庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
福島原発全交流電源喪失は津波が原因か(その4)解説
ここがポイント
 政府事故調は実はこの問題をまったく検討していない
 東京電力と私の間で意見の相違は実はあまりない
 私がしているのは証拠の組み合わせの評価という弁護士として手慣れた作業

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 2014年2月24日に、福島原発全交流電源喪失は津波が原因か(その4)福島原発全交流電源喪失は津波が原因か(その4)短縮版をこのサイトで公開し、岩波書店の「科学(電子版)」で「再論 福島第一原発1号機の全交流電源喪失は津波によるものではない」のpdfファイルが無料公開されてから、ネット上さまざまな反響がありました。
 ここでは、ネット上の反応で私が気がついた点について、少しコメントし解説しておきます。
政府事故調報告書はこの問題をまったく検討していない
 報道では政府事故調や東電が津波原因説、国会事故調が地震による疑いがあるとしているという対比が多くなされています。最近の例を挙げれば、朝日新聞の2014年3月5日朝刊では「事故は津波によって引き起こされたのか、あるいは地震の揺れによるものか。政府や東電の事故調査委員会は津波が原因としているのに対し国会事故調は一部地震説をとる。」としています。こういう報道から、全交流電源喪失(非常用交流電源機能喪失)時刻と津波の敷地到達時刻の前後関係という、私が言い続けている論点についても、政府事故調が検討した上で否定していると誤解している方が多いようです。
 結論から言えば、政府事故調は、東京電力の15時35分頃津波第2波到達という誤った発表を疑うことなく信用し、それを前提として報告書を作成しています。
 政府事故調の中間報告(2011年12月26日:こちらから入手できます)では、津波の到達時刻及び津波到達と電源喪失の関係について次のように記載しています。「東北地方太平洋沖地震に伴う津波の第1波は、3月11日15時27分頃、福島第一原発に到達している。また、第2波は、同日15時35分頃に到達しており、その後も断続的に福島第一原発に津波が到達している。」(19ページ)、「3月11日15時27分頃及び同日15時35分頃の2度にわたり、福島第一原発に津波が到達し、遡上して、4m盤に設置された非常用海水系ポンプ設備が被水し、さらに、10m盤、13m盤の上まで遡上して、R/B、T/B及びその周辺施設の多くが被水した。津波到達の時点で、1号機から6号機はいずれも非常用DGから交流電源の供給を受けていたが、津波の影響で、水冷式の非常用DG用の冷却用海水ポンプや多数の非常用DG本体が被水し(2号機用の2B、4号機用の4B、6号機用の6Bを除く。)、ほとんどの電源盤も被水するといった事態が発生した。このため、同日15時37分から同日15時42分にかけての頃、1号機から6号機は、6号機の空冷式DG(6B)を除き、全ての交流電源を失った。」(90〜91ページ)
 このように政府事故調の中間報告は、津波第2波が15時35分頃に福島第一原発に到達したということを前提としています。そのため電源喪失前に津波第2波が到達していることになり、電源喪失が津波によるものではないという疑いを持たなかったわけです。政府事故調の中間報告には、津波第2波が15時35分頃に到達したとする根拠についてはどこにもまったく記載していませんが、日本政府がIAEAに提出した報告書(2011年6月:こちらから入手できます)には「東京電力の記者会見(4月9日)によると、津波の最初の大きな波は、15時27分頃(地震発生41分後)に到達し、水位は4mであった。次に大きな波は、15時35分に到達した波であり、潮位計が損傷したため水位は不明である。潮位計の測定範囲は7.5mである。」と記載されていて、ここで触れられている東京電力の発表以外には津波第2波が15時35分頃到達したとする材料はありませんから、政府事故調の中間報告もこの東京電力の発表を根拠としていると解するほかありません。
 そして東京電力が津波第2波が15時35分頃到達したと発表し、その後東京電力の中間報告にもそのように記載した根拠は、福島第一原発沖合1.5km地点の波高計のデータです。これは国会事故調から東京電力に質問して東京電力がハッキリとそう回答しています。「15時35分頃」は福島第一原発沖合1.5km地点に津波第2波が到達した時刻で、福島源第一原発敷地に到達した時刻ではあり得ません。東京電力自身、いわゆる「最終報告書」(2012年6月20日)までは15時35分説を記載していましたが、2013年10月7日以降の文書では、津波第2波の敷地到達は「15時36分台」という説に改めています。つまり政府事故調中間報告は、今では東京電力も誤りと認め東京電力自身が採用していない「津波第2波15時35分頃到達」という何ら根拠のない誤った見解を前提とするものです。
 政府事故調の最終報告(2012年7月23日)は、津波の到達時刻についてはひと言も触れていません。
 ここから先は私の推測になりますが、政府事故調は、中間報告では東京電力の誤った発表に疑いを持たずに津波第2波15時35分到達説を採用したため電源喪失時刻とは特に矛盾も見出せずこの問題には関心を持たなかったため東京電力の主張をそのまま採用し、最終報告では2012年7月5日の国会事故調の報告書を見てこの問題を認識したものの最終報告書発表までに新たに調査検討する時間がなかったのでこの問題にはノータッチを決め込んだものと思われます。少なくとも、政府事故調が津波の到達時刻について独自に調査をしたり検討した形跡は見られません。
(なお、この点で私は政府事故調を非難するつもりはありません。私自身国会事故調で事故原因調査をやってみて実感しましたが、事実関係についての情報のほとんどを東京電力が握っている中では、よほど東京電力の言うことを疑い続ける強い(不屈の)意志を持つとともに何よりもまず疑う材料を発見できなければ、基本的には東京電力にコントロールされてしまいます。すべてのことを疑い続けることは不可能です。私自身、1号機原子炉建屋4階の現地調査交渉では、東京電力の担当者から建屋カバーをかけたので現場は昼間でも真っ暗という虚偽説明(東京電力の主張によれば「誤った説明」)を受けて信じてしまったわけですし。そういう意味で、この問題については私は疑う材料をたまたま発見した、政府事故調はこの問題では疑う材料を見つけなかったということだと思います)
東京電力と私の意見の相違点は実はあまりない
 津波の福島原発1号機敷地への到達時刻について、現在、東京電力は「15時36分台」、私は「15時38分台かそれ以降」と主張しています。福島原発1号機の非常用交流電源の機能喪失時刻が15時37分かそれ以前(その点は東京電力と私の間で意見の相違はないはず。少なくとも1号機A系の非常用電源喪失が15時37分より前であることは東京電力も明確に認めています)ですから、このどちらかによって、たった1、2分の違いですが、非常用交流電源喪失の原因が津波か、津波ではあり得ないかの天と地の違いになるわけです。
 しかし、大きく対立している東京電力と私の主張は、実は津波到達時刻特定方法のほとんどの点で今では一致していて、違いはあまりありません(私が岩波書店の「科学」2013年9月号に書いた方法論を東京電力もほぼ踏襲して認めています)。
 一連の写真のうち写真7〜12の津波は4号機海側エリアで派手に飛沫を上げていますが東波除堤が露出しているし防波堤の内側(港内)をほとんど荒らしていないことからこの津波が防波堤内側の1号機敷地に遡上していないことについて東京電力と私の意見は一致しています。


写真11

 1号機敷地に遡上したのはこの写真7〜12の津波ではなく、写真15〜16の津波かそれ以降だと、東京電力も私も考えています。


写真16

 津波の到達時刻を特定するために沖合1.5km地点の波高計のデータと津波を撮影した一連の写真を使うことも、波高計の時計が地震当時自動校正機能はなかったもののほぼ正確であると考えることも同じですし、沖合1.5km地点から写真に撮影されている津波の場所までの津波の進行速度の計算方法も、沖合1.5km地点から4号機海側エリアへの津波着岸までの所要時間の計算結果もほぼ同じです。


福島第一原発を襲った津波の実測波形と波の定義

 違いは、写真7〜12に写っている津波が波高計の実測データのどの波か、つまり第2波(1段目)とみるか(東京電力)、第2波(2段目)とみるか(私)にほぼ絞られています(それによって同じ写真の波が沖合1.5km地点をスタートした時刻が約1分30秒違うことになるので津波の到達時刻もほぼ同じだけずれるというわけです)。
 現在、この議論は、新潟県技術委員会の場でなされていますが、田中三彦委員の「東京電力が本年10月7日に原子力規制委員会『事故分析検討会』に提出した文書から判断すると、東京電力は、当該文書中の写真7〜12を、15時33分頃に波高計設置地点を通過した波高約5メートルの波を撮影したものであるとしているのに対し、『科学』9月号での『伊東見解』は、それらの写真を、15時35分頃に波高計設置地点を通過した波高7.5メートル以上の波を撮影したものであるとしている。東京電力見解と伊東見解の違いは、実質的にこの一点に尽きると思われるが、それでよいか。それとも他にも違いがあるのか。」という質問に対して、東京電力も、「実質的にこの1点だけと考えます。」と回答しています(新潟県技術委員会2014年2月11日会合配付資料No.1項目U2@:こちらで入手できます)。
 実際には福島原発全交流電源喪失は津波が原因か(その4)短縮版で具体的に説明しているように、最終的に1号機敷地への津波遡上が写真16からどれくらい後かについて、私は30秒以上後としているのに対して東京電力はそこはぼかしているという違いもあるのですが。
 いずれにしても、現在は東京電力と私の主張の対立点は、実質的にはその1点か2点になっています。

 そうすると、写真7以降しか見ていなくてその主張に合わせると写真1〜4で現実に水位が低下していることを説明できない(東京電力の主張を前提にすると写真1〜4では次第に水位が上昇することになるはず)東京電力の主張に無理があることは、誰の目にも明らかで、この論争は冷静に見ればもう勝負が付いていると、私は思うのですが(詳しくは福島原発全交流電源喪失は津波が原因か(その4)短縮版の5と7を読んでください)。
専門家でない弁護士がなぜこの議論をするのか
 私は、もちろん津波の専門家ではありませんし、電源機器についての専門家でもありません。
 私が行っているのは、現実に存在する波高計の津波測定データと写真という信用性のかなり高い1次資料に基づいて、そこから何が読み取れるか、特にその組み合わせからどのような事実が読み取れるかという評価とその検討です。これは、弁護士が、ある意味ではどの事件でも行っている証拠の評価とそれによる立証・論証と同じことです。そういう意味では、私がこの問題で行っている作業は、通常の裁判で行っている作業と同じで、そういう点からは私の専門領域に属するともいえます。
 この問題で、私は自分の主張を、あくまでも証拠があり、そこから読み取れる範囲の事実の評価に限定しています。私は、波高計のデータや写真から津波の到達時刻が少なくとも1号機の非常用交流電源喪失よりも後であることが論証でき、その結果1号機の全交流電源喪失の原因が津波ではあり得ないこと、それだけを論じています。私は、自分のできる範囲のことを踏み越えないように、そういう証拠がある、証拠によって合理的に推論できる範囲に自分の論を止めているつもりです。
 そうすると、津波でなければ何が原因だと聞いてくる人が出て来ますが、それは現在まで非常用電源関連機器の検査調査がなされていない(主としてその設置場所が汚染水で満たされているためと思いますが)ためわからない、それは関係機器の検査調査によって明らかにすべきだというのが私の答えでありスタンスです。証拠がない現状でそのことについてさしたる根拠なくコメントすることは、特にその分野の専門家ではない私としては、避けたいと思いますし、それが自分として責任を持って言える範囲であると考えています。
(2014.3.12記)

2014年4月28日の新潟県技術委員会でのプレゼンを経て最新版を作成しました。
福島原発全交流電源喪失は津波が原因か(その5)

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