◆私のお薦め本◆
  最終弁論
  (原題 : LADIES AND GENTLEMEN OF THE JURY)

 マイケル・S・リーフ、H・ミッチェル・コールドウェル、ベン・バイセル著
 1998年 (日本語版は 藤沢邦子訳 2008年 ランダムハウス講談社文庫、2002年 朝日新聞社)
 アメリカ裁判史上に残る優れた最終弁論を6件選んで掲載した本と、「はじめに」で紹介されています。裁判の記録が残っていないとかの事情や、著者の好みとかがありますから、文字通りの意味でアメリカ裁判史上のベストの最終弁論ということではありません。そのことは、著者も指摘しています。私が読んだ感想としても、多くは巧みな説得、構成、展開とは思いますが、抜群の刮目すべき弁論かと聞かれれば、そこまでは・・・と思います。
 事件の選択も、クセがある感じです。著者3名のうち2名が検察官出身ということもあってか、6件のうち3件が検察官の最終弁論(日本の制度でいえば「論告」)で弁護側の最終弁論が2件、民事事件の最終弁論が1件となっています。

 しかし、そういう難点をおいても、私は、この本を一般の方に是非読んで欲しいと思います。
 弁護士の立場から言うと、一般の方には、弁護士の仕事として法律上の主張の展開を期待される方が少なくありません。現実の裁判では、法律論そのものが主要な戦場になることは少なく、証拠に基づく事実関係が主戦場になることが普通です。ですから、最終弁論も、主要な主張は法律論ではなく、法廷に出された証拠についてそれをどのように評価し、どのような事実が認定されるべきかが中心で、法律論を展開する場合でもその具体的な事実関係に絡めて主張するのが普通です。そういうことを何度も説明するのですが、一般の方にはなかなか理解していただきにくいというのが実情です。
 この本では、現実の裁判でなされた最終弁論を基本的にそのまま掲載していますので、こういう本を読んでいただければ、裁判での最終弁論、ひいては弁護士の仕事について具体的に理解していただけるのではと、弁護士としては期待します。
 ただ、そういう内容だけに私たちの業界の人間以外には読み通すのが苦痛かなという気がしますし、掲載されている最終弁論のうち4件はかなり長い。

 それから、アメリカでの裁判ということで、日本の場合と異なり、陪審員を対象に文書なしでしゃべって弁論していることから日本の裁判でのスタイル、ポイントの置き方とは異なる部分が多いので、そこは頭に置いて欲しいところです。
 そして掲載されている6件のうち弁護側の最終弁論で長いものは、クレランス・ダロウというアメリカでも屈指の著名弁護士の弁論だそうですが、選ばれた事件が事実関係は争わず終身刑か死刑かだけを争う事件で、しかもダロウが選んだ争点が情状に関する事実関係を展開するよりも年少であることと病んだ精神による犯罪であることに絞られているため、証拠についての指摘が少なく、法律論中心のものとなっています。しかも、この最終弁論でダロウが指摘する事実関係は、私の感覚では、必ずしも被告人に有利でないものが少なくありません。日本で現在の刑事裁判で展開するという前提であればこの弁論は必ずしも優れた弁論ではないと、私は感じます。実際の事件ではダロウが勝訴し、また法律実務家と法学者の著者がアメリカ裁判史上に残る優れた弁論と選んでいるのですから、アメリカの刑事裁判の実務上優れたものであることは疑いありません。そのあたり、文化の違いを感じます。日本でも、裁判員制度の開始にあたり様々な調査が行われていますが、一般の人の感覚では少年であることは刑を重くする事情と考える人の方が多いという調査があり、法律実務家とは正反対の感覚で衝撃を受けたことがあります。それと同じような文化の違いがあるのでしょうね。
 ダロウの弁論以外でも、引用されている例えや格言、エピソード類にもなじみのないものがあります。それはまさに文化の違いです。

 むしろ私たち日本の弁護士が読んで現実の最終弁論らしいのは、シャロン・テートらの連続殺人事件とベトナム戦争でのミライ村の虐殺事件での検察側の最終弁論です。このあたりを読んで、現実の裁判での弁護士や検察官の仕事について実感していただけるといいなと、一弁護士としては思います。

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