たぶん週1エッセイ◆
映画「イングロリアス・バスターズ」

 クエンティン・タランティーノ監督、ブラッド・ピット主演最新作「イングロリアス・バスターズ」を見てきました。
 封切り4日目祝日、新宿ミラノは一番小さなミラノ3(定員216人)を割り当てましたが、「面白くなければ全額返金」キャンペーンが効いたのか満席近い入り。終わったとき、珍しく男性用のトイレだけ長蛇の列でしたから、客層は圧倒的に男性だったんでしょうね。

 映画は5章に分割され、ナチスの「ユダヤ・ハンター」と呼ばれるハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)がユダヤ人一家を匿う農場主を追いつめて自白させ隠れている一家を銃殺するが娘のショシャナ(メラニー・ロラン)一人が辛くも逃げ出す第1章、連合軍がドイツ軍人を殺戮するためにユダヤ系アメリカ人を中心に組織した秘密組織「イングロリアス・バスターズ」がドイツ軍人を見つけるや殺害し頭の皮を剥ぎドイツ軍に恐怖を与える第2章、パリに逃げ延びて映画館主となったショシャナにドイツ軍の英雄フレデリック(ダニエル・ブリュール)が言い寄りフレデリックを主人公にしたナチスの宣伝映画「国民の誇り」のプレミア試写会がショシャナの映画館で行われることになる第3章(ここまでで映画館を出れば全額返金)、「イングロリアス・バスターズ」がドイツの有名女優ブリジット(ダイアン・クルーガー)からプレミア試写会の情報を得て映画館の爆破計画を立てるがブリジットとの密会中にドイツの将校から言葉の訛りを指摘されて銃撃戦となる第4章、プレミア試写会の日に上映中に会場を閉鎖して放火する計画を進めるショシャナ、爆破計画を進める「イングロリアス・バスターズ」、計画を察知した警備担当のランダ大佐が錯綜する第5章で構成されています。

 これまでの第2次世界大戦ものの常識を覆す映画ではあります。ヒトラー暗殺計画映画が超えられなかった史実の壁を無視し、何の言い訳もしません。その部分で予想を裏切られることは、ある種の快感を伴います。しかし、これまでのアメリカ映画であれば、相手がナチとはいえ、その家族も招かれている試写会で映画館ごと爆破するという計画に対しては、罪のない家族・子どもをどうやって救うかとか、少なくとも反対意見が出てくるのが普通です。この映画では、その点について何の迷いも言い訳もありません。相手が極悪非道であっても、自分は一定のフェアネスというか適正な手続なり手段を選ぶというところで相手の悪を際だたせ自分の正義を印象づけるのがアメリカ流、アメリカ映画流だったはずですが、ナチが相手ならそんな手段を講じなくても何をやっても正義だと言えるという自信でしょうか。
 といって、予告編が印象づけるような破天荒なアクションエンタテインメントかというと、そうも言えません。第1章から第3章までは、派手な銃撃シーンは予告編に出てくる程度で、実際には会話による心理戦的な展開が続きます。第1章は、それはそれとして作り込まれているかと感じましたが、それがずっと続くとアクションものとは言えません。会話中心にした挙げ句にカットがまた間延びしています。例えば第2章でドイツ兵に「ユダヤの熊」と恐れられたドニー(イーライ・ロス)の登場シーン。まるでバラエティ番組のクイズの正解が出るまでのように思い切り引っ張った挙げ句に出てきたのが熊らしくもない普通の白人。せめていかにも熊らしいか、逆に熊とは真逆のひ弱いのが出て来て笑いを取るならまだ許せますが、どちらでもなく、何のためにこれだけ待たせたのかとても理解できません。ド派手なアクションシーンは少ないのにやたらと出てくるのは残虐シーン。アパッチを名乗って頭の皮を剥いだり(これも今どきのアメリカ映画では先住民への偏見と差別を煽るものとして眉をひそめられると思いますが)、バットで殴り殺したり、額にナイフで傷をつけたり、首を絞めて殺したり、そういうシーンがさらりとではなく生々しく登場し続けます。ブラピが味方の映画女優の傷に指を突っ込んで拷問するシーンとかも、サディストでなければ楽しめないと思います。試写会の攻防戦の結末や映画のラストを痛快と感じる人もいるでしょうけど、私には痛快とはほど遠い展開でした。
 ストーリーに良識やリアリティは感じられず、エンタメとしては展開が間延びし痛快感がなく、リアリティを感じさせるのは残虐シーンばかり。コミカルなシーンもときおりは見られますが、全体の展開がこうでは、私には楽しめませんでした。ナチが悪者ならそれだけで楽しいとか、ブラピがやるなら何でも許すとか、そういう人なら楽しめるのでしょうか。

 さらに言うと、ブラピ主演の「イングロリアス・バスターズ」という期待で見るにも、第1章、第3章はショシャナの物語でブラピもイングロリアス・バスターズもほとんど出てきません。むしろ最初から最後まで通して登場するのはランダ大佐で、こちらが陰の主役。そういう意味で「ブラピ主演」にもタイトルにも疑問の残る映画でした。

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