庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「クロッシング」
ここがポイント
 ニューヨーク市警幹部の悪辣さがすごい
 警察の腐敗を描き、派手な発砲シーンが続く中で、人間らしさというか割に合わない行動をする地味な良心と、それに至る苦悩といったものが描かれているところが味わいどころか

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 ニューヨーク市警に勤める3人の警察官の生き様と葛藤を描いた映画「クロッシング」を見てきました。
 封切り5日目祝日、東京で2館だけの上映館の1つ新宿武蔵野館の午前中の上映はほぼ満席。観客層は中高年が多数派。監督と主演の1人イーサン・ホークが「トレーニングデイ」(2001年)のコンビでほぼ同じテーマですから、そのファンが来てるのでしょうか。

 ニューヨークの犯罪多発地域にあるBK公営団地で警察官が優秀な黒人学生を強盗目的で殺害し、ニューヨーク市警に対する抗議の運動が激しくなった。警察のイメージアップのために警察幹部は取り締まり強化を打ち出し、役立たず・臆病者と言われながら無難に勤め続け定年を7日後に控えていたエディ(リチャード・ギア)は新人指導係を命じられてBK公営団地を巡回することになった。同じ時期に、長く麻薬組織に潜入させられ売人の摘発を続けてきたが約束の出世はかなわず、もうやめたいと上司に訴える潜入捜査官タンゴ(ドン・チードル)は、新たに来た上司(エレン・バーキン)から、警察の人気回復のために、出所したばかりの麻薬組織のボスキャズ(ウェズリー・スナイプス)をおとり捜査で罠にはめて逮捕することを命じられる。かつてキャズに救われたタンゴは、拒否するが、キャズを逮捕したら一級捜査官にすることを決めたと言われて苦悩する。ぜんそくの妻を持ち医者から転居を勧められ、子どもたちも広い家に住みたがるが、新しい家の頭金を用意できない麻薬捜査官サル(イーサン・ホーク)は、摘発の現場で目にする大金の誘惑に負け、頭金のために犯罪を犯してしまう。それぞれに悩みを抱える3人の警察官が、それぞれの思惑で突き進み3人の運命がある夜交錯して・・・というお話。

 病気の妻とかわいい子どもたちの願いに押されという動機があり、苦悩の表情を見せつつではありますし、相手が悪党という設定ではありますが、自分が金を得るためにあまりにも簡単に発砲し人を殺す、サルの行動は、ほとんどただの強盗。そして、相手が麻薬組織のボスとはいえ、警察の人気回復のために罠にはめて逮捕しようとしたり、あめ玉一つでの口論から相手を撃ってしまった新人警官の暴走を撃たれた者が麻薬を持っていたことにして処理しようとするニューヨーク市警幹部の悪辣さもすごい。このあたりは、「トレーニングデイ」の世界です。
 しかし、黒人の潜入捜査官タンゴが、発砲を避け、恩のあるキャズの逮捕に当初は反対し、動き始めた後も翻意して抵抗する姿や、新人警官の暴走を麻薬事件として処理しようとする上層部に対してそれを拒否し、自分が現場を離れたためだと言って責任を取るエディの姿にホッとします。警察の腐敗を描き、派手な発砲シーンが続く中で、こういった人間らしさというか割に合わない行動をする地味な良心と、それに至る苦悩といったものが描かれているところにこの映画の良さがあるのだと思います。

 犯罪を目にしても管轄外だと取り合わず、正義感に走る新人警察官に対してたくさんの殺人やレイプ、傷害事件に追われる毎日なのだから自分から関わっていくことはないとたしなめ、無難な毎日を過ごし、娼婦との関係に慰みを見いだしているエディが、最初に担当した新人警察官の殉職、事件処理をごまかそうとする上層部に抵抗しての退職の後に、殉職した新人警察官が介入しようとした女性誘拐を目にして単身アジトに乗り込んでいく道行きは、感慨深いものがあります。エディが単身でアジトに乗り込むという行動を起こす前に、なじみの娼婦に求婚して断られるというエピソードを入れ、エディの寂寥感、むなしさ、心の闇といったものを介在させているのが、一筋縄ではいかない奥行きを出しています。
 麻薬組織に潜入し、そこで知り合った者を裏切り続け正体がばれたり銃撃される危険にさらされながら出世はかなわず、妻からは離婚の訴えを起こされているタンゴの苦悩も、涙を誘います。
 妻と子どもを愛し、危険にいつも向き合いながらも安月給で妻と子どもの欲求を満たしてやれないという事情に追い詰められて、葛藤を見せながら犯罪に手を染めていくサルに哀感を感じるという向きもあるかも知れません。
 それぞれの観客が主人公3人の生き様に様々な感情と解釈を見いだせそうな奥行きを感じさせる作品です。

(2010.11.3記)

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