庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「私の愛、私のそばに」
ここがポイント
 難病悲恋ものの典型的なパターンで、いかにもの展開
 患者と家族の描写が比較的多く、筋萎縮性側索硬化症の患者の悲劇と看護・介護する家族の圧倒的な悲しみ・苦しみと少しの喜びが感じられる

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 韓流難病もの恋愛映画「私の愛、私のそばに」を見てきました。
 封切り4週目土曜日、全国3館、東京では唯一の上映館となった新宿武蔵野館午前10時40分の上映は6割程度の入り。観客は若い女性が多数派でした。

 離婚して父親が経営する葬儀社で働くジス(ハ・ジウォン)は、依頼者である母を亡くした車椅子の青年ジョンウ(キム・ミョンミン)から幼なじみだったことを知らされて気づき、ジョンウから難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)に罹患していることを告げられ、ジョンウの中国での治療からの帰国後、交際を始め、2人だけの結婚式を挙げる。しかし、ジョンウの病状は次第に悪化し、思いあまってジスが連れて行った怪しげな鍼師の施術でジョンウの病状がさらに悪化して、ジョンウは入院生活に逆戻りすることになった。責任を感じたジスは病院に通い献身的な看護・介護を続けるが、ジョンウは病状の悪化につれて冷たい態度を取るようになり・・・というお話。

 難病悲恋ものの典型的なパターンで、最近ではこのパターンでは一度は患者側が相手の将来を思って別れを決意させるためにことさらに冷たい態度を取るというのが恒例となっていますが、その点も含めて、いかにもの展開です。そういうあざとさというか、お涙ちょうだいの狙いが見え見えでもありますが、それでもなお、きっちり泣かされてしまうのが、私の単純さなのか(でも他の観客もたいてい泣いてたと思います)商売人の技なんでしょうね。
 恋愛ものの割に、ジョンウの入院先の患者と家族の描写が比較的多く、筋萎縮性側索硬化症の患者の悲劇と看護・介護する家族の圧倒的な悲しみ・苦しみと少しの喜びが感じられます。
 ジョンウが冷たい態度を取る前、医師の説明で病気の進行で感情がマヒして以前と違う態度・人格となることがあるというような説明が入り、そのような展開かなと思わされます。看護・介護する家族の側からすれば、愛情があればこそ続けていけると思えるところに、人格が変わってしまい傲慢な態度や冷たい態度が続くとなるとやりきれない思いが勝ちそうです。この映画の展開はさておき、そういう展開をたどる病気も現にあることを思えば、大変だなぁと考えさせられました。

 ジョンウが法律を学ぶ青年(弁護士志望なんでしょうね)というあたり、個人的にはちょっと身につまされます。ジョンウが恋に落ちる相手がバツイチ(後で実はバツ2と告白しますが)という設定も今風でほほえましいですが、実はジスがバツイチで葬儀社で働いているという設定は、後のストーリーで巧みに効いてきます。
 たいていの難病悲恋ものは、恋人になった後で発病しますが、この映画では、ジスは再会の時にジョンウから筋萎縮性側索硬化症に罹患していることを告げられていて、その上で交際を始めています。そのあたり、患者(患者団体)の心情に配慮されていると思いますし、そういう恋愛があっていいと思いますが、同時に本当にそういうことがあるだろうかという思いも持ちます。

 自分がジョンウの立場だったら、病気を知って妻となってくれたジス、献身的に看護・介護を続けるジス、そしてピルを飲んでいると騙してまで(この騙してまでの点はちょっと引っかかるけど)自分の子どもを作ろうとするジスに、そんなに愛してくれることに感激してありがとうって涙ぐみ続けると思うんです。昨今の難病もので相手の将来を思って嫌われようという態度を取るのがスタンダードになってきているのは、どうもなじめません。ましてや最初はそれが珍しかったから衝撃的だったわけですが、今ではどうせそのパターンだよなと最初から見えてしまうわけですから、何か時間の無駄だよなとさえ思えてしまいます。まぁ、それで涙ぐむジスを見て、観客としてはますます泣かされるわけですが。

(2011.2.26記)

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