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たぶん週1エッセイ◆
映画「ナラタージュ」
ここがポイント
 見た人の多くが、「松潤、はっきりしろよぉ!」と何度も机があったら叩きたくなる映画
 松潤のイメージダウンを避けるためか、葉山のずるさが薄められているような気がする
 20歳の時に「リトル・バイ・リトル」で野間文芸新人賞を最年少受賞した島本理生が大学在学中に書いた代表作的な恋愛小説を映画化した映画「ナラタージュ」を見てきました。
 封切り2日目日曜日、新宿ピカデリースクリーン2(301席)午後1時10分の上映は、9割くらいの入り。

 夜遅く一人残業中だった工藤泉(有村架純)は、雨の中を社に戻ってきた同僚(瀬戸康史)から手にしていた懐中時計のいわれを聞かれ、学生時代を回想する。大学2年になった泉に、高3の時に友人が転校してしまいクラスで居場所がなかった泉を演劇部に誘ってくれた教師葉山(松本潤)から、部員が減ってしまった演劇部の文化祭公演を手伝って欲しいと電話が入った。高校の時毎日社会科準備室に葉山を訪ねる泉に葉山は気を許しつつ、泉が葉山に付き合っている人はいないかと尋ねると、かつて結婚していたが妻(市川実日子)が義母との確執から心を病み自宅に火をつける事件があり、その後別れ、妻は東京の実家にいると答えた。先生の力になりたいという泉を葉山は突き放すが、卒業式の日挨拶に来た泉に葉山は口づけをする。泉は、卒業後ずっと連絡を待っていたと葉山に迫るが、葉山の部屋を訪れて、妻とのツーショットの写真や葉山がけなしていた映画のDVDを見つけ、葉山が妻と離婚していないことを知る。文化祭を終え、葉山と気まずい握手をして取り残された泉は、助っ人で来ていて練習の過程で泉に言い寄り泉が拒絶した学生小野(坂口健太郎)から、今から実家に行くので一緒に来ないかと誘われ・・・というお話。

 寄せる思いが実るのは簡単ではない、恋は思うに任せないということではありましょうけれど、むしろ泉にはダメ男を引き寄せる要素があるのではというようにも見たくなる作品です。
 たぶん、見た人の多くが、「松潤、はっきりしろよぉ!」と何度も机があったら叩きたくなると思います。葉山の「大人」にしてはあまりの優柔不断さ、そして一見爽やかなイケメン男子の小野の粘着系嫉妬深さ。どうして泉が好きになる男って、こういうダメ男ばかりなの?って、そう思ってしまう。
 「純愛」って言えば聞こえがいいけど、やっぱり高校生の泉の葉山に寄せる思いの初心さ一途さは、子どもっぽく、教師がそれに思わせぶりにはぐらかすというのはひどいと思う。
 原作を読んだのが12年前なもので、記憶が曖昧ですけど、原作の葉山は、単に優柔不断なだけでなくて、もっとずるかったと思います。松潤のイメージダウンを避けるために、葉山のずるさが薄められているような気がしました。

 ビジュアル的には、富山でロケしたというのに、雨や曇りの映像が多く、蜃気楼の映像がありませんでした。回想、幻想の映画ですから、どこかで使うと思ってみていたのですが、そういう俗っぽさを避けたのでしょうか。
 泉の足のアップが多かったのですが、有村架純の足の作りがわりと無骨というか肌もしっとりしてないというか、今ひとつな感じで、こういう作品なら足のきれいな女優さんを選ぶべきだったのではないかと・・・やはり泉には洗練されていない初心さをイメージさせるためとかいうことでしょうか。
 エンドロールに、「飲酒運転は犯罪です」とか・・・入れたら、笑いがとれたでしょうけど、余韻が台無しでしょうか。
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(2017.10.8記)

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