◆たぶん週1エッセイ◆
映画「茜色に焼かれる」
踏みつけられても理不尽な目に遭っても、それでも生きていく、それを描く作品
しかし、加害者を許せなくても賠償金は請求すべきだし、解雇は争った方がいいと思う
夫を交通事故で失った後苦しみながら生きるシングルマザーを描いた映画「茜色に焼かれる」を見てきました。
公開3日目日曜日、ユーロスペース2(145席:販売73席)午前10時40分の上映は、8割くらいの入り。
7年前、元高級官僚の老人がブレーキとアクセルを踏み間違えたとして起こした交通事故で夫田中陽一(オダギリジョー)を亡くした田中良子(尾野真千子)は、謝罪の言葉もないことに憤り賠償金も受け取らず放棄して、コロナ禍で経営していたカフェを閉め、ピンサロで体を売り、花屋でパートをしながら、中1になる息子純平(和田庵)と2人暮らしを続け、養護施設に入った義父の施設料月10万円、夫が愛人幸子(前川亜季)に産ませた娘の養育費月6万円も支払い続けていた。純平は、中学の上級生から、母親が売春し、被害者面して税金で生活しているなどとからかわれいじめられ、良子は、花屋の取引先の娘をコネで雇うために解雇を言い渡され、ピンサロの同僚ケイ(片山友希)からどうしてそんなに我慢してるのかと問われるが…というお話。
どんなに踏みつけられても、理不尽な目に遭っても、それでも生きていくし、そうするしかない、ということなんでしょう。
良子の選択は、それしかなかったというわけでもないですし、合理的でもありません。
加害者が謝罪しないから賠償金を受け取らないというのは、そういう心情はあるのでしょうけれども、交通事故の場合(加害者は元高級官僚ですし、当然対人無制限の保険をかけているはずですから)賠償金を支払うのは保険会社で、受け取りを拒否しても保管会社の儲けが増えるというだけです(保険会社は、発生する事故すべてに満額の保険金を支払っても十分に利益が出るように保険料を設定して保険商品を作っているのですから、保険会社に遠慮する必要はまったくありません)。示談に応じないという姿勢を見せることで刑事事件での処分を少しでも厳しくしたいという考えだとしたら、間違っても合意書や放棄書に署名しないことです。賠償を受け取らなくてもそれでいいという文書に署名してしまえば、遺族は納得したという扱いになり、賠償を受け取らないのに刑事処分も加害者に有利になるでしょう。合意することで刑事処分を加害者に有利にしたくないのなら、むしろ損害賠償の裁判を起こして遺族は納得していないという姿勢を見せた方がいいと思います。
周囲の男たちへの怨みでも、良子を軽く見て弄ぼうとした点で、陽一のバンド仲間の滝(芹澤興人)も良子の中学の同級生の熊木(大塚ヒロタ)と大差ないと思いますが、熊木が圧倒的に恨まれます。滝に対しては良子がその気にならなかったからということではありましょうけど。
しかし、現実の生活、人生で人の選択は必ずしも合理的ではなく、それでも「まぁ、頑張りましょう」と生きていくということは、あるよねというそういう作品です。
しかしながら、一般の方がこの作品を見て誤解されると困るので、弁護士としては言っておきたいことがいくつかあります。
加害者が謝罪しないから賠償金を受け取らないというのは、ましてやピンサロで体を売るような屈辱を受けてまで受け取らないのはあまりにも不合理です。
先に述べたように、加害者が許せないなら、示談ではなく裁判で賠償を請求すればいいことです。この作品では、人の命が3500万円などと言っていますが、ちゃんと弁護士に相談してください。事故当時、良子は主婦だったのですから、夫の死亡は「一家の支柱」の死亡で、死亡慰謝料だけで2800万円です。当時の夫の収入が少なかったとしても、(映画では夫の学歴は出てきませんが)仮に高卒として2013年の高卒男性の平均賃金が年間454万0800円、扶養家族2人だと生活費控除率が35%、30歳だと67歳まで稼働のライプニッツ係数が2020年3月31日以前の事故の場合16.711ですから、逸失利益が 454万0800円×(1−0.35)×16.711=4932万2850円になります(2020年4月1日以降の事故の場合はライプニッツ係数が22.167になり、逸失利益の計算というか一括受取額がそれに応じて高くなります)。これに葬儀費用がつきますが、それはたいしたことないとして7800万円程度にはなります(逸失利益は、事故前の現実の収入とそれまでのさまざまな事情から将来平均賃金を稼げる可能性が低ければもっと低くなりますが、年収300万円としても3200万円あまり→総額6000万円あまり、年収200万円としても2200万円弱→総額5000万円程度にはなります)。被害者は青信号の横断歩道上ですから基本的に過失割合0です。私は交通事故は専門ではありませんが、それでも弁護士ならふつうこの程度は答えられます。保険会社の担当者は素人相手に低い数字を言うかもしれませんが、弁護士が付いて裁判所に行けば、こういう数字になります。間違っても、死亡事故の賠償額がそんなものと思わないで欲しい。
そして、私の専門の解雇の話。花屋は、良子がルール違反を犯したとして解雇を言い渡していますが、廃棄することになっている花を持ち帰った、それも何度も何度も繰り返し注意しているのに無視して繰り返しているということでもなく、注意されたらその後は料金を払って持ち帰ったとか、店の前で電話をしてはいけないというのに違反したとか、そんなもので解雇が有効になるはずがありません。闘えば勝てるはずです。
また、解雇は2か月前にいうことになっているはずというのですが、労働基準法上の解雇予告は30日前です。もちろん、契約で労働者により有利にすることはできます(労働者により不利にすることはできません)が、そういう使用者は現実にはあまり見ませんし、法律より労働者に有利な契約をする使用者ならふつうは契約を守ると思います。さらに、解雇通告後すぐに解雇すると30日分の賃金に当たる解雇予告手当の支払義務が生じます(払わなかったら労基署に申告すれば、労基署が使用者に対して支払うよう指導します)。このケースでは、後任者をもうひとり新たに雇うのですから、結局賃金分を払うのなら、即日解雇するよりも30日勤務を続けさせて新人に仕事を教えさせる(引継をさせる)方が使用者にとって有利です。このケースで、契約上解雇予告期間が2か月に延長されていることも、使用者が即日解雇にこだわる/即日解雇をすることも、あまり現実的ではないように感じられます。
(2021.5.23記)
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