◆たぶん週1エッセイ◆
映画「リンカーン」
アメリカ合衆国第16代大統領リンカーンの奴隷解放の憲法修正第13条の成立と南北戦争終結の正念場を描いたスティーブン・スピルバーグ監督の最新作「リンカーン」を見てきました。
封切り2週目日曜日・GW前半3連休の中日、新宿ミラノ2(588席)午前11時50分の上映は3割くらいの入り。アメリカでは人気が高い歴史上の人物とはいえ、日本では監督の知名度とアカデミー賞主演男優賞受賞(ダニエル・デイ=ルイス、実に3度目の主演男優賞です)の話題を重ねても、公開最初の週末興行成績は「名探偵コナン 絶海の探偵」の4分の1で「クレヨンしんちゃん バカうまっ! B級グルメサバイバル!!」にも及ばず3位。内容が地味なだけに日本での興行成績は厳しそう。
1865年1月、前年11月に大統領に再選されたリンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)は、有利な戦況の下で南北戦争が近いうちに終結することを見越しつつ、終戦までに奴隷を解放する憲法修正第13条を成立させることを目指していた。奴隷解放宣言に反対した民主党は前年の選挙で64議席を減らしていたが、共和党内にも奴隷解放を進めることなく南北戦争を終結させられるのであれば憲法の修正は必要ないと考える保守派が多数を占めていたため、リンカーンは選挙で落選した議員たちの任期満了を待てず、1月中の議決を目指すことにした。共和党全員が賛成しても憲法修正に必要な3分の2には20票足りないため、リンカーンは、国務長官ウィリアム・スワード(デヴィッド・ストラザーン)に指示して落選議員に次の職を世話して取り込むなどの説得を続け、共和党内の奴隷解放急進派タデウス・スティーブンス(トミー・リー・ジョーンズ)には信条に反して穏健な演説をするよう説得し、南部連合軍からの和平交渉使節はワシントンには入れずに足止めし、ギリギリの工作を続け…というお話。
票読みで足りない議会で憲法修正第13条の成立に向けて、反対派への説得工作、共和党内の不満分子の抑え込み、南北戦争の終結のために憲法第13条が必要だという主張とそれに反する南部連合軍和平交渉使節をめぐる情報の操作といった、政治の場面での妥協と権謀術数がこの作品の軸となっています。理想・理念を貫いているように見える政策でも、シンプルな理想を語るだけでは実現することはできず、多くの妥協と強い意志に裏打ちされた工作が必要だというメッセージです。そしてそれは政治の場面のみならず、多くの人の協力や多くの人との交渉が必要な仕事・プロジェクトでも共通することで、そういったビジネス誌記事っぽい教訓話として見ることもできます。
さらにこの作品では、政治活動のためのパーティー中に体調が悪いと言っていた息子が死亡し、それを悲嘆するとともになじり、長男のロバートは絶対従軍させるなと言い募る妻メアリー・トッド(サリー・フィールズ)、若者の大半が従軍する中で自分だけが従軍しないではいられないと反発するロバート(ジョセフ・ゴードン=レヴィッド)への対応に悩まされる家庭人としてのリンカーンも描かれています。政治家たちとの折衝、妻や長男との摩擦に疲れ、幼い末子タッドが最も気が休まる相手というリンカーンの様子は、中年男にとっては共感するというか身につまされるところです。
アメリカ人にとっては、人気のある歴史上の偉人の実像に迫るという関心で見る映画となるでしょうが、日本では、スピルバーグの名前やアカデミー主演男優賞のニュースだけで見に来る客(それが大部分かも)を除けば、ビジネスでの交渉ごとを家族との軋轢に悩みながら進める男の物語として中年男の気概と悲哀を感じさせる映画として見られる作品かなと思います。
リンカーンとは別に、この作品で異彩を放っているのが、共和党の奴隷解放急進派のスティーブンスです。黒人と白人は同じ人間であり、いかなる場面でも差別されてはならないという長年の主張を、憲法修正第13条を通すために、引っ込めて、奴隷解放のみで足り参政権は主張していないと演説します。理念こそ重要なはずの急進派が老練さを見せる場面に、むしろすがすがしさを感じさせるのは、展開の巧みさ故でしょうか。このスティーブンスと黒人メイドの関係がまたいい感じで、その点からもスティーブンスの存在感がありました。
**_****_**