庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「もうひとりの息子」
 ユダヤ人とパレスチナ人の子どもの取り違えを描いた2012年東京国際映画祭グランプリ受賞映画「もうひとりの息子」を見てきました。
 封切り初日土曜日、全国唯一の上映館シネスイッチ銀座スクリーン1(273席)正午の上映(公開初上映)は7〜8割の入り。観客の多数派は中高年層。

 テルアビブに住むイスラエル国防軍大佐アロン(パスカル・エルベ)と病院に勤めるフランス生まれのオリット(エマニュエル・ドゥヴォス)のシルバーグ夫妻の18歳になる息子ヨセフ(ジュール・シトリュク)は兵役のための検査で、両親と血液型が合わないことがわかり、DNA検査の結果、シルバーグ夫妻の子ではないことがわかる。ヨセフが生まれたハイファの病院では、湾岸戦争の初期、ミサイルを避けて避難をしたが、その際保育器に入っていた赤ん坊を取り違えたというのだ。取り違えの相手はヨルダン川西岸のイスラエル占領地域に住むパレスチナ人サイード(ハリファ・ナトゥール)とライラ(アリーン・ウマリ)のアル・ベザズ夫妻の子でパリに住む伯母の元でバカロレアに合格したばかりのヤシン(マハディ・ザハビ)。ヨセフは兵役の召集を取り消され、友人はヨセフの父親が手を回したものとうらやむが、真実を説明できず途方に暮れる。ヨセフの相談を受けたラビは、ユダヤ人の子だけがユダヤ人だと言い、ヨセフはユダヤ人でもないしユダヤ教徒でもないと答える。弟と半分が口癖だった兄ヒラルは、ヤシンがユダヤ人の子と知って態度を一変し、ヤシンに対し、おまえは敵だ、この家から出て行けと言い募る。ヤシンとヨセフは互いの家を訪れ…というお話。

 18年近く育てた息子が自分たちの子ではなく別人の子とわかり、しかもそれが対立する民族の子だと知った両親の動揺・困惑と息子への対応、そしてその事実を知らされた息子の困惑と周囲に現れた拒絶者との関係と人生の選択がテーマの作品です。
 総じて言えば、父親たちは苦悩し事実を直視することを避け先送りし、母親たちは困惑しつつも早々に事実を受け入れ育ててきた息子にも血縁があることがわかった息子にも親愛の情を示し、幼い妹たちはさして困惑も見せずに新たな事態に対応し、本人たちは困惑し周囲の拒絶者の出現にさらに困惑してその苦悩を相談できない状況に苦しみながらも比較的淡々として事実を受け止めていくという流れです。
 イスラエルの占領政策のために職を失って無職状態のサイードには、特に相手の父がイスラエル国防軍大佐とあって、思うところ含むところは多々あると思いますが、苦渋を見せつつまた寡黙に大人の対応をしています。
 ユダヤ人(イスラエル人)とパレスチナ人(アラブ人)の取り違えという設定にしては、双方の家族で、相手方の民族(敵性)故の拒絶を明確に示すのはヤシンの兄ヒラルだけです。双方の家族がイスラエル軍エリートの家庭と父親は現在失業中とはいえ伯母の家にではありますが息子をフランスに留学させられる家庭という恵まれた家庭に設定したためかと思えますけど、見る前に予想したより遥かに淡々とした対応で、反感・怒りではなく苦渋・困惑が描かれています。
 登場人物が、困惑・苦悩しながらも、感情的・攻撃的にならずに事態を受け止めていこうとしていて、その結果、前向きに生きようとする姿に静かな感動を覚えるという作品に仕上がっています。

 父親のあり方を考えるとき、この作品での2人の父親の態度には、疑問を感じます。自分の子が対立する相手方の民族の子と知ったことへの困惑はもちろんあるでしょうけど、それを知って自分以上に困惑しているに違いない息子を支える行動が、少なくとも当初には、まったくありません。取り違えだとしても、君を大事に思う気持ちに変わりはないと、それくらいはすぐに伝えるべきだと思うのですが。

 本人は、内心の困惑はあるにしても、全然態度を変えていないのに、取り違えで血縁が違うと知った途端に態度を翻すラビとヒラルの言いぐさに、民族とは何か、民族紛争での敵とは何かを考えさせられます。
 昨日まで大切な仲間だった人物が、裏切り行為も翻心もないのに、生まれが違うとわかったというだけで、敵扱いされる。本人の「意思」でも「行為」でも「生き方」でもなく「血」「生まれ」だけが基準で敵か味方かが決まる。民族紛争の当事者やナショナリストには疑いもない基準なのかもしれませんが、こうした取り違えがわかったケースを考えると、民族とか国民とかを基準とした紛争や対立がいかに不毛なものか改めて実感します。

 ヒラル以外は感情的な態度を取らず、こんなに静かに対応できるだろうかという疑問を感じ、特にヤシンはいい子過ぎるという印象は持ちますが、民族紛争の不毛性を考えるとともにしみじみとした感動を得られる作品だと思います。

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