◆たぶん週1エッセイ◆
映画「明日へ」
企業経営者の身勝手な振る舞いに対する労働者の怒りと虐げられた者の悔しさ・悲しみをしみじみと感じる
現実社会の不公正感への認識が、この作品の眼目なのだと思う。日本でも当然に起こり得る話としてみるべき
店舗の現場業務の外注化を決めて非正規労働者全員を解雇した大手スーパーと闘った労働者たちを描いた映画「明日へ」を見てきました。
封切り2週目日曜日、全国11館東京では唯一の上映館のTOHOシネマズ新宿スクリーン4(200席)午前9時の上映は9割以上の入り。日曜日の午前9時の上映がほぼ満席となるのはすごい。テーマからして高年齢層中心かと思いましたが、観客の多数派は若年層女性でした。非正規労働者への共感、明日は我が身という思いは、若い女性ほど強くなっているというところでしょうか。
夫の長期不在中高校生の息子テヨン(ド・ギョンス)と未就学の娘を抱えながら残業も厭わず5年間1度も減点されずに大手スーパー「ザ・マート」のレジ係として働き続けたハン・ソニ(ヨム・ジョンア)は、3か月後に正社員に登用されることになったが、その直後、会社は、現場業務の外注化を決定し、レジ係や清掃係の非正規労働者(契約社員)全員を解雇し、正社員を契約社員に変更することを決め、張り紙と社員への電子メールで通告した。契約期間さえまだあるのに解雇を通告された従業員たちは、労働組合を結成することを決め、ベテランの清掃係スルレ(キム・ヨンエ)らに勧められ、ソニは労働組合の共同代表として会社に交渉を申し入れたが、会社側は組合を無視し、交渉に一切応じなかった。1週間が過ぎ、遅れて組合に加入したシングルマザーのヘミ(ムン・ジョンヒ)の主張に突き動かされ、労働組合はストライキを決めた。ストライキ当日、午後4時を期してレジを止めたソニたち労働者に対し、会社側はスト破りのレジ要員を大量に雇ってレジを再開しようとしたので、ソニたちはレジを占拠し、スト破りを追い出した。組合員たちは、そのまま勢いでスーパーを占拠し続けるが、数日後、会社側は警察を動員し、スクラムを組んで抵抗する組合員たちをごぼう抜きに逮捕させて占拠を解いた。釈放後スーパー前でテントを張りビラ配りを続ける組合員たちに、会社側の人望が厚いが契約社員たちへの同情を強めていたカン・ドンジュ課長代理(キム・ガンウ)も正社員たちに労働組合結成を呼びかけた上で合流した。支援者も増え、51日目、中央労働委員会は会社に解雇撤回を勧告し、労働組合が勝利したかに見えたが…というお話。
民間の小さな権力者/暴君としての企業経営者の身勝手な/利己的な振る舞いに対する労働者の怒り(ソニら「ザ・マート」の労働者、テヨンとスギョンのアルバイト労働者)と虐げられた者の悔しさ・悲しみ・弱さ・不安を、しみじみと感じます。私は、労働者側の弁護士として、労働者側で見ていますので、涙なくしてみられないシーンが多く、また使用者側の悪辣さに怒りに震える場面が数多くありました。
労働者の団結の強さと喜び、連帯感も描かれていますが、一時の夢の感があり、現実の重苦しさの方が勝ります。
労働者側の実力行使は、警察による逮捕と損害賠償請求訴訟という形で確実に制裁を受けることになり、他方会社側が雇った黒服マスクの男たちの暴力はどれだけ労働者を痛めつけても一切おとがめなしでやりたい放題です。それは会社側の狡猾さでもありますが、警察が気がついたとしても相当程度は見て見ぬふりをすることが予測されます。
そういった現実社会の不公正への認識が、この作品の眼目なのだろうと思います。その意味でも、これを韓国の話とみるのではなく、日本でも当然に起こり得る話としてみておくことが必要でしょう。
会社の経営者にとって、非正規労働者などいつ切り捨ててもかまわない使い捨ての消耗品に過ぎないのだということを改めて認識させてくれる作品です。日頃から細々とせこいやり方で労働者を締め付け、ものすごく狭い門の正社員登用を餌に競争させサービス残業に励まさせた挙げ句に、外注の方が利益が出ると判断したら直ちに解雇。こういう形で見せられると、これはごく一部の特に酷い事例と思うでしょうけれど、労働事件をやっていると、日本の有名企業でもたいして変わらないと感じます。
日本の法制度で見ても、派遣労働者は派遣先からは切り放題(契約期間の残り分の休業手当=賃金の6割の支払が義務づけられる程度)ですし、契約社員もそれまでの更新回数が少なければ更新拒絶はやり放題、更新回数が多いと法的には更新拒絶は簡単ではなくなりますが、契約条項の書き方次第で切りやすくなります。裁判所も決して非正規労働者の味方とは言えません。
このケースで、日本の法制度を前提として、自分が労働側弁護士として何ができるかを考えると、まず契約期間中の解雇に関しては、裁判所に持っていけば違法と判断されることはほぼ間違いないですが、問題はその契約期間経過後も労働者としての地位が認められるか(その後の賃金分も支払を受けられるか)にあります。それまでの契約更新回数が少ない人(一概には言えませんが、一度も更新されていないとか、更新が1回とか2回程度の人)は、それだけで難しい状況にあります(会社から長期雇用を示唆されていたとか、その職場の実績として更新拒絶された人はこれまでいない/ほとんどいないというような事情があるとまた違ってくることがありますが)。更新回数が多くなると、通常の解雇と同様の理由が必要になってきますが、整理解雇的な更新拒絶の場合、裁判所は非正規労働者の解雇を相対的に緩やかに認める傾向にあります。会社側が「外注」する必要性がどの程度あったかということによります(スーパーの売上げ不振による「縮小」ではなく、単に経費節減のための「外注化」は必要性が認められにくくなるとは思いますが)が、人員整理の必要性があると認められてしまうと、非正規労働者の勝訴はかなり難しくなってしまいます。また、昨今は、使用者側の弁護士の入れ知恵もあり契約書に今後契約更新をしないとか、更新回数の上限を入れるケースが増えてきています。そういう条項が無制限に有効とは限りませんが、労働者に不利に働くことは間違いありません。さらに、日本の裁判所は、単なる「ストライキ」(職場放棄)は容認しても、このケースのような職場占拠に対しては、理解を示すことは少なく、労働組合に対する損害賠償請求も、使用者側が請求すれば認める傾向にあります。
そう考えると、この作品のケースで何ができるかについては、無力感を持ちますが、少なくとも、自分が使用者側の弁護士でなくてよかったとは感じます。非正規労働者の首を切りやすくするために契約条項に入れ知恵をしたり、労働者いじめのために巨額の損害賠償請求の裁判を起こすような弁護士にだけは、私はなりたくないと思っています。
(2015.11.15記)
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