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    ◆活動報告
    オウム被害救済立法自民党PT案の問題点

はじめに
 自由民主党「司法制度調査会」・「犯罪被害者保護・救済特別委員会」合同会議「犯罪被害者等基本計画」の着実な推進を図るプロジェクトチーム(早川忠孝座長。早川PT)は、2008年1月16日、「オウム真理教による犯罪被害の救済に関する基本的な考え方」及び「オウム真理教による無差別大量の殺傷行為による被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律案(仮称)骨子(素案)」をとりまとめました。
 この「基本的な考え方」「法律案骨子」は、支給金額の記載がない点以外は、2008年1月12日の朝日新聞の報じたとおりで、私たちがこれでは被害者救済にならないと案じていたものです(その点についてはこちら)。

 オウム真理教による一連の犯罪から十数年が経過しましたが、被害者への賠償は遅々として進んでいません。全く異例の12年に及んだ破産手続も、これ以上破産管財人がどんなに努力しても被害者への配当は増やせないとして今年(2008年)3月には終結することになっています。人身被害者への最終的な配当率は破産管財人が知恵を絞って寄付を集めたりして破産手続外で配当したものもあわせてもようやく40%ギリギリとなることが確実となりました。このままでは被害者は、破産手続で認定された被害額の40%しか賠償を受けられないこととなります。しかも、一方でオウム真理教の残党が被害者への賠償もほとんどせずに今なお活発に経済活動をしています。オウム真理教の残党に対しては刑事事件は摘発され団体規制法により「観察」されていても、その資金集め活動は制約されません。現在では、公然とした資金集め活動が発覚すると破産管財人と約束した被害者への賠償の履行を迫られることが歯止めになっているに過ぎません。破産手続が終われば、破産管財人の重しもなくなります。そうすると被害者が直接オウム真理教の残党に請求し自ら対峙していくほかにはオウム真理教の残党の資金力拡大の歯止めはなくなることになります。
 私たちは、このようなことは許されないと考えます。オウム真理教による無差別テロ行為の被害者は、国の身代わりとなって殺害されたり被害にあったものです。この被害者たちの被害救済もせずに、またオウム真理教の残党の経済活動の抑制をその被害者たちの犠牲に任せることは明らかに正義に反することです。私たちは、被害者の賠償問題を最終的に決着するとともに、オウム真理教の残党に責任を果たさせ資金力拡大を抑制する役割を被害者でなく国が行うことで被害者をオウム真理教の残党との対峙からも解放することを求めていたものです。その意味で破産手続において債権届出をした被害者に未配当残額満額を支給することと国が支給した金額をアーレフ等に請求することは、私たちの要求の中核をなすものです。
自由民主党早川PT「基本的な考え方」「法律案骨子」の内容
 「基本的な考え方」及び「法律案骨子」は、給付金の支給対象事件を地下鉄サリン事件及び松本サリン事件のみに絞り、被害の程度の応じて類型化して一定額を支給し、国が認定・支給事務を行い、国が被害者に支給した額の範囲で被害者の損害賠償請求権を取得して回収に努めるとしています。
 被害者への支給の基準となる被害の類型分けについて、「法律案骨子」は何も書いていませんが、「基本的な考え方」では「死亡、重度後遺障害、一定以上の傷害等」としていますし、「法律案骨子」も内容は全く書かれていないものの3段の表組み枠があることから、死亡、重度後遺障害、一定以上の傷害の3類型に分けることが想定されていると読めます。
 被害者への支給金額についても、「法律案骨子」は何も書いていませんが、「基本的な考え方」では、「他の弔慰金制度を参考にしつつ、他の法令上の給付や破産手続による配当との関係でオーバーフローとなることのないよう配慮して定める」としています。
自由民主党早川PT「基本的な考え方」「法律案骨子」の問題点
1.支給額の切り詰め
 「法律案骨子」は被害者への支給額を記載していませんが、「基本的な考え方」のいう「他の弔慰金制度を参考にしつつ」ということからすればごく低額のものとなることが予想されます。2008年1月12日の朝日新聞の報道が1遺族に500万円程度、総額数億円と報じたのはそれによるものでしょう。
 私たちが要求している破産手続での被害認定額(通常の民事裁判での被害認定額とほぼ同じ)のうち破産手続で配当されない額全額の支給を認めていた、早川PTの初期の案(「暫定A案」)からは大幅な後退です。やはり被害額のうち未配当額全額の支給を認める民主党の法律案要綱骨子と比べ大きく見劣りがします。役所の説得で変容した自民党案の第一のポイントは、この被害者への支給額の切りつめにあります。「基本的な考え方」の最後に、私たちの要望を満たせない理由として、「他の一般犯罪の被害者との均衡」「今後の犯罪被害者支援施策に及ぼす影響」と並べて「厳しい財政状況」を挙げていることもそのあらわれと言えるでしょう。
 しかし、オウム犯罪の人身被害者の被害額の6割強に当たる未配当額が25億円程度ですから、支給額総額が数億円としても、それは被害額の10%前後でしかありません。つまり、「基本的な考え方」によって他の弔慰金制度を参考にして決定されるとしたら、要するに被害回復が破産手続では40%に届かないものが10%前後上積みされて50%弱になるというだけです。これでは私たちが求めた賠償問題の最終決着は図られません。

2.受傷者の切り捨ての可能性

 そして、被害類型のうち、死亡はいいとして、「重度後遺障害」は現実的にはごくわずかです。サリン事件後寝たきりの被害者(私が知る範囲では2名)はそう認められるでしょうが、他の人は現実に後遺障害があってもサリン事件との因果関係を国が認めるのでしょうか。水俣病でも原爆症でも国が認定する因果関係は狭すぎ、裁判でも認定基準には問題があると指摘されます。ましてや国は被害者の会が要求してもサリン事件の被害者の後追い調査をほとんどしてきませんでした。サリン被害の科学的研究は到底十分とは言えません。その状況で、サリン事件被害者が現実には後遺症を抱えていたとしても、それがサリン事件と因果関係があると立証することは困難です。
 そうすると、ほとんどの被害者は「一定以上の傷害」にひとくくりにされることになります。「一定以上」が何を意味するのか現段階では全く不明ですが、入院とか通院日数や症状で足切りされるのであれば、日数ならば仕事の関係で当時症状があっても入通院しなかった人が切り捨てられるでしょうし、症状ならばカルテの保存期間が過ぎている今証明する書類がなくて切り捨てられる人が多数出るでしょう。他方、人数的に切り捨てないつもりならば、「一定以上の傷害」の支給額はかなりの低水準になることが予想されます。
 「基本的な考え方」「法律案骨子」では、私たちの意見に対応して、認定手続では破産手続の認定を尊重するという取扱も考えられるというコメントを入れており、その点は評価したいと思いますが、「一定以上の傷害」という類型分けとそれに対応した支給水準の考え方自体に受傷者を切り捨てる危険を内在しているように思えます。

3.オウム真理教の残党への請求の言葉倒れ
 「基本的な考え方」「法律案骨子」は、国が支給した額の限度で被害者の損害賠償請求権を取得し、国はその回収に努めるとしています。
 その言葉が入っただけでも、自由民主党早川PTの従来の案(「暫定A案」「暫定B案」)よりは前進と評価することはできます。その部分の言葉だけを見れば、オウム真理教の残党に対する請求の点では、民主党の法律案要綱骨子とほぼ同じと言ってもよいでしょう。
 しかし、国が被害者に被害額の(未配当の)満額を支給しない以上、被害者のアーレフ等への請求権が残っています。国はすでに「オウム真理教に係る破産手続における国の債権に関する特例に関する法律」という特別立法をして国の請求権より人身被害者の請求権が優先することを定めていますから、被害者の請求権が残っている以上、国が先にアーレフ等に請求することはこの法律の趣旨に反することになります。ですから、被害者の賠償問題を決着せずに「見舞金」にとどめるこの「基本的な考え方」「法律案骨子」では、国がアーレフ等からの回収に努めると言ってもそれは口先だけ形だけの言い訳以上のものにはなりません。それとも自由民主党は、国がアーレフ等から、被害者を押しのけて回収を図ることをよしとするつもりでしょうか。
 民主党の法律案要綱骨子は、求償権に関する規定そのものはほぼ同じですが、被害者に全額支給することが前提ですからこのような問題は生じません。

「他の一般犯罪の被害者との均衡」を重視することへの疑問
 「基本的な考え方」「法律案骨子」は、支給額の考え方や全体のまとめで私たちの要求を満たせない理由の説明で、他の一般犯罪の被害者との均衡を強調しています。
 しかし、そもそも他の一般被害者と同じとか、他の弔慰金制度を基準にするのなら特別法を作る理由自体がないことになります。オウム犯罪が、無差別テロ事件であり、アメリカで言えば9.11、イギリスで言えばロンドン地下鉄テロ等に匹敵するものと考えるから、被害者が国の身代わりとなったものだから、特別立法をするのではないのでしょうか。「基本的な考え方」「法律案骨子」も悪質重大なテロ行為であること、被害者の受けた惨禍が未曾有のものであることを立法の趣旨としています。
 また国はすでに破産手続での国の債権の特例を定める法律、破産特例法の2つの法律を定めてこのオウム犯罪について被害者を特別扱いする立法をしています。
 このような事情からすれば、オウム被害者について特別の手段で被害救済を図ることはすでに国の政策となっているわけですし、今回の立法も特別に救済するために行っているのです。
 それが、支給額を決める、国がお金を出すとなると、途端に他の一般被害者との均衡とか、他の弔慰金制度を基準になどと言い出すのはどういうことでしょうか。
 しかも、「基本的な考え方」は、坂本弁護士一家殺害事件や目黒公証役場事務長殺害事件を対象から外す理由として「不法集団構成員による個別的な殺人事件を対象に取り込むことで、暴力団事件をはじめとする一般犯罪の被害者との区別が不明確になる」ことを挙げているのです。救済対象事件については一般犯罪被害者とは明確に区別する必要があると言いながら、支給額になると一般犯罪の被害者との均衡です。これでは理屈も何もあったものではありません。両者に共通するのは、支給総額を減らすという方向性だけです。それが支給総額を減らす方向に働く場合は一般犯罪の被害者とは区別しなければならないと言い、一般犯罪と区別を明確にすることが支給総額を増やす方向に働く場合は一般犯罪の被害者との均衡を考えねばならないと言っているのです。

5.国の事務を増やすことへの疑問
 「基本的な考え方」「法律案骨子」は、被害認定及び支給を国の事務としています。破産手続で支給対象の大部分の被害者についてすでに被害認定が行われており、破産管財人が現実に配当手続を行っているわけですから、認定や支給を破産管財人に委託すれば行政コストはほとんどかかりません。それをわざわざ国がやり直すことは、被害者にも無用の手間をかけますし、明らかに行政コストの無駄遣いです。
 一方で被害者への支給額は厳しい財政状況を挙げて切りつめを図りながら、役所の仕事は増やして無意味な行政コストをかけるのは、不合理です。役所の説得で抑え込まれたからでしょうが、被害者よりも役所の利害に配慮した感じがします。
まとめ
 オウム真理教による犯罪被害者を、賠償問題や、オウム真理教の残党に責任を果たさせて資金力拡大を抑制するためにオウム真理教の残党と対峙するという負担から最終的に解放するためには、これまでに述べてきたように、、被害額残額の国による立替払いと国がオウム真理教の残党にそれを請求することの2点が必要です。
 民主党の法律案要綱骨子はその2点を満たすものですし、自由民主党の「暫定A案」は支給額の要件は満たし、オウム真理教への請求は満たしていなかったものの含みを残していました。これに対し、今回の「基本的な考え方」「法律案骨子」は、いずれも満たさない、被害者を失望させるものです。
 私たちは、このような事態を避けるためにも2008年1月15日には谷垣禎一自由民主党政調会長にも面談してお願いしました。前日のことでもありまだ効果は現れていないようですが、自由民主党が、被害者の願いを理解し、また国がオウム真理教の破産申立を行った原点に立ち戻って国が果たすべき役割に思いをいたし、党内手続で再考することを強く望みます。
追伸(2008.1.18)
 2008年1月18日、自由民主党「司法制度調査会」・「犯罪被害者保護・救済特別委員会」合同会議が開かれ、私たちも出席して再考をお願いしましたが、原案の「基本的な考え方」「法律案骨子」がそのまま承認されてしまいました。今後政策審議会、総務会を経て正式の自由民主党案ができあがることになります。
 私たちとしては、自由民主党と公明党の与党協議、与党と民主党の協議に向けて、さらに変更をお願いすることになりますが、それ以前に自由民主党が再考することを強く望んでいます。
追伸(2008.3.26)
 2008年3月25日、自由民主党と公明党の与党協議で、地下鉄サリン事件、松本サリン事件の被害者に加えて坂本弁護士一家殺害事件や目黒公証役場事務長殺害事件等の人身被害者(ただし、教団内のリンチ殺人事件の被害者は除く)も支給対象とすることが確認されました。支給額問題は3月25日の協議では未確定でさらに協議すると聞いています。与党協議が被害額満額支給の結論を出すことを切に願っています。

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