◆たぶん週1エッセイ◆
映画「サンドラの週末」
会社側の経費削減の欲求を、解雇が労働者の意思のようにすり替えようとする使用者側の悪辣さ、その下での労働者たちの心意気と悲しみ・屈従がテーマ。この国でも今ありがちな状況をもっと多くの人に見て欲しいと思うのですが
労働者の過半数にボーナスを放棄させたら解雇を撤回するといわれたメンタルヘルス不調からの復職を目指す労働者の苦悩の闘いを描いた映画「サンドラの週末」を見てきました。
封切り3週目日曜日、全国で12館、東京で2館の上映館の1つヒューマントラストシネマ有楽町シアター1(161席)午後0時25分の上映は3割くらいの入り。
メンタルヘルス不調で休職していたが医師から完治したといわれ復職しようとしていたサンドラ(マリオン・コティヤール)は、勤務先のソーラーパネル工場から解雇を言い渡され、社長はサンドラ以外の労働者16人の過半数が1000ユーロのボーナスを放棄するならサンドラの雇用を継続してもいいという条件を出したが、投票で14人がボーナスを選んだことを電話で知らされる。主任が、投票に当たってサンドラを解雇しなければ他の誰かを解雇すると脅したことから、サンドラの同僚が社長にかけ合い、月曜日に無記名で再投票を行うことを約束させた。同僚と夫(ファブリツィオ・ロンジョーネ)に励まされながら、サンドラは同僚が聞き出してくれた住所のメモを手に、週末に1人1人労働者の自宅を訪問し、月曜日の再投票で自分を支持してくれるよう要請して回るが…というお話。
冒頭、サンドラに電話がかかってきて、相手の声は聞こえずただサンドラが「酷い」というところから始まります。この時点ですでにサンドラは復職しようとした矢先に解雇通告を受け、社長が労働者の過半数が1000ドルのボーナスを放棄したら復職させるという条件を出して、投票が行われて16人中14人がボーナスを選んだというところまで話が進んでいるのですが、そこはきちんと説明されず、同僚や夫の発言から次第にわかるという手法になっています。そこが少しわかりにくく、公式サイトのストーリーでさえ「ようやく復職できることになった矢先、ある金曜日にサンドラは突然に解雇を言い渡される。社員たちにボーナスを支給するためにはひとり解雇する必要がある、というのだ。ようやくマイホームを手に入れ、夫とともに働いて家族を養おうとしていた矢先の解雇。しかし、同僚のとりなしで週明けの月曜日に16人の同僚たちによる投票を行い、ボーナスを諦めてサンドラを選ぶ者が過半数を超えれば仕事を続けられることになる。」と書いています。これだと、サンドラが最初に受けた電話が解雇通告と受け取れますし、すでに第1回の投票が行われて16人中14人がボーナスを選択したことは、飛ばされています(これを書いた人は、映画を見て書いているのか、疑問に思います)。
本来的には、会社側の経費削減の欲求から1人解雇したいというだけなのに、それを労働者に「サンドラか、ボーナスか」の選択を迫り、まるで解雇が労働者の意思によるかのような形を作ろうとする使用者側の悪辣さを背景に、サンドラが訪ねる労働者1人1人の苦渋の選択とサンドラの一喜一憂を描き、虐げられた労働者たちの心意気と悲しみ・屈従を描き出して、最後に冷酷で狡猾な使用者に対するサンドラのささやかな優越(労働者側の弁護士である私には、あまりにささやかで、また「勝利」とは言えませんが)を示しています。屈辱と苦悩の果てに見えるささやかな爽やかさが、この作品の味わいと言えるでしょうか。
使用者のやりたい放題を放置し、それを労働者の努力が足りない、自己責任と言い、使用者にさらにやりたい放題を許す政策を、それが労働者のためにもなるかのように言って推進する輩が跋扈するこの国で、こういった使用者の都合を労働者の責任へとすり替える話はどこにでもある状況と言えるでしょう。今のこの国でこそ多数の人に見て欲しい作品だと思います。
もっとも、頻繁に薬を服用し、相手の態度に一喜一憂しつれない対応に一気に落ち込むサンドラの姿を見ると、使用者側の弁護士からは、まだそもそもメンタルヘルス不調が十分治っていない、この状態で復職できないだろうという厳しい突っ込みが来そうではありますが。
労働者を1人1人訪ねてサンドラがいう台詞は、一部変更されるものの、ほぼ全員に対して同じで、「社長が再投票を認めたの。主任が数人に圧力をかけたから。ボーナスをあきらめるのは大変だということはわかるけど、私を選んで欲しいの。私は働きたいし、私も稼がなきゃならないの。失業したくないの。」というだけ。直球勝負というか、人を説得するのにもう少し工夫できないのか、と思ってしまいます。メンタルヘルス不調から十分回復していないことの反映なのか、相手に大きな負担をかけるし、その後一緒に仕事を続けることを考えると、技巧的な説得はしたくないということなのか、それとも、おとぎ話(童話)的繰り返し手法なのか…
(2015.6.7記)
**_****_**