庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ
ハリー・ポッターと死の秘宝Part2(映画)

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 2011年7月17日、「ハリー・ポッターと死の秘宝Part2」3D版を見てきました。
 封切り3日目日曜日、丸の内ピカデリー1(定員802人)の午後1時30分の上映は1階席を見る限り7割程度の入り(2階席は見えなかった)。
 以下、基本的には、ハリポタマニア向けのネタバレ解説です。

 原作37章(36章+1章)のうち24章分をPart1でこなして残り13章を展開するPart2は、ホグワーツでの戦いが中心となり、映画ではそれを強調した流れになります。

 ヴォルデモートの分霊箱探しとヴォルデモートとハリーの対決というメインストーリーでは、原作では後で明かされるグリフィンドールの剣なき後の分霊箱破壊手段が、最初から明かされてハリーとロン・ハーマイオニーの分担作戦展開となり、それに合わせてレイブンクロウの髪飾りの破壊手段も原作と変わっています。最後に残された分霊箱のナギニの破壊も原作と異なり観客の目の前で展開され、ロンとハーマイオニーも参加した作戦になっています。このあたりは、映像とわかりやすさを重視した変更ですが、映画の方が原作よりよかった感じがします。
 原作のサイドストーリーというか読ませどころのダンブルドアとプリンスの物語は、Part1のときに予測したように、原作でさんざん展開されたダンブルドアの若き日の過ちなり否定的評価はほとんど登場せず、ホグズミードでアバーフォースがほのめかすだけで具体的な話は全部カットされ、プリンスの物語の方は描かれてはいますが2部構成で時間を使ったわりには端折られた感じ。まぁ、このあたりは読み物だから味わえるところで映像では難しいってことで削られたんでしょうね。
 原作ではフル活用される透明マントが、映画ではPart2ではグリンゴッツに忍び込むとき以外はまったく登場しないのも、映像重視のためでしょう。ニワトコの杖(Elder Wand)の運命を変えてしまうのも、原作通りだと絵にしにくく説明が面倒だからでしょうか。
 確かに、原作よりも、いずれの点でもわかりやすくなっているのですが、原作を先に読んでいる読者にとっては、やはり原作の味わいが損なわれるよなぁと思ってしまいます。

 これは、この作品の段階の話ではなくて、そもそもシリーズの最初の時点で瞳がグリーンでない(青い)ダニエル・ラドクリフをハリーにキャスティングしたこと自体の問題ですが、ハリーが父親に生き写しだが目だけは母親にそっくりというときに、原作では緑色であることが明記されているのに映画ではそうは言えない。色の特色がないから、そっくりと言われても全然印象に残らないし、見てもそっくりと思えない。この作品では、そこがポイントの一つになるだけに、ちょっと締まらないなぁと思ってしまいます。

 目に付きにくい変更ですが、グリンゴッツから脱出するときにドラゴンに乗ることを言い出すのがハーマイオニーに変更されています。これまで映画では、ほとんどの場合、原作よりもハーマイオニーの主体性を弱める方向で変更がなされてきただけに、ちょっと、おやっと思いました。
 それから、マクゴナガル先生がりりしくてかっこいい。

 ラストの19年後、17歳と36歳だからそりゃ髪が白くなるわけじゃないし、シワシワになるわけでもないでしょうけど、ほとんどそのままで出て来られてもなぁ。
映画「ハリー・ポッターと死の秘宝Part1」はこちら
(2011年7月17日記)

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