庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「イチケイのカラス」
ここがポイント
 「職権発動」はしてもいいけど、当事者の立会なしで裁判官が調べるのは全然ダメでしょ
 公式サイトで大仰なキャッチを付けながらこの結論というのは、制作者の権力・大企業への媚びを感じる
    
 フジテレビの2021年春月9ドラマの劇場版映画「イチケイのカラス」を見てきました。
 公開3日目日曜日、新宿ピカデリーシアター2(301席)午前11時の上映は5割くらいの入り。

 テレビドラマから2年後(熊本地裁第2支部から)岡山地裁秋名支部に異動になった入間みちお(竹野内豊)は、裁判長として、イージス艦と衝突して沈没した貨物船の船長の墓前で墓参りに来た防衛大臣(向井理)のお付きの者にナイフで傷害を負わせた船長の妻(田中みな実)の刑事事件を担当し、夫がそのような事故を起こすはずがないと被告人が述べたのに対して、検察官(山崎育三郎)が何故かイージス艦の航海日誌が紛失しているが衝突事故原因が貨物船側にあることは明らかだと説明したところで、職権を発動すると宣言し、衝突事故を目撃した漁師を訪ねて聞き取りを始めるが、裁判所を防衛大臣が訪れ、その後最高裁から入間を事件の担当から外すという指示がなされる。同じ時期に他職経験のために隣町の岡山県日尾美町で弁護士事務所を開設していた坂間千鶴(黒木華)は、工場の従業員とその関係者が日尾美町住民の7割を占めるという総合化学企業シキハマ株式会社に対して、その排出する有毒物質により子どもが健康を害したというラーメン店主を代理して損害賠償請求訴訟を提起し、入間がその裁判を担当することになり…というお話。

 業界人として、見ていてまず違和感を持つのは、「秋名支部」の民事裁判で、原告側が傍聴席から見て右側(裁判官席から見て左側)に着席していること。刑事裁判の法廷では、基本的には検察官が傍聴席から見て左側、弁護人が傍聴席から見て右側ですが、東京地裁等では法廷によって反対の場合があります(逃亡のリスクを下げるために被告人を廊下側にせず、入り口から奥側に置きたいという考慮によるものと推測します)。しかし、民事裁判の法廷について(1審で)原告側が傍聴席から見て右側になる例外を、私は聞いたことがありません(控訴審では、1審で原告が勝訴して敗訴した被告に控訴された場合は、1審の原告が「被控訴人」として傍聴席から見て右側になりますが)。
 損害賠償請求事件の判決で、慰謝料に遅延損害金を付けなかったり、訴訟費用(提訴の印紙代とか、出廷日当とか。弁護士費用は含まれない)の支払を命じていないのは、たぶん単純化のためなんでしょうけど、不法行為による損害賠償請求ではふつうに認められる裁判所が認めた損害の1割相当の弁護士費用分の支払を命じていないのも、業界人としては違和感を持ちました。まさか、エリート裁判官(裁判官経験8年)の坂間千鶴が請求を忘れたなんてことでもないでしょうに。
 裁判所の支部名が東京地裁第3支部、熊本地裁第2支部と来て、どうして岡山地裁では「秋名支部」なんだとか、他職経験で裁判官が弁護士事務所に勤務することはあっても1人で弁護士事務所を作らせることは考えられないし、弁護士がほとんどいない支部で他職経験させることも考えられないとか、階段・吹き抜けの開放空間に机を置いて裁判官室にしてるとか、いろいろ疑問はあるけど、その辺はドラマ・映画の設定としてかまわないと思いますが。

 この作品の売りの、入間裁判官の「職権発動」。そこはそれがポイントなんですし、作品中でも言及しているように、刑事訴訟法上は根拠規定もありやってもかまいません。そうは言っても、裁判制度としては本来的にそれを予定しているわけでもなく、適切ではないと考えられることは、テレビドラマの最終回についての記事で私の意見を述べていますが(→「イチケイのカラス最終回に思う」)。
 しかし、この映画でも傷害事件で漁師の話を聞きに行くときのように、検察官、弁護人ら当事者とともに行くのはいいですが、その後に入間みちおが釣りに行くとかいってひとりであちこちの漁師等の話を聞いたり、監視カメラ映像を確認したとかいうのは、そしてそれを根拠に事実関係について判断したりするのは、およそやってはいけないことだと思います。申立てか職権かということを超えて、当事者に立ち会い意見を述べる機会を与えない証拠調べというのは民事裁判(刑事裁判でもですが)の原則を大きく踏み外しています。面白ければいいということなのかもしれませんが、ちょっとこれはどうよと思いました。

 公式サイトでのキャッチで「国を揺るがす2つの事件。それは決して開けてはならないパンドラの箱だった!?」とされているのですが、国も大企業本社もお咎めなしで傷つきません。この結論でこのキャッチで売るか?とか、フジテレビはこんなものかと思ってしまいます。
 人権派弁護士へのいびつな視線と、環境保護団体への悪意も、制作者の姿勢を示しているのかと思いました。
    
(2023.1.15記)

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