対化してしまいかねないというリスクもまたあるような気がします。もちろん、著者にはそういう意図はないでしょうけれども、人間、自分もまたやりかねないと思う行為に対しては甘く(寛容に)なるという面はあると思うのですが。
 ネット(スマホ)でのやりとりについて、匿名性が相手を傷つける行為を成立させる大きな要因であるというだけでなく、やりとりの速度に慣れていくうちに向こう側に人間がいること、自分と同じ人間がいることを忘れて機械(スマホ)を通したやりとりに没入していることが、他者を差別し排除できることにつながりやすいという指摘が「はじめに」にあり、そちらにハッと引きつけられました。つかみが結局はいちばん頭に残るというのは、ビジネス書の類いではよくあることですが。

05.女であるだけで ソル・ケー・モオ 国書刊行会
 父親に売られたメキシコ先住民ツォツィル族出身の娘オノリーナが、オノリーナを買った夫フロレンシオから激しい暴行を受け、さらには夫に金を払った夫の友人との性交を強要された挙げ句に夫を殺して懲役20年の刑を受けるが、薄給の人権委員会で働く若き弁護士デリアが恩赦を求めて奔走し…という展開の小説。
 カバーの見返しでは「史上初のマヤ語先住民女性作家として国際的脚光を浴びるソル・ケー・モオによる『社会的正義』をテーマに、ツォツィル族先住民女性の夫殺しと恩赦を、法廷劇的手法で描いた、《世界文学》志向の新しいラテンアメリカ文学×フェミニズム小説」と紹介されているのですが、法廷のシーンはありません。デリアと検察官、裁判官とのやりとりの台詞はあっても、それは法廷でというよりも法廷外でのやりとりのようですし、証人尋問の場面もありません。「法廷劇」と言われれば、ふつうは証人尋問や被告人質問をはじめとする法廷シーンがあり、緊迫感のあるやりとりを期待するはずで、そこはちょっと出版社の姿勢を疑います。
 虐待を受けた先住民女性を救い出すために、若い女性弁護士が頼まれもしないのに報道を見て弁護を買って出て弁護士費用も取らずに(まぁ本人からは取れないでしょうけど)持ち出しで献身的に活動するのに、本人からはさして感謝もされません。出所したらしばらく自宅に住まわせるというのも何か当然のように受け止められています。弁護士に対する高い期待があると受け止めるべきなのでしょうけれども、こういうのを読むと、弁護士というのは実に報われない存在だなと、暗い気持ちになります。

04.震災風俗嬢 小野一光 集英社文庫
 東日本大震災後、早期に営業を再開した性風俗店に勤める風俗嬢や、震災のために勤め始めた風俗嬢へのインタビューにより、震災が人々の意識と生活に与えた影響を考察した本。
 男性の場合、弱音を吐くな、人前で弱みを見せるなと言われて育つことが多いため、震災で地震や家族が被害に遭っても、避難誘導や救助活動で悲惨な光景を目にしても、それで強い衝撃を受けても、それを人に素直に話せないということは、ありそうなことで、そういう日頃人に言えずにいることを、肌を合わせ、そして日常生活で会うことはない風俗嬢にだけ、漏らす、愚痴るということもありそうなことではあります。そういう意味で、被災者の本音を風俗嬢へのインタビューで知るという方法はあるのかも知れません。しかし、取材者としてインタビューを生業とする者であれば、そういう相手でも話させるのが仕事であり技であり、正面から直接聞いても話は取れるはずじゃないかと思います。風俗嬢経由では、話は伝聞で不正確になるでしょうし、具体性を欠き、もっと聞きたいというところも確かめようがありません。そこは、方法論としては、やはり無理というか限界があり、著者が風俗嬢インタビューが得意というか好きだからそうしたという方が素直だと思います。
 風俗嬢自身の経験の部分は、直接のインタビューですが、人数が少ないこと、その後も仕事を続けている人で、インタビューに応じてくれた人の話ということでの偏りがあると考えられ、ごく少数の個人的な経験として、そういうこともあるんだという読み方をすべきでしょう。
 どうしても抽象的な話の断片にはなるのですが、いくつかの断片が組み合わさることで、震災による被害、人の生活や人間関係への影響には、いろいろなことがあり、頭では想像しきれないなぁということは、感じられました。

03.記者のための裁判記録閲覧ハンドブック ほんとうの裁判公開プロジェクト 公益財団法人新聞通信調査会
 刑事裁判及び民事裁判の記録閲覧の法規定と実情、閲覧のためのノウハウ等を説明した本。
 実際に記者が(取材とは言わずに)刑事確定記録の閲覧を申し込み、検察からほぼ機械的に求められる「関係者の身上・経歴等に関する部分を除く」の記載を拒否して全部不許可の決定をされ、裁判所に準抗告して閲覧を勝ち取った経験の報告(10~31ページ)がいちばん読みでがあります。
 執筆者らは、憲法と法律の規定の原則、そしてアメリカとの違いなどを挙げて、日本の裁判所・検察庁の運用を強く非難しています。私も、日本の裁判に関しての個人情報の扱いは、ちょっとやり過ぎに感じてはいます。しかし、アメリカの情報公開は、裁判手続の中でも相手方に手持ち証拠を開示させるディスカバリーなどの制度の存在と運用や、適正手続が重視される裁判観などの背景の下でなされているのだと思います。そこだけ取り出してもなぁという思いもないではなく、制度運用はそれぞれの国の社会情勢と切り離しては論じられないところがあります。日本では、いまだに、「裁判沙汰」「訴訟沙汰」などと言われ、裁判を起こすことや裁判の当事者になること自体が恥であるような価値観が幅をきかせています。この本で、東京地裁での民事訴訟の情報について「J-SCREEN」がデータベースを作り当事者名を検索できると紹介しています(79~80ページ)。記者である執筆者は、この会社が何のためにそういうデータベースを作っているか、まさか知らないのでしょうか。この会社のサイトのトップページ(こちら)にもこの会社のサービスとして「採用調査」が上げられ、「東京都民事訴訟」のサービスにも使用目的として " employee vetting " (採用調査、身元調査)が明記されています。裁判を起こすような輩は採用しないという企業がそれを選別するためのサービスとして、裁判所が受付と法廷前で開示している裁判当事者情報をデータベース化しているのです。被差別部落出身者の採用差別を目的として作成された「地名総監」を今発行することは許されないでしょう。被差別部落の出身者と、裁判を起こす人というのは意味合いもレベルも違うかも知れません。しかし、これもある意味で思想差別なのではないでしょうか。私には、こういうことをする会社があるのでは、またそのようなニーズを持つ企業が多数ある状況では、裁判所が裁判当事者の個人情報の公開に非常にナーバスになるのも致し方ないようにも思えてしまいます。こういう会社の存在を肯定的に紹介し利用を促すようなセンスの記者に、裁判所の姿勢を非難されると、先にも述べたように、私自身、今の裁判所の扱いはやり過ぎだと感じてはいるのですが、今ひとつ心情的には反発を感じます。
 巻末に、執筆者の1人が、検察が関係者の身上経歴関係を墨塗して開示したのに対して最高裁に特別抗告までして争った際の特別抗告申立書が全文掲載されています(資料8~29ページ)。流し読みしてみましたけど、言っていること自体はおかしいことを言っているわけではなくわかるのですが、くどくて長い、と感じました。裁判官を説得するという観点からはもっと短く煮詰めるべきだろうと感じました。もっとも全文掲載までするくらいだから、これで勝ったのか、まさかと思いましたが、最高裁は三行半で棄却しています(資料32ページ)。ただ、考えてみると、字数としては裁判所用書式(1行37字26行)に換算して25枚半です(インデントがないので実質は27枚程度かも)。私は、上告理由書、上告受理申立て理由書は、基本的には20枚未満にするようにはしていますが、25枚程度になることもときにはあります。他人が書いた文書を読まされる側には、25枚半ってこんなにも読むのが苦痛で冗長に感じられるのかと、改めて反省しました。

02.実務家のための労務相談 民法で読み解く 野田進、鹿野菜穂子、吉永一行編 有斐閣
 労働事件でよく問題となる論点について、民法の原則と労働法での修正(特則)を比較し、関連する判例・裁判例(ところどころで用語法が違うところもありますが、原則として最高裁の判決、さらに限定すると「最高裁判所民事判例集(民集)」に掲載されているものが「判例」、その他の判決、特に下級審判決は「裁判例」)を解説した本。
 実際に適用されるのは労働法なので、民法ではどうだという議論をしても実務的にはそれほど実益があるわけでもなくて、ましてや民法の条文の順番に並べるというこの本のコンセプトは、民法学者さんの自己満足という印象があります。それでも、日頃あまり意識しない民法の規定との比較をすること自体は、頭の整理にはなりますし、通常とは違う順番でものごとを見るのも、少し新鮮な気持ちにはなりますので、労働事件慣れしている弁護士にも一読の価値はありそうです。
 判例・裁判例の紹介がそれなりになされているので、知識・記憶の再確認にも役立ちます。判例・裁判例をどこまで紹介するかについては、執筆者によってレベルというか深さがまちまちですし、どの判決を紹介しどの判決に触れないかが、執筆者により(労働者側弁護士か、使用者側弁護士か、学者か)バイアスが感じられます。裁判例の傾向について、自分とは違う見方があることは、意識しておいた方がいいとは思いますが。
 少年(18歳未満)について法定労働時間(1週40時間、1日8時間)を超える定めは無効となり無効部分は労基法が適用される、その時賃金部分の定めは無効にはならないという説明がなされて橘屋事件・大阪地裁昭和40年5月22日判決が引用されています(44ページ)。これ、要するに、例えば1日の所定労働時間10時間で日当1万円という契約の場合に、8時間を超える所定労働時間が無効になって労基法どおり8時間となるが日当は1万円のままという意味なんですが、それは成人労働者の場合も同じです。書いていることだけを見たら(少年についてそうなること自体は)間違いではないんですが、読んでいると成人労働者は違うように錯覚しかねません。こういう解説を書かれると、この人わかってるのかなと不安になります。
 任意法規(契約で別の定めをすれば法律の規定と異なる扱いができる)と強行法規(契約で法律と別の定めをしても無効で、法律の規定どおりに扱わなければならない)の説明で、時間外・休日割増賃金や休憩時間について労基法の規定が適用されない「管理監督者」を定める労基法41条2号について「当然ながら強行法規となります」と説明されています(84ページ)。そうでしょうか。労基法上の「管理監督者」に当たる場合でも使用者がその労働者に対して時間外・休日割増賃金を払うのは自由です。だから労基法41条2号が強行法規と考えるのではなくて時間外・休日割増賃金や休憩時間を定める労基法37条、34条等が強行法規だから自由に適用除外できない、法律が定める例外でないと適用できないということと考えるのが自然だと思います。
 「民法96条2項は、第三者による詐欺の場合、相手方が善意・無過失であれば、意思表示は取り消すことができないとされ、同条3項では、第三者による詐欺による意思表示の取消しは善意・無過失の第三者に対抗できないと規定しています。」と記載されています(96ページ)、これも、それ自体は間違いでないとしても、こう書くと、まるで相手方による詐欺を理由とした取消なら善意・無過失の第三者に対抗できるかのようにも読めます。こういう説明の文書を書くときに、そういうことが気にならないのか、ちゃんとわかってるのかなと疑問に感じます。
 大学教員の就労請求権について、就労請求権ではなく、労働契約上の付随義務として図書館の利用の請求権だけ認めた判決が1つあるに過ぎないかのような説明がなされています(154~155ページ)。学校法人共栄学園(鈴鹿国際大学)事件・最高裁平成19年7月13日第二小法廷判決が「何ら業務上の必要性がないにもかかわらず、教授として最も基本的な職責である教授会への出席及び教育諸活動を停止する旨の業務命令」について、業務命令の無効確認を求める訴えを適法として、確認の利益を認めたことは、実質的には就労請求権があると考えているとも評価できますし、この最高裁判決についての判例時報の解説は、学説上「一般論として、大学教授が就労請求権を有するか否かについては、これを肯定する見解がむしろ多数であるように見受けられる。」とし(判例時報1982号156ページ第4段)、下級審裁判例についても「大学教授の就労請求権を一般的に肯定するものが多数を占めている」(同157ページ第1段)と紹介しています。私は、大学教員については、近年は就労請求権を認める潮流がだいぶはっきりしてきていると評価しているのですが。

01.腸すっきり!スーパー快便力 山名哲郎 主婦の友社
 便秘と便漏れを治す方法について説明した本。
 よりよいトイレ習慣として、「考える人」のポーズで排便する(洋式トイレに座り前傾姿勢で両肘を太腿の上に置き踵を上げる:49ページ。考える人はそういうポーズじゃないように思えますが…)、腹式呼吸で、いきまないということを勧めています(47~50ページ)。便秘の人は、「スッキリするまで」「便を出し切るまで」トイレにこもってはいけない、便が出なくても3分をめやすに諦めろ、そうでないとうっ血して痔になるとか、悪くすると心筋梗塞などを引き起こすとかも、書かれています。
 便失禁の治療法として、体内に心臓のペースメーカーと同じ形の装置を埋め込みリード線を介して仙骨神経に微弱な電気刺激を与えて便失禁を改善させる「仙骨神経刺激療法」が紹介されています(120~123ページ)。電流の強さは医師が調節し患者がリモコンで調整操作するとか。体内に機械を埋め込むということが命の危険までは行かないQOL改善目的で行われる時代なんですね。それが可能なら刺激する場所を変えて、バイアグラいらずなんて手術、それもリモコンで自由自在なんてことになったら、需要はかなり多いと思うのですが。

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