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活動報告:原発裁判
金属学会2006年秋期大会報告
 2006年9月16日(土)から18日(祝)まで3日間、新潟大学五十嵐キャンパスで金属学会2006年秋期大会が開かれました。今回の大会ではシンポジウムのテーマの1つに「原子炉圧力容器鋼の照射脆化機構研究の最前線」が挙げられています。その学会に井野博満先生(東大名誉教授)が、沸騰水型原発の圧力容器が脆化予測式の予測を超えて異常に脆化(脆くなって割れやすくなること)しており、それは脆化には中性子の照射速度が重要な要素となっているのに脆化予測式が照射速度を考慮していないためという、東海第二原発の裁判や浜岡原発の裁判で証言したテーマについて発表することになったので、私も参加して3日間聞いてきました(私も名目上は、井野先生の発表の共同発表者です)。
 研究者が次々と最新の研究を専門用語で報告するのにはついて行けない点が多くありましたが、圧力容器の照射脆化研究の先端の議論や学会の雰囲気がわかって有益でした。3連休全く休めず頭を使い続け、すぐまた日常業務が待っているのが辛いですが。
 シンポジウムの冒頭には、保安院の高経年化対策検討委員会高経年化技術評価WG主査の関村直人東大教授から基調報告がありました。総括的な報告でしたが、私には感慨深いものでした。第一に、井野先生に東海第二原発訴訟で圧力容器の照射脆化について証言してもらった2000年には、脆化には照射速度の影響が大きいこと、その結果それまで重視されていなかった沸騰水型原発の脆化が問題となることについては、それを否定しようとしたり無視する立場が原発推進派の大勢でした。しかし、今回のシンポジウムでは、もう少なくとも井野先生らの研究でターゲットにしていた銅(Cu)不純物が多い場合(古い原発の場合)については、照射速度の影響が大きいこと(実際の沸騰水型原発のような環境で脆化が速く進むこと)は当然の前提とされ、これを否定する発表は全く見られませんでした。第二に、基調報告の端々に照射速度の影響についての井野先生の主張を意識した言及が感じられ、この問題が原発推進側にかなりのダメージを与えているのだと、私には感じられました。
 関村教授の基調報告では、照射速度効果を織り込んだ電中研の予測法ができたので、脆化予測式の問題は解決したように言われたので、電中研(電力中央研究所:電力会社からの「給付金」が収入の9割弱を占める研究所です)の報告を楽しみにしていました。しかし、電中研の報告者は、照射速度や圧力容器の金属組成などを入れて個別化した式であるにもかかわらず、個別の原発のデータを入れた脆化予測は1つも示さず、ただ監視試験片の「測定値」と予測値の相関グラフを1枚示しただけで、端的に言うと第三者が容易に検証できない形でしか提示しませんでした。私には大変不満の残る発表でした。
 シンポジウムでは、原発の圧力容器に不純物としてではなく成分要素として添加されているマンガン(Mn)が圧力容器の照射脆化に影響しているという最近の研究で次第に明らかになりつつあることがらについてもいくつか報告がありました。まだ報告としてもポイントが絞り切れていない感じを受けましたが、報告者(原発推進側)がマンガンによる影響は30年以上運転してから出てくるがせいぜい2倍止まりか?と報告したのに、関村教授が、根拠もなく2倍などといわれては困るなどと声を荒げるシーンもあり、驚きました。
 私には、原発推進派の政治的思惑の錯綜はさておき、3次元アトムプローブや陽電子消滅など、照射脆化のミクロ構造を捉える技術の発展とそれを駆使した報告が印象的で、仮説とコンピュータシミュレーションだけではなく実際の脆化を現実に検証する報告に力強さを感じました。特に東北大学金属材料研究所の精力的な実験が目を引きました。そういう場面でも照射速度の違いによる脆化の違いが検証されていく様子が心強く思えました。
 井野先生の発表は3日目(最終日)に行われました。発表の一番わかりやすい点を説明すると、日本の原発の監視試験片(圧力容器と同じ材料で作って圧力容器のすぐ内側=通常試験片とだいぶ内側=加速試験片に入れておき、年数がたったところで取りだして脆化の度合いを調べてそれで圧力容器の脆化を判断するもの)の脆化について、経産省や電力会社の発表した評価値を、横軸に中性子照射量、縦軸に脆性遷移温度上昇量(脆化の目安です)を取ってグラフにすると右の写真のようになります。
 沸騰水型原発の通常試験片(■)と加速試験片(□)、加圧水型原発の試験片(×)では、それぞれ1桁ずつ照射速度が違います(沸騰水型原発の通常試験片が一番遅い)。そのグループごとに脆化の度合いが明らかに傾向が違います。沸騰水型原発の通常試験片では少ない照射量でも脆化が進み、照射量が増える(グラフの右に行く)と急激に脆化が進んでいます。
 より具体的に、それぞれの原発について検討すると、事態はもっと明らかになります。一番古い沸騰水型原発の敦賀1号機について赤色で着色し、敦賀1号機のデータを入れた脆化予測式を赤い実線()で示すと、右下の写真のようになります。脆化予測式では母材と熱影響部(溶接箇所の近辺のことです)は同じと扱われていますので、データを増やすために母材の通常試験片を、熱影響部の通常試験片を、母材の加速試験片を、熱影響部の加速試験片をで示しています。照射速度が速い加速試験片(:右側の4点)を除いてみると、脆化予測式のカーブより遥かに急激に脆化が進んでいることが一目瞭然です。
 この発表について、電中研の研究者から、これまでに銅(Cu)の偏析が進んで銅が既に出尽くしてこの後は急激な脆化は進まないのではないかと反論がありました。井野先生が、これに対して、銅の偏析については意外に出尽くしていないという報告も昨日あったようですし、それは実際の監視試験片を分析してみるのが一番確か、国内の研究者が海外の原発の試験片しか入手できない現状は異常、電力会社が研究者に監視試験片などを提供するなどして研究が進むように協力してほしいとコメントして報告が終了しました。
 偉い学者の先生が、狭い教室でエコノミークラス症候群が心配されるような小さな机とパイプいすで3日間も発表・討議する姿は、それだけでも感動的でした(私も、頭だけでなく、体力的にも疲れました)。こういう場で、最先端の研究とアイディアが磨かれていくのだなと妙に納得してしまいました。データ等の公開が進み、さらに科学的真実が解明されていくことを期待します。

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