◆たぶん週1エッセイ◆
被疑者国選弁護はどこへ行くのか
報道によれば、法務省は、被疑者段階(捜査中)、被告人段階(起訴後)を通じて、現金・預金で50万円以上ある者は国選弁護の対象から外す方針を固めたそうです(2006年7月28日朝日新聞)。
これまで国選弁護は起訴後のみでしたが、裁判所が取り扱っていて、実際には被告人が自分で弁護士を選任せず国選弁護人を希望すれば国選弁護人が選任される扱いでした。これが、2006年10月から重罪事件(殺人や強盗など法律上の刑の下限が1年以上の罪)については被疑者段階でも国選弁護人を付ける(2009年5月までには法律上の刑の上限が3年を超える罪に拡大されます)ことになって、そのことを理由に裁判所から司法支援センター(法テラス)に所管が移ることになりました。司法支援センターは法務省の監督下の法人で、中期計画とかは法務大臣の承認を得ることになっていますので、法務省が口出しできるわけです。
国選弁護について、検察庁と一体の関係にある法務省の監督下の法人に取り扱わせることには、不安・不満を持つ弁護士が少なくありません。諸外国にも公的弁護を扱う部署を司法省が監督している例はあると思いますが、日本のように検察官が圧倒的に支配している法務省に監督されている例はないと思います。日本の法務省では、課長クラス以上は(大臣・副大臣以外は)すべて検察官である上に、大臣の次であるはずの事務次官(大臣の次だから「次官」なんです)が役人のトップではありません。事務次官が退任後に東京高検の検事長をして最後に検事総長というのが日本の法務省での出世コースです。つまり、事務次官が検事総長、東京高検検事長の下のナンバー3に過ぎないのです。法務省は検察官を監督している役所ではなく検察官の意向を代表する役所なのです。さすがに法務省が個別の刑事事件の弁護方針に口出しすることはないと思いますが、方向として国選弁護を検察に有利な形に誘導していくことはあり得ます。
司法支援センターは、日弁連も全力を挙げて取り組んでいるプロジェクトですから、法務省のいいなりになるわけではありません。しかし、司法支援センターの始まりから、ことあるごとに「国費を投入するのだから」「財務省が納得しない」ということがいわれ、その言葉には日弁連が太刀打ちできないことに、危惧感を持ちます。
今回のこともその一環だと思います。
刑事弁護が必要なわけでも説明しているように、刑事裁判において真実を発見し、量刑も含めて適正な結論を得るために弁護人は制度として必要です。国選弁護人は、その必要性があるから付けているのですから、そのコストは、裁判制度のためのコストとして国が負担するという制度が望ましいと私は考えています。
それが無理でも、現金・預金50万円という基準はあんまりです。
そもそも被疑者段階での弁護は、通常20日間程度の短期決戦です。一日でも早く弁護人選任を受けて弁護人として動き始めることがとても重要です(そのことについてはこちら)。被疑者の預貯金をあれこれして、まず私選の推薦だとか国選だとかたらい回しにしている時間が、被疑者には取り返しの付かないダメージになることがあり得ます。そして、報道によれば法務省は、50万円あれば弁護士に着手金を払っても1ヵ月分の生活費があるからいいと言っているそうですが、逮捕されたら大半の被疑者が23日間勾留され、被疑者段階では保釈がない日本の刑事司法制度の下では、逮捕された被疑者は、雇われている人なら多くは失業し、自営業者でも事業はガタガタになります。50万円程度の現金・預金を弁護士費用と1ヵ月分の生活費で使い切ってその後収入がなかったらどうしろというのでしょう。それから、被害者がいる事件では被害弁償という問題があります。弁護士としては現金・預金があるならまず被害弁償に回してもらった方がいいと思います。最近は被害者の味方をなのる法務省は、被害弁償に充てるべき現金・預金から先に弁護士費用を出すのが適当だと考えているのでしょうか。
被告人段階になると、全面的に自白しないとなかなか保釈されない「人質司法」の下で失職のおそれはより強くなりますし、被害者への弁償問題は同じです。被告人段階までの長期勾留で、特に扶養家族がいる場合には、50万円くらいの現金・預金は生活費で使い尽くしているのが通常です。
どうも、司法支援センターでの刑事弁護関係の議論を漏れ聞いていると、刑事弁護の現場感覚のない人がやっているのではないかという疑問を感じてしまいます。
(2006.7.29記)
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