たぶん週1エッセイ◆
映画「ハート・ロッカー」
ここがポイント
 過酷な条件下で自分を見失わず誠実に任務をこなす米軍兵士を誇りに思う感情をわき上がらせる映画
 今どきのイラク戦争を扱った映画でありながら、イラク戦争の正当性を全く問わない、そして米軍の行為を一切非難しないという割り切りぶり:それでこそのアカデミー賞でしょうね

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 イラク駐留のアメリカ軍爆発物処理班の兵士の過酷な日常を描いた映画「ハート・ロッカー」を見てきました。
 封切り2週目というよりもアカデミー賞作品賞・監督賞等6部門受賞後初めての土曜日は、朝9時30分からの上映でも満席で立ち見がでる状態。率直に言って日本人受けする映画とは思えないんですが、中身はわからないがアカデミー賞だから見ようという客が殺到したんでしょうね。観客層は中高年が多数派でした。

 バグダッド近郊に駐留するアメリカ軍の爆発物処理班ブラボー中隊に、前任者の爆死の後配属された、ジェームズ(ジェレミー・レナー)は、爆発物の処理に熱意を燃やし経験豊富だが決められた手順をことごとく無視し、護衛役のサンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)やエルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)をハラハラさせる。ジェームズが配属された時点でブラボー中隊の任務はあと38日だったが、その短い期間にも多くの爆発物、任務中の狙撃、人間爆弾の計画などがブラボー中隊を襲い・・・というお話。

 命を危険にさらし続ける過酷な任務、キケン、きつい、汚いの3Kの極限とも言える任務を、誠実に務めようとする軍人たちの偉大さを描いた映画です。
 爆弾や狙撃に立ち向かう極限状況の下でなお冷静な判断と行動が求められる任務とそれを実行する兵士の心理、爆弾がいつ爆発するかもしれないという恐怖、周辺で見守るイラク民衆の中でテロリストが爆弾の起爆装置を操作したり合図をしているのではないかという猜疑心、任期満了まで生き延びたいという思いと家族への思い、そういった極限状況下での心理、それもストイックに抑制された心理の描写が映画のテーマとなっています。
 今どきのアメリカ映画だと、こんな極限状況に置かれているのですから主人公の言動がどこかで暴走し大げんかになるシーンがあるのがむしろ普通だと思いますが、この映画では破綻には至らずコントロールされています。
 いずれの点でも、過酷な条件下で自分を見失わず誠実に任務をこなしているアメリカ軍兵士を誇りに思う感情をわき上がらせる映画で、アメリカ人のナショナリズムに訴える映画だと思います。

 アメリカ軍がイラクに駐留している目的や経緯は度外視して、現在駐留しているという事実を当然の前提として、そこに爆発物を仕掛けたり狙撃してくるテロリストどもの悪辣さ、そしてテロリストは爆発物処理班のまわりで見ているイラク民衆の中に紛れ込んで爆発物の起爆スイッチを操作したり狙撃してきたり、イラク人を犠牲にして人間爆弾にしたり爆弾の巻き添えにしたりという卑怯で冷酷な存在と描かれます。このようなアメリカ軍兵士側の視点で見れば、テロリストと見分けが付かないイラク民衆すべてに銃を突きつけて威嚇しても、多少乱暴な扱いをしても、その家に令状なく踏み込んでも、正当でしょうと言いたげなシーンが出てきます。
 アメリカ軍兵士に銃撃されるイラク民衆や様々な被害を受けるイラク民衆の側からの発言やイラク民衆側の視点からの映像は皆無です。アメリカ軍は、銃を突きつけることはあってもイラク民衆に実害を与えることはなく、アメリカ軍兵士の命を危険にさらしてもイラク民衆を守っていると印象づけるシーンだけが出てきます。
 今どきのイラク戦争を扱った映画でありながら、イラク戦争の正当性を全く問わない、そしてアメリカ軍の行為を一切非難しないという割り切りぶりです。そこがアメリカ人のナショナリズムに訴え、高い評価を受けたというところだと、私は思います。アカデミー賞で前評判の高かった「アバター」が惨敗した理由は、娯楽作品だということ以上にアバターはアメリカの先住民迫害やさらにはアメリカ軍の現在の横暴ぶりへの批判色が強く、イラク戦争で傷ついたアメリカ人のプライドとナショナリズムをくすぐるハート・ロッカーと並べられたとき相対的に嫌われたことにあるのではないかと私は感じてしまいます。
 もちろん、自分の命を危険にさらして爆発物処理に従事している若者が現実にいるわけで、そこだけを切り離してみる限り、当然に敬意を払うべきものと思います。感動の物語を作るのもいいでしょう。
 しかし、それだけをクローズアップしてイラク戦争の全体像からかけ離れた印象を与える映画に、私はあまりいい印象を持つことはできませんでした。アメリカ人の自己満足は仕方ないとして、アメリカ以外でも高く評価されるかは疑問だと思います。マスコミには、アカデミー賞というお墨付きが出ていることで無条件に追従する人が多いでしょうけど。

(2010.3.13記)

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