◆たぶん週1エッセイ◆
映画「宮廷画家ゴヤは見た」
権力に弄ばれ虐げられ続けるイネスの運命にはただ涙
権力を求めて小ずるく立ち回り続けるロレンソ神父の姿にはただ怒り
これを「立入禁止の愛」「危険な愛」などと呼ぶ興行サイドの神経にはただ呆れる
18世紀末スペインの異端審問で異端の嫌疑をかけられた富豪の娘と異端審問を推進した神父の生き様と運命を描いた映画「宮廷画家ゴヤは見た」を見てきました。
封切り2日目日曜朝で、588席のミラノ2ですからかなり空いてましたけど、思ったより入ってた感じでした(200席クラスのスクリーンでやったら満席になったと思いますが)。
タイトルにゴヤの名前が入っていますが、ゴヤが主人公ではなく、ゴヤを舞台回し役に異端審問を推進した神父と異端審問の犠牲となった少女の運命を軸に、ゴヤが生きた時代を描いた作品です。
主人公の1人は、ゴヤ(ステラン・スカルスガルド)の絵のモデルとなった富豪の娘イネス・ビルバトゥア(ナタリー・ポートマン)。イネスは、居酒屋で豚肉を食べなかったというだけでユダヤ教信者と疑われて異端審問所に出頭を命じられ、拷問を受けて自白し、その後15年間牢獄につながれます。
もう1人の主人公は、スペインで事実上行われなくなっていた異端審問の再開を推進したロレンソ神父(ハビエル・バルデム)。ロレンソ神父は、肖像画を描かせていたゴヤを通じてイネスの父親に招かれ、イネスが自白したことを伝えたためにイネスの父からイネスと同様の拷問を受けると直ちに自分は実は猿だという自白書にサインし、イネスを釈放するよう要求されます。異端審問所長はイネスの父の寄付だけは受け取りながらイネスの釈放を拒否し、ロレンソ神父は鎖につながれたイネスを訪ね、力になるといいながらイネスを犯します。
イネスが釈放されないことに業を煮やしたイネスの父はロレンソ神父の自白書を持って国王に直談判し、拷問による自白がいかに信用できないかを訴え、国王は考えておくと言ったもののやはりイネスは釈放されず、自白書を明らかにされたロレンソ神父は逃走します。
15年がたち、ナポレオンのスペイン侵略を受けて異端審問は廃止され、イネスはようやく釈放されます。しかし、ロレンソ神父の子を産みながら子どもを奪われたイネスは精神を病み、ゴヤを訪ねます。その頃、フランスに渡りカトリックを攻撃し革命政権の要人としてスペインに乗り込んできたロレンソ神父に、ゴヤはイネスを会わせますが、ロレンソはゴヤに黙ってイネスを精神病院に送り込みます。イネスの娘の所在をめぐり、娘を捜してイネスに会わせようとするゴヤとそれを妨害し続けるロレンソ神父、イギリス軍の進軍と革命政権の崩壊の中でイネスは、ロレンソは・・・というように話が展開していきます。
見終わったときの感想は・・・重い、重すぎる。率直に言って、打ちひしがれ、しばらく立ち上がる気になれませんでした。(でも、その後事務所に行って7時間ほど、書類作成の仕事しましたけど・・・で、日付が変わった今頃この記事を書いてるわけ。こんな生活してるとよくないよなぁ)
何の罪もない、純真なイネスが、教会の、権力の一方的な嫌疑を受けただけで15年も牢獄につながれ、牢獄内でロレンソ神父に何度も犯されて子供を産み、その子どもも取りあげられて、体もボロボロになり精神を病んで変わり果てた姿で外に放り出され、家族は死に絶え、子どもの父親のロレンソ神父に会いに行ったら騙されて精神病院に放り込まれ、ゴヤの手で連れ戻されてようやく娘に会える直前にロレンソの妨害で娘は連れ去られて見知らぬ赤ん坊を自分の子と信じ込んで抱き続ける・・・イネスの運命には何度も涙ぐみました。悲劇にしても、ここまでしなくてもいいんじゃないって、思いました。
親が教会に多額の寄付をできる富豪で、異端審問の推進者の神父を家に招き、拷問して自白書まで作成でき、さらに国王に直談判できるそんな特権階級の娘でさえ、釈放されなかったわけです。たぶん国王が考えるとか言ったから、15年後までイネスがなんとか生きてはいられたのでしょう。そうでない庶民が嫌疑をかけられたら、もっと酷い運命が待っていたのでしょう。そのことにも思いをはせ、とても暗い気持ちになりました。
そして、こういうことは、18世紀末のスペインだけで起こったことではなく、いつの世にも権力の横暴を止めなければ、起こり得ることだと、改めて心せねばと思います。
ところで、相手方のロレンソ神父。自分が異端審問の再開を推進し、イネスの拘束の元凶でありながら、イネスの力になるなどといって鎖につながれたイネスを何度も犯し(この人聖職者ですよね)、自白書の件がばれて逃走した後はカトリックを攻撃してフランス革命政権に取り入って政権の要人として復帰、異端審問所の責任者に死刑を宣告します。イネスが子を産んだと知るとイネスを精神病院に放り込み、イネスの子(ロレンソの子でもありますが)アリシアをスペインから出国させようと画策し、最後には拘束してアメリカに追放しようとまでします。これだけ卑怯で無節操で無責任な人物が、イネスらの不幸を尻目にのさばっているのを見せつけられると・・・
やはり権力者は、そしてそこで巧く立ち回る者たちは、いつの世にもはびこるものだと・・・
公式サイトのうたい文句に「それは、立入禁止の愛」「絵筆が暴く、2人の愛の裏側」とか書かれています。これが・・・愛?。一体どういう神経してたら、異端審問で拷問を受けて裸に剥かれて牢獄で鎖につながれた娘を、力になってやると騙して犯した、そういう関係を「愛」なんて呼べるんでしょうか。一方的に人生を台無しにされた娘の悲劇を、卑怯者の裏切りと逃げ口上を、愛という名を付ければ甘美な見せ物にできると思うんでしょうか。
エンドロールが、有名・無名取り合わせて、ゴヤの絵のアップの連続で、絵の一部を実物よりかなり拡大して(なんせミラノ2の縦4m85横9m10の大スクリーンですし)次々と見せてくれて、絵が好きな私にはうれしく思いました。
(2008.10.6記)
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