庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「恋人たち」
ここがポイント
 かけがえのないものを失った喪失感と、それでも生活を続けざるを得ないことへの対処と心のありようがテーマ
 アツシの場合、法テラスで相談し損害賠償命令の申立をするのが標準だと、弁護士としては思う

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 当たり前だった日常の喪失とその後を生きる姿を描いた映画「恋人たち」を見てきました。
 封切り10週目2015年キネマ旬報ベストテン(日本映画1位)発表後2度目の日曜日、メイン上映館テアトル新宿(218席)午後2時50分の上映は6〜7割の入り。

 3年前、新婚の妻を通り魔殺人で喪い、失意に沈みつつ橋梁点検を細々と続け、国民健康保険料を十数か月滞納して心療内科医に保険料払えばと言われ役所の窓口でも責められ、落ち込み、憤る篠塚アツシ(篠原篤)。姑と心通わぬ夫とともに暮らしながら、皇族の追っかけと密かに書き綴る小説を心の支えに弁当屋で働く高橋瞳子(成嶋瞳子)。大手弁護士事務所から独立するところで階段から転落して右脚を骨折したゲイの弁護士四ノ宮(池田良)。アツシは通り魔犯人が刑事裁判で心神耗弱とされて医療観察処分となったことをニュースで知り、犯人を殺してやりたい、せめて損害賠償請求をと、仕事先の親方(黒田大輔)に給料の前借りを求め、以前の相談時に損害賠償請求はできると答えた四ノ宮の事務所を訪れ、四ノ宮は入院中に見舞いに来た学生時代からの友人聡(山中聡)と妻に同居中のゲイパートナーを紹介したところから聡の態度もよそよそしくなってショックを受け、瞳子は勤務先の出入り業者藤田(光石研)と親しくなりニワトリの平飼への出資を求められ…というお話。

 アツシと瞳子、四ノ宮の3者を中心とする群像劇ですが、構成上もアツシの独白(妻と結婚を決めたときの幸福感)に始まり、アツシの台詞で終わるように、アツシの妻を奪われた喪失感が中心となっています。次いで比重が置かれるのは、瞳子の澱のようによどんだつまらない日常から、新たに登場した瞳子と瞳子の小説に関心を示した男との不倫、新たな世界への出発のときめき、しかしその男がどうしようもない男で、その男の話が投資詐欺めいたものと失望したときの、これまで価値のないものと見えた日常生活の喪失感です。そして、3者のうち、添え物的な印象がある四ノ宮も、入院が続くうちに同居していたゲイパートナーの心が離れ、加えて長年の友人にして四ノ宮が実は思いを寄せていた聡をも失うという喪失感を味わいます。
 こうした当たり前に持っていた日常生活からかけがえのないものを失った喪失感と、それでも人生は、生活は続いて行かざるを得ないことへの対処と心のありようがテーマとなっています。

 弁護士の立場から、アツシの経験には疑問を持ちます。
 アツシは、「1時間5万円の弁護士」を始め5人の弁護士に相談し、最後の四ノ宮だけが損害賠償請求ができると答えたと言います。加害者に資産がないことが見込まれ現実には支払を受けられないということは十分に予想できますが、アツシの場合、金銭の支払を受けること自体よりも損害賠償責任があることを判決で明らかにしたいということだろうと思います。それに殺人罪で刑事裁判になっているのですから、刑事事件に合わせて損害賠償命令の申立をすれば刑事事件の手続に引き続いて裁判が行われて被害者側の立証も軽減されますので、躊躇することもなく、さっさと申し立てればすむことだと思います。そして、アツシは国民健康保険料も滞納するくらい生活に困っているのですから、司法支援センター(法テラス)の代理援助(弁護士費用立替)を利用できるはずです。「1時間5万円」の弁護士のところへ行く必要などありません(「1時間5万円」という弁護士は企業相手の大事務所以外には考えられませんので、普通に考えてもそもそも個人が相談に行かないと思いますし)。普通に行けば、司法支援センターに相談して、代理援助で弁護士を付けて損害賠償命令申立という形で手続に乗る(ただし、最初に言ったように、加害者に資産がなく結果的に支払を受けられないということは十分にありうる)と思います。司法支援センター(法テラス)も含めて、まだまだ弁護士や司法制度に関する情報は、きちんと知られていないということでしょうか。
(2016.1.17記)

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