庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
やはり原発震災は起こってしまった
 2011年3月11日に発生した三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)によって、福島第一原子力発電所で原子炉内や使用済み燃料プールで炉心溶融という最悪の事態が発生したと見られ、建屋が爆発で破壊され、大量の放射性物質がすでに漏洩するに至っています。
 これらの事態は、私たちが幾多の原発裁判で主張してきたこと、すなわち国の安全審査での単一故障指針(異常事態の解析では安全装置の系統別に単一の故障を想定すれば足り、複数同時故障は想定しなくてよい)の誤り、とりわけ非常用ディーゼル発電機の信頼性への疑問、想定地震の規模が過小であることなどが正しく、むしろ私たちの考えてきたことですら現実の前にはまだ甘かったことを思い知らせてくれました。
 今回起こっている事態は、外部電源の喪失による炉心と使用済み燃料プールの冷却失敗からの炉心溶融という、昔ながらのある種原始的な事故シナリオです。私たちは、電力会社や国、原発推進派の学者から十分な安全対策がなされているといわれ続け、いつのまにか原発での大事故はスリーマイル島原発事故のような予想しなかった些細な故障の連鎖や人為ミスとかチェルノブイリ原発事故やJCO臨界事故のような規則違反がないと起こらないかのように思わされてきました。しかし、今回の事態は、最も簡単なありふれた事態に対する安全対策さえ十分ではなく、人為ミスや規則違反がなくても設計自体の不十分さから大事故が起こるということを改めて明らかにしました。私たちは原発裁判で国から、外部電源喪失に対しては非常用ディーゼル発電機が複数あり同時故障することはあり得ないし、非常用ディーゼル発電機が燃料切れになるには数日かかりその間には外部電源が回復できるから、外部電源喪失事故があっても炉心溶融に至ることはあり得ないと、何度も言われてきました。しかし、今回その非常用ディーゼル発電機がすべて同時に使用不能となりましたし、外部電源は地震から1週間経っても回復できませんでした。国が永年言ってきたことは今回の地震ではまったく当てになりませんでした。
 現時点では、本当は何が起こっているのか、またそれが本当はどのような原因と経過で起こったのか、よくわかっていませんが、現時点でわかっている範囲で、私のわかることを説明していきたいと思います。
 なお、3月25日以後の展開については福島原発の原子炉で何が起こっているのかを見てください
 また、現在発表されているデータから炉心の状態をどう考えるべきについては福島原発の炉心はどうなっているのかを見てください

現在までに起こったと言われていることと推測できること(3月24日午後5時までの官邸・保安院発表を反映)
 地震発生時、1号機、2号機、3号機は運転中でしたが、緊急停止しました。4号機、5号機、6号機は定期検査中で原子炉は停止していました。
 各原子炉の原子炉水位や原子炉圧力、格納容器圧力のデータについては、3月15日以降保安院が発表を開始し、3月21日から官邸発表で3月11日夜からのデータが遡って発表されるようになっています。これらのデータには、計器自体の異常があって実態と異なるのではないかという疑いも感じますが、ここでは、すべてその発表データが正しいという前提で、各原子炉の状況を整理してコメントします。(データの発表状況やその信頼性については福島原発の炉心はどうなっているのかを見てください)
 1号機では、3月12日午後3時36分頃爆発が起こり、建屋上部が吹き飛び鉄骨だけがむき出しの状態になっています。それ以前に格納容器内の圧力が設計耐圧(約5気圧:この文章では圧力はすべて業界で使う「ゲージ圧力」ではなく一般人がイメージする通常の圧力で表示します)を大幅に超えて約7気圧から9気圧にも達していたために格納容器を守るためにベント管を通じて格納容器内の放射性物質を含む空気を外に放出する操作を3月12日午前10時17分頃から行っていました。炉心水位のデータによれば3月12日朝から炉心が露出し、3月12日午後以降ずっと炉心の燃料棒の上半分程度が露出した状態が続いています。このことから、おそらくは原子炉内で炉心溶融が起こっていて12日の爆発は炉心から発生した水素によるものと推測できます。また、原子炉圧力が3月12日朝には約9気圧程度に落ち、3月13日時点では4気圧程度に落ちていて、3月15日以降概ね3気圧前後で推移しています、格納容器圧力は3月12日に当初約9気圧ないし7気圧だったものが、格納容器内の空気の放出操作で約6気圧程度に落ちた後爆発があり、その後は4気圧ないし6気圧で上下し、3月14日午後以降数値不明とされてきましたが、3月18日午後9時以降2気圧弱で推移しています。この状態からは、圧力容器は、どこかが破損しているか、弁が開いたまま固着しているかコントロールできるとしても長期間開放していたため、圧力容器内の放射性物質が少なくとも格納容器内には相当漏洩していることが推測できます。特に1号機では原子炉圧力が格納容器圧力とほぼ同じ状態が長く続いたことからすると、圧力容器に破損ないし弁の開放固着などがあって閉じ込め機能が大幅に失われているのではないかとの疑いを持ちます。他方、格納容器はある程度の漏洩はあっても大きな破損ではないと推測できます。
 3月22日に東京電力が初めて原子炉圧力容器(RPV)の温度を公表しました。それまでも東京電力は少なくとも3月19日からの圧力容器温度データを持っていたのに隠していたのです。これによれば、1号機の圧力容器温度は発表の最初の温度(それまでは「不明」とされています)の3月20日午前3時30分から発表時点までずっとほぼ400度に達しています。この温度は少なくとも測定箇所に水がないことを示しています。測定箇所は「給水ノズル」と「RPVボトム」とされています。「ボトム」というのが本当に圧力容器の底だとすれば、1号機の圧力容器には水が入っていないということになります。「下部」だとしても、炉心の相当部分が露出していることを示しています。1号機では3月23日午前2時33分から原子炉圧力容器への注水を従来使っていた消化系のラインに給水系のラインも加えて注水量をこれまでの1時間あたり2立方メートルから18立方メートルに大幅に増大させた(その後午前11時から給水系のみになり1時間あたり11立方メートル)にもかかわらず、午前4時現在の圧力容器温度は400度以上(オーバースケールで測定不能)、原子炉圧力は午前4時現在約4気圧に上昇、格納容器圧力も2.6気圧に上昇しています。その後圧力容器温度は、3月23日午後0時には給水ノズルで345度、圧力容器下部で350度、3月24日午前1時には給水ノズルで243度、圧力容器下部で229度、午前11時には給水ノズルで175.3度、圧力容器下部で182.8度に下がったと発表されていますが、圧力はどんどん上昇し、3月24日午前11時では原子炉圧力は5気圧を超え、格納容器圧力も4気圧に達しています。これは、注水が圧力容器に入るとすぐほぼ全量蒸気化して圧力容器から格納容器に放出されていることを示しているように思えます。圧力容器温度が下がってきていることは安心材料ですが、給水が給水系からなされているために圧力容器部分が先に冷却されているとも考えられ、炉心も冷却が進んでいると解してよいかについては、疑問も残ります(私の試算する限りですが、計算上、注水が気化して奪う熱量が崩壊熱を超えていると考えられるので、原子炉全体としては温度が下がる方向に向かっているとは思いますが)。炉心の状態はかなり破損ないし溶融が進んでいるものと考えられ、今後の展開によってはまだ水蒸気爆発等のおそれもあり、予断を許さない状況にあると考えられます。
 2号機では、当初は隔離時冷却系が作動して炉心の冷却が行われていましたが、14日に隔離時冷却系が停止し、3月14日午後5時17分ころ炉心の燃料棒が露出、3月15日午前6時14分頃、格納容器と一体の「圧力抑制室(サプレッションチェンバー)」で爆発が起こりました。サプレッションチェンバーの圧力データは直前まで約4気圧であったものがこのときに1気圧となり、その後検出限界以下(ダウンスケール)となっています。約4気圧あった圧力が爆発と同時期に約1気圧(大気圧)になったことからは、爆発でサプレッションチェンバーに穴が開いたと推測できます。炉心水位のデータからは炉心の燃料棒は露出したままで(3月14日午後6時22分頃には全露出、その後水位が上下した後少し回復して上半分が露出)、原子炉圧力は3月14日夜から急激に減少し3月16日未明からはなんと1気圧以下になっています。格納容器圧力(ドライウェル部分)は3月14日夜から大幅に上昇し、(3月13日午前11時から行ったのに続き)3月15日午前0時02分から格納容器を守るためにベント管を通じて格納容器内の放射性物質を含む空気を外に放出する操作を行っていたところ、3月15日午前6時過ぎにサプレッションチェンバーで爆発が起こった後圧力が減少し、さらに3月16日夜から急激に減少していったん大気圧以下となり、その後3月17日から概ね1.3気圧前後で推移しています。これらのデータの解釈は非常に困難です(計器が壊れていることも考えられます)が、3月15日の爆発は原子炉内で発生した水素の爆発によるものと推測できます。圧力容器は、どこかが破損しているか、弁が開いたまま固着しているかコントロールできるとしても長期間開放していたため、圧力容器内の放射性物質が少なくとも格納容器内には相当漏洩していることが推測できます。そして格納容器からも放射性物質が漏洩していると推測できます。
 3月22日に東京電力が発表した原子炉圧力容器温度では、2号機は発表の最初の温度の3月20日午後10時以降、110度前後で安定しています。この温度からは、炉心の状態は現在では(破損はしていても)安定しているものと思えます。
 3号機では、3月14日午前11時1分頃頃爆発が起こり、建屋上部が吹き飛び鉄骨だけがむき出しの状態になっています。3月13日朝、格納容器内の圧力が設計耐圧に達しそうになったために格納容器を守るためにベント管を通じて格納容器内の放射性物質を含む空気を外に放出する操作を3月13日午前8時41分頃から行い、3月14日午前5時20分頃からまた行ってっていました。炉心水位のデータによれば、3月13日午前中からずっと炉心の燃料棒の上半分程度が露出した状態が続いています。このことから、おそらくは原子炉内で炉心溶融が起こっていて14日の爆発は炉心から発生した水素によるものと推測できます。事故後炉内温度はいずれの原子炉についても発表されていませんでしたが、3号機についてだけ、3月20日午前8時現在で三百数十度と発表されました。原子炉圧力は3月12日午後から不安定な動きをした後、3月13日午前9時台に急激に減少して4気圧程度に落ちていて、3月17日未明からはほぼ1気圧、3月18日には大気圧以下となっていましたが、3月19日から再度上昇しはじめ、3月20日には約3気圧となり、3月21日からまた1気圧前後になっています。格納容器圧力(ドライウェル部分)はおおむね5気圧前後の状態でしたが3月15日夕方から減少傾向となり3月17日から3月19日にかけて2気圧前後で推移していました。これが3月20日になって3気圧前後となり、この圧力上昇を理由に再度ベント管を通しての放射性物質を含む空気の放出が予定されましたが、その後状態が安定したとして中止の発表がなされました。格納容器圧力は3月21日には2気圧以下、3月22日にはほぼ大気圧になっています。サプレッションチェンバーの圧力は3月14日夜から検出限界以下(ダウンスケール)の状態が続いていましたが、3月20日午前11時には逆に約4気圧でオーバースケールとなり、3月20日午後4時以降は再度検出限界以下(ダウンスケール)とされています(ただし3月20日午後4時の発表には8気圧という数値が併記されています)。この状態からは、圧力容器は、どこかが破損しているか、弁が開いたまま固着しているかコントロールできるとしても長期間開放していたため、圧力容器内の放射性物質が少なくとも格納容器内には相当漏洩していることが推測できます。そして、格納容器圧力がほぼ大気圧となっていて、サプレッションチェンバーの圧力が検出限界以下となっていることからは、格納容器部分やサプレッションチェンバー部分からの漏洩も疑われます。
 3月22日に東京電力が発表した原子炉圧力容器温度では、3号機は3月19日から3月20日午前4時20分までは300度以上でしたが、その後次第に低下して3月21日午前中は150度前後になっています。その後東京電力の発表では温度が不明となっていましたが、保安院の発表では3月23日午前4時の温度が給水ノズルで279度、圧力容器下部で253度、午前9時の温度が給水ノズルで304.8度、圧力容器下部で225.5度と再度上昇しています。この温度データからは冷却水が失われて燃料温度が上昇した後いったん冷却がうまく行きかけたが3月22日ないし23日になって再度冷却がうまく行かなくなってきていることを示していると思えます。ただし、3号機については原子炉水位データや圧力データはそのような経緯とあっておらず、データの信頼性に問題があると考えられます。その後3月24日午前2時20分の圧力容器温度は給水ノズルで80.7度、圧力容器下部で185.4度となったと発表され(午前10時20分の温度は給水ノズルで14.1度、圧力容器下部で185.5度と発表されていますが、給水ノズル温度は正しい値とはとうてい思えません)、冷却傾向が回復したとはいえますが、圧力容器下部においてまだ水がないことを示していますので、なお予断を許さない状態にあると思います。
 4号機では、3月15日午前6時頃、爆発が起こり、建屋の側面に8メートル四方大の穴が2つ開きました。その後も火災等が起こり、4号機の建屋も側面に穴が開いただけでなくいつの間にか天井も落ち鉄骨だけになってしまっています。東京電力の発表によれば、使用済み燃料プール(容量1425立方メートル)には使用済み燃料集合体783体と定期検査のために取り出した使用中の炉心の燃料集合体548体の合計1331体が保管され計算上の発熱量は1時間あたり200万キロカロリーだそうです。使用済み燃料プールの水温は3月15日午前4時8分時点で84度、その後水温は計測不能となっています。これについては上空のヘリコプターから使用済み燃料プールに水が入っているのが見えたという東京電力側の報告もあるようですが、爆発原因が他に考えがたいことから使用済み燃料プールでも炉心溶融(燃料溶融)が起こっているのではないかとの発言が東京電力サイドからなされています。
 その後、消防車やコンクリートポンプ車での放水・注水が続けられましたが、使用済み燃料プールの状態は確認できない状態でした。3月23日午後9時10分、3月15日以降初めて使用済み燃料プールの水温が100度と発表されました。100度という水温は、水位のデータが発表されないのでわかりません(プールが満水での100度と底の方にしかない100度ではかなり意味が違います)が、まだ予断を許さない状態が続いていると見るべきでしょう。その後3月24日午前2時40分も同じく100度と発表されましたが、3月24日午前6時35分と午前11時の計測では「指示不良」として温度の発表がなくなりました。計器が正常に働いているかどうかという点でも、なお予断を許さないと見ておくべきでしょう。
 使用済み燃料プールについては、3号機でも冷却に失敗しており使用済み燃料プールの状況がわからないことから、使用済み燃料プールで炉心溶融(燃料溶融)が起きているのではないかという発言が東京電力サイドからなされています。5号機、6号機でも使用済み燃料プールの温度が上昇していたことから、同様の事態が懸念されていましたが、3月19日になって冷却系のポンプの起動に成功し、3月20日時点では使用済み燃料プールの水温はほぼ通常時に戻っているそうです。なお、使用済み燃料プールの燃料保管状況は、東京電力の発表によれば1号機が292体で計算上の発熱量が1時間あたり6万キロカロリー、2号機が587体で計算上の発熱量が1時間あたり40万キロカロリー、3号機が514体で計算上の発熱量が1時間あたり20万キロカロリー、5号機が946体で計算上の発熱量が1時間あたり70万キロカロリー、6号機が876体で計算上の発熱量が1時間あたり60万キロカロリーだそうです。

 3月25日以後の展開については福島原発の原子炉で何が起こっているのかを見てください

炉心溶融とはどういうことか
 原子力発電所は、核分裂性の物質(ウラン235とかプルトニウム239とか:この文章では以下ウラン235で説明します)を直径1cm程度の円柱状に焼固めたペレットをジルコニウム合金(ジルカロイ)の管(燃料被覆管)に詰めた燃料棒を集中的に配置して、燃料棒内で核分裂反応を起こさせて生じる大きな発熱で蒸気を発生させてその蒸気でタービンを回して発電をしています。福島第一原子力発電所の原子炉は沸騰水型原発(Boiling Water Reactor:BWR)で、この型の原子炉では炉心で直接水を沸騰させています。通常運転中に炉心で水を沸騰させるのは発電のためですが、燃料の側からは沸騰で気化熱を奪われ、炉心が冷却されていることになります。
 原子炉は、発電しないときには核分裂を発生させる中性子を吸収する物質(ホウ素とかガドリニウムとか)を詰めた制御棒を炉心に挿入して停止させます。このとき核分裂反応はまったく起こらなくなるというわけではありませんが、事故を考えるときには無視できるレベルまで少なくなります。しかし、原子炉の運転中に大規模に継続される核分裂反応は、ウラン235の原子核に中性子が衝突して2つないし3つの原子核に分裂させるものですから、非常に広範な種類の原子が発生します。その際分裂によって新たにできる原子核は、陽子と中性子の組み合わせが安定したものではない場合が多いため、安定した組み合わせになろうとして各種の放射線(アルファ線、ベータ線等)を放射します。このような放射線を放射して原子核の組み合わせが変わることを「崩壊」と呼んでいます。原子炉で使用した核燃料はこういった放射線を出しやすい不安定な原子核を持つ「核分裂生成物」(「死の灰」とも呼ばれています)を大量に含んでいます。この核分裂生成物が放射線を放出するときに大量を熱を出します。これを「崩壊熱」と呼んでいます。運転中の原子炉を止めた直後は、この崩壊熱が非常に高いので、核分裂反応が止まっても当分は炉心を十分に冷却しないとこの核燃料自身の発熱によって燃料の温度がどんどん上昇していくことになります。
 原子炉停止後は、通常の炉心の水の沸騰・循環による冷却はなくなりますが、蒸気を発電時とは別ループで循環させて冷却を続けたり、残留熱除去系や隔離時冷却系という一応緊急炉心冷却系(Emergency Core Cooling System:ECCS)に分類される系統でポンプを回して冷却水を循環させ続けます(今回の事故の報道で、地震による原子炉停止直後からECCSの機能が働かなかったといわれているのはこの停止後の冷却系統のことです)。こういう原子炉停止後の冷却はポンプによるので電源が必要ですが、原子炉が停止すると内部の発電は止まりますから外部から電気をもらわなければなりません。その外部電源も喪失した場合には、最初にお話ししたように非常用ディーゼル発電機で発電し、その間に外部電源を回復するということによって冷却を確保するということになっています。
 さて、炉心の冷却がうまく行かないとどういうことになっていくか、順次説明しましょう。この間マスコミでいろいろな温度が出てきて混乱している人もいるかも知れません。ここでは燃料(燃料中心部)の温度と燃料被覆管の温度(それと冷却水の温度)が問題となり、これは区別してみていく必要があります。なお、この文章での温度はすべて摂氏で表示しています。通常運転時、燃料中心部は600度から700度くらいになっていますが、燃料周辺部、燃料と被覆管の間の隙間、燃料被覆管と次第に温度が下がっていき、燃料被覆管表面は通常運転時の原子炉圧力(約70気圧)に対応する水の沸騰温度約286度になっています。これが原子炉が止まり冷却に失敗すると燃料内で崩壊熱のため温度が上昇していきます。このとき燃料棒が水に浸かっていれば燃料被覆管表面が冷却されていますから、沸騰の泡が大きくなり部分的に冷却が悪くなることはあっても温度上昇は緩やかになります。燃料内の温度が2700度から2800度になると燃料の融点に達し、燃料が溶け始めます。これが炉心溶融です。この過程で燃料被覆管の温度が900度を超えると、ジルコニウムと水が反応して(ジルコニウムが酸化して)水素が発生します。この反応は発熱反応ですのでこの反応が始まると燃料被覆管の温度がどんどん上昇していくことにもなります。こうして発生した水素がたまって酸素がある環境になると水素爆発を発生します。今回、この水素爆発が発生したと考えられる(というか、他に爆発の原因が考えにくい)ことから、実際には原子炉内の温度がまったくわかっておらず使用済み燃料プールの状態がわからない場面でも、東京電力サイドから炉心溶融が起こっていると推測されるという発言が出てくるわけです。
 さて、燃料内には様々な核分裂生成物が含まれています。これは核分裂によってまったく偶然的に(その割合はほぼ決まっています:興味のある方は物理系のデータブックで「核分裂収率表」というのを見ると勉強できます)いろいろな元素ができるわけですから気体のものも多く含まれています。これらの気体状の核分裂生成物は燃料棒内で燃料と被覆管の隙間に充満し、燃料温度が上がると燃料棒の内圧が上昇していきます。この内圧の上昇とジルコニウムの酸化で被覆管が弱ることから、燃料被覆管が破損するという事態が生じ得ます。そうすると気体状の核分裂生成物(放射性物質)はその段階でほぼ全部燃料棒の外部に放出されることになりますし、このとき燃料棒のまわりに水があると被覆管の破損部から内部に水が入って高温の燃料と水が接触して水蒸気が一気に生じるとともに燃料も粉々になるという事態も生じ得ます。これによって燃料の破損がさらに拡大します。そして、燃料が溶けていきますと、次第に燃料棒の形が壊れ、流れ落ちるようになっていき、これが下部に落ちていくことになります。このときに高温の溶けた燃料が炉心下部にたまっている水と接触すると、水が一気に水蒸気化して、その量によっては水蒸気爆発を起こして圧力容器やさらには格納容器を破壊する恐れがあります。このとき、燃料の方も粉々になって外部に飛散しやすい形になります。また、炉心下部に水がない場合には高温の燃料が圧力容器下部にたまって圧力容器を溶かしていくことになります(スリーマイル島原発事故ではこのようなことが起こりかけていたことがずいぶん後になってわかりました)。
 なお、燃料下部に水がたまっていた場合、そこにはもう制御棒はありませんから、溶け落ちた燃料が落ちた後どのようにたまるかによっては、再度核分裂反応の連鎖反応を起こして臨界に達するということもあり得ないではありません。これが今回の事故でおそれられている「再臨界」です。これを防止しようとして炉心を冷却するために注入している水に、中性子を吸収するホウ素(ホウ酸)を入れるというようなことをしているわけです。下部にたまった水の中に溶け落ちた燃料が偶然に臨界可能な状態になる可能性が高いとは思いませんが、同時に臨界を確実に防ぐことも困難があります。
 このように、核燃料の冷却ができない事態が長時間続くと、炉心が自身の発熱(崩壊熱)によって高温となって溶け出し、その過程で燃料自体から放射性物質が漏洩しやすい形となるとともに水素爆発や水蒸気爆発が発生して、放射性物質の漏洩を防ぐための圧力容器や格納容器を破壊してしまうことになるので、大変恐ろしい事故となるとおそれられているのです。

被曝と避難について
 福島第一原子力発電所からは、すでに相当大量の放射性物質が漏洩しています。特に東京電力サイドでいわれているように3号機や4号機の使用済み燃料プールで燃料の溶融が起こっているとした場合(私にはまだ本当にそうなのかわかりません)はすでに建屋が破壊されているのですから放射性物質の漏洩を防ぐものはまったくありませんから、とんでもない量の放射性物質が漏洩することがあり得ます。同様に東京電力サイドでいわれているように1号機、2号機、3号機の原子炉内で炉心溶融が起こっているのであれば、圧力容器の内圧のデータからして、すでに圧力容器内の放射性物質が格納容器内に相当放出されていることは確実ですから格納容器が破壊されれば(そして2号機ではもう穴が開いていると考えるべきですから)今後大量の放射性物質の漏洩が予想されます。
 この放射線の被曝についてどう考えるべきでしょうか。マスコミでは、アルファ線は簡単に遮蔽できるとか、100ミリシーベルトまでは人体に影響がないとか、250ミリシーベルト以下では急性症状は生じ得ないとか、安心しろという話ばかりが流されています。しかし、例えばアルファ線が紙1枚で遮蔽できることはその通りですが、遮蔽できるのはその当たったものには大きな影響を与えるということです。つまりアルファ線を放出する放射性物質が皮膚に付着したり体内に取り込んだ場合、その周辺には強い影響を与えることになります。
 マスコミで急性症状が生じる線量としていわれているのは、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告等に見られるしきい値ですが、このしきい値は5%程度の人に急性症状を生じさせる値というのが定義となっています。つまり5%程度の人はそれ以下の線量でも症状が生じうることが最初から前提とされています。これを説明しないで、この線量以下だと症状が生じないと説明するのが推進派の常套手段ですが、マスコミもこれを丸呑みにしています。またこの数値の相当な部分はマウスなどの動物実験のデータによるもので人間についてどれくらい当てはまるかには議論の余地があります。
 そして、急性症状ではない、晩発的な障害、つまり癌や白血病の発生については、しきい値はないと見るのが安全側の考えとなっています。つまり少なくとも癌や白血病についてはこの線量以下であれば発生しないという線量はないと考えるべきです。
 そういうことから、すでに放出された放射性物質によっても、周辺住民の将来の癌や白血病の発症という観点からは健康への影響はあると考えるべきですし、東京電力の責任、さらには十分な安全対策を求めなかった国の責任は決して許してはならないものだと考えます。今でこそ平身低頭の東京電力も、原子力利権で生きている連中とともに世論が収まれば、いずれはこんな想定外の大震災でも被害はたいしたことはなかったなどと言い出しかねません(JCOの臨界事故や中越沖地震の後のことを思い起こしてください)から、このことは声を大にして言っておきたいと思います。
 しかし、現実に放射性物質が大量に放出されてしまっていることを前提としたとき、安全を考慮して具体的にどのような行動を取るかということについては、比較考量とある種の開き直りが必要だと私は思います。先にお話ししましたように、将来の発癌率の上昇も含めて絶対の安全を求めるのであれば、とにかく避難をということになるでしょう。しかし、避難した場合にその先の生活はどうするのか、避難途上の安全も含め避難することにより失うものと避難することにより増す安全とを比較考量してそれぞれで考えるというのが現実的でしょう。急性症状が出るようなレベルの被曝が予想される場合には、とにかく避難すべきでしょう。発癌率が上昇するというレベルの場合、発癌率の上昇は、レベルの違いはあれ食品添加物でも喫煙でもその他様々な化学物質でも生じうることだということ、被曝のレベルで考えても例えば東京で被曝する線量は、おそらくそこからさらに10kmや20km避難してもほとんど変わらないということ(もちろん、原発から近い場合、10km、20kmの違いでも被曝量は相当変わります)を考えた上で自分は避難すべきかどうかを考えた方がいいと、私は思います。

(2011年3月20日記、同日更新・再更新、21日更新・再更新、22日更新、23日更新、24日更新・再更新、4月8日更新)
 3月25日以後の展開については福島原発の原子炉で何が起こっているのかを見てください
発表データから炉心の状態をどう考えるべきかについては福島原発の炉心はどうなっているのかを見てください

**_**区切り線**_**

 たぶん週1エッセイに戻るたぶん週1エッセイへ  原発訴訟に戻る原発訴訟へ

トップページに戻るトップページへ  サイトマップサイトマップへ