◆たぶん週1エッセイ◆
映画「BOX 袴田事件 命とは」
過酷な取調の中で虚偽の自白をしていく袴田死刑囚の姿、そして死刑確定後死刑執行の恐怖に精神の失調を来す袴田死刑囚の姿、冤罪事件の判決に関わってしまい苦悩する熊本裁判官の姿は、私には涙なくしては見られない
現実の事件を担当した裁判官自身が裁判の合議内容を暴露してそれに基づいて映画が作られていること自体、業界的には衝撃的
1966年に起きた一家4人皆殺し強盗殺人・放火事件で死刑判決を受けた袴田死刑囚と無実と判断しつつ死刑判決を書くことを余儀なくされた裁判官の苦悩を描いた「BOX 袴田事件 命とは」を見てきました。
封切り2週目土曜日午前中、全国で3館、東京で2館だけの上映の上、封切り前日夕刊に広告を出して半額割引券までつけたのに(私も半額割引券を利用させていただきました)、渋谷ユーロスペースは4割程度の入り。もっとたくさんの人に見てもらいたい映画なんですが。ユーロスペースって、ずいぶん久しぶりに行ったんですが、いつのまにか渋谷のラブホ街のまっただ中に移ってるんですね。行き帰りに誰かに出会ったら気恥ずかしい。
1966年、静岡地裁刑事部に配属された将来を嘱望されたエリート裁判官熊本典道(萩原聖人)は、その年の6月30日に起きた強盗殺人・放火事件で公判請求された袴田巌(新井浩文)の事件を主任裁判官として担当することになった。袴田が勾留期限3日前まで否認し続け公判期日でも否認し、自白調書の動機が変転していることに疑問を持った熊本は袴田の留置記録で連日の長時間の取調を知り、逮捕の根拠となったパジャマの血痕から被害者の血液が検出されなかったことから、裁判官の合議で自白調書の証拠排除を主張した。その後、検察官から被害者の工場の味噌樽の中から血痕の付着した衣類5点が発見されその中のズボンの共布が袴田の実家から発見されたとして新証拠の請求がなされた。事件直後に捜索した場所でそのときには発見されなかったものが、なぜ今頃出てきたのか、さらには上に着ていた衣類に付着していない血液型の血痕が下着に付着しているのはなぜかと、熊本は疑問を持ち裁判官の合議で食い下がるが、裁判長は全員一致は無理として多数決を提案し、2対1で熊本は負け意に反して死刑判決を起案させられる。判決後裁判官を辞任した熊本は、大学で刑事訴訟法の講師をしながら、袴田事件を巡る調査や実験をしてさらに袴田の無実を確信し自責の念を深め・・・というお話。
取調の様子ははっきり暴力をふるい長時間の取調で意識ももうろうとした状態で無理矢理認めさせるし、検察官調べも警察でどう言ったかは関係ないと言いつつ露骨に誘導していて、かなり悪質な冤罪事件と明示しています。見ていて、私が中学生の時に授業時間に見せられた「狭山の黒い雨」を思い起こしました。その狭山事件も袴田事件も今なお再審請求中というのは哀しいところですが。
過酷な取調の中で虚偽の自白をしていく袴田死刑囚の姿、そして死刑確定後死刑執行の恐怖に精神の失調を来す袴田死刑囚の姿、冤罪事件の判決に関わってしまい苦悩する熊本裁判官の姿は、私には涙なくしては見ることができませんでした。
人の人生を狂わせてしまった裁判に自分が関わったことをどう考え、どの程度に自責の念を持ち、どう行動するか、業界人として悩ましいところですが、ここまで悩み続ける裁判官がいること自体、幸せと考えるべきかもしれません。そうでない裁判官(弁護士も)がどれだけ多数いるかということは考えないで。
現実の事件を担当した裁判官自身が裁判の合議内容を暴露してそれに基づいて映画が作られていること自体、業界的には衝撃的ですが、その合議の内容はかなり興味深いものです。業界人としてはここをもっと冷静に丁寧に踏み込んで作ってもらえるとよかったのですが、そうすると一般人にはわかりにくいんでしょうね。
熊本裁判官の合議での主張は、同僚の裁判官の説得という観点からももう少し感情を抑えてサイドを固めてやった方がよかったと、業界人としては思いますが、裁判官になって数年の青年でもあり、いたしかたないというかむしろその正義感、初心忘れずに共感するのが一般人の見方となるでしょうね。
事件に至るまでの袴田巌と熊本典道については、かなり省略した紹介で、袴田はボクサーということはわかってもどこまで活躍したのかもわからず、結婚したことも紹介されていなかったので事件後3歳の子どもをかわいがっていたという話が出てきて、えっと思ったりします。
そのプロフィールですが、あえて劇的にしようとして、2人とも1936年生まれにして東京に上京する列車で隣り合わせに座らせたりしています。でもそのために熊本裁判官の裁判官就任を1960年にして実際より3年早くし、その結果事件当時の熊本裁判官を現実には裁判官になって3年なのに6年にしてしまい、そのあたりちょっと印象が変わるように思います。で、最後に2人とも今年73歳になるって。ノンフィクションなのにどうしてそういうところで変に事実をいじくるんでしょう。本来どうでもいいことなんですが、事実と違うことを節目や締めで強調されるとしらけた思いを持ちます。
【追記】
袴田事件について2014年3月27日、静岡地裁が再審開始決定を行い、同時に袴田さんの死刑及び拘置の執行停止も決定されて、袴田さんが釈放されました。日本の刑事裁判制度では、再審開始決定にも検察官が抗告(不服申立)をすることができ、名張毒ブドウ酒事件ではせっかくなされた再審開始決定がそれで覆ったりしていますから予断は許しません(そのあたりについては子ども用のページですが有罪と無罪の境界線をお読みください)。48年もの身柄拘束で今や精神を病んでいる袴田さんの人生はもう今さら取り戻せないかもしれませんが、少しでも早い時期に冤罪が晴らされることを望みます。
(2010.6.5記、2014.3.27追記)
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