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    ◆行政裁判の話
  パチンコ店休業指示と行政訴訟

    パチンコ店休業指示と行政訴訟
 2020年5月1日、神奈川県知事と兵庫県知事は、新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条第3項に基づいて、パチンコ店に対し休業の指示を行い同条第4項に基づいて公表しました。翌2日には新潟県知事、3日には千葉県知事、5日には福岡県知事も、同様の挙に出ています。
 ここでは、この事例で行政訴訟(その典型の取消訴訟:とりけしそしょう)を行うとしたらどうなるかを検討し、行政訴訟の特殊性(行政に有利な枠組みであること)を説明します。
 私はこの問題について経験はなく(パチンコ店についての風営法の営業許可等の行政訴訟もしたことはありません。パチンコ業界とはまったく無縁です)、行政訴訟のこの類型について特に知識があるわけではありません。そして、それぞれのパチンコ店の事情についてはまったく知りません(したがって、パチンコ店が休業要請に応じなかったことに正当な理由があったかどうかについては、検討もできません)。ここでの説明は行政訴訟についての一般的なものです。

休業指示の取消請求

「処分性」:取消訴訟の対象

 行政の行為に対する「取消訴訟」の対象は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」です(行政事件訴訟法第3条第2項)。
 これは、法律家業界では「処分性(しょぶんせい)」の要件と呼ばれてきたものです。

裁判所の立場
 最高裁は、基本的な立場としては、「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」が取消訴訟の対象である処分であるとしてきました。
 近年最高裁は、食品輸入に際しての検疫所長からの食品衛生法違反通知について、輸入の許可は税関長が判断するものであるが、検疫所長の食品等輸入届出済証が交付されなければ通関実務上税関長は輸入申告書を受理せず、輸入許可を受けられないことを理由に取消訴訟の対象と認め(最高裁2004年4月26日第一小法廷判決)、病院の開設中止勧告、病床数削減勧告について、医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情から、これらの勧告は勧告を受けた者が任意に従うことを期待して行う行政指導ではあるが、これに従わない場合には相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなったり、削減を勧告された病床数を除いてしか保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすことを理由に取消訴訟の対象と認めています(最高裁2005年7月15日第二小法廷判決、最高裁2005年10月25日第三小法廷判決)。
 このように、最高裁は、近年、伝統的な立場よりは、取消訴訟の対象をやや拡大する姿勢を見せてはいますが、国民の権利義務を直接に確定する処分自体だけではなく、その前段階の行為で必然的にまたは「相当程度の確実さをもって」最終的な処分につながるものについて認められる場合が出てきたという程度です。

休業指示の処分性
 新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条第3項による休業指示は、同条第4項の公表と相まって、社会的にまたは事実上は相当な圧力となりますが、法的には違反に対する制裁もなく、営業ができなくなるわけではありません。
 パチンコ店の営業は風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)上の営業許可を要しますので、新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条第3項による休業指示違反が、風営法の営業許可取消や営業停止に「相当程度の確実さをもって」つながるのであれば、近年の最高裁の立場からは休業指示自体が取消訴訟の対象と認められる可能性があります。しかし、新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条第3項の休業指示違反を理由に風営法の営業許可取消等を行うことは法的には無理でしょうし、現在のところそういう運用の実情もありません。
 そういうことからすると、新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条第3項に基づく休業指示を取消訴訟の対象とすることは、現在の裁判実務上、無理(訴訟提起しても、不適法なものとして却下=門前払いされる)ということになります。

休業指示した知事が、「行政処分」だって言ってるのに?
 もっとも、今回、休業指示を行う行政側では「行政処分として」指示を行ったと述べている例が見られます(少なくとも兵庫県知事は5月1日の記者会見でそう明言しています→記者会見ビデオ14分22秒あたり)し、実は新型インフルエンザ等対策特別措置法制定の際の国会での答弁で政府側(中川正春内閣府特命担当大臣)が興行場等の使用制限が過大であった場合については「行政不服審査法による不服申立て、あるいは行政訴訟法による訴訟ということになっていくと思います。」と答弁しています(参議院内閣委員会2012年4月17日議事録19ページ:「行政訴訟法」は「行政事件訴訟法」の誤りですが、議事録のままです。念のため)。そういうことからすると、行政側が裁判になったら「処分性がない」と主張するのは信義に反するとも考えられますし、立法者意思として取消訴訟の対象となるとしていたという余地もあります。処分性は、当事者が主張しなくても裁判所が職権で判断する事項なので、行政側が主張しなかったとしても裁判上は影響しませんし、たぶん、裁判所は、無知な政治家が十分な考えもなしに言ったことだとして(もちろん、判決でそういう表現はしないでしょうけど)、相手にしないと思いますが。

訴えの利益(の消滅)

 仮に休業指示が「処分その他の公権力の行使に当たる行為」として取消訴訟の対象と認められたとしても、行政訴訟では、原告に「訴えの利益」があることも要件とされています(行政事件訴訟法第9条第1項)。
 新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条第3項の休業指示は期間を定めて行われます(第2項の要請自体が期間を定めて行うこととされていますので)から、判決までに(正確には口頭弁論終結時までに)その期間が経過してしまうと、休業指示がなくなり、訴えの利益がないと判断されてしまいます。
 したがって、現実的には休業指示の取消訴訟は、もし休業指示の処分性問題をクリアできても、最終的には訴えの利益なし(消滅)を理由にやはり却下されることが予想されます。

 本訴なら時間がかかるから、執行停止(しっこうていし)を申し立てれば、裁判所が速やかに判断してくれるという考えはどうでしょう。
 執行停止は「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」が要件で(行政事件訴訟法第25条第2項)、「重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする」とされています(行政事件訴訟法第25条第3項)。休業指示による損害は経済的損害ですから、後日損害賠償で回復することができる損害と評価されることになり、裁判所は、「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」には当たらないとして、執行停止を認めないことが予想できます。

実態判断の枠組み:裁量処分の違法性判断

 これらの条件が仮にクリアされたとすると、そこでようやく実体判断に至ります。その場合、休業指示が法律の定める要件を満たしているかが問題になります。
 新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条第3項の休業指示(要請にかかる措置を講ずべきことの指示)の要件は、第2項の「要請」が先行してなされ、要請を受けた者が正当な理由がないのにこれに従わないことに加え、「新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるとき」です。これは第2項の要請の要件が「新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるとき」とされているのと比較して「特に」必要があると認めるときとされている点が違っています。
 この要件は抽象的なもので、どのような場合にそれに該当するかについては、裁判所は都道府県知事の裁量(さいりょう)を認めると考えられます。
 行政事件訴訟法は、「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる」と定めています(行政事件訴訟法第30条)ので、裁判所が直接に、休業指示が新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条第3項の「新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるとき」の要件を満たしていたかを判断するのではなく、都道府県知事がその要件を満たしていると判断したことが、裁量の逸脱(いつだつ)または濫用(らんよう)に当たるかという観点で判断することになります。その意味で、疑わしきは行政庁に有利に判断されてしまうわけです。

まとめ

 というような行政訴訟の枠組み上、休業指示を受けたパチンコ店が、休業指示の取消を求めて行政訴訟(取消訴訟)を提起して勝訴することはとんでもなく難しく、弁護士の実務感覚上は、ほぼ無理と判断できます。

 なお、それでも提訴するという場合、休業指示を受けてから6か月以内に提訴し(行政事件訴訟法第14条第1項:この場合、行政不服審査申立てを先行する必要はありません。不服審査前置の規定がないので)、被告は都道府県になります(行政事件訴訟法第11条第1項:かつては、取消訴訟は「行政庁」、この場合は都道府県知事が被告で、国家賠償請求訴訟では都道府県が被告なのと異なっていましたが、現在は統一して都道府県が被告になります)。

 行政訴訟についての説明はここまでです。
 裁判としては行政訴訟ではありませんが、国や地方自治体、公務員の職務行為によって損害を受けた場合の損害賠償請求についても、関連することですので、次に検討してみます。

損害賠償請求

 さて、休業指示自体の取消請求は、行政訴訟の特殊性から、実務的には絶望的として、パチンコ店が休業指示を受けて休業のやむなきに至り、営業していれば得られていたはずの収入が得られなかったことによる損害の賠償を求めることはどうでしょうか。
 理屈としては、休業指示が違法であったことを理由とする国家賠償請求(こっかばいしょうせいきゅう)と、休業指示が適法であったとしても国は損失補償(そんしつほしょう)をするべきであり、新型インフルエンザ等対策特別措置法に損失補償の規定がなくても憲法第29条第3項により請求できるという考え方が、あり得ます。

国家賠償請求:休業指示は違法

 国家賠償請求訴訟を起こした場合(被告は都道府県になります)、判断のポイントは、休業指示が新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条第3項の「新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるとき」を満たしているかです。国家賠償請求の場合でも、裁判所は、都道府県知事の行った休業指示が裁量を逸脱または濫用しているかを検討しますので、現実的にはなかなか難しいとは思います。新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条第3項が、第2項の「必要があると認めるとき」をあえて「特に必要があると認めるとき」と限定していることをどう考えるか、原告側ではそれをどう活用し、アピールするかというところでしょう。

 報道によれば、黒岩神奈川県知事は、休業指示に際して「まさに密な状態で、クラスター(感染者集団)になる可能性が非常に高い」と述べているとのことです(時事通信5月1日19時36分配信記事)。神奈川県が公表している5月1日の臨時記者会見での黒岩知事の発言は、「職員から受けた報告では、店内は密集し、換気も良くなく、密接度合も著しく、感染防止に向けた配慮もなされていないということであります。こうした状況から、専門家からも感染リスクが高く、クラスターがいつ起きてもおかしくないとの意見をいただきました」、「先程申し上げましたように、今そのパチンコ店がどういう状況になっているかというと、クラスターが起きる可能性がある、非常に危険な状態にある」とされています(臨時会見結果概要)。記者会見は、休業指示前に行われたものです(「きょう、これから実際の指示といったことを伝達にまいります」「きょうの午後にもまいります」と述べています)から、時事通信配信の記事が記者会見での発言を報じたものか、休業指示後に取材したものかは明らかではありません。
 これらの発言からして、神奈川県知事が行った休業指示はこれらの発言に表れた事実認識を前提としていることになります。もしこの事実認識が間違っているとすれば、前提事実を欠く判断となり、裁量の逸脱と評価する余地が出てきそうです。パチンコ店でクラスターが生じたという例があったとはこれまで発表されていませんから、黒岩知事が、前例がないにもかかわらず時事通信が報じたように「クラスターになる可能性が非常に高い」と判断したのであれば、その根拠が問われるでしょう。また、記者会見での発言で見ても、職員の報告は具体的な事実を写真や映像等の資料を用いて行ったものか抽象的で主観的な評価を伝えたものか、専門家の意見はどのような専門家がどのような事実(報告)を前提として行ったものか、それは科学的な知見としてどの程度の正当性を持つものか、などが検討されることになるでしょう。

 さらに、報道によれば、黒岩知事は、休業に際して「みんなで感染拡大を抑えようと努力する中で、この店の行動で危険性がどんどん増えていくことを放置できない」とも述べているとのことです(時事通信5月1日19時36分配信記事)。その発言は、神奈川県が公表している5月1日の黒岩知事の臨時記者会見(ビデオ映像はこちら)とその書き起こしテキスト(臨時会見結果概要)では、私には確認できませんでしたので、時事通信が記者会見とは別に取材したものとみられます。
 時事通信の報じたとおりの発言があったとすれば、この発言は、そのパチンコ店が営業を継続することによる直接の危険ではなく、悪く言えば知事の言うことを聞かない者を放置できない、示しがつかない、見せしめにするという感情的な動機があるとも受け取れ、そういった本来考慮すべきではないことを考慮した(法律家業界では「他事考慮(たじこうりょ)」といいます)という違法な要素を含んでいるように思えます。
 それはうがち過ぎだとしても、そのパチンコ店の営業により直接に生じる危険を超えた心情的なもの、社会心理とかさらには「国民精神総動員」への支障というような要素を重視して「新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるとき」を判断してよいのかは、議論の余地があると考えられます。裁判官が正面からそれを認める可能性もありますが、それはあまりに間接的なものでそれを基礎に必要性を満たすことはできないと判断するかも知れません。

 私の感覚でも、裁判所が休業指示を違法と判断するというのは、簡単ではないと思いますが、報じられている黒岩知事の発言も加味すると、全然無理とまでは言えないのかなという気がします。

損失補償:休業指示が適法でも

 損失補償については、新型インフルエンザ等対策特別措置法では、要請や指示による休業等による損失補償を認める規定は設けられていません。
 立法時の国会審議では、「学校だとか興行場等の使用の制限等に関する措置については、事業活動に内在する社会的制約であると考えられることから、公的な補償は考えておりません」「本来、危険な営業行為等は自粛されるべきである」などと答弁されています(中川内閣府特命担当大臣:衆議院内閣委員会2012年3月23日議事録5ページ等)。人が集合する営業は、それ自体危険を内包するものであるから、危険が現実化するときには営業が許されない、営業をやめることが当然であるというのですね。原発などならばわかりますが、学校やスーパー、パチンコ店が本来的に危険な事業だというのは、驚きの発想です。
 さて、個別の法律が、損失補償を定めていないときでも、憲法第29条第3項により直接に損失補償を請求することができるということは、最高裁は、昔から繰り返して判示してきました。しかし、それは、損失補償の定めのない個別の法律が憲法第29条違反で違憲無効であるという主張に対して、個別の法律が具体的に規定していなくても本当に必要な場合は憲法に基づいて直接請求できるから、その法律が違憲無効とは言えないというためで、その場合でも憲法第29条第3項による直接請求が認められるためには「単に一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲をこえ、特別の犠牲を課したもの」であることが必要とされています(最高裁1968年11月27日大法廷判決)。現実に憲法第29条第3項に基づく損失補償の請求を認めたのは、私が知る限りでは、予防接種訴訟での東京地裁1984年5月18日判決くらいです。
 国会での政府答弁は、憲法第29条第3項による直接の損失補償の議論を意識して、事業に内在する危険であるから一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲だと言いたいのでしょう。
 都道府県知事の休業指示を違法と判断することに抵抗がある裁判官が、休業指示は適法ではあるが現実に損害が生じていることから考えて損失補償を認めることはあり得るでしょうか。すでに投資をして事業を継続している者に対する個別の休業指示であるということを考えると、最高裁が1968年11月27日大法廷判決で差し戻した砂利採取事業者と類似しているところはあり、原告側ではそこはアピールすべき点でしょう。ただ、他業種・他店舗も要請を受け、他が要請に応じている中で、拒否したパチンコ店だけが結果的に損失補償を得るということについて、裁判官の心情的には抵抗が大きいところと考えられます。

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