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たぶん週1エッセイ◆
映画「相棒-劇場版-絶対絶命!42.195km東京ビッグシティマラソン
ここがポイント
 犯行の手口と動機、犯人像がちぐはぐな印象、むしろ犯人逮捕後の方が魅せてくれる
 現地で生活するボランティアが、大使館から退去勧告を受けていたら、退去しないでゲリラに拉致されたら「自業自得」なのか?問題提起の感覚にズレを感じる

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 連続殺人・予告殺人をめぐる刑事物映画「相棒−劇場版−絶対絶命!42.195km東京ビッグシティマラソン」を見てきました。サブタイトルが長い!
 人気TVドラマの映画化だそうですが、例によって、私はTVほとんど見てませんので、ドラマは見たことありません。大入りで動員300万人突破だとかでロングラン上映してたので間に合いました。

 前半はネット(SNS)での「処刑リスト」に沿って行われる連続殺人事件と、チェスの棋譜になぞらえて犯人が残すヒントを元に警視庁の窓際族杉下右京(水谷豊)らが謎を解いていく刑事物ミステリーです。
 犯人が発覚を覚悟してというか敢えて発覚させようとしているからでしょうけど、現実の殺人事件の手際のよさと用意周到さに比べて、守村やよい(本仮屋ユイカ)の捕まり方の不用意さとかがちぐはぐな印象を受けます。守村やよいが何のために被害者と接触していたのかも、結局よくわかりませんし(殺された判事とかコメンテーターが「Sファイル」のことを知っていたとも思えませんしね)。
 また、犯人がわざわざチェスの棋譜になぞらえて暗号のようなヒントを出し続けた動機も、ちょっとしっくり来ません。犯行の動機からしたらストレートにマスコミに犯行予告を送りつけた方が効果的でしょうし、警視庁との勝負やゲームという感覚も犯人像とフィットしません。
 そのあたりの設定の問題と、杉下右京の台詞が浮き気味なのが難点ですが、謎解きドラマそのものは楽しめます。

 犯人逮捕の場面は、最終段階の実行計画がそれならもっと別のやり方の方がいいだろと思いますし、最後の計画はそもそも無理だと思います。
 しかし、犯人逮捕後がむしろドラマになっていて、ここからは人情ものになります。前半がばたつき気味なのに対して、ここからはしっとり見せてくれます。
 最後は、むしろ政界ドラマになって、旧世代の政治家と若手政治家の戦いともなり、制作側の若手政治家への大きな期待が示されています。片山雛子議員(木村佳乃)の決断と行動力、旧世代だけどそれを見守る瀬戸内米蔵元法務大臣(津川雅彦)の味のある演技が心地よい。私もオウム犯罪被害者の救済立法の要請で相当数の議員さんと会い思いを聞いて、中堅・若手の政治家の正義感・良心には期待したいと思っています。現実には、映画よりも、官僚の壁が厚いのですが・・・
 ただ、流れに沿って見ているうちはいいんですが、振り返ってみると、連続殺人が若手政治家の良心を目覚めさせたという位置づけになり、ちょっと、それでいいのかなぁという気持ちになりました。

 この映画では、南米の内戦地域で活動していた日本人ボランティアがゲリラに拉致されて身代金要求されたのを日本政府が「自業自得」だとして見殺しにしたという5年前の事件が犯行の動機となっています。敢えて場所を南米にし、敢えて「自己責任」という言葉を使わずに「自業自得」と言い続け、もちろん最後にフィクションだと断っていますが。
 少し気になったのは、争点を、日本人ボランティアが拉致されたのが退去勧告を知らされる前だったのか後だったのかに置いた点。事実は退去勧告は現地ではまだ村落地帯には知らされておらず日本人ボランティアが拉致されたのは退去勧告を知らされる前だったのを、外務省がひた隠しにして退去勧告後も退去しなかったのだから「自業自得」と言い張ったという図式になっています。それはそれで、いかにもありそうな話です。しかし、退去勧告を知っていたとして、それで非難され、「日本人の恥」とか罵られるのを我慢しろということになるでしょうか。特にこの映画の設定だとすでにボランティアとして現地に行って現地の子どもたちと交流して日常生活を送っているわけです。それを日本大使館が日本人は退去するよう勧告したら、現地の子どもたちを捨ててすぐに退去すべきなのでしょうか。むしろそれこそ現地での日本人の評価を落とすのではないでしょうか。(映画でのですよ、一応)外務省の隠蔽工作は論外ですが、「自業自得」の大合唱をしたマスコミやボランティアの家族に嫌がらせを続けた「一般市民」の行為をすべて隠蔽工作のせいにすることはできないはずです。そのあたりがラストで責任追及の対象を絞りすぎた感があります。

 あと、私としてはやはり同業者のことを考えてしまいます。
 武藤かおり弁護士(松下由樹)が、守村やよいの「任意」調べ中に取調室に入ってくるところは、法律論としては正しいけど、現実には無理でしょうね。(警察署レベルならともかく)警視庁本庁なんて弁護士が依頼者がいる取調室に自力で行き着けるとは思えないし、聞いても教えてくれるとは思えませんし(そして入る時点で行き先を特定できないと、そもそも入れてくれませんし)。
 そして、武藤弁護士は、結局依頼者に騙されていたことになります。弁護士を長くやっていると、時折あることですが、切ないですね。騙された後は登場しませんが、そのあたり心境をおもんばかって、同業者としてはしんみりとしてしまいます。

(2008.6.13記)

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