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  ◆活動報告:原発裁判(柏崎刈羽原発運転差し止め訴訟)◆

原告準備書面(17)

福島原発1号機のIC配管の損傷
【追記】(冒頭に追記というのも何ですが…)
 この準備書面は2013年11月29日に裁判所と被告(東京電力)に提出して、同時にネット公開しましたが、その後口頭弁論期日の3日前の2013年12月13日、東京電力が新たな報告書「福島原子力事故における未確認・未解明事項の調査・検討結果 第1回進捗報告」を発表しました。その新報告書の中で、この準備書面で扱っている1号機の水素爆発については「その後15時36分、原子炉建屋上部で水素爆発が発生し、屋根及び最上階の外壁が破損した。主に水−ジルコニウム反応で発生した水素が、蒸気とともに最終的に原子炉建屋へ漏えいし、水素爆発に至ったものと推定されるが、その漏えい経路や量、爆発の様相、着火源については不明であり、検討が必要である。」(同報告書14ページ)とされています。東京電力は、2012年6月の「最終」報告書で5階での爆発と明示していたのを後退させ、爆発場所も漏洩経路も着火源も全て不明という姿勢になりました。少なくとも東京電力が、この準備書面で私たちが主張している水素爆発が4階で発生したことを否定する材料を持ち合わせていないことは間違いないようです。

第1 はじめに
 1 本準備書面の趣旨

 本準備書面は,原告ら準備書面(4)で述べた福島原発1号機で地震により配管等が損傷したと評価すべき事実に加え,最近明らかになった,1号機の水素爆発が原子炉建屋4階で発生したと見られることに鑑み,地震によって1号機のIC(非常用復水器)配管が損傷したと考えられることを論証し,もって電源対策・津波対策に終始して耐震設計の根本的な見直しをしない被告の「福島原発事故を踏まえた安全対策」が無意味であることを論じるものである。
 以下の論述は,多くの部分を,元国会事故調委員であり現在新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会(新潟県技術委員会)委員である田中三彦氏が雑誌「科学」(岩波書店)2013年9月号に掲載した論文「福島第一原発1号機原子炉建屋4階の激しい損壊は何を意味するか−改めて,地震動によるIC系配管破損の可能性を問う」(「科学」2013年9月号1055〜1066ページ)によっている。

 2 論証の要旨
 以下,第2では,@1号機原子炉建屋4階が爆発により激しく損傷し,他方3階以下は爆発による損傷はほとんどないという爆発による損傷の状況と,A4階大物搬入口北側の安全柵が5階での爆発による爆風では説明できない方向に変形・移動していること,B5階大物搬入口(4階天井)の鉄製蓋が爆発時閉じられていたため5階での爆発による爆風は4階の機器を破壊できないという3つの事実から,水素爆発が,原子炉建屋5階のみではなく原子炉建屋4階でも発生したことを論証する。
 第3では,水素爆発が発生するためには水素の大気(酸素)との混合及び着火源もしくは発火点までの温度上昇が必要であるところ,IC配管に損傷が生じた場合,水素発生箇所である原子炉の炉心から原子炉建屋4階に直接通じているIC配管を通じて水素が大量に供給されうる上に,IC配管から漏洩する水素は発火点温度(500℃ないし527℃)を超えている可能性が十分にあり,それにより4階での水素爆発の発生を合理的に説明できることを論証する。
 第4では,原子炉建屋4階への水素供給という観点からも着火源の観点からもIC配管の損傷なく原子炉建屋4階で水素爆発が生じることはほとんど考えられないことを論証し,あわせて5階での水素爆発を含めた水素爆発の合理的な説明について,補完的に論じる。

第2 原子炉建屋4階での水素爆発の発生
 1 1号機原子炉建屋の水素爆発による損傷状況
 (1) 被告最終報告書による被害の状況
 被告の2012年6月20日付「福島原子力事故調査報告書」(いわゆる最終報告書)では,福島原発1号機原子炉建屋4階の損傷状況について,以下のように記載されている。
 「非常用復水器本体が設置されている原子炉建屋4階では,5階での水素爆発の影響で天井の北側に破損開口部が生じ,非常用復水器上部北側で爆風によると思われる保温材の脱落や瓦礫の散乱が認められた。また,非常用復水器本体南側の保温材が激しく脱落しているが,原子炉建屋の機器ハッチ(吹き抜け)側であり,5階で生じた水素爆発の爆風が,吹き抜けを通じて非常用復水器の保温材を損傷させたものと考えられる。なお,3階,2階においては保温材の脱落,飛散は認められなかった。」(以上,被告最終報告書100ページ)
 ここでは,1号機原子炉建屋4階で,非常用復水器南側の保温材が激しく脱落していること,3階,2階においては保温材の脱落,飛散は認められなかったことが明らかにされている(なお,非常用復水器上部北側の保温材損傷については,後に第4で触れる)。ここでいう「機器ハッチ」は5階大物搬入口のことである。なお本準備書面では,「5階大物搬入口」は大物搬入口の5階床面開口部を,「4階大物搬入口」は大物搬入口の4階床面開口部を指す。

 (2) 非常用復水器南側の保温材の脱落状況
 図1は1号機原子炉建屋4階の平面図であり,上が北側,下が南側である。

図1 1号機原子炉建屋4階の概略の平面図(「科学」2013年9月号1056頁)
 被告の最終報告書では,図1で左側中央に2つ並んでいる非常用復水器の南側(図1では下側)で保温材が激しく脱落していることを明らかにしている。
 写真1は,被告が2011年10月18日に1号機原子炉建屋4階の状況を撮影したビデオ(被告のサイトで公開されている)から,非常用復水器(正確にはそのタンク)2基の南側側面を南側から撮影した部分を切り出したものである。白いものが保温材で,赤茶けたところが保温材が脱落してむき出しになった非常用復水器タンク本体である。

写真1 非常用復水器南側の保温材脱落状況(被告2011年10月18日撮影ビデオより)
 この写真からは,非常用復水器タンクがいずれも南側の中央寄り部分で保温材が激しく脱落していること(左側に見えるA系タンクでは左側すなわち西側は保温材が残っていることがわかる),A系タンクでは南側面から北側に行くと保温材が残っており保温材の脱落の程度は南側で著しいことがわかる。
 写真2は,同じビデオで写真1と同じところの上側(気相配管)を撮影した部分を切り出したものである。

写真2 非常用復水器南側気相配管の保温材脱落状況(被告2011年10月18日撮影ビデオより)
 ここで,銀色に見えるものが保温材カバー,白いものが保温材,赤茶けたものが配管本体である。ここでも手前側である南側では保温材が脱落して配管がむき出しになったり,保温材カバーが脱落していることがわかる。
 写真3は,この非常用復水器南側から2基の非常用復水器タンクの間を少し北側に進んで中央部を北向きに撮影した部分を切り出したものである。

写真3 非常用復水器中央部の保温材の状況(被告2011年10月18日撮影ビデオより)
 この写真からは,南側側面から北側に少し進んだ中央部では,左側のA系非常用復水器タンクでは保温材カバーが残っており保温材の脱落はなく,右側のB系非常用復水器タンクでは保温材カバーの脱落があり手前側では保温材の脱落もあり,上側の気相配管は保温材カバーが残っていることがわかる。

 (3) 4階大物搬入口北側安全柵の変形・移動
 写真4はA系の非常用復水器タンク南側側面を,写真5はそのすぐ南側の大物搬入口と西側壁面を,西向きに撮影した部分を切り出したものである。

写真4 4階大物搬入口北側安全柵が失われた状況(被告2011年10月18日撮影ビデオより)

写真5 大物搬入口西側に北側安全柵が移動した状況(被告2011年10月18日撮影ビデオより)
 写真4では,4階床面を貫通している大物搬入口の開口部の縁に沿って設置されている鉄製の安全柵の北側部分が失われていること,開口部西側に大きく歪み変形した安全柵が残存していることがわかる。写真5を見ると,4階大物搬入口西側に歪んで残存している安全柵は,もともと西側には安全柵がないので,これは安全柵の北側部分が爆発により変形して西側に倒れ込むような形になっているものであることがわかる。
 なお,4階大物搬入口西側の壁沿いには安全柵がなかったこと及び北側には安全柵があったことは,爆風による損傷がほとんどない3階の大物搬入口西側及び北側を撮影した写真6で西側壁沿いに安全柵がなく北側には安全柵があることから明らかである。

写真6 3階大物搬入口西側及び北側の状況(原子力規制庁出水現地調査報告書より)

 (4) 4階南側の被害状況のまとめ
 以上の1号機原子炉建屋4階の損傷状況から,非常用復水器の保温材の著しい脱落等の損傷は2つの非常用復水器タンクの間の南寄り部分及び非常用復水器南側で生じていることが明らかであり,他方4階大物搬入口北側の安全柵は北側から南向きに力を受けて変形したものと考えるのが自然である。
 被告が最終報告書で主張している「5階で生じた水素爆発による爆風」が5階大物搬入口床面(4階天井)の開口部(吹き抜け)を通じて4階に影響を与えたというのでは,非常用復水器南側周辺で保温材等の脱落を生じさせることはあり得ても,4階大物搬入口北側の鉄柵にその北側から南向きに力を与えることはかなり難しいというべきである。

 2 5階大物搬入口の鉄製蓋の状況
 原子炉建屋には大型の機器・機材を上階に搬入するために,1階から最上階(5階)まで貫通する吹き抜け状の大物搬入口が設けられており,5階床(4階天井)には鉄製の蓋がある。その大きさは開口部に合わせて約5メートル四方であり,鉄製の蓋の重量は約1.5トンに及ぶ(「科学」2013年9月号1057〜1058ページ)。その本来の形状は写真7のとおりである。

写真7 大物搬入口の蓋の形状(原子力規制庁出水現地調査報告書より)
 この1号機原子炉建屋5階大物搬入口(4階天井)の鉄製の蓋は,2011年10月18日以降の被告や原子力規制庁等の立入時点では,存在せず,写真8のように開口した状態で,鉄製の蓋の行方は現在もわかっていない。

写真8 5階大物搬入口(4階天井)の状況(原子力規制庁出水現地調査報告書より)
 被告が,最終報告書で「非常用復水器本体南側の保温材が激しく脱落しているが,原子炉建屋の機器ハッチ(吹き抜け)側であり,5階で生じた水素爆発の爆風が,吹き抜けを通じて非常用復水器の保温材を損傷させたものと考えられる。」としているのは,この5階大物搬入口の蓋が,水素爆発時点で開いていたことを前提とするものである。
 しかしながら,2011年3月11日に地震発生前から1号機原子炉建屋5階で天井クレーンを操作して機器の搬入作業を行っていた作業員は,地震発生前に作業を終わり5階床の大物搬入口の蓋をして4階に降りてから地震に遭遇したと,国会事故調のヒアリングに対して回答している(「科学」2013年9月号1057〜1058ページ)。この者は原子力規制庁が2013年6月14日に行った聞き取りに対しても「開口部について,5階床の開口部は5階における作業終了後に閉じたため,地震発生時は閉じられていた。なお,1階から4階の開口部は開いていた。」と供述している(規制庁事故分析検討会第2回資料1−1「福島第一原子力発電所1号機4回における出水事象に関する出水当時の状況等について」)。

 3 4階での水素爆発の発生
 大物搬入口の蓋は写真7からわかるように上から閉じる形状となっており,写真8からは明瞭ではないが,当然に開口部には蓋が開口部から落下しないように段がつけられているものであり,上からの力により蓋を遠くに吹き飛ばすことはかなり難しい。
 また,5階大物搬入口が蓋により閉じられていれば,5階での水素爆発の爆風が4階の非常用復水器南側に吹き込むことは考えられない。
 さらに,5階での水素爆発の爆風が5階大物搬入口から吹き込んだということでは4階の大物搬入口北側安全柵が北側からの南向きの力を受けて大きく変形し移動したことを説明できない。
 他方,4階で水素爆発が発生したとすれば,大物搬入口の蓋を下から吹き飛ばすことがあり得,4階天井の蓋が閉じられていても4階の非常用復水器南側に爆発・爆風による損傷を与えることは当然にあり得,また同様に4階大物搬入口北側安全柵に北側から南向きに力を与えることも,爆心や爆鳴気の分布状況によりあり得るところである。
 4階で水素爆発が発生したと考えることは5階でも水素爆発が発生したことを否定するものではない。むしろ,4階での水素爆発に誘導されて5階でも水素爆発が発生したと解するのが妥当であることは後に(第4で)論じる。
 しかし,4階で水素爆発が起こらなかったとすると,5階大物搬入口の蓋が閉じられていたこと,その蓋が事故後初めて被告が原子炉建屋4階に立入したときには開いていた(行方不明である)こと,非常用復水器南側で保温材等が激しく脱落していること,4階大物搬入口北側安全柵が北側から南向きの力を受けて大きく変形・移動していることを説明できない。
 よって,1号機原子炉建屋の4階で水素爆発が発生した(少なくとも4階「でも」発生した)ことは,ほぼ間違いない。

第3 IC配管の損傷と4階での水素爆発
 1 水素爆発の条件
 水素が爆発するためには,第1に相当量の水素が酸素と混合して爆鳴気となることが必要であり,第2に爆鳴気の温度が水素の発火点温度以上となるか着火源がなければならない。
 酸素との混合については,大気中では水素濃度が4%〜75%が水素の爆発限界とされている。水素は非常に軽い気体であるから,開放空間に漏洩した場合は速やかに上昇拡散し爆発条件に達しないことが多く,爆発が発生するためには漏洩先の空間が密閉度が高いことが必要である。
 水素の自然発火温度については,酸素との混合比等の条件によって変わってくるものであり,測定条件によって測定値のばらつきがあり,物性値のような固定した数値は得られていない。文献により幅があるところであるが,500℃ないし527℃が採用されることが多い。

 2 福島原発事故と水素爆発の条件
 福島原発事故において発生した水素は,そのほとんどは炉心の燃料の冷却がうまく行かず核燃料が崩壊熱により高温になって,核燃料を収納する燃料被覆管及び燃料集合体を包むチャンネルボックス(いずれもジルコニウム合金であるジルカロイ製)に含まれるジルコニウムが水と反応して,いわゆる水−ジルコニウム反応(Zr+2HO→ZrO+2H+586kJ)により発生したと考えられる(そのほかに,水の放射線分解による水素発生もあったはずであるが原子炉内あるいは格納容器内で大量に発生したとは考えがたい)。
 水素の発生場所は原子炉圧力容器内であり,圧力容器内には酸素は,水の放射線分解等による微量のものを除き存在しないから,圧力容器自体あるいは圧力容器の内部と外部を結ぶ配管などが損傷する前の段階では水素爆発の条件を満たさない。
 水素が圧力容器から格納容器内に漏洩しても,格納容器内は窒素充填されているので,格納容器が破損する前の段階ではやはり酸素と混合せず,水素爆発の条件を満たさない。
 水素が原子炉建屋内に漏洩すると酸素と混合することになり,水素濃度が4%を超えるまで漏洩が続き,着火源があれば水素爆発の条件が整う。しかし,福島原発事故時は全電源喪失状態であったため,着火源の代表的なものである電気火花は発生し得ず,また爆発直前は原子炉建屋内に作業員もおらず(3月11日23時05分に高放射線量のため1号機原子炉建屋への入域が禁止され,以後爆発までの間,12日9時台に格納容器ベントのために空気作動弁の手動操作を試みて入った者がいるほかは作業員の入域はなかった:被告最終報告書128〜133ページ),現実的な着火源は見いだしがたい。そのため,被告の最終報告書においても「その後,12日15時36分,原子炉建屋が爆発したが,これは,炉心損傷等に伴い発生した水素が原子炉建屋に蓄積し,何らかの理由で着火したことで発生したものと考えられる。」(被告最終報告書142ページ)とするのみで,着火源については推測さえできない状態である。

 3 IC配管の損傷と4階での水素爆発
 IC配管に損傷があった場合,1号機原子炉建屋での水素爆発は,以下のように合理的に説明できる。
 図2は1号機非常用復水器(IC)の系統図である。非常用復水器は,原子炉圧力容器内で発生した蒸気をIC気相配管(蒸気管)を経て格納容器外の原子炉建屋4階のICタンクまで導き,蒸気が大量の水が貯蔵されているICタンク内を走る細管を通るうちにタンク内の水により冷却されて凝縮し水となってICタンクから液相配管(凝縮水戻り配管)を流れ,その冷却された水が原子炉建屋3階を経て原子炉建屋2階で再度格納容器内に入り,再循環系配管を通じて原子炉圧力容器内に戻り,それによって原子炉圧力容器内の圧力を下げるとともに原子炉内の冷却材を冷却するというものである。

図2 非常用復水器系統図(「科学」2013年9月号1060頁)
 そして,通常運転中,非常用復水器の配管の弁は液相配管の途中にある「3弁」だけが閉鎖されており,原子炉圧力容器から原子炉建屋4階のICタンクに至るまでに存在する「1弁」「2弁」は開放されている。
 福島原発事故の際,電源喪失に伴い各弁が閉鎖されたかについては微妙な問題が残るが,被告最終報告書によれば,格納容器内の「1弁」と「4弁」についてはA系,B系とも開閉不明,「2弁」「3弁」についてはA系は「開」,B系は「閉」状態と評価している(被告最終報告書添付8−8)。
 「1弁」が完全に閉鎖された状態でない限り,IC配管に損傷が生じれば原子炉圧力容器内の気体は原子炉建屋4階までIC配管を通じて直接に到達しうる。特に「2弁」が開放されているA系では,IC配管の原子炉建屋4階部分のどこに損傷がある場合でも,原子炉建屋4階に原子炉圧力容器内の気体が直接に漏洩することになる。
 原子炉の炉心部で発生する水素は,水−ジルコニウム反応が900℃以上になると活発になる反応である上に,水−ジルコニウム反応自体が発熱反応であるために反応が進むことでさらに温度が高くなるため,発生時の水素ガスの温度は900℃を超えていたとみられる。
 そして,IC配管は保温対象配管であるから,配管には保温材が巻かれ,その上から金属製の保温材カバーがかけられており,IC配管を経由する過程での冷却による水素の温度低下はあまりない。
 従って,IC配管の原子炉建屋4階部分に損傷が生じた場合,原子炉圧力容器内で発生した水素はかなり高温のままIC配管を経由して原子炉建屋4階に到達し,損傷部から噴出・漏洩することになる。
 原子炉建屋4階は,前述したように地震発生時点までに5階大物搬入口には蓋がされていたため,漏洩した水素がさらに上方へと漏洩するルートは非常用復水器タンク南側からは相当程度離れた北西角と南東角の階段部のみである(図1参照)上に南東角の階段部に達するには狭い通路部を経ること(図1参照),写真2にも見えるように天井部に太い梁が縦横に配置されているなどの状況から,漏洩経路は少なく密閉度が高かったと考えられる。
 さらに原子炉建屋4階はコンクリートの遮蔽壁を経て原子炉圧力容器,原子炉格納容器と隣り合っており(図1参照),原子炉圧力容器内で炉心溶融が生じていた場合その放射熱により加熱され,全体の雰囲気温度も相当程度上昇していたと考えられる。
 以上のように,1号機においてIC配管の原子炉建屋4階部分に損傷が生じていた場合,密閉度の高い空間に高温の水素が漏洩して水素が空気と混合するとともに水素濃度を相当に高め,爆鳴気の水素濃度の条件が整ったところへさらに自然発火温度を超える高温の水素が供給されることでIC配管から漏洩して空気と混合したばかりの水素が自然発火して着火源となるか,炉心溶融による放射加熱での原子炉建屋雰囲気全体の温度上昇と高温の水素供給が相まって自然発火の条件を満たしたということが考えられ,原子炉建屋4階で水素爆発が発生したことを合理的に説明できる。
 なお,5階での水素爆発は,4階での水素爆発自体が「着火源」となり誘導されたと考えれば,合理的に説明できる。このことは,第4で改めて論じる。

第4 IC配管の損傷なしで4階での水素爆発は説明できない
 1 IC配管の損傷以外によって4階で水素爆発が起こりうるか
 (1) 4階への水素到達経路
 福島原発1号機及び3号機での水素爆発の水素の漏洩経路について,被告は最終報告書で次のように述べている。

図3 被告主張の水素の原子炉建屋への漏洩経路(被告最終報告書259ページより)
 「1号機,3号機の原子炉建屋で発生した爆発は,原子炉内の燃料損傷に伴い,水−ジルコニウム反応等により発生した水素が格納容器に移行し,最終的には原子炉建屋に漏えいしたものと考えられる。明確な水素流出経路は不明であるものの,格納容器からの漏えい経路としては,格納容器上蓋の結合部分,機器や人が出入りするハッチの結合部分,電気配線貫通部等が挙げられる。結合部分では漏れ止めとしてシールするためにシリコンゴム等を使用しており,そのシール部分が高温に晒され,機能低下した可能性があると考えられる。水素は,主として格納容器のこのような場所から直接,原子炉建屋へ漏えい・滞留し,水素爆発に至ったものと推定される。」(被告最終報告書259ページ)
 格納容器上蓋の結合部分(フランジ)からの漏洩は,温度が300℃を超えると漏洩すると評価されており,また水素が格納容器内に漏洩した場合は上方に滞留すると考えられることからも合理的である。しかし,この場合水素は直接に原子炉建屋5階に漏洩し,4階に漏洩することはない(図3参照)。
 ハッチや電気配線等貫通部からの漏洩は,いずれも格納容器下部であることから格納容器内に漏洩した水素が大量にそれら下部の貫通部等から格納容器の外へすなわち原子炉建屋内に漏洩したとは考えにくい。
 加えて,ハッチや電気配線等貫通部から原子炉建屋1階に漏洩した水素が上昇していくためには天井部の梁等を超えて横に拡散して大物搬入口開口部や階段開口部に到達する必要があり,もともと大量とは考えにくい漏洩水素量のうち4階に達することができる水素量はさらに減少することになる。
 被告がいうハッチや電気配線等貫通部からの漏洩では,4階に水素爆発に十分なほどの水素が到達することはかなり考えにくい。

 (2) 漏洩する水素の温度
 被告の主張では圧力容器から格納容器内への漏洩経路・過程も定かでないが,原子炉圧力容器が大きく損傷する前の段階では原子炉圧力容器から格納容器内に漏洩した段階で水素は圧力低下による断熱膨張で大幅に温度が低下し,さらに格納容器内から原子炉建屋内への漏洩の際にも圧力低下による断熱膨張と原子炉建屋の低い雰囲気温度により大幅に温度を低下させることになる。このことは格納容器の上部フランジ部からの漏洩でも,ハッチや電気配線等貫通部からの漏洩でも同じである。これらの経路から漏洩した水素の温度は原子炉建屋4階に達する以前に相当程度低下することになり,これらの経路で原子炉建屋4階に水素が到達したとしてもその水素の温度が原子炉建屋4階において,水素の自然発火温度にまで達するということはかなり考えにくい。

 (3) まとめ
 以上に述べたとおり,IC配管の損傷以外の被告が主張する水素の漏洩経路からの水素漏洩によって,1号機原子炉建屋4階での水素爆発を説明することは,考えられる水素の4階への到達量,水素温度からして,着火源が現実的に見出せない条件の下では,無理があるといわざるを得ない。

 2 5階爆発による北側天井崩落の爆風で説明できるか
 被告の最終報告書においては,「非常用復水器本体が設置されている原子炉建屋4階では,5階での水素爆発の影響で天井の北側に破損開口部が生じ,非常用復水器上部北側で爆風によると思われる保温材の脱落や瓦礫の散乱が認められた。」(被告最終報告書100ページ)とされている。
 ここでは,この5階での水素爆発により4階北側天井が崩落した際にその開口部から吹き込んだ爆風によって非常用復水器南側の保温材の脱落や大物搬入口北側安全柵の変形等を説明する余地があるか(やっぱり4階での水素爆発はなかったという主張が出てくる余地があるか)について簡単に論じることにする。
 写真9は,4階北側天井の破損開口部を北西向きに撮影したところを切り出したものである。

写真9 原子炉建屋4階北側天井の破損開口部の状況(被告2011年10月18日撮影ビデオより)
 この北側天井の破損開口部は,ICタンクとの位置関係では,A系とB系のICタンクを南側から北向きに撮影したところを切り出した写真10(写真3と同じ)で左側のA系ICタンクの周辺に北側の破損開口部から漏れる明かりが見えることでもわかるように,A系ICタンクの北側に存在する。

写真10 原子炉建屋4階北側天井の破損開口部の位置(被告2011年10月18日撮影ビデオより)
 そして,写真11は被告最終報告書で爆風によると思われる保温材の脱落が生じた非常用復水器上部北側のIC気相配管を撮影したところを切り出したものである。

写真11 非常用復水器北側の保温材脱落状況(被告2011年10月18日撮影ビデオより)
 ここで,気相配管の保温材は一部脱落しているが,破損開口部に近いA系のICタンクは保温材カバーも脱落しておらずほぼ無傷の状態である。
 そうすると,原子炉建屋4階北側天井の破損開口部の崩落とそこから吹き込んだ爆風による損傷は,気相配管の保温材カバーと保温材を一部脱落させたにとどまり,破損開口部近傍にあったA系ICタンクの保温材カバーにも影響を与えなかったものであるから,それよりも遠くにあるものに損傷等を与えたとは考えられない。
 よって,5階での水素爆発により4階天井北側に破損開口部が生じてそこから吹き込んだ爆風によって,非常用復水器南側の保温材の脱落や大物搬入口北側安全柵の変形・移動が生じたとか大物搬入口の蓋が吹き飛ばされた等の説明をする余地はない。

 3 1号機での水素爆発についての合理的な説明
 結局,1号機での水素爆発では,以下のようなことがあったと考えるのが最も合理的である。
 炉心での冷却がうまく行かず崩壊熱により炉心が過熱して900℃程度に達したあたりから炉心で水−ジルコニウム反応が生じそれが崩壊熱と反応熱により促進され大量の水素が発生した。
 この水素はIC配管を通じて,既に生じていたIC配管の損傷部(地震による損傷と考えるのが最も合理的である)から原子炉建屋4階に漏洩し,原子炉建屋4階は5階大物搬入口の蓋が閉じられていたため密閉度が高く,4階に大量の水素が漏洩し空気と混合し次第に水素濃度を高めていった。
 他方,炉心部の温度が上昇するにつれ圧力容器及び格納容器の温度が放射熱により上昇し,圧力容器フランジ部及び格納容器フランジ部から間欠的に水素が漏洩し,その大半は原子炉建屋5階に漏洩し滞留した。この水素の温度は漏洩時の圧力低下による断熱膨張と原子炉建屋5階の雰囲気温度により大幅に低下し,高温にはならなかった。
 3月13日15時36分頃,原子炉建屋4階で水素濃度の上昇と温度上昇により水素爆発の条件が整い原子炉建屋4階で水素爆発が発生した。この爆発により5階大物搬入口(4階天井部)の蓋が吹き飛ばされ,これによる急激な減圧で爆発の威力はそがれ,4階南側で保温材等を脱落させ4階大物搬入口北側安全柵を吹き飛ばす程度で爆発の被害は収まった。
 4階で発生した水素爆発が一種の着火源となりこの爆発に誘導されて5階でも規模としてはより大きな水素爆発が発生し,4階北側天井を破損・崩落させるとともに5階の壁パネルの一部を吹き飛ばした。この爆発もこれらの4階天井の破損や5階壁パネルの脱落による急速な減圧で威力をそがれ収束した。

第5 まとめ
 以上に述べたところから,福島原発1号機においては,3月12日15時36分の水素爆発よりも相当程度前の時点でIC配管の原子炉建屋4階部分で損傷を生じていたと合理的に推認できる。そして,そのIC配管の損傷原因は,(圧力容器のように炉心溶融の熱で溶けた等の原因を考える余地はないから)地震によって生じたと考えるのが最も合理的である。

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