私の読書日記 2026年3月
31.海のメッセージ 地球・人間・時代 中村卓哉 新日本出版社
水中写真家の著者が各地の海で撮影した珊瑚礁や岩礁、洞窟、崖などの海中の状況・景観、海中に群れ泳ぐ魚類やイルカ・鯨・サメ等の写真とその地の環境や訪問時の思いなどを綴った文からなるフォトエッセイ。
2019年~2025年に共同通信配信記事に連載したものから選んだ37編が掲載されています。うち22編が国内です。コロナ禍で海外渡航できなかった時期を含むためとも思えますが、日本国内にもさまざまな見るべき自然が残されていることもわかります。最後に能登半島地震後の七尾湾と、書きぶりはかなり抑えている印象ではありますが辺野古を持ってきたことに著者の意志・思いが表れているのだろうと思います。
各4ページで1ページ目と2ページ目が見開きの写真、3ページ目に写真4枚を配して4ページ目が文というスタイルで、基本的には写真の美しさを味わう本です。注文としては、地図を入れて欲しかったなと思います。美的センスの問題かもしれませんが、3ページ目あるいは4ページ目にはそれを入れられる空白があるだけに、惜しく感じました。
30.なぜ野菜売り場は入り口にあるのか スーパーマーケットで経済がわかる 白鳥和生 朝日新書
スーパーマーケットビジネスの実情、収益構造、マーケティングなどの課題と対応、今後の動向と見通しなどについて論じた本。
タイトルのクエスチョンに対する答えは早々にあっさりと書かれていてもったいぶらないところに好感します。この本がそのタイトルを付けたのも同じ理由と見えますが、果たしてキャッチした客をそれで最後まで引きつけられるか…
スーパーの棚割では目線の高さのゴールデンゾーンに売れ筋・売りたい商品を並べるのが基本ですが、高齢者はより下を見がちなので商品ジャンルの案内を床に表示するとかの工夫が必要というのには、なるほどと思いました。
著者は、スーパーマーケットで日本経済がわかる、未来がわかると、基本的に明るい方向に書いているのですが、ひねくれ者の私は、日本の一般消費者の貧困化、実質賃金の低下、外国人労働者の日本への吸引力の低下、AIの活用による人減らしと、なんだか悲しい日本経済と先行きの暗さを感じました。
29.聞書 戦前の暮らし方 「90歳」の証言集 古川柳蔵、三橋正枝 筑摩選書
著者らが行った90歳前後の人600名以上に対する戦前の生活に関するヒアリングを、食事、特別な食事、住まい、生活用品、資源の利用、衣類、物を大事にする、みんなの役割、食の確保、ものづくり、共同作業、仕事、物の売り買い、移動、学び、遊び、伝承される知恵、人とのつきあい、冠婚葬祭・行事、居場所・街並みの20のテーマに分類して紹介した本。
聞き取り調査をして、90歳前後の方は話すと元気になっていく(18ページ、30ページ)、別れ際に「話を聞いてくれてありがとう」と感謝される、「今回の調査がなければ、もしかすると死ぬまで思い出さなかったかもしれないことを思い出すことができた」といわれる(30ページ)というのを読むと、91歳の母にもっとゆったりと話を聞かないとと思いました。
かつては川や水田で魚介類が豊富に、容易にとれて日常的に食べていたことや、生活用品が手作りで丁寧に作られていたために今の大量生産の物よりも長持ちする物も少なからずあったことなど、持続可能な暮らしの観点で学ぶべきことが多々ありました。
多くの項目に分類し抜き出しているため2~3行のものも多くなっていますが、細かく分類せずに2ページくらい話を続けてもらった方が読みでがありよかったように思います。
28.でも、ほしい 山下紘加 U-NEXT
何事も妻の決定に従う夫智樹とのセックスの頻度が落ち見知らぬ男の精液を買ってシリンジ(注射器)で自己受精を図る中原多恵、多恵の学生時代の友人でマッチングアプリで男を探してはあれが気に入らないこれが気に入らないとダメ出しを続ける守山みつき、男性アイドルのケイの追っかけをするためや整形などの金を稼ぐために見境なく売春をし友人の交際相手の男ともセックスする安西桃、桃が母親との対立時に頼る叔母でED気味の夫浩平に妊活のため排卵日に迫りなかなかうまくいかないことに不満を持つ田崎侑美の4人の女の思いを描いた小説。
男性読者としては、登場する2人の夫がどちらも浮気をしているわけではなく妻に嫌気がさしているわけでもなくスキンシップはしているが、タイミングが合わなかったり疲れていたりED気味でできなかったりの事情でセックスができていないというだけで、妻からこれほど不満を持たれるのかと、暗澹たる思いを持ちました。
多恵とみつき、桃と侑美の絡みが別々に続き予想に反して最後まで交わらなかったのと、ラストが意外だったので、えっこれで終わるの?という読後感でした。
27.ミステリ作家、母になる 辻堂ゆめ 小学館
2020年2月に娘(長女)、2021年11月に息子、2024年8月に娘(次女)を出産した作家である著者が、その出産、子育て等について書いたエッセイ。
著者の出自について、昔から抱いていた最も叶えたい将来の夢が「子どものお母さんになること」で、それ故高校時代、結婚に不利な東大にだけは入りたくないと思っていたが、「本来的には勉強が嫌い」だが身近な大人たちの期待に応えたいという衝動で勉強に励んでテストで学年1位をとってしまう優等生で、東大法学部卒(150~160ページ)って。3児を抱えて引っ越した際の保育園入園が加点カードで思い通り叶ったことには、自分に押し出されてしまった家庭に思いをはせる言葉もあります(253ページ)が、東大入学ではそういう思いはなかったのでしょうね。
育児は実際あれこれたいへんでなるようにしかならないものと思いますが、2021年のエッセイで「去年の春、生後1か月の娘を抱っこ紐に入れて初めてお散歩に行った先は、確定申告会場だった」と書かれている(25ページ)のには驚きました。えっ、あのコロナの年の3月、3密回避が叫ばれ、期限も1か月延期されたあの確定申告、郵送じゃなくて(電子申告でもなくて)わざわざ税務署に行ったんですか?それも生後1か月の娘抱いて…
26.日本で一番美しい県は岩手県である 三浦英之 柏書房
朝日新聞記者の著者が、2021年4月に一関支局に赴任し、その後2022年4月に一関支局閉鎖に伴い盛岡総局に異動し、岩手住まいの間に取材して書いた岩手県を中心に北東北の民俗・文化を紹介する記事をとりまとめて出版したエッセイ集。
厳しい自然の中で育まれた伝統という趣のもの、郷土の食にまつわるもの、郷土のシンボルでもある宮沢賢治を巡るもの、震災の犠牲と復興に関わるものなどが並び、それぞれに興味をそそられますが、私は、食の話が力みがなくほっこり感があってよいように思えました。著者も楽しんで書いているように感じます。
今では女たちが担う、裸にならない「平笠裸参り」の雪原を白装束で行進する写真が表紙を飾り、「美しい県」のタイトルが付されています。10段巻きのソフトクリームを箸で食べる子どもたちの写真(97ページ)や謎のキャラクター「イカドンファミリー」が練り歩く写真(105ページ)を表紙に使うなら、別の微笑ましいテーマ・タイトルとなったでしょうか。
25.「右派市民」と日本政治 愛国・排外・反リベラルの論理 松谷満 朝日新書
ガチ左派市民を自認する(206ページ)研究者の著者が、科研費の助成を受けて2017年12月に実施した郵送調査による1万1508人のアンケート回答等に基づいて、日本社会の右派市民(と左派市民)の実情、政治行動等を分析し論じた本。
サブタイトルは、「愛国・排外・反リベラルの論理」をうたっていますが、右派の論理を分析検討したところはほとんど見られず、「論理」ではなく、「実態」とか今風だと「リアル」とかの方がしっくりくると思います。
著者が分類した右派市民の4パターン、愛国主義者(「首相や大臣の靖国神社への公式参拝」に「賛成」、「子どもたちにもっと愛国心や国民の責務について教えるよう、戦後行われてきた教育を見直さなければならない」に「そう思う」と回答した人)、伝統主義者(「同性どうしが愛し合ってもよい」「男女が結婚しても、名字をどちらかに合わせる必要はなく、別々の名字のままでよい」にともに「そう思わない」と回答した人)、排外主義者(「もっとも好き」を10、「もっとも嫌い」を0とした場合、「中国」「韓国」に対してともに「0」と回答した人)、反左主義者(同じ基準で「立憲民主党」「共産党」に対してともに「0」と回答した人。ただし「自民党」も嫌いと回答した人を除く)のどれかに該当する者を右派市民と定義して、約2割が右派市民(どれにも当てはまらない人が8割弱でそこから)、4パターンすべてに当てはまる人は0.2%(1万1508名の回答で22名)だそうです(71~78ページ)。著者はそこから「悪魔」のような極右はほとんどいない、大半が「半端者」だから右派も左派も半端者どうし対話の可能性があるという結論を導いています(209~211ページ等)。
その他に、欧米のように経済弱者が不満のはけ口を政権や移民に見いだしているのではなく、日本の右派市民は職業階層に関して特徴らしい特徴がない(109ページ)、年齢の偏りも(左派市民が高年層に偏っていることとの比較で)あまりない、(欧米と比較して)男性大卒層が多い(104ページ)、「岩盤保守層」と呼ばれるほど安倍晋三を信奉していないしそれほどは政権与党支持に固執していない(155~172ページ)などが読みどころでしょうか。
左派市民について、右派市民と逆に非-愛国主義者(同じ質問に「反対」「そう思わない」と回答した人)、非-伝統主義者(同じ質問に「そう思う」と回答した人)、反-排外主義者(同じ基準で「反中国・反韓国を主張する運動」に「0」と回答した人)、親左主義者(「立憲民主党」「共産党」に対してともに「6」以上と回答した人。ただし「自民党」も好きと回答した人を除く)の4パターンすべてに当てはまる人は0.5%、どれかに当てはまる左派市民は約2割だそうです(78~81ページ)。著者も自分はそこまで極端な考えを持った人間だと思ったことがないが4つのタイプすべてに当てはまりこの社会のわずか0.5%のマイノリティに過ぎないと自省しています(206~207ページ)。私も、ずっと自分はしょせん全体の2割層の少数派だと自己認識してきたのですが、2割どころか0.5%のレアなマイノリティのようです(もっとも、著者の4つの基準のうち、「反中国・反韓国を主張する運動」についてはまったく共感できないけれども「もっとも嫌い」かと聞かれると…もっと嫌いなものもあるような気がして「0」と答えるかは疑問なしとしないのですが)。そこはちょっとショックでした。
24.夜が明けたら 青波杏 株式会社KADOKAWA
月刊小説誌「Toska」の女性ばかりの編集部に所属する編集者二階堂ルルが編集長から渡された手書き原稿には1970年代初頭に北関東の山中にこもった革命活動家集団内での凄惨なリンチで12名が命を落とした「旅団事件」にかかわることが書かれていたところ、ルルは当初は旅団事件のことがほとんど書かれておらず「青春群像劇みたいな感じ」であることに失望感を持ったものの編集長に促されて調査し続きの原稿を求め読むうちに事実を知りたい欲求に駆られ…という展開の小説。
連合赤軍事件の山岳ベースで死亡した活動家大槻節子をモデルに、左翼活動家の中での性差別/女性蔑視/抑圧構造に着目し、運動から離れた一ノ瀬ジュンの経験と心情を、現在の二階堂ルルが安保法制反対闘争の過程で受けた性暴力・抑圧と重ね合わせる #MeToo小説ともいうべきものに、同性愛を絡ませています。
私にとっては、学生の頃(1970年代末)から陰に陽に聞いている話題で率直に言えば珍しい話でもなくて今さら感がありますが、それでも作者が今これを書きたいと思う以上、今なおアピールする必要がある世情なのでしょう。左翼を貶めることが目的でなくて女性差別自体を告発したくて今書くのなら、過激派/極左や安保法制反対の運動体じゃなくて、開明的な印象で人気を博している体制側・権力寄りの団体・グループを舞台にした方がいいと私は思いますが。
23.憐憫 島本理生 朝日文庫
11歳で児童劇団に入団し芸能活動を続けてきたが高校生の時の出演作が代表作のまま3年前にテレビ局ディレクターの夫と結婚し27歳になった女優沙良が、出会い系バーで知り合った綺麗な男柏木を求め逢瀬を重ねてゆくという小説。
明らかに不倫なのですが、沙良が夫に対して良心の呵責を感じる場面がなく、それ以前にも同様のことがあり、その後もさしたる迷いもなく他の男の誘いに応じようとするという展開なので、不倫小説と呼ぶことさえはばかられます。それなのに「夫とは、どこかの女からもらった性病で病院に行っていたことを知って、あっさり離婚した」(191ページ)って、どうなんでしょう。他の点も含め、この人、自分がうまくいかないとか気に入らないことを何でも人のせい、自分は被害者と言いすぎてる気がして、沙良に対しては共感も憐憫も感じません。
作者は、沙良の夫や関係者の「古さ」「時代遅れ」を批判的に描写しています(19~21ページ)。でも、私は、その作者に感性の古さを感じてしまいます。例えば、女性の仕事仲間の魚々子を「カメラマン」としています(9ページ、79ページ)。いや、いまどき、ふつうは「写真家」か「フォトグラファー」でしょ。その言葉を使いたくない事情/心情でもあるのかと思ったら、師匠の男性原田峻は「写真家」と書いてるんです(158ページ)。男性に「写真家」を使って、女性に「カメラマン」を使うの、ただ古いを超えて異常な感覚だと思う。
22.おとなの歯磨き 伊東材祐 フローラル出版
虫歯と歯周病を予防するための歯磨き法について解説した本。
著者は、かためで毛先が短い歯ブラシを横方向と縦方向に動かして磨き、次いでやわらかめで毛先が長い歯ブラシを歯茎に対して45度の角度で当てて横に小刻みに動かすバス法で歯周ポケットをケアすることを勧めています(66ページ、70~72ページ)。優しく磨いても出血するのは悪い血だから出し切れ、2週間ほどやれば出血しなくなるとも書いています(73ページ)。
そして、著者は、歯と歯周ポケットのプラークを除去しても歯茎にプラークが残っている(歯垢染色剤を使えば歯茎が真っ赤に着色されているのを確認できる)とし、歯ブラシで歯茎を磨くのはNGなのでスポンジブラシで磨くことを勧めています(80~81ページ)。「もう二度と歯医者の治療がいらなくなる3つの習慣」は、「そもそも唇や舌、歯茎といった柔らかい組織にはプラークは付着しないのです」と書いています(同書42~43ページ)。
「もう二度と歯医者の治療がいらなくなる3つの習慣」と「おとなの歯磨き」と、歯磨き・歯周病予防の本を続けて読んで、バス法の是非・歯ブラシでの歯周ポケット磨きの可否やプラークの付着場所等について反対のことが書いてあり、どう考えていいのか悩ましいところです。
歯磨き法と別に第3章のQ&Aが割と充実していて、そちらの方で読みでがある本かと思います。
21.もう二度と歯医者の治療がいらなくなる3つの習慣 前岡遼馬 株式会社KADOKAWA
歯を失わないために大切なことは歯科の治療を受けないこと(受けないで済むように予防すること)であるとして、虫歯を防ぐための食習慣(食事・糖質摂取の時間間隔等)、歯周病を防ぐための歯磨き法、歯折を防ぐための歯ぎしり・食いしばり回避などを説いた本。
虫歯になりやすい人の習慣トップ3は間食の頻度が高い、就寝前(2時間以内)に糖質を摂取する、飴をよく舐めるだそうです(25ページ)。その理由は、糖質が口に入って5分後には虫歯菌がその糖質を食べて酸を出すことで脱灰(歯の表面が溶ける)が起こり、その後口の中から糖質がなくなると唾液による再石灰化が始まるがそれが完了する(溶ける前の状態に修復する)のに食後1~2時間かかる(17ページ)からだそうです。虫歯菌が活性化するまでに24時間かかるから歯磨きは1日1回で大丈夫と思っていた(この本でもプラークがたまるまでに24時間かかるから歯磨きは1日1回でいいと書いています:44ページ、51ページ)のですが、歯が溶けること自体はすぐに始まるのですね。で、眠ると唾液の分泌が減少するので食べてから2時間経過する前に眠ってしまうと再石灰化(修復)が不十分になってしまうということなのですね。
歯磨きの方では、歯と歯茎の境目に45度の角度で当てるという通常推奨されている「バス法」について、歯茎に当てる(マッサージする)ことは歯茎を傷つけ歯茎下がりの原因になるだけでプラークを効果的に取り除けない、(歯茎に当てずに)歯の方に歯ブラシの毛先を垂直に当てるべきとしている(46ページ、60~63ページ等)のに衝撃を受けました。年をとると歯茎が下がり歯の露出が増えるのが気になり、歯茎に歯ブラシを当てるのはよくないのではという疑いは持っていました。また、歯ブラシで歯周ポケットの中なんて磨けるかと疑問に思っていました。それでも多くの歯科医師がそう言うのでモヤモヤしていたのですが、はっきりと言い切られ(歯周ポケットの中を歯ブラシで磨くのは無理というのも198ページ)、やっぱりそうなのかという思いです。
歯間ブラシも、ワイヤーのあるふつうのものは金属(ワイヤー)で歯が傷つくような気がしてゴム製のものに変えたのですが、ゴム製の歯間ブラシはプラークが除去できないので選ばないようにしましょうと書かれていて(93ページ)、ここでも衝撃を受けました。
いろいろと刺激を受け考えさせられる場面が多い本でした。
20.戦後ヨーロッパはいかに構築されたか 政治・経済・アイデンティティ ローラン・ヴァルルゼ 中公選書
欧州連合(EU)その他の数多くのヨーロッパ組織の設立、発展/変遷を振り返りながら、独仏戦争(1870~1871年)、第1次世界大戦、第2次世界大戦を経てヨーロッパ統合がいかになされてきたか、統合を巡る連邦指向と政府間組織指向、経済的側面と政治的側面、批判者の動向などを論じた本。
著者の論じ方の癖なのか翻訳の問題なのか、今ひとつ話の流れがすっきりしない、その前に言っていることとそぐわないように感じることが特にその説明もなく出てきて「?」と思うことがあって、読みにくさを感じる本でした。
男女平等の実現のために欧州委員会が労働における均等待遇、雇用へのアクセス、職業訓練、昇進、社会保障給付に関する指令を可決したところ、サッチャーがコストを理由に反対し、サッチャーが退陣した後、出産休暇やセクシュアル・ハラスメントの分野でEUレベルでの最低基準を定める新たな法律が採択された(119ページ)という記述を見て、今日本にクォーター制(女性の割合が少ないことを是正するための割当制)に反対し、選択的夫婦別姓絶対反対と、女性の権利実現・平等推進に敵対している女性首相がいることの災厄を改めて思い起こしました。
19.フランチャイズ加盟で成功する人失敗する人 宮嵜太郎 クロスメディア・パブリッシング
フランチャイズ業界への投資に特化したファンド経営者によるフランチャイズ加盟を推奨する本。
有名なチェーン以外でもフランチャイズを名乗る事業者は多数あり、25~27ページに業界誌「ビジネスチャンス」調べのさまざまな業種別の店舗数上位3~5社の紹介がありますが、多くは私が聞いたこともない業者です。これで、知名度・ブランド力を利用するって言えるのかなと疑問に思いました。
フランチャイズ本部も玉石混淆で詐欺的な本部もあると書かれていて、信頼できるFC(Franchise chain。Football Clubではない)本部を選ぶ必要がある、契約前によく調査検討する必要があることも繰り返し書かれています。大手も含めて本部側の問題点として報道されていることも含め、具体的な悪い点は書かれていませんが、フランチャイズ事業を薦めたい著者としては難しいのでしょう。そういったところは裏読みしながら、撤退例が多数あり撤退のことも考えて契約しようというところなどを注意して読みたいところです。「失敗する人」が相当数いることが書かれているのですから、安直に自分は成功する人の側になれると夢想するのではなく、著者が書いている「失敗する人」だって失敗しようとか自分は「失敗する人」だと思って始めたはずがないことを想起すべきでしょう。
18.サイレントシンガー 小川洋子 文藝春秋
内気な人が集い黒い服をまといほとんど言葉を発せず表情とゼスチャー、わずかな「指言葉」で意思疎通をしつつ羊を飼い野菜を作るなどして静謐に暮らす「アカシアの野辺」の人々と外界をつなぐ門番小屋で働く祖母の元で育ったリリカが、アカシアの野辺の人々の日常、生き方を大切に思いながら年月を過ごして行く様子を描いた小説。
リリカ自身は様々な人から求められるままに歌を歌い、有料道路の料金所の料金係と交際を始めるなどアカシアの野辺以外の世界とも関係を持つのですが、アカシアの野辺の人々の謙虚で朴訥な沈黙への敬意を持ち続け、宗教の登場しない修道女の話のような幻想的な味わいを持つ作品です。
小学生のリリカが少数派の左巻きのネジバナに「いいのよ。恥ずかしがらなくても。不完全なものを大事にできる、心優しい人に何か良いことをもたらすために、あなたはここに咲いているんだから」とささやく場面(61ページ)が、私にはこの作品を貫くサブテーマのように見え、印象的でした。
17.研修生:プラクティカンティン 多和田葉子 中央公論新社
新宿区内の大学の文学部を卒業してすぐドイツに渡航しハンブルグの書籍取次会社で研修生として勤務し始めた「わたし」の1982年初夏から1983年1月にかけての日々を綴った小説。
研修生として短期間で所属部署が変わりさまざまな部署・業務・人間関係を転々とする所属・居場所・アイデンティティの不確かさ、ドイツ語・ドイツの生活ルール・習慣に慣れず他方で日本語も使えず日本での習慣や記憶も曖昧になっていく様子、私生活上のパートナーとなっていくかつて奈良のユースホステルで同泊したマグダレーナの情緒不安定さ加減といった不安定で揺れ動く立場・視点での日常生活や人生への感じ方、捉え方を読む作品かと思います。
設定は作者の経歴と一致していますので、自伝的な作品と考えられます。予備知識なく読むと勤務先での人間関係とそれが異動により移り変わることに重点があったものが、途中から現れたただかつてユースホステルで同泊したことがあるだけのマグダレーナとの関係に重点が移り、新聞連載の途中で気が変わったのかなと思えますが、自伝的な作品である以上、それは当初から予定されていたのでしょう。
まだドイツ語に慣れないという設定からですが、主人公の「わたし」があくまでも日本語の読み書き字面を意識し日本語で思考している場面が、少し鼻につくくらいに頻出します。例えば店内が煙草の煙に包まれているとき「『煙草』の二字は『えんそう』と読むこともできる、と思った途端、演奏がはじまった」(204ページ)とか、自分に蒐集家の素質があるのかもしれないと思うと「『蒐集』の『蒐』という漢字は、鬼が草冠をかぶっているようで恐ろしい」(252ページ)とか。1982年からもう40年以上ドイツに居住している作者が、今こういう思考をすることはむしろ難しいのではないかとも思えるのですが。
16.レシタティフ トニ・モリスン 晶文社
児童養護施設聖ボニーの406号室で「人種がまるで違う女の子」ロバータと4か月間過ごしたトワイラが、8年後に勤務先のレストランで、その12年後に高級スーパーで、ロバータと再会したという設定で2人の心情を描いた短編小説。
小説とほぼ同じ長さの解説(訳者あとがきによれば原書では「序文」らしい)が付されています。その解説や訳者あとがきで引用される作者の言葉によれば、作者は2人から黒人・白人の要素を注意深く取り除いていて、解説者は場面に応じてどちらが白人でどちらが黒人かの判断が入れ替わりわからなくなるといいます。装丁で黒人と白人が対比され、冒頭(4ページ)で「人種がまるで違う女の子」と記載されますので、読みながらどちらがどちらかを考えはするのですが、私には最初の段階で語り手のトワイラが白人という印象を持ち、特にそれに矛盾する表現も出てこないので最後までそのように読みました。黒人文化、白人文化、あるいはアメリカでの両者の関係を肌で感じ取れる人には微妙なことがらからどちらかの人種・文化を想起し、作者の企みに翻弄されるということなのかと思いますが、そこに疎い者にはそれが読めない、味わえないということなのでしょう。
私には、黒人・白人間の物語としてよりも、両者がO脚で口がきけないマギーをより低い存在として見て悪意を持っていたこと、そのことへの忘却と後悔の物語と読めました。
異常に長い解説によって逐一作者の意図が語られ、訳者あとがきでもそれに沿った説明があり、読み方がかなり固く方向付けられます。それは正しい読みなのでしょうけれども、そう読めなかった私が至りませんでした、ごめんなさいという気分になるのは、あまり楽しい読書経験とは言えないと思います。
15.これだけは知っておきたい 取適法 下請法から中小受託取引適正化法でこう変わる 長澤哲也 日本経済新聞出版
相対的に規模の大きな企業から相対的に規模の小さな事業者に対して一定の業務を委託する場合の取引について規制する(下請法の適用対象を広げ規制内容をより強化した)製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(中小受託取引適正化法:取適法)の内容等を解説した本。
取適法はいわゆる下請けいじめ的な行為を、一定の場合は合意してもなお許さないという意味で強力な規制をしていますが、違反者に対する効果は基本的には行政指導・勧告で、契約等が無効になったり損害賠償請求が直ちに認められるというわけではありません。日本の企業の多くはお上には弱いので実質的には従ってくれるとは思いますが。
規制の要件や効果の定めは限定されていて少し複雑です。巻末に理解度チェックのための○×確認テスト60問がありますが、私がトライしても6問ミスしました (-_-;)
関係者にとって一読して覚えられるものではありませんので、手元に置いておきたいというニーズがあると思われ、新書サイズ100ページ弱のコンパクトさは重宝しそうです。
14.実践講座 民事控訴審 元高裁判事による実務のマイルストーン 佐藤陽一 日本加除出版
民事裁判の控訴審の実務について、高裁裁判官経験者の著者(東京高裁陪席を3年、東京高裁部総括=裁判長を3年、仙台高裁部総括=裁判長を3年9か月経験し、2016年に定年退官後は弁護士)が手続の順を追って、控訴・附帯控訴の提起、控訴から控訴理由書の作成まで、控訴理由書、答弁書及び控訴理由書に対する準備書面、第一回口頭弁論期日まで、控訴審第一回口頭弁論期日、控訴審続行期日、控訴審における和解、控訴審判決、上告又は上告受理申立てに伴う執行停止の申立てに分けて解説した本。
私がこれまでに読んだ高裁の裁判官からの指摘は、控訴理由書は端的に第1審判決の問題点(誤り)を書くべきだとするものばかりでしたが、この本は控訴審でも裁判の対象は原告の請求の当否であるとして、原判決の誤りよりも原告の請求の当否の方に重点を置いて論ずべきとし、またまず原判決が第1審での当事者の主張を正しく反映しているか、自分の主張が証拠等に照らして適切かを検討すべきとし、どちらかといえば証拠よりも主張の方に照準を合わせています。高裁の裁判官にもこういう考えで実務を行っている人がいることも頭に置く必要があるのだと知りました。
遠隔地から控訴審第1回口頭弁論期日に出席した当事者本人には発言の機会を与えたいと述べている(120~122ページ)ことなど、著者は多くの高裁の裁判官とは少し違う感性を持っているかなという気もします。
弁論終結後に和解の席で心証開示されそれが案に相違するときに弁論再開申立てをしても弁論が再開されることはまずないと思われる(117ページ)、上告審からの差戻審は10年の高裁生活で1件しか経験がない(122ページ)なども、控訴・上告の実情をよく示した記述と言えます(弁護士はそうだろうと認識していますが、裁判官がはっきり書いた文献を私はこれまであまり見ませんでした)。
13.若手法律家のための民事尋問戦略 中村真 学陽書房
民事裁判の証人尋問、当事者(原告・被告)本人尋問の準備、法廷での尋問時、尋問終了後の注意点やテクニック等について解説した本。
さまざまな局面についてあれこれ想定して書かれていて、参考になります。
言葉の定義・語感の問題でしょうけど、私には、書かれていることはテクニック・戦術に思え、著者が何を「戦略」と言いたかったのかは今ひとつわかりませんでした。
「極めて多くの裁判官が口をそろえて批判するもっとも悪名高い質問が、主尋問(ないし再主尋問)の最後に行われる『最後に何か裁判官に言っておきたいことはありますか』という質問です」(134~135ページ)とあり、「ダメダメ度」5という最低ランクの評価が付けられているのですが、私は、通常当事者の主尋問の最後にはこの質問をしています。特に解雇事件での原告本人には必ず聞いています。著者は本人のガス抜きに過ぎないしこれを聞かれた本人はここぞとばかりに堰を切ったように話し出すというのですが、訴えを起こした本人の気持ちを裁判官に伝えることは重要ですし、私の経験上は多くの裁判官はこの質問をしたときに居住まいを正して聞いています。当事者とは当然リハーサルをしますし、「堰を切ったように話し出す」人はまれで、むしろリハーサル時にこちらの方からもっと言いたいこと、訴えたい心情がないのかと促すことの方が多いです。大半は著者の説明に頷けるのですが、ここはなぜこんなにも経験なり考え方が違ってくるのかといぶかしく思いました。
12.世界を変えた医療器具の歴史 キャロル・クーパー 原書房
著者が選んだ12の医療器具にまつわるエピソードを用いて、関連する治療法の発展等の歴史を解説した本。
冠状のこぎり(頭蓋骨穿孔器)をテーマに脳神経外科手術、骨鋸をテーマに四肢切断手術等の整形外科治療、マスクをテーマに滅菌・清拭・手袋などによる感染症防護、顕微鏡をテーマに細菌・ウィルス等の発見と抗生物質・ワクチンなどの発明、聴診器をテーマに診断法の確立、エーテル吸入器をテーマに麻酔術・麻酔薬の発展、注射器をテーマに輸血・自己注射(糖尿病の自己管理等)、産科鉗子をテーマに分娩法の発展、X線装置をテーマにCT・MRI等の検査機器・手法の発展、ECT(電気ショック)装置をテーマに精神科医療の発展、人工股関節をテーマに関節置換術等の外科手術技術の発展、人工心肺をテーマに心臓手術の発展を論じています。
医療の歴史の中で、実際には先駆的な発明や手術等を行いながら一般には他の者が発明者・第1号と認識されている日陰の人に言及するなど、あまり知られていない(私が知らないだけかもしれませんが)エピソードや少し視点を変えた評価を精力的に紹介しています。CTスキャナーの誕生は、電子工学と音楽事業を行っていたEMIに潤沢な資金をもたらし技術者ハウンスフィールドに何でも好きな製品を開発する裁量を与える余裕を生じさせたビートルズのおかげとか(219~220ページ)。
11.地球を救う植物のすごい知恵 中西友子 日経サイエンス社
植物の微量元素(貴金属・有害物質等)吸収や水の吸収、成長のメカニズム等について解説した本。
著者の専門の放射化学的手法(放射性物質を植物に吸収させてその放射性物質の移動・配置を検出観察する)によるアプローチからの問題意識、切り口、検討が新鮮に感じました。そういう点で、ふつうの植物分類学とかの植物の本とは趣が違います。
冒頭で紹介されている元素の含有割合で産地を特定する(産地偽装のチェック)可能性とか、貴金属の含有量や貴金属を集積しやすい種類の植物(金についてヤブムラサキ等)による鉱脈探しの可能性など、興味深く読めました。
項目立てはされているのですが、理論的な流れにはなっていなくて、さまざまな事項のエピソード集のように見え、あれもまだわからない、これもまだ解明されていないというのが多いので、知的好奇心を刺激されるのですが、今ひとつ読んでわかった感は持てませんでした。
10.がんになった緩和ケア医が、本気でホスピスを考えてみた 大橋洋平 双葉社
2018年6月に消化管間質腫瘍(胃・腸のがん)が発覚し、2019年4月には肝臓転移が発覚した緩和ケア医の著者が、終末期に過ごす場としての独立型ホスピス、病院併設型ホスピス(緩和ケア病棟等)、在宅療養についてのメリット、デメリットや患者の気持ちなどを語った本。
著者自身の経験からも排泄機能がやられるととても苦しいそうです。「生きるために重要なのは、『入れる』よりも『出す』ことだと、身をもって実感しました。出せなくなると、人は苦しくて仕方ない」(37ページ)独立型ホスピスの利点は自由が利くことで、弱点は病気の進行で生じる苦痛にすぐ対処できないことがあることとして、例えば腎不全で排尿ができなくなると想像以上に辛いが励ましたりさすったりするしかできないということもあると紹介しています(37~38ページ)。
緩和ケア病棟は痛みを取るプロがすぐに処置できるのが強みで、喫煙はまずNG、面会が特にコロナ禍後制限されがちなのが問題点とされます。
在宅療養なら面会制限の問題はないけれど、排泄ケアや家族の介護疲れ、疼痛緩和の限界、緊急時対応等の不安などが出てきます。
そういったことを考えて、自分と家族に合った道を考えようということですが、患者の立場から現状は医師側の都合でそうなっているところが少なくなく、家族との面会をできるように努力すべきとか、ホスピスにいたい患者を短期間で追い出すな(入院が継続すると診療報酬が減るしくみの問題)とか、病院内のコンビニは患者が自分で選べるようにベッドに寝たまま入店できるようにすべきとか、患者によかれと思って行動する前に患者にどうしたいか聞いてくれなど、改善すべきことも指摘されています。
いろいろと考えるところ、思うところがある本でした。
09.小さな会社のリースの実務 いちばん最初に読む本 六角明雄 アニモ出版
業務用の機器等を一定期間利用するために毎月使用料を支払いながら途中解約不可で解約した場合残期間の利用料全額の支払いを求められしかもそれでもその機器の所有権はリース会社にあり期間満了時は原則として機器をリース会社に返還するというしくみのリース取引について、そのしくみと契約形態、法的性質、会計処理、税務などを説明した本。
ユーザー側から見たらまったく不合理で、経済的な意味は会計処理と税務で有利な場合があると聞いていましたが、そこもよくわからなかったので読んでみました。結局現在では、予想される使用期間が法定耐用年数よりも少し短いときに(大幅に短いときは結局ダメみたいです)減価償却処理上少し有利になる(158~159ページ)という点以外には、私が読んだ限りではユーザーにとっての経済的なメリットは見いだせませんでした。
現実には多くのユーザーが理屈に合わず経済的にもメリットがないリース取引をしているのは、実質的にはそれ以外の方法での提供が難しい(ビジネスフォンなど)とか、故障・不具合時の不安があってメンテナンス契約なしでの使用が難しい(コピー機など)からだと思います。私の場合、それしかありません。
それなのにこの本は、リース契約はユーザーが使用する商品を直接特定して購入する(リース会社を銀行やメーカーに紹介してもらう)のが原則形態だとしてしくみや契約形態はそれしか説明していません。むしろ通常はリース会社がメーカーと提携して特定の商品のリースのセールスをしてユーザーはリース会社が提案するパターンから選ぶだけでしょう。著者が説明しているような契約は、中小企業がするとしたら工作機械とか産業用ロボットをオーダーメイドするときくらいじゃないでしょうか。そして、会計も税務も平成19年(2007年)以降は賃貸借契約ではなく売買契約扱いでリース料総額の現在額(将来利息相当額控除)を資産計上し経費計上は減価償却しろとかリース料を支払利息とそれ以外に区分するなどの小難しいめんどうなことを延々と説明しています。ところが、中小企業の場合現在もなお賃貸借と同様に会計上リース料を単純に支払いリース料として損金控除でき(114ページ)、税務上も賃借料として損金経理した金額がそのまま償却費に含まれしかも明細書も不要と扱われている(146ページ)というのです。この本、「小さな会社のリースの実務」と題してるんですから、最初から中小企業では単純に支払いリース料を損金処理していい、税務上もそれで通ると書けばいいのに、延々と中小企業ではやらなくていいことばかり小難しく書き続けた挙げ句に、わずかに1~2ページ中小企業ではやらなくてもいいんだけどねって書いているのです。リース契約の実情がリース会社を免責しリース会社に都合のいい条項ばかりでユーザーには信じられないくらい不利なものとなっているのに、一見ユーザーに不利に見えるが実は合理的だとか不利ではないという記述を繰り返していることと合わせ、著者は、リース会社の利益と自分が書きたいことを重視し、中小企業のユーザーのことは考えていないんじゃないかと感じました。
08.司法はこれでいいのか。裁判官任官拒否・修習生罷免から50年 23期・弁護士ネットワーク編 現代書館
1971年春、近年では「ブルー・パージ」とも言われる青法協攻撃の最中、青法協会員6名、任官差別・分離修習を許さぬ会会員1名の合計7名の裁判官志望者の採用拒否(裁判官任官拒否)と、終了式で任官拒否を受けた者の発言の機会を設けるよう求めた修習生1名の罷免(2年後に再採用)という洗礼を受けた23期司法修習生の有志が修習終了・弁護士登録から50年を経て当時を振り返った文集。
裁判官任官拒否の歴史上最も多数の青法協会員またはその同調者に対する任官拒否を受けた23期ですが、問題意識、衝撃としては、任官拒否よりも阪口修習生の罷免の方が重大だったように見えます。法曹資格を失わせることになる修習生罷免の方が当事者への打撃が大きいのはわかりますが、既に2年後に弁護士資格を得ていることもあり、社会への影響は裁判官任官拒否の方が大きいはずですが。
そういう意識を背景としてか、編集委員会による時代背景・経過説明の第1章では、「36、37、38期は任官拒否がなかったが、39期に3名が拒否された。それ以降、任官拒否はなくなった」(23ページ)と記載されています。37期(1985年春修習終了)で任官拒否された当該の私は、読んでいて衝撃を受けました。当時、最高裁に行政不服審査の申立てもし、相当数の弁護士会で抗議の会長声明等も出してもらい、当時は比較的ポピュラーだった週刊誌「朝日ジャーナル」(朝日新聞社:1992年廃刊)に4ページの記事が掲載され、法律業界誌「法学セミナー」(日本評論社)にもインタビュー記事が掲載されるなどかなり騒がせたつもりでしたが、著者たちの記憶には残らなかったようです。46期(1994年春修習終了)で任官拒否を受けた人(神坂直樹氏)に至っては国家賠償請求訴訟を提起しましたが、著者たちのアンテナにはかからずあるいはお眼鏡にかなわなかったのでしょうか。
弁護士会の各種活動で著名なレジェンドというべき弁護士たちの文章が並び、あぁこの先生も23期と、またその文章の中で修習時の最高裁の仕打ちがそのエネルギーとなったことを語る様子に感慨を受けました。
巻末近くに石田和外最高裁長官(当時)の来歴を語る文があり、その中で、東京地裁構内での撮影全面禁止は1957年年明け早々に石田和外東京地裁所長が発した所長命令に始まる(それまでは写真撮影は自由に行われていた:325ページ)とされているのが、知識としては初耳でした。昔からの伝統というわけではなく、他方で未だに石田和外の亡霊が威力を持ち続けているのですね。
07.アセクシュアル アロマンティック入門 性的惹かれや恋愛感情を持たない人たち 松浦優 集英社新書
性別の如何を問わず他者に性的に惹かれない「アセクシュアル」(「ア」は英語の否定の接頭語)、他者に恋愛感情を持たない「アロマンティック」の人々の存在と置かれている状況等について論じた本。
性行為や性的な行為・関係・ことがらへの志向・指向・嗜好、他人との関係の持ち方や感情などは人それぞれであり得ます。私自身は、学生の頃に「性の署名」(ジョン・マネー、パトリシア・タッカー)を読み、外性器・染色体レベルでさえ無限に中間的な性がある(n個の性)という指摘に驚き、基本的に性に関してどのような特徴でも指向でも人それぞれにあるものとして受け容れるべきものと考えてきました(「性の署名」やジョン・マネーに対しては、性差を強調したい人々はもちろん、フェミニズムやリベラルの側でも批判・非難する人が少なくないのですが)。
この本では、性行為や性的関係、恋愛などに対する態度が、それぞれの(それ以外も含め)ことがらでの組み合わせ、求める/嫌悪・拒絶する程度、求める/許容する頻度、時期による変化さらにはそのときの気分などでさまざまであることに注意を払い、誰も取りこぼさないこと、誰もが抑圧されないことを指向していて、そうすると、分類的なことをいうより「みんな違ってみんないい」で行くしかないんじゃないかと思います。他方で、何らかの集団としてのラベルを持つことで、アイデンティティが確立され、それを尊重する意識や運動が生まれると、マイクロラベルを貼りたがっています。両者は、理論的には相対立する契機を持っていて、常に自分はそのラベルの定義に含まれないとか、自分はそのラベルで見られたくないという人が出てきます。両者を追い求めれば一貫できず矛盾・ほころびを生じるのは、ことがらの性質上仕方ないと思いますが、読んでいてどこかすっきりしない感じがします。
また、過去の研究の紹介では、学者さんが細かい差異で批判し合う様子が、政治(運動)の世界で多数派をとれない相対的少数派の左翼とか極左が少ないパイを巡って四分五裂している絶望的な状況を彷彿とさせ、これもまた読んでいて悲しいものを感じました。なお、著者の本来の研究分野がアセクシュアルではなくて2次元恋愛だというのが「おわりに」で最後になって明かされる(259ページ)というのも、私の読後感を悪くしました。
06.心を持つAIは作れるのか?いやそもそも人に心はあるのか? 前野隆司 PHP新書
人間には「自由意志」はないと主張し、思い通りに行かなかったことがあっても自分だけの責任ではないから過剰に自分を責める必要はないとして、人を自己責任論から解放すべきことを論じた本。
著者は、人が行動する(体を動かす)際の神経等の動きがその行動をしようと脳が意識した時点より先行しているという実験結果等に関する考察から、人間の行動の大半は無意識により決定されており、意識は経験をとりまとめ評価しエピソード記憶として残すために存在するに過ぎない、自分が(意識して)行動を決定したというの(自由意志の存在)は幻想に過ぎないと結論づけています。
脳科学や心理学関係の書籍等で脳がエネルギー(リソース)の節約のために多くのことを意識的な思考なく直感で決定しているということはよく書かれています。それらの文献では、大部分はそのように決定しているが日常的でない判断では考えて決定しておりむしろそういう場合に集中するために重要でないことは直感で決めているのだとされています。この本では、その後者が存在しない、幻想だと言っているのだろうと思います。
私には、会話は、深く考えなかったとしても、相手の発言を認識し、その上で自分の発言を選択しているもので、無意識で決定しているとは思えません。日常会話が半ば無意識でできたとしても、例えば私たち弁護士が法廷で行う反対尋問の際、敵性証人から出てくる答えは必ずしも予想できませんし、まったく予想外の答えをされるときもあります。それに対する次の質問や切り返しは、やはり答えを聞いてから意識して考えて行っていると思います。著者は意識しているという認識が幻想だと主張するのかもしれませんが、経験的に、それが正しいとは私にはとても思えません。
著者の主張は、経験したことがない事態への対応や通常の予想を超えたことへの対応、あるいは目の前のことでない後日のことの意思決定や計画などの場面を無視し、ルーティーンの意思決定をすべての場合に拡張して論じているように思えます(著者の論述中にも、経験の学習中の場面は出てくるのに、その際の意思決定が無意識なのか意識なのかには触れられません。避けているようにも見えます)。
また、自由意志、意識、自己、自我などの用語・概念を微妙にぼかしながら使っているような印象も持ちました。例えば「犯行の際に意識がなく、無意識的に手が動いて相手の命を奪ってしまったとしても、行為そのものを『犯罪』として扱うのが現在の法律です」(158ページ)という記述は、意識、無意識という言葉を通常の意味で用いている限り、あり得ない(間違っている)ものです。
終盤では、人には個性や創造性があり、心を持っている、感情を込めた創作や表現こそがAIには決してまねできない部分だというようなことも述べています(152ページなど)。著者のいうその部分は、意識であり自由意志なんじゃないかと、私は思うのですが。
終盤で展開している幸福論は、共感できるものですが、それは近時日本で、特にネット世論で吹き荒れている自己責任論の弊害や誤りを指摘すれば足り、著者のいう自由意志がないという主張に依拠する必然性はないと思います。
05.日本のインフラ危機 岩城一郎 講談社現代新書
笹子トンネル天井版崩落事故(2012年)や八潮市での道路陥没事故(2025年)を例に、道路橋、トンネル、道路、上下水道等のコンクリート構造物によるインフラが劣化してきており、特に日本の場合高度経済成長期に集中的に整備されたため50年を経過したものが多く、その延命、補強、付け替え等が必要となっていることを説明した本。
コンクリート構造物でも昔造ったもの(1900年代前半に造ったもの)は人力で丁寧に施工されていたので長持ちするが高度経済成長期に機械化され迅速に造る工法を採用した結果耐久性が低下した(110~111ページ)というエピソードには考えさせられます。木造の場合も法隆寺や薬師寺東塔が千数百年経ってもびくともしないのに今どきの木造住宅は数十年でガタが来ます。技術が進んでよくなり続けているといいにくい場面がいろいろとありそうです。
笹子トンネルの事故や八潮市の事故が取り上げられていることからトンネルや下水道のメンテナンスや補強工事の話があるかと思いましたが、著者の専門の関係で、ほとんどは道路と道路橋関係の記述です。
耐久性のある道路の建設について、高耐久床版の製造・施工の試みの紹介(112~122ページ)が、技術面では目を惹きます。
予算の少ない市町村管理の道路・橋梁での実践として、村民による生活道路の整備(170~174ページ)や橋の補修(欄干塗装)や日常点検(176~186ページ)なども、多額の資金を投入してゼネコンを潤わせるやり方でなくできることがあると目からうろこの思いでした。
03.04.ハヤディール戀記 上下 町田そのこ PHP文芸文庫
ウェトナ大陸西端の王国ハヤディールで、守護神ペリウスに嫁ぐこととなった巫女エスタが宮中から攫われ、エスタに恋い焦がれて通っていた騎士団長レルファンがエスタ救出のために奔走するという設定のファンタジー。
もともとは他人に読ませるためでなく自分の娯楽として書いていたものと作者自身が語っています。自分が読みたいものをという観点だとすると、エスタの視点から、思い人がどんなに困難に遭ってもまっすぐに自分を思い続けあきらめずに追い求めてくれる姿を楽しむというのがメインテーマということでしょう。一般読者からは、攫われた後のエスタの様子は、長らく窺うことができず、レルファン側で思い人の行方がつかめず手がかりもない中、苦悶と憤激を抑えいやな想像に苦しむ姿を読まざるを得ず、なかなか妄想にキュンキュンするのは難しいのですが。
おそらくは作者が自己投影するエスタも、そして同じくレルファンに思いを寄せるレルファンの従者リルも、あまりにもうぶで心根がかわいすぎ、ファンタジーというよりもラノベのキャラ設定に思えます。一般読者は、長らく過去場面でしか登場しないエスタよりもリルの側でリルの恋の成就を願いながら読むことになりそうです。
この2人の女性キャラに加えて主人公となるレルファンもまっすぐで、爽快感があるとともに、読み物としては陰影とかひねりは少ない印象です。ファンタジーの常として冒頭に地図がありますが、場所的に大きな展開がなく使い切れてない感がありました。もっとも、それはその地図の作りの投げやりな印象から予測されたことではありますが。
02.デジタル時代の基礎知識 「SNSマーケティング」(第4版) 長谷川直紀、本門功一郎 翔泳社MarkeZineBOOKS
企業のSNS担当者・マーケティング担当者向けにSNSの利用方法について解説した本。
一般のSNSユーザーにも、各SNSごとのプロフィール画像や投稿画像の最適サイズ(154~157ページ、167ページ)などの情報は有用と思われますし、営業目的でなくても閲覧・視聴の拡大を追求したい人には、各SNSごとのフィードのアルゴリズム(92~97ページ)、分析機能の説明(130~143ページ)、公式情報の掲載ページ(217~219ページ)などの情報は重要なものと思われます。
しかし、それら以外のアドヴァイスも合わせ、やはり人を(金も)かけられる企業でないと、そこまではやれないよなと思います。
商品・サービスを購入する際に参考にしたアカウントの調査データ(169ページ)を示しながら、1位の「知り合いでない一般人」について、解説ページ(168ページ)でまったく触れないというのに違和感がありましたが、別の調査での同様のデータ(183ページ)では、アンバサダーに口コミを広めてもらおうという対策が推奨されていました(182~185ページ)。そのあたりの書きぶりにちぐはぐ感があり、後者もステマというかサクラというか、何だかなぁという印象を持ちます。
いろいろ新しい情報に触れることができ、刺激を受けましたが、読後感としては、企業の広告担当者もたいへんだなぁというのと、そういう広告・企業の思惑に乗せられないようにしたいというのが半々くらいでした。
01.消費者法入門 消費者と企業の視点から カライスコス・アントニオス、牧佐智代、住田浩史 志部淳之介 有斐閣
消費者保護に関わる法制度について、契約法の基本と消費者契約に関する主な法規制を説明した上で、美容医療・エステティック、サブスクリプション(定期購入:月払いサービス)、不動産取引、通信販売、電気通信サービス(携帯電話、固定電話、プロバイダー、名誉毀損等)、インターネット(検索による業者選択、広告、口コミ、詐欺的勧誘等)、金融商品・投資被害、金銭関連(電子決済、多重債務等)、製造物責任・暮らしの安全などの分野別に問題や法規制を説明し、相談と被害救済の窓口を紹介し、消費者法分野の今後の課題などを論じた本。
さまざまな領域について、古典的な問題に加え新しい問題について論じられているのが、勉強になります。
消費者法を学ぶことが消費者の権利行使のみならず、企業・事業者側でも健全なビジネスと長期的な信頼獲得のためにも有用だということを指摘することを、特徴として誇っています(はしがき)。事業者教育を強調するのなら、クーリングオフ(無条件の撤回)ができる期間は法定書面の交付日から起算する(そこまでは何度も書かれています)が、その法定書面にはクーリングオフが可能であることを明示していなければならないこと(なぜかこの本では、クーリングオフの説明が何度も出てくるのにこのことは1度も書いていません)とか、今どきは消費者からの苦情が信販会社(クレジットカード会社)の加盟店審査に影響を及ぼし消費者を誤認させるやり方が営業上もリスクになりうることなどは、書いておいて欲しかったなと、私は思います。
さまざまなことにリスクを指摘していながら、シェアリングエコノミー(280~281ページ:他人の資産・労働を利用・仲介して利益を得るビジネス。その先駆者であり典型がUber、airbnb)には手放しの期待をしているのには、私は強い違和感を持ちました。現実の事業者が、そのサービスを実行する者(ギグワーカー)を労働者ではないと主張して労働者保護規制を守らずにワーキングプアを量産しながら自らは濡れ手に粟の利益を得ているのを、消費者問題ではないと考えてスルーしているのでしょうか。それを是認するのが「企業の視点」を入れたということなんでしょうか。
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