たぶん週1エッセイ◆
ジョン・エヴァレット・ミレイ展

 渋谷bunkamuraザ・ミュージアムで開催中のジョン・エヴァレット・ミレイ展に行ってきました。
 「ミレー」というと、「晩鐘」「落ち穂拾い」「種まく人」のミレーを思い浮かべるのが普通ですが、それはフランス人画家のジャン=フランソワ・ミレー(Millet)。ジョン・エヴァレット・ミレイ(Millais)はイギリス人画家で、著名作品は「オフィーリア」(今回の展覧会以前にこれ以外の作品を知ってた人はかなり稀でしょう。もちろん、私も知りませんでした)。
 平日でもクチコミとリピーターでかなり混雑してると、ブログのチェックでわかっていたので、3連休にも仕事して今日(2008年10月15日)の午前中を狙いすまして(今日は上野のフェルメール展がシルバーデーで65歳以上が無料で高齢の美術ファンはそちらに流れる、映画がレディスデーで割引・美術ファンが「宮廷画家ゴヤは見た」に流れるかもと期待)休みにして行ったのですが、それでもけっこう混んでました。
 そして虎の子別格の「オフィーリア」は絵から1m位のところに柵があって遠目にしか見えません。他の作品は30cm位の距離で見れるものが多く、見やすかったのですが。
 主催者の配慮でありがたかったのは、出品リストが完全に展示順だったこと。絵の横のタイトルをいちいち覗き込まなくてもいいので楽でした。他の展覧会も見習って欲しいものです。

 作品としては、宗教や寓意を込められた人物画が多く、人物の表情、どちらかというとりりしさよりも媚びとすねの混じったどこか投げやりな表情の人物に心惹かれました。そういう心の動きを描こうとしているのか、単にモデルが飽きてきてそういう表情をしているのかはわかりませんが。
 別格の「オフィーリア」や今回の目玉の1つ「露にぬれたハリエニシダ」などからすると植物の描写に長けた画家かなという先入観を持って行ったのですが、植物に限らず細かな部分の描写力に驚きました。
 17世紀オランダの画家たちにも通じますが家具類、敷物等の緻密な描写力。今回の目玉の1つの「マリアナ」では、背中を反らす立ち姿の女性の怪しげな魅力も捨てがたいものがありますが、テーブルと敷物、いすがとてもいい。ついでに女性の後にうずくまるあり得ないほど小さなネズミも。
 続いて私の目を引いたのは、「1746年の放免令」の犬。夫の放免を求める妻とくたびれた夫と兵士の人物画なんですが(だから本来犬に注目する絵じゃないんですが)よれよれの夫にじゃれつく犬の毛の緻密な描写がほんとにすごい。油絵の筆でどうやったらこんなに細くてしなやかな線を連ねられるのだろうと、技術面から感心しました。全然有名な絵じゃありませんが、この絵の犬は現物で見る価値ありです。タッチは違いますが、やはり全然有名じゃない「名残りのバラ」の女性が首に纏う毛皮のふわっとした毛の質感もすばらしい。人物画でも、絵によってばらつきはありますが、髪の毛が描き込まれています。こういう細くて柔らかな線を引く技術に、まずは感心しました。
 そして、今回私が一番ビックリしたのは、絵としての魅力でいうとそれほどではないんですが、やはり全然有名じゃない「目ざめ」。ベッドの上で身を起こし前方を眺めている女性の絵ですが、このベッドのベッドカヴァーの描写がすばらしい。白を基調とし淡いピンク系、茶系、グレイ系が少し入るだけの全体として白っぽい色調でこれほどまでにベッドカヴァーの質感を再現できるのはものすごいテクニックだと思います。脱帽ものです。これも現物で見れてよかったなという感想です。
 ただ哀しいかな、家具や日用品、とりわけ白っぽいベッドカヴァーがどんなにあり得ないほど緻密に描かれ本物そっくりさらには本物以上に本物っぽく描かれていても、それで感動する人はほとんどいません。そのあたりが、ミレイがこれまであまり有名でなかった原因かも。

 ミレイの絵にはぼかし系の幻想的な絵もありますが、私には細部の描写が魅力的でしたので、くっきり系の絵の方がいいと思います。ぼかし系でいいと思うのは「露にぬれたハリエニシダ」くらい。
 その「露にぬれたハリエニシダ」ですが、小さめの図版でしか見たことがなくて、それからすると特に中央部のハリエニシダはかなり細い線で書き込んであると思っていました。ましてや前半で犬の毛やベッドカヴァーの描写を見た後ですから、ハリエニシダはきっと緻密に描き込んでいるものと思っていました。ところが、現物を見ると、ハリエニシダの部分はぼかした彩色の上に点(ドット)が載っているだけで細い線はほとんどありません。すごく意外でした。遠目にはハリエニシダの細かい葉・枝が密集していると見えるのに。逆にぼかしと点でこういう絵にできるんだと感心しましたが。でも、私は「露にぬれたハリエニシダ」は離れて見る方がいい作品だと、現物を見て初めてそう思いました。

 ミレイ展に行って「オフィーリア」を論じないとは何ごとかと言われそうです。もちろん、悪い絵ではありません。しかし、目の悪い私には1m以上近寄れない状態で見せられた絵なんて、現物を見たという気になれません。ポスターの方が細部まで見えるというレベルでは、ちょっとコメントする気になれません。あしからず。

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