たぶん週1エッセイ◆
映画「さよなら渓谷」
ここがポイント
 レイプ被害者が加害者に欲情するという設定は、私にはどうにも理解できない。人間の複雑さと言ってしまえば何でもありなのでしょうか
 週刊誌記者の目線の作品で、罪もない一般人を傷つけ続ける興味本位のマスコミの姿勢への反省はまるで感じられない

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 紆余曲折を経て同棲するレイプ事件の被害者と加害者の屈折した関係を描いた映画「さよなら渓谷」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、全国14館東京2館の上映館の1つ新宿武蔵野館スクリーン1(133席)午前10時45分の上映は8〜9割の入り。

 ひなびた渓谷の地に住む尾ア俊介(大西信満)とかなこ(真木よう子)は、隣の子どもが殺害された事件で実母立花里美(薬袋いづみ)が逮捕された後、俊介が里美と不倫関係にあり子どもが邪魔になったのではないかと警察に疑われ、押し寄せるマスコミの記者たちの追及を受ける。俊介は容疑を否認して帰宅したが、かなこが警察に俊介と里美の密通を申告し、俊介は逮捕される。俊介の過去を調べ始めた週刊誌記者渡辺(大森南朋)と小林(鈴木杏)は、俊介が学生時代に起こした集団レイプ事件の被害者水谷夏美が就職後婚約者に事件がばれて破談となり勤務先にいられなくなり退社しその後結婚したが夫から暴力をふるわれ2度にわたり自殺未遂をした上失踪していることをつかんだが…というお話。

 レイプ事件を背負い婚約者からは婚約破棄された上に職場に噂を流されて退職に追い込まれ、その後事情を知って結婚した夫からは不貞を疑われ強く迫られれば誰にでも体を開くのか大勢でやられるのがいいのかなどとなじられて殴りつけられ、離婚して自殺未遂をし…と傷つけられ続けた夏美が、加害者を怨み、「私より不幸になってよ」「私が死ぬことであんたが幸せになるなら私は絶対に死なない」などとなじるのは理解できます。
 またそう言われた俊介が精神的に金縛り状態になり、反論はもちろん何を言われてもされても抵抗できない状態になることも理解できます。そうならないで開き直ったり逆ギレする輩の方が多いかもしれませんけど。
 しかし、紆余曲折を経たとしても、何度も傷つけられてきた被害者が加害者と抱き合いセックスする、被害者が加害者に欲情するというのは、私には理解できません。それは、私が加害者・被害者をステレオタイプに押し込めているということなのか、この作品がレイプ被害者の心情を理解せず歪曲しているということなのか。いろいろなケースがあるだろうという主張なのでしょうけれども、また人間の性格も心情もさまざまですからそういうことが絶無ではなくあり得るのかもしれませんが、えてしてそういう紹介は加害者側の言い訳に用いられ過大評価されていく傾向にあります(いやよいやよも好きのうちなる言葉が果たしてきたように)。
 人間の複雑さ、時を経ても気持ちを整理できず様々な感情に翻弄される夏美の容易ならぬ心情は、真木よう子のさまざまな表情だけでも表現されているとは思いますが。

 事件当事者の自宅前に押し寄せ、被疑者のみならずその家族や被害者の情報も執念深く調べ、その過程でその関係者にあらぬ疑いや噂を振りまき続けるマスコミが、事件被害者や被疑者の家族など罪もない人々を傷つけ立ち直りにくくしていくということが度々起こっていると思います。政治家や高級官僚の事件ならまだしも、ごくふつうの事件での興味本位の報道のために、どれだけ多くの人たちが傷つけられているのか、ため息が出ます。この作品では、週刊誌記者の視点で見る場面が少なからずありますが、そういった点への反省はほとんど感じられません。

 真木よう子のHシーン、露出度はさておき、ものすごく生々しい。予告編で既に2人の関係が推測できていますから、哀しさが先に立ってしまい、性的な興奮は覚えませんでしたけど。
(2013.7.7記)

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