庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
福島原発全交流電源喪失は津波が原因か(その5)
ここがポイント
 私と東京電力の主張の違いは、今では実質的には写真7〜12に写っている津波が波高計実測波の第2波(1段目)か(東京電力)、第2波(2段目)か(伊東)だけ。その1点が決まれば結論が決まる。
 写真7〜12の津波が第2波(2段目)であれば、1号機敷地への津波遡上時刻は15時38分以降で、1号機の全交流電源喪失より後だから、1号機の全交流電源喪失の原因は津波ではあり得ない。

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 2014年4月28日、新潟県技術委員会(新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会)の福島事故検証課題別ディスカッション【地震動による重要機器の影響】第3回に呼ばれて、1時間あまりのプレゼンをしてきました。私が1時間あまりプレゼンをして委員からの質疑が20分あまり、その後東京電力がプレゼンをして委員からの質疑がありました。この問題で東京電力と同じ場で主張を展開するのは初めてで、直接の議論は禁じられていましたが、交互に主張する中である程度の議論の整理ができたと思います。この会合での双方のプレゼン資料はこちらから入手できます。
 ここでは、新潟県技術委員会での双方の主張を前提に、論点を整理して、改めて私が考えていることを説明します。
もくじ:index
1.この問題を論じる意味 GO
2.この問題を検討するための1次資料と私のスタンス GO
3.波高計の実測波形の検討 GO
4.私の結論と説明の概要、東京電力との対立点 GO
5.写真1〜12の検討と写真撮影時刻の特定 GO
6.写真7〜16の検討と1号機敷地への津波遡上時刻の特定 GO
7.残された対立点:写真7〜12の津波は第2波(1段目)か第2波(2段目)か
7.1.問題の概説
 GO
7.2.写真5と6の津波 GO
7.3.写真8から9への津波の速度 GO
7.4.北防波堤10m部分での波高 GO
7.5.写真7〜12の津波は段波ではない GO
7.6.写真1〜4と第1波のピーク時期の問題 GO
8.まとめ GO

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1.この問題を論じる意味
 福島第一原発1号機の全交流電源喪失(Station Blackout=SBO)時刻は2011年3月11日15時37分とされています。この時刻は運転日誌に明記されていますし、1号機の非常用電源のA系(A系とB系の2系統の非常用電源がありました)については、15時37分より前に非常用母線の機能喪失があったことが東京電力が2013年5月10日に公表した過渡現象記録装置の1分周期データで確認されています。
 津波が1号機敷地に遡上した時刻が、全交流電源喪失よりも後であれば、全交流電源喪失の原因は津波ではあり得ないということになります。
 1号機の全交流電源喪失の原因が津波ではないということになれば、耐震設計や老朽化、単一故障指針等の再検討が必要となって、現在の規制基準の正当性が失われることになり、再稼働の安全性を検討する大前提が変わってくるわけです。

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2.この問題を検討するための1次資料と私のスタンス
 津波の遡上時刻(あるいは敷地到達時刻)を検討するための、確実な資料といえる1次資料は、波高計の実測データと一連の写真です。
 波高計の実測データは次のような波形です。これまで東京電力が公表していた時間目盛り5分おき、波高2mおきの粗いものしかありませんでしたが、新潟県技術委員会を通して0.5秒毎の実測データをいただきましたので、私がエクセルでグラフにして時間は30秒おき波高は0.5mおきの目盛りをふり、これまでよりも読み取りやすいものを提供できることになりました。


 波高計の実測波形は、確実なデータであり信頼性が高いのですが、測定場所が福島第一原発の沖合1.5km地点で、敷地間近で測定したわけではありませんので、敷地に来た津波そのままではないという欠点があります。
 これに対し、福島第一原発敷地内から津波が押し寄せるところを撮影した一連の写真があります。例えば、後でこの写真に写っている津波が波高計の実測波のどの波かが激しい対立点となる、写真7〜12という津波が防波堤を呑み込みながら敷地に迫ってくる迫力のある一連の写真があります。
 例えば上のような写真です。写真ですから信頼性は高いのですが、ビデオではなく写真ですので、撮影間隔が開いていてそれぞれの写真とその次の写真の間には何が起こっているかわからないという問題があります。
 また撮影場所が4号機タービン建屋の南側の廃棄物集中処理建屋と呼ばれる建物の4階の室内で、写真に写っている海の範囲が、左側は4号機タービン建屋で遮られ、右側は建物の柱で遮られて後で話題になる南防波堤付け根部角あたりまでしか見えません。ここで問題とする1号機の敷地は見えません。写真の方にはそういう時間的に断片的であることと、視野が限られているという問題があります。
 そしてこの一連の写真にはもう1つ問題があります。撮影したカメラの内蔵時計が正しくなく、数分程度進んでいたようなのです。デジタルカメラで撮影された写真ですから、ファイルには自動的に撮影時刻が記録されています。この記録された撮影時刻が正しければ、あれこれ検討するまでもなく津波の到達時刻は確定できることになります。私がこの問題について最初に論じた「福島原発全交流電源喪失は津波が原因か」では、東京電力が発表したカメラ内蔵時計の撮影時刻が正しいことを前提に議論しました。しかし、この写真ファイルに記録された撮影時刻と波高計の時刻は明らかに矛盾するものでした。国会事故調で調査を進めるうち、波高計の時刻がほぼ正しく、カメラの内蔵時計の時刻は正しくないということがはっきりしました。そのため、写真撮影時刻を特定するためにさまざまな検討を要することになるのです。

 私は、この問題について、基本的にこの2つの確実に信頼できる資料に基づいて議論したいと思っています。東京電力からは、さまざまな解析が出されていますが、解析はしょせんシミュレーションで何に合わせるかでどのようにでも作れる性質があり、不確かなものです。そういう不確かな解析をベースにした推測は避けたいと考えています。

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3.波高計の実測波形の検討
 話の順番としては、ちょっとそぐわないのですが、先に波高計の実測波形について検討します。まずこれを頭に入れてもらわないと、話がわかりにくいからです。
 この波高計の波形を見る時、数十cm程度のスパイク状(ピン状)の上下動は津波ではなく波浪、つまりふだんから寄せては返している波ですので、これは無視して大きな動きを見てください。
 最初に緩やかに立ち上がり10分くらいかけて波高が約4mまで上昇する波があります。これを「第1波」と呼んでいます。第1波のピークは波高計の位置で15時27分30秒頃から15時28分頃で、水位の低下は15時27分50秒頃から始まります。第1波は、この波形を見ると何か大きな波の形が見えるように思えます。しかしこの波は、実際には非常に緩やかな波です。津波の速度は水深で決まります。波高計の設置場所の水深は13mで、その後少しずつ浅くなっていきますのでこのあたりでの津波が進行する領域での平均水深を10mとしますと、それに対応する津波の速度は10m毎秒になり、10分では約6km進みます。そうしますと、10分間で波高が4m上昇する波は、水平方向に6000mに対して高さ4m、言い換えれば60mに対して4cmという水位上昇になりますので、傾斜は見えません。第1波は波の形には見えずただ水位が上昇する満ち潮のようなものと考えてください。
 第1波の水位が下がった後に、15時33分30秒頃から急速に立ち上がって波高が約4.5mでその後棚状と言いますか水平の状態が約80秒続く、「段波(だんぱ)」の形の波があり、これを東京電力が「第2波(1段目)」と名付けましたので、ここでも「第2波(1段目)と呼びます。東京電力は、これが後で見せます写真7〜12に写っている波だと主張しています。
 その後15時35分頃、より正確に読みますと15時34分50秒頃から立ち上がって波高が7.5mを超える波があり、これを東京電力が「第2波(2段目)」と名付けましたので、ここでも「第2波(2段目)」と呼びます。波高計の測定限界が7.5mで、波高計の実測値は15時35分頃以降は不安定になりこの後0になっていて故障したと考えられます。この15時35分頃の7.5mと0の間で激しく上下している間は、波高計のケーブルの絶縁不良や波高計自体の震動や傾斜、さらには故障が生じていたと考えられ、測定はできていないと考えられます。この間は測定値として7.5mとなっている部分でも、実際の波高が7.5mあったとは限らず、波高計の測定値が7.5mに達した以降、時刻では15時35分頃以降の測定値はないものと扱うべきです。しかし7.5mになるまでは波高計のデータは大丈夫と考えられています。この波は、波高が7.5mを超えていることはわかりますが、最大波高がどれだけなのかも、波形もわからないということになります。また、波高計が測定不能になった15時35分以降にも、大きな波がいくつかあったけれども測定できなかったと考えられます。私はこの第2波(2段目)の少し後に第2波(3段目)があったと考えています。

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4.私の結論と説明の概要、東京電力との対立点
 この段階で私の主張の結論を述べますと、福島第一原発1号機の敷地に津波が遡上したのは15時38分以降であり、したがって1号機の全交流電源喪失の原因は津波ではあり得ないということです。
 その理由というか論証は、2段階になっていて、その第1段階は、4号機海側エリアに津波が着岸した写真11に写っている津波は沖合1.5kmの波高計位置を15時35分頃に通過した津波、つまり第2波(2段目)であり、津波の1.5kmの進行所要時間は約2分であるから、写真11の撮影時刻は15時37分頃になるということです。第2段階は、1号機の敷地への津波の遡上は、写真11の52秒後に撮影された写真16のさらに30秒かそれ以上後であるということで、その結果1号機敷地への津波の遡上は15時38分以降となるわけです。
 第1段階の論証である写真の撮影時刻の特定方法は、波高計設置位置(沖合1.5km)から、特定の写真(後で説明するように、私は写真7を、東京電力は写真8を使います)に写っている津波の先端の位置までの距離について津波の速度に関する一般式を用いて所要時間を算定し、その上で「その写真に写っている波が波高計設置位置を通過した時刻+写真上の津波の地点までの移動の所要時間」によって撮影時刻を特定するという方法をとります。
 第2段階の論証では、写真には1号機の敷地は写っていませんから、写真に写っていることを検討して特定の写真を基準としてその写真の撮影時刻からどれだけの時間で1号機敷地に津波が遡上するかを評価します(先に結論を示しましたように、私は写真16を基準にして、1号機敷地への津波の遡上はその30秒以上後と評価しています)。
 私の主張と東京電力の主張は、結論は大きく違いますが、実質的な対立点は、第1段階の写真撮影時刻の特定で、写真7〜12に写っている波を第2波(2段目)の高い波と考えるか(伊東)、第2波(1段目)の低い段波と考えるか(東京電力)の違いだけになっています。沖合1.5kmからの津波の進行所要時間については計算方法も計算結果もほぼ同じです。しかし、所要時間はほぼ同じでも、波高計通過時刻が約1分20秒違うので、敷地遡上時刻に差が出ることになるのです。
 新潟県技術委員会でのプレゼン以前は、もう一つ、1号機の敷地遡上が写真のどこに当たるかで、私は写真16の30秒かそれ以上後と主張し、東京電力が東京電力の主張で「第2波(2段目)」(写真15と16に写っている波)は防波堤と関係なく一様に進行するとして4号機南側のタンクの水没を根拠に「すべての原子炉建屋付近」に浸水したと主張するという対立点がありました。しかしこれについては、新潟県技術委員会のプレゼンの席上、東京電力から写真16の30秒後という主張には違和感はないというコメントがあり、相違点ではなくなりました。

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5.写真1〜12の検討と写真撮影時刻の特定
 まず、写真を検討するに当たって、建屋と防波堤、写真撮影位置の関係を説明します。
 今回、新潟県技術委員会でのプレゼンのために、新潟県技術委員会を通して事前に東京電力に建屋と防波堤の位置と距離を把握するために一番正確な図面を提出して欲しいと求め、東京電力からこの図で縮尺は合っているということで提出いただきましたので、今回はすべてこの図を利用します。
 この図で北は左で、上は東ですのでご注意ください。福島第一原発の前面には防波堤が大きくはハの字型に2つありまして、左側・北側のものを北防波堤、右側・南側のものを南防波堤と呼んでいます。南防波堤は2回曲がっていまして、先端側で曲がっているところを東京電力は南防波堤屈曲部と呼んでいますのでここでもそう呼びます。もう1箇所根本の方で曲がっている場所があり、後で重要なポイントとなりますが、ここについては東京電力は特に呼び名を付けていないようですので、私が独自に「南防波堤付け根部角」と呼ぶことにします。先に説明しましたように、写真は4号機南側から撮影していて、海が見える範囲はこの図のようになっています。南防波堤は全部見えていますが、北防波堤は先の方だけが見えます。防波堤の高さは、北防波堤の先の方の見えているところは5.5mですが、写真で見えない5号機・6号機手前の部分は高さ10mになっています。2つの防波堤に守られた港の中に写真ではほぼ水平に東波除堤という高さ5mの少し低い防波堤があります。
 1号機は真ん中の防波堤の奥にあり、写真を撮影している4号機南側は防波堤の外側だということを頭に入れておいてください。

 まず、第1波を撮影したと考えられる写真1〜4を見ます。写真で、左側に北防波堤、右側に南防波堤が先端、屈曲部、付け根部角ともに写っています。真ん中に水平に東波除堤が写っています。4枚とも、波といえる形のものは、小さな波浪は別として、まったく写っていなくて、防波堤の一番上の平らなところを天端(てんば)と呼んでいますが、その天端に近いところまで水位が上がっているところが写っています。これは先ほど説明した第1波の特徴、波の形状ではなく満ち潮のようなものであること、最大波高が約4mであることに対応しています。
 写真1の34秒後に写真2、その28秒後に写真3、その25秒後に写真4が撮影され、写真1〜4は概ね30秒おきに撮影されています。






 そしてその水位が写真1から4にかけて次第に低下しているところがわかります。この写真4枚を見てもわかるかも知れませんが、同じ場所を切り出して比較するとさらにわかりやすくなります。
 写真1〜4で同じ場所、南防波堤付け根部の外側(南側)を切り出して、波浪を除外して津波の水位に当たるところに黄緑で直線を引き、同じ場所(同じ建物の同じ場所)からその津波水位の線に白抜きで垂線を下ろしてみました。写真での垂線は現場では斜面上の斜線になりますが、白抜きの垂線の長さは津波水位と防波堤天端との高低差に比例するはずで、白抜きの垂線が長いほど水位が低下しているということになります。






 こうしてみると、写真1から4にかけて、次第に水位が低下していることは明らかです。ちなみに東京電力もその点では同意見であると言っています。
 そうすると、写真1〜4は、第1波のピーク以降を撮影したものと考えられます。

 続いて、写真4の3分34秒後に撮影された写真5と写真5の11秒後に撮影された写真6を見てみましょう。ここでは、やや見えにくいですが、防波堤の先に、防波堤に沿った形の長い直線上の津波が写っていることを確認しておきます。


 港の開口部ではなく、防波堤の先(向こう側)に、北防波堤側では船の少し左側から南防波堤側では視野の右端あたりまで一直線に伸びている津波を、私は問題にしています。
 私は、これが第2波(1段目)であると考えています。この写真について東京電力は第1波の中の水位の低下と位置づけて防波堤の先の津波を無視する態度を取っていましたが、新潟県技術委員会の席上、防波堤の先に津波が写っていることは認め、しかしそれは第2波(1段目)ではない小さな津波であると主張しています。この点については後で7.2.で詳しく説明します。

 引き続いて、南防波堤を呑み込みながら敷地に迫り、ついには4号機海側エリアに着岸して高い水しぶき(土砂も?)を上げる津波を写している写真7〜12を見ましょう。
 写真6の57秒後に写真7、その11秒後に写真8、その17秒後に写真9、その5秒後に写真10、その23秒後に写真11、その4秒後に写真12が撮影されています。










 私の東京電力も、この一連の写真に写っている津波を捉えて、写真撮影時刻を特定しています。
 私は、これまでの写真で、第1波の後5〜6分後に津波の形状であるが比較的低い津波があり(これが第2波(1段目))、その約1分後により高い津波が来ている(これが第2波(2段目))というように写真に写っている津波の形状と時間間隔が波高計の実測波と概ねきれいに対応すること、写真7〜12の津波が高さ5.5mの防波堤を軽々と呑み込んでいることの大きく分けて2つの理由から、写真7〜12の津波は波高計設置位置で波高7.5m超の第2波(2段目)であると考え、沖合1.5km地点を15時35分頃通過した津波であるから、写真の撮影時刻は15時35分+所要時間で特定しています。
 これに対して東京電力は、主として写真5と6の防波堤の先の津波を無視しあるいは少なくとも第2波(1段目)ではないとすることによって、写真7〜12の津波が第1波後の水位低下後に初めて来た津波であるから第2波(1段目)であるとして、沖合1.5km地点を15時33分30秒頃に通過したとして、15時33分30秒+所要時間で写真撮影時刻を特定しています。
 この点の対立は後で7.1.以降で詳しく説明します。

 津波の進行所要時間については、計算方法も計算結果も、私と東京電力の間にほとんど差はありません。
 具体的には、私は、津波が写真7から撮影されているので、写真に写った後の進行は写真の撮影時刻差の方を優先する方が精度が高いと考え写真7を基準として、波高計設置位置から写真7の津波までの距離を約800mと考えて、津波速度の一般式を用いました。津波の速度の一般式は、津波の速度=(水深×重力加速度)0.5で与えられています(0.5乗というのは要するに平方根です。コンピュータでは根号が書きにくいので0.5乗で表記します)。波高計設置位置の水深が約13mでそれからすると800mは約70秒、波高計設置位置から防波堤までは次第に水深が浅くなっていきますので概ね平均水深10mとすると800mは約80秒というところで、70秒〜80秒として、写真7と4号機海側エリア着岸の写真11までの撮影時刻差が56秒ですので、波高計設置位置から着岸までの1.5kmの進行所要時間を70〜80秒+56秒で126〜136秒を丸めて約2分としました。
 これに対し東京電力は、写真7は防波堤の先で津波の位置が特定できないと考えて津波が防波堤にかかっている(東京電力は津波先端を南防波堤屈曲部と判定)写真8を基準として、波高計設置位置から南防波堤屈曲部までの直線距離約1000mを計算しています。計算の際、東京電力は津波速度を算出するための水深について、通常の意味での水深(静水深)ではなく静水深に津波の波高を加えた全水深で計算する方が実際に近いと主張しています。もっとも東京電力はそう主張しながら、正式の報告書である第1回進捗報告(2013年12月13日)では、静水深による計算値106秒と全水深による計算値85秒の中間値96秒を採用しています。写真8と写真11の撮影時刻差は45秒ですから、東京電力の報告書で採用している数値を前提とすると、津波の波高計位置から着岸までの1.5kmの所要時間は、96秒+45秒=141秒(2分21秒)となります。東京電力は直線距離1000mは実際の津波の進行距離より長いと主張していますので、東京電力が本来主張する進行方向で進行距離を900mとし、全水深で計算すると、波高計設置位置から写真8の位置までの津波の進行所要時間は76秒となり、波高計設置位置から着岸までの1.5kmの進行所要時間は76秒+45秒=121秒(2分01秒)となります。
 これを図示すると上の図のようになります。細部の違いはあっても、計算方法も計算結果も大差ないことが理解できると思います。
 以上の計算・評価に基づいて、私は写真11の撮影時刻が15時35分+2分で15時37分頃とし、東京電力は写真8の撮影時刻が15時33分30秒+96秒で15時35分06秒頃として、その他の写真は撮影時刻差を足し引きして撮影時刻を特定しています(カメラ内蔵時計との関係で言えば、東京電力が報告書で採用した主張ではカメラ内蔵時計が6分30秒程度進んでいたことになり、私の主張ではカメラ内蔵時計が5分21秒程度進んでいたことになります)。
 写真の撮影時刻についてとりまとめると、次の表のようになります。
 この表の左端の列は、写真の番号で、4号機南側から撮影した44枚の一連の写真の中では最初から撮影された順です。左から2列目は、デジタルカメラで写真を撮影すると、撮影時に自動的に撮影時刻や撮影条件(例えば焦点距離とかシャッター速度とか)が記録され、それをExif情報と呼んでいますが、こちらは東京電力が国会事故調に提出した写真ファイルのExif情報として記録されている撮影時刻です。これに対しまして、左から3列目は、東京電力がホームページで公表し、新潟県技術委員会などに提出している報告書等に記載されているカメラ内蔵時計の時刻とされている撮影時刻です。これが、私は「科学」2013年9月号に書いた文章などでも指摘しているのですが、なぜかところどころで1秒違っています。1秒違っても、津波遡上時刻の特定では大勢に影響はありませんが、どうにも気持ちが悪い。東京電力がホームページで公表する時に間違えて書いたのか、そうでなければ国会事故調に提出された写真ファイルが改ざんされたものであったかのどちらかということになりますので、そこは東京電力が調査して回答して欲しいなと思っています。どちらにせよ、私としては、結果に特に影響しないとしても、間違った数字を使うのはいやなので、左から2列目の国会事故調に提出されたファイルの撮影時刻を使います。東京電力は左から3列目の東京電力が発表した撮影時刻を使っています。
 左から4列目が、先ほど説明した写真8を基準として東京電力が特定し、報告書で採用している写真撮影時刻です。その右側の左から5列目は、東京電力が津波の進行所要時間を計算する時に本来よりも多めに計算しているといっているところを本来のやり方(距離900m、全水深)をしたときのものを私が代わって計算したものです。新潟県技術委員会でのプレゼンでは、東京電力側の説明者も、私が計算したこの数字(東京電力の報告書の時刻より20秒早くなる)を東京電力の本来の主張と説明していました。そして右端の列が、写真7までの距離を津波速度の一般式で計算して最終的に写真11までの津波進行所要時間を2分とした、私が主張する写真撮影時刻です。

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6.写真7〜16の検討と1号機敷地への津波遡上時刻の特定
 一連の写真は4号機の南側から撮影したもので、写真には1号機とその敷地はまったく写っていません。そこで、1号機の敷地への津波遡上時刻は、写真に写っている津波の位置と1号機の位置を地図上で比較しながら合理的に判断していかなければなりません。
 写真7〜12の津波は、1号機敷地に遡上したでしょうか。写真7〜12では、南防波堤が次々と津波に呑まれていきますが、防波堤の内側の港内と東波除堤がどうなっているか、よく見てください。






 以上に見たように、南防波堤が津波に呑まれているにもかかわらず、その間南防波堤と北防波堤に守られた港内と、そこにある東波除堤は、津波の影響をほとんど受けておらず、東波除堤は露出したままなのです。
 写真7〜12の津波の先端の位置を図示するとこのようになります。港内と東波除堤にはこの写真の津波の影響が及んでいないことからすると、この津波が防波堤に守られた一番奥というか敷地全体の中央に位置する1号機の敷地に遡上しなかったことは明らかです。この点については、この津波が4号機南側に遡上したと考えられる写真13と14でもなお東波除堤が露出していることを理由に、東京電力も同じ意見を述べています。


 写真12の15秒後に写真13が撮影され、その6秒後に写真14が撮影されています。そのことから、写真13と14で写っている4号機南側の敷地に遡上した津波は写真7〜12の津波であると考えられ、写真の右上側に見える海の部分で東波除堤が露出していることからも、この時点ではやはり港内、1号機敷地には津波の影響は及んでいないと考えられるのです。
 これを地図で見るとこのようになります。
 さて、この写真7〜12の津波の後、約1分後に引き続いて大きな津波が来たことが写真に写っています。
 写真12の33秒後(写真14の12秒後)に写真15が撮影され、その15秒後に写真16が撮影されています。写真15の津波は南防波堤の位置に前線があり、写真9と概ね同じ位置と見えます。写真15は写真9の1分05秒後に撮影されていますので、津波の間隔としては1分くらいと考えられるのです。


 写真15と写真16は撮影間隔が15秒ですが、この間に写真の視野の中で津波の先端が右側から左側に大きく移動していることがわかります。


 これを図示すると次のようになります。
 写真16での津波の先端の位置、それから写真15から写真16の間の15秒間での津波の進行距離を地図に落としてみると、1号機敷地への津波の遡上には写真16からさらにある程度の時間がかかることは明らかです。
 私は、1号機敷地への津波の遡上は写真16の後、30秒かそれ以上後と評価しています。それは、写真15で津波の前線が南防波堤の位置にできていることからして、津波が南防波堤の影響を受けて進行方向を少し変え、その際に速度も落ちていると考えられること、写真16までの15秒間の進行距離と1号機敷地までの距離、さらには港内での津波の進行も東波除堤前の水深が低く(2〜3m)そこでさらに津波進行速度が落ちること、東波除堤の乗り越え、4m盤(海側エリア敷地)への遡上、タービン建屋敷地の10m盤への遡上のそれぞれの段階で津波の速度が落ちる(津波進行が阻害される)ことなどを評価すると、少なくともそれくらいはかかるだろうということです。
 1号機のM/Cの位置を記載しているのは、現在東京電力は、1号機では非常用ディーゼル発電機ではなくてM/C(メタクラ:高圧電源盤)が先に機能喪失した、それは津波の被水によるものだという主張をしています(少なくともA系についてはそのストーリーを強く示しています)が、そうであるとすれば、1号機のM/Cはタービン建屋の北側の端の方にあり、東京電力が想定している津波の浸水経路もタービン建屋の大物搬入口となりますのでやはりタービン建屋の北の端となり、そこに津波が遡上するとなると、さらに時間遅れがあるのではないかという指摘をするためです。
 私の主張する要素を図示すると次のようになります。
 これに対して、東京電力は、写真15と写真16に写っている津波は防波堤と関係なく一様に進むと主張していました。例えば、東京電力の2013年6月5日の定例記者会見でも、尾野昌之原子力立地本部長代理は、津波の高さが十数mあり、他方堤防の高さが5〜10mであることから「堤防の形にかかわらず乗り越えて十数mの津波というのが入ってきているであろうというふうに考えておりますので、場所によってそう極端な違いというようなことがあるというよりは、どちらかというと、まぁ一様に入ってきているという状況ではないかというふうに思っております」と発言していますし、2013年12月13日公表の報告書(第1回進捗報告)でも次のような図を示しています。
 東京電力は、2013年12月13日の報告書では、このような前提で、「写真18の前後には、福島第一原子力発電所の全ての原子炉建屋付近に高さO.P.+15m程度の津波第2波(2段目)が到達していたものと判断される」としていました。もっとも、そうだとすると、東京電力の報告書では写真18の撮影時刻は15時37分06秒頃としているのですから、東京電力の主張でも1号機敷地への津波到達は15時37分06秒前後ということになり15時37分台にはみ出すことになります。そのことを私が「科学」電子版2014年3月号とこのサイトで公表している「福島原発全交流電源喪失は津波が原因か(その4)」で指摘しておいたら、柏崎刈羽原発差し止め訴訟の東京電力の準備書面(2014年3月20日提出の準備書面(4))では、突然何の説明もなく「写真17撮影時点において第2波2段目が10m盤全体に遡上したものと評価される」と、公式の報告書とは違う主張を平然としてきました(東京電力の主張では、写真17の撮影時刻は15時36分56秒頃とされています)。


 こういう敷地にかなり津波が浸水して溢れかえる写真を見せられると、同じ福島第一原発なのだし、1号機敷地も同じように浸水しているのではないかという印象を持ちがちです。しかし、先に写真7〜12(さらには写真13と14)で見たように、防波堤の中と外では津波の影響は大きく違っています。防波堤の外側の4号機南側に津波が遡上してきたからといって防波堤の内側の1号機敷地にも津波が遡上しているとはいえません。それに4号機南側の写真17や18で津波が遡上している場所と1号機敷地とは直線距離で約380mも離れています。
 新潟県技術委員会でのプレゼンでは、こういった事実や図を示して、さらにいえば、そもそも防波堤に関係なく一様に津波が進行するならば、東京電力が示している図面では図の青い線のような波面になるはずと指摘し、しかし現実には写真15では南防波堤に沿って波面が生じている、この津波の進行が南防波堤の影響を受けていないはずがないことを指摘しました。


 私の指摘を受けて、東京電力の担当者は、東京電力としては一様とは言っておらず「大きな時間差なく」と言っている、このようなポンチ絵を描いてはいるが、津波の進行方向がこの通りということではなく、4号機敷地の浸水から1号機敷地の浸水までには時間差があり、1号機敷地への浸水が写真16の30秒程度後という伊東さんの主張に対しては違和感はないと述べました。もっとも、東京電力の本来の主張では写真16の撮影時刻は15時36分22秒となるのでその30秒後でも15時36分台であることに変わりはないと付け加えましたが(私が指摘した東京電力の「本来の」主張ではなく報告書で採用した撮影時刻=写真16は15時36分42秒なら、これだけで1号機敷地遡上時刻は15時37分台になるところですが)。
 その結果、1号機の敷地遡上時刻は、4号機南側の津波遡上状況を撮影した写真17や18(あるいは19)ではなく、津波の港内への進行を写した写真15と16から判断すべきこと、そしてその判断としては写真16の後30秒程度はかかるということで、私と東京電力の意見が一致しました。

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7.残された対立点:写真7〜12の津波は第2波(1段目)か第2波(2段目)か
7.1.問題の概説

 これまで説明した通り、新潟県技術委員会での双方のプレゼンでのやりとりも経て、私と東京電力の主張の違いは写真7〜12(13と14も)に写っている津波が、波高計位置を15時33分30秒頃に通過した第2波(1段目)か(東京電力)、波高計位置を15時35分頃(15時34分50秒頃)に通過した第2波(2段目)か(伊東)の1点に絞られました。
 私の主張の基本的な根拠は、写真1〜4の津波、写真5と6の(防波堤の先に写っている)津波、写真7〜12の津波がそれぞれ波形、時間間隔とも波高計の実測波の第1波、第2波(1段目)、第2波(2段目)と概ね一致し整合していること、高さ5.5mの防波堤を軽々と越えている写真7〜12の津波は波高計位置で波高7.5m超の第2波(2段目)と考えるのがごく自然であることにあります。他方、東京電力の主張の基本的な根拠は、写真5と6に写っている津波が第2波(1段目)ではないということを前提として、写真7〜12の津波は第1波の後で水位が低下した後初めての津波であるということから第2波(1段目)と考えるべきだということにあります。
 私は、東京電力の主張に対しては、@そもそも高さ5.5mの防波堤を軽々と越えている写真7〜12の津波を波高計位置で波高約4.5mの第2波(1段目)と考えることには無理がある、A東京電力の主張では写真5と6の防波堤の先に写っている津波を説明できない、B写真7〜12に写っている津波は東京電力の主張よりもっと波高が高い(10m)と考えないと説明がしにくい(写真8から9までの津波の進行速度、北防波堤の高さ10m部分での津波波高)、C写真7〜12の津波の波形は第2波(1段目)の特徴の「段波」ではない、D東京電力の主張では写真1〜4の撮影時刻について説明しにくいという反論をしています。

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7.2.写真5と6の津波
 先ほど説明したように、写真5と6の防波堤の先には小さな津波が写っています。防波堤の向こう側なので正確な位置はわからずしたがって距離もわからないので波高もわかりませんが、その後防波堤を乗り越える様子がなく、それどころかその後この津波がどうなったかが写真に写っていないことから見て、波高はあまり高くない、だから「小さな津波」というしかありません。
 これが波高計の実測波の第2波(1段目)に当たるとすれば、写真7〜12の津波は自動的に第2波(2段目)となり、東京電力の主張は根拠を失い崩壊しますから、東京電力としてはこれが第2波(1段目)に当たることは絶対に否定しなければなりません。
 当初、東京電力は写真5と6に写っている津波が、津波であることさえも否定していると私は聞いていました。
 2014年4月28日の新潟県技術委員会のプレゼン資料でも、東京電力は写真5と6は第1波の中で水位が低下したところと位置づけています。
 そういうこともあり、私としては、現実に写っている津波を無視することはできない、津波じゃないはずがないということから次のような説明図を用意して指摘しました。
 私の指摘を受けて、東京電力は、津波でないとはいわない、しかし波高計位置で波高4.5mある段波が消えてしまうほど減衰することはないといっているだけだと述べました。つまり波高は低いが津波であることは認めているということです。その点では意見が一致しました。
 東京電力が言っている、消えてしまうというのはどういうことかというと、写真5と6の津波がその後敷地に押し寄せる時間帯の写真7(写真6の57秒後)、写真8(写真6の1分08秒後)等で津波らしいものが写っていないということです。


 東京電力からの私の主張に対する積極的な反論は、今のところこれに尽きます。写真5と6の津波が波高計位置で波高4.5mもある80秒も続く段波の第2波(1段目)ならば、それが防波堤の先から敷地に至るまでに消えてしまうほど減衰するなどあり得ない、だから翻って写真5と6の津波は第2波(1段目)ではあり得ないというのです。
 では、東京電力は写真5と6の津波が写真7と8に写っていない理由を説明できるのか、それを第2波(1段目)と名付けようがそうでなかろうが、現に写真5と6には写っているのだから東京電力もその後どうなったかがわからないでは済まないのではないか、私に向けられた批判は東京電力にも向けられるのではないかと、問題提起したところ、東京電力もどうして消えたかは説明できないが波高が低いから消えてしまったのではないかということでした。
 私は、国会事故調での調査中、この問題を含めて写真の撮影の経緯、写真撮影の間(写真が撮られていない時間帯)に何があったのかなどを解明するために、東京電力に対して写真撮影者のヒアリングを度々要請しました。しかし、東京電力は頑なに拒否を続け(私が要請したヒアリングで完全に拒否されたのは写真撮影者だけです)、ヒアリングはまったく実施できませんでした。私にとっては、そのためにこの問題を解明できなかったという悔いがあります。そういう事情もあって、少なくとも東京電力にはこの問題を批判する資格はないと思っています。

 写真5と6の防波堤の先に写っている津波が波高計の実測波との関係でどういう位置づけとなるかを図示すると次のようになります。この点に関しては、東京電力は明言はしていませんでしたが、新潟県技術委員会のプレゼンの際に、私が東京電力は波高計の実測波との関係で写真5と6の津波はどう位置づけられると考えているのか、第2波(1段目)でなければ何もないところから生まれてきたのかと聞きましたところ、技術委員会事務局からは直接の質問は受け付けない東電は答えなくていいと制されましたが、東京電力からは、第1波の水位は下がる一方ではない、やや盛り上がっているところもある、定量的にはいえないがそれが増幅したものと考えているという趣旨の回答がありました。ですからこういう考え方で間違いないと思います。
 この問題については、写真だけからは簡単には説明できません。その意味で私は、東京電力が指摘する写真5と6に写っている津波が第2波(1段目)であるとすれば、その津波のその後の行方がなぜ写真7と8に写っていないのかという問題については、確たる説明はできません。その点が、私の主張の、たぶん唯一の弱点であるということは認めておきます。
 しかし、それは写真と波高計の実測波という確実な証拠だけに基づいて議論するという私のスタンスからは説明できないということで、東京電力が持ち出すようなより不確かな津波解析なども合わせて考えるのであれば、説明ができないということでもありません。(ただし東京電力が行っている解析については、私は後で7.4.で説明するように、そもそも第2波(1段目)を再現できているのか疑問に思っていますし、波高計位置で実測波の再現性がかなり悪いことからその信頼性はかなり低いと考えています。以下の議論のうち東京電力の虚偽説明に関すること以外は、東京電力の主張するように解析が第2波(1段目)を再現できていると仮定した場合には次のようなこともいえるというレベルのものと受け止めてください)
 この点についても少し説明しておきましょう。
 この問題に関して、新潟県技術委員会の課題別ディスカッション【地震動による重要機器への影響】第2回(2014年1月14日)で、次のような委員から東京電力への質問と東京電力の回答がありました。
 やや込み入った書き方になっていますが、東京電力は、さまざまな波源モデルによる解析を検討したが国会事故調や私が指摘するような津波が敷地に近づくほど波高が低くなる傾向はないことを確認したと回答しています。
 東京電力は、内閣府(中央防災会議)、JNES、佐竹健治氏の発表した波源モデルと東京電力が最近(2013年)に独自に作成した波源モデル(L67)の4つの波源モデルを元に福島第一原発近傍の波高・波形を解析しています。その解析の出力点はいくつかありますが、そのうちこの写真5と6の津波の行方に関係する解析点は、波高計位置と東京電力が設定した解析点でE16、E17、E18、E19の5点となります。その位置関係と各解析点での私と東京電力の主張する傾向は次の通りになります。
 私の主張では、第2波(1段目)は波高計位置から敷地に近づくにつれて(E16、E17、E18、E19と進むにつれて)波高が低くなる(津波が減衰する)ことになります。東京電力の主張では、第1波の水位が低下した後の部分に波高計位置から防波堤の先(E16またはE17)では波高が高くなる(増幅する)(その後再度波高が低くなる=減衰する)ところが生じることになります。
 先の東京電力の新潟県技術委員会での回答では、解析では私の主張に沿うような傾向は「ないことを確認した」というのです。
 東京電力は、2014年4月28日の新潟県技術委員会の課題別ディスカッション【地震動による重要機器の影響】(第3回)に、私が指摘していた別の論点(写真1〜4問題)への反論のため、その解析を出してきました。ところがその解析の傾向は、東京電力の主張とはまったく反対で、私の主張に沿うものでした。






 東京電力が実施して提出した4つの波源モデルに基づく解析では、全てのケースで第2波(1段目)は波高計位置から防波堤の先のE16またはE17解析点までの間に減衰し、その後も減衰を続け、モデルによってはその後増幅しますがその増幅は敷地近傍のE19解析点で初めてわずかに増幅するという傾向が示されています。他方東京電力が実施して提出した解析には、東京電力が主張するような第1波の水位低下部が波高計位置から防波堤の先のE16またはE17解析点までの間に増幅するという解析は1つもありません。4つの解析のうち佐竹健治氏の波源モデルに基づく解析がやや増幅傾向を見せますが、それも増幅するのはE18解析点以降で、やはり東京電力の主張とは反対になります(E18以降は減衰しないと東京電力の主張に合わない)。つまり、東京電力が行った4つの解析は、写真5と6の津波の解釈問題では、全てが私の主張を支持し、東京電力の主張に反しています。
 東京電力は、こういう解析を実施してその結果を得ていながら、新潟県技術委員会で田中委員が質問した「東京電力の再現計算では南防波堤に沿って敷地に近づくほどさらに波高が低くなる(ただし、敷地直前に初めて増幅する)という結果と聞いているが、それは事実か」という、上で示した解析結果からすれば当然に「その通りである」と答えなければならない質問に対して、否定して、「国会事故調や伊東氏記事が指摘しているように、津波が敷地に近づくほど波高が低くなり、敷地直前で増幅するという一般的な傾向はないことを確認しました。」と平然と言い切っていたのです。これも1号機原子炉建屋の現場調査を申し入れた時の「建屋カバーがあるので今は真っ暗」の説明同様に、「思い込みによる誤り」で意図的な虚偽説明ではないというつもりでしょうか。のちに7.6.で説明する写真1〜4の問題を指摘しなかったら、この解析も明るみに出ず、東京電力の「誤った」説明が露見することもなかったのだろうと思います。

 東京電力の行った解析では、波高計位置から防波堤の先のE16やE17、その後敷地に近づくE18とE19で、第2波(1段目)の波高(水位)は減衰していきますが、その直前の水位も下がる傾向にあるので、第2波(1段目)が消えてしまうということではありません。解析自体はシミュレーションに過ぎず数値あわせの面もあり、波高計位置で実測波がきちんと再現できていないことから見ても数値の信頼性はかなり低いというべきです。その意味で、解析の「傾向」が私の主張を支持する方向であり東京電力の主張を否定する方向であることだけ見ておけばいいでしょう。
 しかし、この解析を見ると、第2波(1段目)が敷地近傍までにほとんど消えるほど減衰しない場合でも、写真5と6に写っている津波が写真7以降に写らない可能性を指摘することもできます。
 例えばJNESの波源モデルに基づく解析を見ると、写真6の津波に相当する位置のE16とE17には、第2波(1段目)は、E16には地震発生後47分06秒頃に、E17には地震発生後47分36秒頃に到達しています。この中間値を採って写真6の撮影時刻を地震発生後47分21秒時点としてみます(時刻が合っているかどうかはおいて、解析の津波との相対的な関係を見ます:この解析自体の津波到達時刻に応じて写真撮影時刻を仮置きするものですから、のちに7.6.で問題とする東京電力のような解析とは別に決定した写真撮影時刻を解析グラフに置く場合と異なり解析時刻修正の必要はありません)。その前提で、東京電力が写真7と8のここに津波が見えて然るべきだという南防波堤付け根部南側に当たる解析点E19の解析波形に写真6〜10の撮影時刻を書き込むと次のようになります(書き込みの場所を作るために横方向に3倍にしています)。
 これを見ると、写真6の時点はもちろんのこと、写真7から10までの撮影時刻には敷地近傍は波形は平坦で水位低下傾向にあり、津波第2波(1段目)は敷地近傍には到達していないということになります。だからこの解析からは写真7や8に写真5と6に写っている津波の接近する様子が写っていないのは当然のこととなります。写真6から写真10にかけて水位が低下していますが、それも数十cm程度ですので写真で水位低下がわかるほどではないということになります。
 このように、東京電力が行った解析に基づいて議論するのであれば、私の主張が成り立つと考えられ、逆に東京電力の主張は成り立たないと見るべきです。ただ、私は最初に言ったように、東京電力の不確かな解析に基づいた議論はしたくないというスタンスなので、それでもなお私はこの問題について確たる説明はできていないと、控えめな立場を取っているのです。

《波高計位置で波高4.5mの第2波(1段目)が南防波堤を軽々と越えられるかという問題と解析の関係》
 ところで、ここでは私の主張の検討の意味で、写真5と6の防波堤の先に写っている津波との関係で東京電力が行った解析での東京電力が第2波(1段目)だと主張する波の傾向を見ましたが、東京電力はこの第2波(1段目)が、写真7〜12の南防波堤を軽々と乗り越える津波であり、さらには写真13と14で4号機南側敷地の10m盤にわずかではありますが遡上した津波だと主張しています。
 東京電力は、2013年12月13日に公表した報告書や新潟県技術委員会での課題別ディスカッション【地震動による重要機器の影響】(第2回)の説明では、第2波(1段目)は敷地に近づき水深が浅くなるにつれてグリーンの法則に従って波高が高くなると主張していました。波高計位置で波高が4.5mしかない第2波(1段目)に、高さ5.5mの南防波堤を軽々と越えさせ、さらには4号機南側の10m盤に遡上させるためには、津波は増幅してもらわないと都合が悪いわけです。
 ところが、上で見たように、2014年4月28日の課題別ディスカッション【地震動による重要機器の影響】(第3回)のプレゼンで提出した東京電力が行った解析では、全ての解析で敷地に近づくにつれ波高計位置よりも波高が減衰し(低くなり)、敷地直前で増幅してもその増幅幅はわずかでこの津波が10m盤に遡上すると見るのはかなり無理があります。
 東京電力が、現在、自己の主張として第2波(1段目)が波高計位置から敷地に近づくにつれて、グリーンの法則に従って増幅すると主張しているのか、解析(の傾向)に沿って全体的には減衰しているが防波堤の直近だけ防波堤による反射で反射波と合成されて波高が高くなって防波堤を越えても不思議はないと主張しているのか、私には定かでない(7.3.で検討する南防波堤屈曲部と7.4.で検討する北防波堤10m部分では後者の説明をしていたように思えますが、写真7〜14で問題となる南防波堤南側の海部分と4号機南側敷地については明確ではなかったように思えます)のですが、東京電力の主張は、東京電力自身が行った解析から見てもかなり怪しげに思えます。

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7.3.写真8から9への津波の速度
 津波の実際の進行速度について、写真からわかることはないでしょうか。その点を検討できるのが、写真8から9への津波の進行です。
 最初に結論を言うと、写真8に写っている津波の先端と写真9で写っている津波の先端位置の距離は、写真の検討の結果約228mと考えられます。写真8と写真9の撮影間隔は17秒ですから、この間津波は毎秒13.4mの速度で進行したことになります。この津波進行速度に対応する全水深(静水深+波高)は約18mで、このあたりの静水深は約8mですから、この速度に見合う波高は約10mとなります。写真8に写っている津波(写真7〜12に写っている津波)が波高計位置で波高約4.5mの第2波(1段目)であれば写真8から9の位置での波高が10mにもなることは考えられないので、やはり写真7〜12に写っている津波は東京電力の主張する第2波(1段目)ではないということです。
 以下、順番に説明していきます。計算部分は細かい話になりますので、興味がなければ飛ばしてお読みください。
 写真9で、津波の先端は南防波堤付け根部角に達していると判断できます。まずこの点について確認します。

 写真7と写真9では、南防波堤付け根部角の見える範囲、言い換えれば写真の右側への視野はほぼ同じと考えられます。そのことは、写真の手前側に見える建屋の安全柵の見え方(どちらの写真でも曲がり部分から右側に8本目と9本目の真ん中あたりまで見えている)で確認できます。写真7では南防波堤付け根部角の防波堤天端部(最上部の平らな部分)が全部きれいに見えています。これに対し、視野としては同じように南防波堤付け根部角の天端部が全て見えるはずの写真9では津波のために付け根部角の天端部がまったく見えません。このことから写真9では津波の先端が南防波堤付け根部角に達していることは確実です。
 次に写真8では津波の先端は南防波堤のどこまで達しているでしょうか。東京電力の報告書は写真8では津波は南防波堤屈曲部に達しているとしていますが、測ってみると南防波堤屈曲部を少し超えています。


 写真8で南防波堤付け根部角(より正確に言うと付け根部角の天端部の港内側の端)から津波の先端までを測ると、写真の水平(x軸)方向に82ピクセル、垂直(y軸)方向に21ピクセルありました。これを南防波堤が屈曲部まで見えている写真7に再現し、同じく南防波堤付け根部角から南防波堤屈曲部までを測ると写真の水平(x軸)方向に95ピクセル、垂直(y軸)方向に22ピクセルとなりました(写真7では重ならないように南防波堤屈曲部の方のオレンジの線をずらして書いていますが、計測はもちろんずらさずに行っています)。見かけ長さは防波堤付け根部角から南防波堤屈曲部が97.51ピクセル、南防波堤付け根部から写真8の津波先端が84.65ピクセル(ピタゴラスの定理で単純に計算)となりますから、写真8の津波先端位置は、南防波堤付け根部角から南防波堤屈曲部の間で写真の見かけ上、84.65/97.51=0.868で、86.8%のところにあることになります(なお、写真の水平方向成分だけで見ても、82/95=0.863で、86.3%)。端数を丸めて86%として、地図上で写真8の津波先端位置を特定すると次のようになります。ここでは、どちらも南防波堤付け根部角を基点としていますので、写真撮影位置と南防波堤付け根部角(の天端部港内側端)を結んだ直線を等辺の1つとする二等辺三角形の底辺が、等辺の延長が南防波堤屈曲部を通る同様の二等辺三角形の底辺の86%となる二等辺三角形を作図して、その等辺の延長線と南防波堤が交わるところに写真8の津波の先端があるというやり方をしています。図中のBと記載した赤い二等辺三角形の底辺は実際にはAと記載したオレンジの二等辺三角形の底辺とほぼ重なるのですが、重ねるとわからなくなるのでずらして書いてあります。
 こうして求めた写真8の津波先端から、津波の波面の傾き(南北方向に対する傾き)を東京電力の解析波面の傾きに合わせ、写真8と写真9の津波の先端の波面を作図して、写真8から写真9までの津波の進行距離と求めると、今回の新潟県技術委員会のプレゼンのために東京電力が提出してきた「縮尺が整合している」図面の縮尺を用いると約228mとなります。
 写真8と写真9の撮影時刻差は17秒ですから、この間津波は毎秒13.4mで進行したことになります。津波の進行速度は、浅海での比較的高い津波の場合、東京電力が指摘するように通常時の水深(静水深)に波高を加えた全水深を用いて、(全水深×重力加速度)0.5となりますので、速度13.4m/sに対応する全水深は13.42/9.8=18.3mとなります。南防波堤南側の水深(静水深)は8m程度ですから、結局この津波速度に対応する波高は約10mと計算できるわけです。
 東京電力は、2013年12月13日の報告書(第1回進捗報告)では波高計位置から敷地近傍までの津波の波高変化は浅海での津波の増幅についてのグリーンの法則(津波が浅海を進行して水深が低くなる時の波高の増幅率は、水位変化率の逆数の4乗根)に従って増幅すると主張していました。その場合、波高計設置位置で波高4.5mだった第2波(1段目)はこのあたりではせいぜい波高5m台にしかなりません。東京電力が第1回進捗報告で主張していた方法による津波の波高と速度は、静水深に応じて、次のようになります。
 東京電力が行った解析ではどうでしょうか。先ほど紹介したように、全ての解析で第2波(1段目)は波高計設置位置での波高よりもE16、E17では減衰し、E18でもさらに減衰するかせいぜいE17の波高を維持する程度でした。津波8と9に写っている津波は、解析点でいうとE17、E18に当たりますから、東京電力が行った解析に従えば、第2波(1段目)の波高は写真8と9では波高計位置の波高4.5mよりも減衰して低くなっているということになります。
 もっとも、東京電力は、第2波(1段目)が高さ5.5mの防波堤を越えたことを導くために、南防波堤屈曲部では波高計位置よりも波高が増幅するという解析結果を出しています。これはどうも水深が浅くなるから津波が全体に増幅するということではなくて、防波堤に近づくと反射波と合成されて防波堤の近傍でだけ急激に増幅するという主張のようです。
 そういう都合のいい解析を持ち出しても、波高計位置の波高に対する南防波堤屈曲部での波高の増幅率は1.12倍〜1.36倍にとどまり、一番大きな数値を用いても、波高計位置で波高4.5mの第2波(1段目)ではせいぜい波高約6mにとどまります。
 この問題について、東京電力の担当者は、新潟県技術委員会でのプレゼンでは、波が砕波すると進行速度が速くなるから問題ないと一言言うだけで、定量的な説明は一切行いませんでした。

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7.4.北防波堤10m部分での波高
 東京電力が公表した津波写真には、4号機南側から撮影した一連の写真の他に、5号機脇の高台から撮影した6枚組の写真があります。
 写真の撮影位置を図示すると次のようになります。
 この写真では、北防波堤の高さ10m部分を津波が乗り越え(その後の写真では防波堤を破壊し)ています。IAEA宛の日本政府報告書では、この写真を根拠に津波の波高は10m以上であるとしています。
 この写真は、津波の前の海(防波堤を越えて写真の下側に飛沫がたっていますが、その手前側写真で下側の部分)が荒れていないことから、写真15と16の津波ではなく、写真7〜12の津波であると、私は「科学」電子版2014年3月号などで主張していますが、新潟県技術委員会でのプレゼンで、東京電力もその点は同意見であるとされました。
 しかしこれについて、東京電力は、東京電力が行った津波解析で、波高計位置で波高5m程度の津波が北防波堤の10m部分直前(「港外側」解析点)では波高10mを超える結果が出ているから、この津波が第2波(1段目)と考えて矛盾はないと主張しています。
 これも、波高の低い波でも防波堤の直前では反射波と合成されて波高が急激に高くなるので防波堤を乗り越えられ、また段波状の場合エネルギーが高いので波高が低くても防波堤を破壊しうるという主張のようです。
 この主張には、私はかなりのうさんくささを感じます。
 まずそもそもこれらの解析は、本当に第2波(1段目)を再現しているのかというところから疑問があります。第1波の後に来る波の次にこれに引き続いて急速に立ち上がり波高7.5mを超える波を再現できた解析は1つもありません。つまり波高計の実測波の第2波(1段目)と第2波(2段目)の特徴をきちんと再現できた解析はないのです。解析の信頼性は、実測値を再現できて初めて認められるものです。東京電力は(あるいは波源モデルの作成者は)、津波の痕跡つまり陸上での遡上高の観測値が解析上の遡上高と相当程度合っているということを解析の信頼性の評価基準としています。遡上高はどの時点のどの波かとはまったく関係なく最大の津波の大きさを表すだけです。それによって、時刻歴波形(どの時刻にどのような波高・波形の波が現れたか)の信頼性はまったく保証されません。そして、この程度の再現であることを考えると、解析で再現されている波は、むしろ小さな第2波(1段目)は再現されていなくて、波高計位置の解析で示されている波形は実は第2波(2段目)とそれ以降の第2波(3段目)なり第3波なのではないか(それが波高が低く評価されて再現された)と、私は疑問に思うのです
 また、解析なり、波源モデルの設定は、試行錯誤をしながら何か目標となる数値に合わせるように修正を重ねて行っていくものです。この津波については北側の10mの防波堤が乗り越えられ破壊されたことは広く知られている事実ですから、波源モデルの作成者がモデル設定に際してその事実に合わせるように作成したということが考えられます。それならば、北側の10mの防波堤直前で波高10mを超えることはモデル設定時点で織り込まれていて、その結果が出るのは当然だともいえます。
 東京電力の主張に従えば、海では波高がたいして高くない津波でも、特に段波であれば、防波堤直前で反射波と合成されて急速に波高が高くなり、防波堤を乗り越え破壊できるということになります。東京電力が行った解析からすると、防波堤の直近以外ではむしろ敷地に近づくにつれて波高が低くなるのですから、津波の波高としては波高計位置での第2波(1段目)の波高4.5mよりも低いかせいぜいそのクラスの津波でも、防波堤直前で増幅して高さ5.5mはもちろん、10mの防波堤さえ乗り越え破壊できたということになってしまいます。そうだとすると、東京電力は、東日本大震災前は5.6mの津波に耐えられるように設計していたというのですが、それが間違いだったということになってしまいます。想定外の津波ではなく、想定内の津波で防波堤が乗り越えられ敷地に遡上されてしまったということになります。東京電力の主張がもし事実ならば、それはそれとして大変なことだと思うのですが。今後一体どういう防波堤・防潮堤を作れば本当に津波の被害を防げるのかもわからなくなってしまいますし。

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7.5.写真7〜12の津波は段波ではない
 東京電力は、写真7〜12に写っている津波が第2波(1段目)であると主張しているため、報告書でもこの波が「段波」だとしています。しかし、写真7〜12に写っている波は、段波(平坦な棚状の形の波)とはいえません。
 ここでは、特に北防波堤に注目して津波の形状を検討してみましょう。波の進行方向の関係で、南防波堤側は、津波がほぼ正面から押し寄せてくる形になり、写真上津波の波形は見えにくくなっています。これに対して北防波堤側は、4号機南側から撮影した写真では津波の進行を斜め横から見る形になりますので、津波の形状を見やすくなっています。






 写真9では、津波が北防波堤を呑み込んで行っています。この写真では津波の先端が4号機タービン建屋のすぐ横、写真で見える限界くらいのところにあり、津波が北防波堤の先端から北防波堤の根元方向へと進んでいることがわかります。ここで最も注目したいのは、津波が通り過ぎた後、写真9で既に北防波堤の先端部分が再露出していることです。写真10でも、防波堤の位置に直線上のものが見えますが、これが防波堤か波かは即断できません。後で改めて確認しましょう。写真11と写真12では、北防波堤がはっきりと再露出していることがわかります。写真11と写真12では南防波堤も再露出しています。
 写真9と写真10で北防波堤の位置を確認してみましょう。北防波堤が見えている写真4で、4号機タービン建屋の青い帯線の下側の東端を基点として北防波堤の先端と4号機タービン建屋に隠れる限界の視野端の位置を確認し、写真9と写真10に図示してみました。手持ちの撮影ですからカメラの向き・傾きで若干のズレは生じますが、写真9と写真10の北防波堤の位置はこの両点を結んだ直線のあたりということになります。




 そうすると、写真9ではちょうど北防波堤の先端部に当たるところが再露出していることがわかります。写真10では、ややはっきりしませんが、ちょうど北防波堤があるあたりに直線が見え、これは北防波堤の天端ではないかと思われます。私には波と見るには堅い感じの直線に見えます。
 北防波堤の写真で見える部分の長さは、地図から大雑把に判別して160m位に思えますから、写真9で左側の北防波堤が津波に呑まれているところから右側の再露出部分までの間の津波で隠れている長さはざっと130m程度、津波の進行方向が北防波堤の伸びる方向とややずれていることを考えて、この写真9に写っている津波は防波堤を越える高さに立ち上がった後十数秒で再度防波堤未満の高さに戻っているものと考えられます。このことから、この写真7〜12に写っている津波の形状は、十数秒程度の短い時間でアップ・ダウンするもので、段波ではないということがいえます。したがって、この津波を波高計の位置で約80秒間平坦な棚状の形状となっている第2波(1段目)と解することは無理があると私は考えます。
 この点については、新潟県技術委員会でのプレゼンでは東京電力からは一言もコメントがありませんでした。

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7.6.写真1〜4と第1波のピーク時期の問題
 写真7〜12の津波が第2波(1段目)だとすると、その7分05秒前から5分38秒前の津波を撮影したことになる写真1〜4が第1波のピークよりも前を撮影したことになり、写真1〜4で水位が次第に低下していることをうまく説明できないという批判を、私は「科学」電子版2014年3月号やこのサイトの「福島原発全交流電源喪失は津波が原因か(その4)」などで書いています。それは大方以下のようなことです。
 東京電力が主張する、写真7〜12の津波が第2波(1段目)ということを前提とすると、写真と波高計の実測波の関係は次のように整理されます。
 他方、私の主張のように、写真7〜12が第2波(2段目)とすると、次のようになります。
 ここで福島原発敷地に押し寄せた津波の波形が波高計の位置での波形と変わっていなければ、写真1〜4は、東京電力の主張では水位が上昇する過程であり、私の主張では水位が低下する過程となり、私の主張の方が事実と符合していて合理的であるというものです。
 「科学」などでは、このように波形が変化しなければという話の次に変化していた場合のことも論じていますが、ここではそれは置きましょう。
 東京電力は、新潟県技術委員会でのプレゼンの大部分をこの私の主張に対する反論に充て、第1波のように周期の長い波の場合反射波と合成されることでピークがずれ、ピーク部分は見かけ上実際の津波伝播速度よりも相当速く移動しうるから、東京電力の主張は矛盾しないと繰り返し主張しました。東京電力は、そのために、これまではデータはまったく出さないままでただ伊東の主張のような傾向が「ないことを確認した」というだけだった津波解析をあれこれ出してきて、その結果、虚偽説明が発覚したわけです(このことは7.2.で説明しました)。
 東京電力からは、東京電力の主張で正しいのだという説明のために次のような図も示されました。
 ここでは、写真1〜4で私が水位低下を切り出して示した南防波堤南側に相当するE18解析点の波形に東京電力主張の写真1〜4の撮影時刻を対応させると、水位が低下する局面であることから私の批判は誤りだとされています。
 私自身は、東京電力がいう反射波と合成された「重複波」のピークの移動に関しては、解析というブラックボックスの問題もあり、現時点で回答を出していませんが、この解析の使い方については、東京電力の誤りを指摘しておきます。この内閣府の波源モデルを用いた解析では、波高計位置の解析で、東京電力が第2波(1段目)と主張する波の立ち上がりが地震の45分30秒後、すなわち15時31分30秒頃とされていて、波高計の実測波とまるまる2分もずれています。そうするとその後の波の伝播も当然ずれているわけで、この解析を用いて、そこに解析とは別に特定した写真撮影時刻と対照するためには、その時刻のズレを修正しなければなりません。
 この2分を修正すると、東京電力の報告書での写真1〜4の撮影時刻は第1波のピーク前後、東京電力の本来の主張による写真1〜4の撮影時刻(1号機敷地への遡上時刻の評価問題で、東京電力はこの撮影時刻が正しいと、新潟県技術委員会のプレゼンの席でコメントしています)ならばピーク前後のほぼ真っ平らなところで、とても水位低下局面とはいえません。ちなみに私の主張に基づく写真1〜4の撮影時刻は、この解析を用いても水位低下局面にきちんと当たります。
 東京電力の担当者は私のこの指摘について、理由をいうことなく、時間のズレは修正しなくていいと述べていましたが、このとき担当者はE18の東京電力が第2波(1段目)と主張する波の立ち上がりを指していて、私が指摘している波高計位置の波形の解析でのズレという問題を正しく理解していなかったかも知れません。いずれにしても時刻の前後問題を議論する時に、実測波の波形と2分もずれている解析を、それも解析とは別に撮影時刻を定めた写真と対照するのに何の修正もせずに使っていいという東京電力の担当者の説明には私はまったく納得できませんし、この説明を聞いた時、私は、この担当者の説明への信用性全般に疑いを持ちました。

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8.まとめ
 6.までで説明した通り、私と東京電力の主張の実質的な違いは、既に写真7〜12に写っている津波が波高計実測波の第2波(1段目)か第2波(2段目)かの1点に絞られています。そして7.で説明した通り、私の主張に弱点が全くないとまではいいませんが、その弱点も東京電力が行っている不確かな解析まで動員すれば説明できないわけでもなくむしろ解析の傾向は私の主張を裏付ける方向ですし、それ以外のいくつかの論点で東京電力の主張は写真から読み取れる事実に反しています。その結果、私は、写真7〜12に写っている津波は波高計実測波の第2波(2段目)であると判断しています。写真7〜12に写っている津波が波高計実測波の第2波(2段目)であれば、6.までで説明したところ(東京電力も同意見)から必然的に1号機敷地への津波遡上時刻は15時38分以降となり、したがって、1号機の全交流電源喪失の原因は津波ではあり得ないことになります。

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(2014.5.7記、2014.5.8、2014.5.9更新)

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