たぶん週1エッセイ◆
飲酒運転即免職・解雇でいいのか?
 最近、飲酒運転について原則として懲戒免職とするという方針を打ち出す自治体が現れ、マスコミがそれを煽る報道を続けています。そのさなか、朝日新聞記者が酒気帯び運転で検挙され(2006年9月20日発表)、朝日新聞は直ちにその記者を懲戒解雇しました(9月21日)。
 2006年11月5日付の朝日新聞朝刊は、さらに民間の「主要企業100社」にアンケートしたとして、アンケートの質問項目も明らかにしないまま「事故がなくても飲酒運転が発覚しただけで解雇がありうる」という企業が42%に及んだと報じ、民間でも飲酒運転は解雇すべきだというキャンペーンを続けています(読売新聞も2006年9月29日に類似の記事を書いています)。アンケートなんて聞き方次第で答は変わってきますし、この問題について言えば、職業運転手の業務中の飲酒運転を考えるのか、運転を業務としない従業員の私生活での飲酒運転を考えるかで、本来かなり答が変わるはずです(朝日新聞は後者のケースで記者を解雇したのだから朝日新聞にとってはどちらでも一緒という感覚なのかも知れません。しかし、解雇問題に少しでも知識がある常識人なら、一緒には考えられないでしょう)。そのあたりも明らかにしないで漠然と飲酒運転は解雇という風潮を作ろうとする報道姿勢には、メディアとしての良識を疑います(100社の名前を列挙するスペースがあるのなら、行ったアンケートの質問と選択肢をきちんと書く方が先だと思います。報道のイロハとしても)。
 飲酒運転の防止のために免許取消や停止の行政処分上の点数を上げたり刑罰を科することは理解できます(最近の傾向はちょっとやり過ぎの感はありますが)。また飲酒運転による事故の被害者・遺族への補償を充実することは必要だと思います。
 でも、それと懲戒免職・解雇は別次元の話です。私は、飲酒運転は免職・解雇が当然とか妥当というマスコミのキャンペーンには、違和感を持ちます。このマスコミのキャンペーンは、長い間をかけて労使間のせめぎ合い・司法の場での戦いを通じて築かれてきた懲戒免職・解雇の基準を、労働者側に不利(使用者側に有利)な方向に一気にたたきつぶしかねないものです。マスコミの論調は飲酒運転撲滅という正しい目的があればそのためには何をやってもかまわないというニュアンスを感じます。他の問題でもそういう傾向を感じますが、この国のマスコミの視野狭窄・未成熟をよく示していると思います。
 まず、最近のマスコミ報道に見られるように飲酒運転が死亡事故の元凶なのかについて、確認してみましょう(予め断っておきますが、私は飲酒運転が死亡事故の重要な要因の1つであることを否定する気はありません。ただ、マスコミ報道から受ける印象ほど突出した元凶ではないことを冷静に見たいと思います)。
 警察庁の統計で見ると、全交通事故中の「飲酒あり」の割合は90年代後半から2001年にかけては3%程度、罰則の強化された2002年以降は2%弱で推移しています。ここでは「飲酒あり」は呼気中のアルコール濃度が「基準以下」や「検知不能」も含めています。あくまでも事故を起こした運転者の中で飲酒していた者の割合で、その事故が「飲酒による」かどうか(飲酒していなければ事故が起こらなかったか)は判断されていません。死亡事故中の「飲酒あり」の割合は90年代後半から2001年は15%前後、2003年以降は11%台で推移しています。「飲酒による」かどうかをおいて、かつ「基準以下」「検知不能」を含めてこの数字ですから、飲酒運転は死亡事故の重要な要因ではありますが、主役とまでは言えないでしょう。警察庁は、飲酒ありの場合の死亡事故割合(全交通事故中の死亡事故の割合)が高いことを理由に飲酒運転が死亡事故につながりやすいとして危険性を強調しています。それ自体は一理あるとは言えますが、その点から見れば、速度違反は、死亡事故時の違反の絶対数で「飲酒あり」を上回り(この10年間で2001年と2005年だけは例外)、他方全交通事故中の速度違反件数は「飲酒あり」の概ね半分以下ですから、速度違反の方が「飲酒あり」よりも危険性が高いということになるでしょう。
 少なくとも統計から見る限り、「飲酒あり」が危険とされるポイントについては速度違反の方が上回っています。そして車を制御できなくなる危険が高くなる行為を意識的に行っているという点で速度違反は飲酒運転と共通しています。そうすると、死亡事故の危険性を減らすため、死亡事故のリスクを高める行為を非難するという観点であれば、速度違反も飲酒運転と同じように扱われるべきではないでしょうか。速度違反について、今飲酒運転についてマスコミが行っているキャンペーンと同じことが行われたら、違和感なく賛成できるでしょうか?
 もちろん、飲酒運転の場合、ただの過失による交通事故ではなく被害者・遺族の悲嘆も大きくなります(マスコミがそれを助長している面はありますが)から、被害者・遺族へのケアや補償を手厚くすることは必要だと思います。また、同じ理由から人身事故に至った場合の刑罰を加重することも(ある程度は)いいと思います。さらに、飲酒運転も死亡事故の重要な要因となっているのですから、政策的判断で行政処分や刑罰を他の違反よりある程度重くすることもありうるとは思います。その場合でも、交通事故・死亡事故への飲酒運転の寄与度は冷静に把握しておくことが必要でしょう。
 さて、懲戒免職・解雇です。そもそも使用者は、社会秩序の維持のために労働者を雇っているわけではありませんから、懲戒も社会秩序の維持とか飲酒運転の防止のためのものではありません。運転免許に関する行政処分とか刑事罰とは目的が違う、全く別のしくみです。
 懲戒は労働関係上の規律維持が目的ですから、懲戒の理由は原則として労働関係上のものです。問題とされるのは原則として就業中の行為です。ですから、労働者が運転手で、業務として行う運転で飲酒運転をしたのであれば、もちろん懲戒理由となります。しかし、私生活上の行為は、本来は懲戒理由とならず、それによって職場の規律が乱されたり、企業の社会的評価が損なわれる場合にのみ懲戒理由となると考えられています。
 ただ、企業の社会的評価を損なうという要素は、世間での考え方の変化によって変わり得ます。マスコミが騒げば、企業側が過剰反応し、裁判所も解雇もやむを得なかったと判断する可能性が高くなります。ある意味でマスコミが集中的に批判的キャンペーンを張れば、それが客観的には妥当性を欠いても、結果的に裁判所にも追認されて行く可能性があります。
 マスコミのキャンペーンによって、解雇の運用が歪められ、解雇の有効性についての基準が労働者に不利に掘り崩されていくことを強く危惧します。

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