庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「家族を想うとき」
ここがポイント
 気まじめなリッキーが名ばかりフランチャイズ契約を機に蟻地獄に落ちるしくみとそれを許す社会への怒りがテーマ
 日本の労働者の現状ないし近未来を示唆する作品としても、よく見ておきたい
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 家族の生活と将来のためにと名ばかりフランチャイズのドライバーとなった男の過酷な生活と悲哀を描く映画「家族を想うとき」を見てきました。
 公開3日目日曜日、ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1(162席)午前10時10分の上映は9割くらいの入り。

 建設現場で長年働いてきたリッキー(クリス・ヒッチェン)は、住宅購入を目指して、配送業者から多額の借金をして指定の配送車を購入し、指定のエリアの荷物配達を請け負う「フランチャイズ契約」をして働き始めた。訪問介護に従事している妻のアビー(デビー・ハニーウッド)は、リッキーが配送車を購入する頭金を捻出するために唯一の財産だった車を売らされて、バスで介護先に移動することになり、帰りが遅くなって、息子のセブ(リス・ストーン)や娘のライザ・ジェーン(ケイティ・プロクター)とともに過ごす時間が減って、外出先から電話で冷蔵庫にパスタがあるからなどと伝える日々を送っていた。持たされた端末で管理され、運転席から2分間離れると警告が出され、替わりの運転手を自分で見つけない限り休むと制裁金を課されるなどの拘束の下で、リッキーは懸命に働き、配送業者の管理者マロニー(ロス・ブリュースター)から評価されていたが、セブが同級生を殴って学校から呼び出され、さらには警察からも呼ばれて、マロニーに家庭の事情で今日は仕事ができないと伝えるが、マロニーからは替わりの運転手が見つけられないなら制裁金だと通告され…というお話。

 怒りっぽく短気なところはあるが、それほど自分勝手でもなくまじめに生きてきたリッキーが、家族の生活と将来を考えて、名ばかりのフランチャイズ契約をしたことから蟻地獄に落ちたように働いてももがいても借金漬けの生活から抜け出せなくなる、この狡猾なしくみとそれを許す社会のゆがみとそれに対する怒りがメインテーマとなっています。
 リッキーが、仮に非正規雇用であったとしても、労働者であれば(労働契約であれば)、遅刻したら制裁金を課するということはできず(遅刻した時間分の賃金を払わないという限度では可能ですが、それを超えた「制裁金」は違法)、労働すべき日に仕事を休んだ場合もやはりその日の賃金を支払わないということはあってもそれを超えて「制裁金」を課することはできませんし、有給休暇なら休んだ日についても賃金を支払わなければなりません。替わりのドライバーを手配するのも事業者である会社の責任です。業務中に強盗に襲われれば労災で、怪我で仕事ができない期間の休業損害は労災保険から支払われます。強盗が持っていた荷物や壊して行った端末等の損害を労働者が負担することなど考えられません。
 ところが、労働契約ではないとなれば、そういった規制というか労働者保護が適用されず、どういった契約でもやり放題、言い換えれば強い立場の側のやりたい放題になります。契約をせずに済ませられればいいのですが、そういうことでも生活のために踏み切らざるを得ない場合も出てきて、そうなるとリッキーのように蟻地獄に落ちてしまうというわけです。
 日本でも、労働法の規制を回避するために、「業務委託契約」の形が駆使される事例が少なくありません。こういう契約書の作成には、強い側の味方をして知恵を絞る法律家が背景にいるわけですが、近年、最低限の良心というかバランス感覚も失われてたがが外れたような状態になっているような気がします。この作品で言われている「フランチャイズ契約」は、コンビニの本部と加盟店の間の契約が代表的なものですが、近年のコンビニでは、加盟店(コンビニ)が日々の売上金を全額本部に送金するようになっています。小売り営業で日銭が手元にないということになったら、いったいどこが小売業なのか、手元に売上金がなかったらどう事業を進める余地があるというのか、私にはまったく理解できません。フライチャイズ契約の内容はこうでなければならないという法規制はありませんから、売上金全額を本部が召し上げても、だからそれはフランチャイズ契約ではない、許されないとはいえないのでしょうけれども、私には、いくら何でもそれは法律家としてバランス感覚を欠いている、強い側のやりたい放題で道を踏み外したものと思えます。
 労働法の世界では、裁判所は、ふつうの民事事件の場合とは大きく異なり(ふつうの民事事件では、裁判所は契約書の記載をとても重視します)、契約書の文言にこだわらず労働の実態を評価して労働契約かどうか(労働者かどうか)を判断する姿勢にあります。ですから、さすがに遅刻をしたら制裁金、替わりの運転手を見つけずに休んだら制裁金、運転席から2分離れたら警告というのでは、いくら「フランチャイズ契約」だといっても労働者だと判断されると思いますが、この論点も近年使用者側があれこれ契約形態を画策した上で激しく争うケースが増えていますので、今後裁判所の判断が労働者にとって後退していく可能性もあります。
 日本の労働者の現状ないし近未来を示唆する作品としても、よく見ておきたいところです。
(2019.12.15記)

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