◆たぶん週1エッセイ◆
映画「ベルファスト」
宗教や民族間の対立があっても現場では仲良く暮らしたいと思う人たちもいるということに改めて思い至る
暴動の舞台となった現場でも人々の日常生活があるということも忘れてはいけない
北アイルランド紛争の中で1969年8月に起こったプロテスタントによるカトリック系住民襲撃の暴動に翻弄される家族を描いた映画「ベルファスト」を見てきました。
公開3日目日曜日、WHITE CINE QUINTO(108席)午前9時30分の上映は4割くらいの入り。
北アイルランドの首都ベルファストのカトリック系住民集住地域に住むプロテスタント家族の9歳の息子バディ(ジュード・ヒル:新人)は、税金の支払いに苦しみながらも実直に生きる母(カトリーナ・バルフ)、現実主義的な祖母(ジュディ・デンチ)、穏やかでユーモアのある祖父(キアラン・ハインズ)、年の離れた兄ウィル(ルイス・マカスキー)、ロンドンに出稼ぎに出て1〜2週間に1度帰って来る大工の父(ジェイミー・ドーナン)とともに平和な日々を送っていた。ところが、1969年8月15日、プロテスタントの一団がカトリック系住民を地域から追い出そうと火炎瓶や道路の敷石を投げ暴動が生じた。そのニュースを聞いてロンドンから駆けつけた父は、プロテスタントの暴徒のリーダーからカトリック系住民襲撃に加担するよう求められて拒否したために家族への危害を予告されて動揺し…というお話。
プロテスタントが多数派のベルファストの少数派のカトリック系住民集住地域の中に混住するプロテスタント家族という難しい立場に置かれた者を主人公に、プロテスタントとカトリックが対立し暴動に発展する中で、どのように生きるか、住み慣れた街にとどまるか移住するかの苦悩の選択がテーマです。北アイルランド紛争の中でも武装テロやゲリラ戦ではなく、比較的小集団による暴動での一家族の動向に焦点を当てていることで、宗教対立・民族対立などさまざまな対立抗争に不本意に巻き込まれる状況を普遍的に描写できているように思えます。
この家族にみられるように、宗派の対立や民族間の対立の最中でも、みんなが他方を憎み嫌悪しているわけではなく、むしろ宗派や民族が違っても仲良くしたい、少なくとも敵対したくないと思っている人が多数いる/実はそれが多数派かもということに改めて思い至りました。プロテスタントでもカトリックでも、聖書には「汝の隣人を愛せよ」と書かれ、教会でそう教えられているはずですし。
そして、一家族を描き続けることで、抗争中の地域でも、そこで生活している住民は、ごくふつうの穏やかに実直に生きている人たちなのだ/少なくともそういう人が少なからずいるのだということを示しています。
家族の中で、さまざまな顔を見せる実直な母が実に魅力的です。また同級生のキャサリン(オリーヴ・テナント)に思いを寄せるバディの様子と、カトリック系の住民で優等生ながらバディに思いを寄せるキャサリン(テストの点数順に座席が決まる教室で、毎回1位のキャサリンの隣に座るためになかなか3位より上に上がれないバディが策を弄して2位になったときキャサリンが4位だったのは、運命のいたずらなんじゃなくて、キャサリンがバディの隣に座ろうとしてわざと間違えたと、私は思います)の様子も微笑ましく思えました。
モイラ(ララ・マクドネル)から自分が店主を奥に行かせる間にチョコバーを万引きするように言われたバディが慌ててターキッシュ・ディライトを持って逃げたことを知って、モイラはそんなもの誰も食べないと嘆きます。「ナルニア国ものがたり」第1巻でエドマンドを魔女ジェイディスの誘惑に負けさせた栄光のターキッシュ・ディライトが…時代の流れ(1969年は、「ナルニア国ものがたり」出版からまだ20年足らずですが)でしょうか、制作者の「ナルニア国ものがたり」への当てこすりでしょうか。
(2022.3.27記)
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