庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「フロスト×ニクソン」
ここがポイント
 フロストのインタビューは、敵性証人への反対尋問と同時に主尋問も行うような難しさがある
 フロストのピンチに追い込まれながらも飄々とした表情、ニクソンのウォーターゲート事件についての質問に切り返しながらも見せる苦渋・とまどい・絶望の表情、そういった表情の映像が素晴らしい

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 ウォーターゲート事件で大統領を辞任したが特赦により法廷に立たされることもなく事件の真相を語らないニクソンに対しインタビューを挑んだトークショー司会者フロストのチャレンジを描いた映画「フロスト×ニクソン」を見てきました。
 封切り2週目土曜日午前はかなりガラガラ。私には、仕事がらもあって見応えのある映画でしたが、一般受けはしないのでしょうか。賞好きの日本人にしてはアカデミー賞作品賞・主演男優賞ともにノミネートされた(ともに落ちましたが)作品に示す態度としてはちょっと冷たい。日本公開がタイミング的に遅すぎ?(とすると作品賞受賞の「スラムドッグ・ミリオネア」も日本では振るわないかも)

 アメリカメディアでのメジャー進出をもくろんで、ニクソンへのインタビューを企画するイギリス人トークショー司会者デビッド・フロスト(マイケル・シーン)、政界復活をもくろみ自分の業績をメディアで印象づけたいリチャード・ニクソン(フランク・ランジェラ)。フロスト相手なら軽くあしらえると踏んだ側近ブレナン(ケビン・ベーコン)の勧めに応じてニクソンは55万ドル(エージェントがさらにふっかけて60万ドル)の超高額のインタビュー料を条件にインタビューを受けることになります。インタビューは2時間を4日間、ウォーターゲート事件は全体の25%以下という条件で。このインタビューの準備と当日のフロストとニクソン、そのブレインたちの虚々実々の駆け引きが映画のメインストーリーとなります。この駆け引きが契約で取り決めたルールに沿って行われるあたりも、現実的であるとともにゲーム感覚で見れて洗練された感じがします。
 同時に、アメリカの3大ネットワークに企画を受け入れてもらえず、インタビューの準備をしながら自ら200万ドルもの制作費のスポンサー探しをするプロデューサーも兼ねるフロストの苦悩、さらにはニクソンインタビューに入れ込んでいるうちに自らの生活の糧となっているオーストラリアとロンドンの番組打ち切りまで通告されて危機に立つフロストの苦悩がサイドストーリーとなっています。
 政治ジャーナリズムの経験のない軽いプレイボーイが、老練な政治家に自らの専門分野を語らせて相手を追い込むという困難な課題に挑み、序盤から手もなく捻られ、番組の成立自体さえ危うくなり経済的ピンチに追い込まれたところからどう闘うのか・・・というのが見せ場になります。
 フロストのピンチに追い込まれながらも飄々とした表情、ニクソンのウォーターゲート事件についての質問に切り返しながらも見せる苦渋・とまどい・絶望の表情、そういった表情の映像が素晴らしい映画でした。

 私個人としては、仕事がら、フロストのインタビューの困難さは理解できます。フロストが行っているのは、敵性証人、それも専門家証人の尋問と同じです。しかも、フロストは番組全体をプロデュースする立場から、ただ叩けばいい反対尋問者としてではなく、相手にも十分しゃべらせる主尋問もあわせて行わなければならないという難しさが加わります。他方、テレビの力として、言葉ではっきりと相手から言質を取らなくても、表情で負けを認めさせれば、あるいは苦悩の表情でしばらく黙り込ませればそれで勝てるという有利さもあります(裁判だと、特に日本の裁判だと、言葉として記録に残らないと判決に反映されにくいので、どんなに表情で負けを認めさせても、言葉で取らないとダメです)。
 フロストのブレインが最初に一番聞きたい「録音テープを何故焼却しなかったのか」という質問をぶつけろとアドヴァイスし、結果的にフロストもそうしますが、弁護士の感覚では、論外の戦術です。不意打ちをすれば馬脚を現すって、そういう三下相手のやり方で勝てると思うところがいかにも素人っぽい。専門家相手なんだからそんなの通じるわけもなく、当然に切り返され、長時間の演説をぶたれて時間の無駄になります。一瞬の表情だけ取れればいいというならそれもありですが、それだけでは表情としても大して稼げないし、言葉で取るという前提だったら、素人相手でもそんなやり方じゃ取れません。
 専門家を相手に崩すためには、きちんと布石を打ち、退路を断ちながら追い込んでいく必要があります。フロストも、ニクソンの圧勝に終わった3日間の後、最終日のウォーターゲート事件でニクソンを追い込み、自白寸前まで追い込んだところで、ブレナンに割って入られ休憩を求められます。裁判でも、証人がまずいことを言いそうになると、恥も外聞もなく相手方の代理人(弁護士や、国が当事者の場合役人)が何の理由もなく「異議あり」と叫ぶことが、ままあります。卑怯な手段ですが、全然理由のない異議が当然のこととして却下されても、証人はこのままのストーリーで答えてはいけないのだと悟りますから、証人の口止めには有効です。しかし、この映画では、控え室でニクソンはブレナンに対し、タオルを投げたつもりかと不快感を示します。そして、視聴者に誠意を示したいという気持ちになったニクソンに、ブレナンに水を差されて仕切り直しながら改めて国民への説明を求めるフロストが、インタビューとしての勝利を勝ち取ることになります。
 このあたり、政治の知識はなくても、インタビューというものそして人間の機微に通じたフロストが、自分のやり方で困難な仕事を達成してゆく物語となっていて、現実感を持ちながら爽快な映画に仕上がっていると思います。

(2009.4.4記)

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