たぶん週1エッセイ◆
生誕100年の東山魁夷

 今年は生誕100年ということで東山魁夷展が全国巡業し、記念出版もいくつかあるようです。
 で、国立近代美術館の「生誕100年東山魁夷展」を見て、2008年3月発行の講談社東山魁夷Art Album3巻組を眺めてみました。

 東山魁夷展は、学生の頃、チャーミングな女子大生に誘われて行った甘酸っぱい想い出以来、28年ぶり。今回は、私の事務所から歩いて行けないでもない国立近代美術館で、木・金・土は午後8時までやってるというので、午後5時出発で行ってきました。朝日新聞の記事が出た翌日でもあり混むかと思いましたが、人だかりはなく、わりと余裕を持って見れました。音声ガイドが、半分は東山魁夷本人の声というので、張り切って借りてしまいました。

 東山魁夷というと、樹と森、山の絵を、緑と青、白と黒で描く画家というイメージを強く持っています。それ以外の色、例えば赤やオレンジ系の絵もありますが、でもやっぱり緑・青系の絵の方がいい感じです。
 赤系の絵では、私は「秋翳」(紅葉に覆われた山頂の絵)が気に入っていて、今回の出品作に「秋翳」が入っていたので喜んで行ったのですが、絵がガラスで覆われていて、ガッカリしました。展覧会に現物を見に行く楽しみは、東山魁夷のような画家の場合は、例えば山の一部の1本の樹や樹と樹の間などのパーツの中で色合いを微妙に変化させているその技術や味わいにあると思います。絵にガラスが張られていたら、照明や人影などがガラスに映り混んで微妙な色合いの変化なんてわかりません。これだったら画集で見た方がという気になってしまいます。
 出品作の半分くらいがガラス張りで、げんなりしました。「秋翳」の他にも、今回初めて見た「曙」なんて絵(これは朝の白から青・緑に変化して行く山の斜面の絵で普通に緑系の絵です)も、山の斜面の樹々の緑の微妙な変化を味わいたいと思ったのですが、ガラスの反射に阻まれました。
 でも、ガラスの張っていない大作もあり、「青響」(森と滝の絵)や「萬緑新」(山と森と湖の絵)、「白夜光」(森と湖の絵)がガラスなしで見れたのが大収穫。「白夜光」は、画集で見ていたときはなんてことのない絵だと思っていたのですが、現物の色合いに目を見張りました。手前の森の樹の色が画集ではどこか安っぽい感じがするのですが現物では味わい深い、奥の湖に反映する陽の光が画集ではただの白だけど現物では輝きを感じさせる。これが今回のイチオシです。
 1階の展示を一回りして、これで終わりかなと思ったら、2階に唐招提寺のふすま絵が展示されていて、「濤声」(唐招提寺宸殿の間の海の波を描いたふすま絵)の約8割と「揚州薫風」(唐招提寺松の間の鑑真の故郷揚州を描いた水墨画のふすま絵)の現物がガラスなしで見れました。これには感激。1階で感じ続けたガラスのうっぷんが晴れました。ぜいたくをいえば、私はどうせなら「濤声」より「山雲」の方が見たかったのですが、「濤声」もやはりすばらしい。唐招提寺の部屋とほぼ同様に12枚のふすま絵を一直線に並べた姿は思わず息を呑みます。「揚州薫風」の方は、水墨画では傑出しているとは思えませんし、鮮やかな青い海を見た後水墨画を見せられてもねぇ。だいたい唐招提寺の厨子を置く部屋のふすま絵を水墨画にするのは、厨子の絵の青や黄色、厨子の漆や金細工が浮いてしまうことを考えると、私には理解できませんしね。

 生前の講演の録音をピックアップしたという音声ガイドは、当然ではありますが、ごく普通のおじさんの声でちょっと安心しました。
 私が東山魁夷を画集で見ていて苦手分野だと感じていたのが、水面に映る風景と、降る雪の描写でした。音声ガイドでは、真ん中に水面を引いて上下対称に書くことを、東山魁夷自身、一つ間違えば失敗する冒険として意識していたことが語られていました。私の目には失敗と見える絵も少なからずありますが。ただ画集で見ると実像と水面に映る影の色の差が少なすぎるように思える絵も、現物で見るとタッチの違いとかでそれなりに水面に見えました。
 降る雪は現物で見てもやはりダメ。雨が降った後の晴れた日にガラスに残った雨の跡の汚れのよう。積もった雪は上手なんですけどねぇ。

 講談社の画集は3巻組だし、ほぼ全作品を網羅してるかと思ったんですが、展覧会に出品されている絵でもない絵が割とありました。
 油彩と違って日本画の場合、筆跡とか絵の具の盛り上がりとかはあまりないから画集と現物で質感にそれほどの違いはないのかなと思っていましたが、けっこう違うなと実感しました。画集でけっこうドットが立っているのでこんな塗り方してるかなぁと思うところは、現物はシルクの陰影だったり画料の粉の凸凹だったりして、色が違うような感じはせずより自然に感じられたりしました。やっぱりまだ写真や印刷の技術が追いついてないんですね。
 「夕静寂」なんて現物で見ると全体に暗く樹の色合いの変化は少し付けられてはいるものの、見分けがかなり難しい作品なのを、画集ではかなりコントラストを付けています。絵としては画集の方がわかりやすくなっていますが、現物と印象がずいぶん違っています。

 若い頃は不遇で苦労したけど後半生は日本画の大家となり政府御用達画家の感がある東山魁夷。そのあたりはあまり共感できないんですが、山と樹を描いた作品の清涼感というか透明感は独特の捨てがたいものがあります。今度は「秋翳」と「青い峪」(北山杉の森を青で描いた絵)と「山雲」をガラスなしで見てみたいんですが。

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