庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「シャネル&ストラヴィンスキー」

 ファッション界の女帝ガブリエル・シャネルとロシアバレエの音楽家イゴール・ストラヴィンスキーの「秘められた愛」を描いた映画「シャネル&ストラヴィンスキー」を見てきました。
 封切り2週目土曜日午前中、新宿武蔵野館では3割くらいの入り。この日封切りの「劇場版Fate」がアニメオタクの長蛇の列だったのと対照的。観客層は中高年中心。女性が圧倒的多数かと思いきや、意外に男性も。「R18+」指定(18歳未満入場禁止!)に過大な期待が持たれたのかも・・・

 1913年にパリで初演されたロシアバレエ団の「春の祭典」は、ニジンスキーの前衛的な演出もあり観客からはブーイングの嵐。しかし、その公演を見て関心を持ったシャネル(アネ・ムグラリス)は、生涯の心の恋人ボーイを交通事故で失った後の1920年、ロシアから亡命してきたストラヴィンスキー(マッツ・ミケルセン)に経済的援助を申し出、妻子共々自分の別荘に住まわせる。シャネルとストラヴィンスキーは肉体関係を持つようになり、その時期にシャネルは「N°5」を開発し、ストラヴィンスキーは「春の祭典」を書き直して再演に臨むというお話。

 ストーリーそのものはシンプルでそれほど進展せず、基本的には状況設定+あとはシャネルとストラヴィンスキーと妻の駆け引きや心情の描写です。その感情部分もイメージカットが多く、丁寧に説明しようという感じではありません。多義的な解釈の余地を、たぶん敢えて、残しているように思えます。
 私の目には、ちょっと気に入ったから、自分が気が向いたときには情夫でいてね、でも主人は自分だし結婚したいわけでもない、だから妻が気づいてもかまわないし別に妻と別れて欲しいわけでもないというスタンスのシャネルに対して、妻の目を気にしてお泊まりは拒否して失望されながら、その後になって妻子を追い出しシャネルにスペイン公演に一緒に来てくれと言って拒否されて動揺するストラヴィンスキーの勘違いというのが基本線に見えます。ストラヴィンスキーにもプライドがあるというところでしょうけど、いかな天才といえども亡命し自力では稼げずにパトロンのシャネルにすべて依存していながら、シャネルから妻に校正してもらわないと楽譜も書けないと指摘されると「自分は芸術家だが君は洋服屋だ」と言い放ち、「出て行け」と言われた後で、俺に付いてこいみたいなこと言ってシャネルが受け容れると思うこと自体勘違い男というしかないでしょう。
 シャネルのりりしさとストラヴィンスキーの動揺・焦りが目につきます。でも、初めて肉体関係を持つ夜、部屋に入って見つめ合うなり、何の会話もなくいきなり全裸になるシャネルと、やはり黙ったまま慌てて服を脱ぎ始めるストラヴィンスキーが、床でセックスするのって、ちょっとあんまりな気がする。ちょっとくらい甘いか気の利いた会話をしてからにして欲しいなぁ。

 冒頭のタイトルロールとエンドロールで、万華鏡を覗いたような映像が使われています。この種のものはCGの発達でどんどん細密に作れるようになっていますが、細密さ・緻密さが美しさにつながっているかどうかはかなり疑問。どちらかというとなんか気持ち悪い感じがしました。こういうところ、美的センスを疑ってしまいます。

**_****_**

 たぶん週1エッセイに戻る

トップページに戻る  サイトマップ