たぶん週1エッセイ◆
映画「百万円と苦虫女」
ここがポイント
 鈴子の「成長」を描くのではなく小器用にならなくていいというメッセージがむしろ好ましい
 鈴子の弟の決意が、実は一番感動的
 「前科者」に対する日本社会の厳しさ、現実には特にメディアの厳しさが、疑問視され、問題提起されているように思える

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 不器用な女がひょんなことから前科者になってしまったこともあり誰も知らないところで暮らしたいと100万円貯まる度に次の土地へと渡り歩く青春映画「百万円と苦虫女」を見てきました。
 ちょっとマイナーな感じに思えたんですが、封切り3日目祝日ということもあってか、満席でした。こういう映画が満席になるのって、日本映画もまだ大丈夫ってちょっとホッとします。

弁護士の視点
 バイト先の同僚からルームシェアを持ちかけられて契約した直後に裏切られてその元彼のイヤな男と同居するハメになった佐藤鈴子(蒼井優)が、拾ってきた子猫を勝手にその男に捨てられたことから逆上してその男の荷物を捨ててしまって告訴され、器物損壊で罰金20万円になります。
 最初この説明がなくいきなり刑務官が「出所だぞ」と呼び出してどう見ても東京拘置所の塀の脇を歩いて出ていくので、業界人としては「懲役だったら東京拘置所じゃないだろうが」とつい内心で突っ込みを入れてしまいました。その後、このいきさつの説明がなされて、あぁ罰金が払えなくて労役場留置(1日の刑務作業を罰金の一定金額に換算して罰金支払に代える制度)なのね、だから東京拘置所なんだと納得。でも、罰金なら略式手続で公判廷は開かないだろう、反省している旨「当公判廷で述べている」というナレーションは何なんだとまた突っ込みたくなってしまいますが・・・\(^^;)
 それはさておき、近所や友人間でも噂になり居づらくなった鈴子は、100万円貯まったら出ていくと宣言、誰も知らないところで生きていきたいと、その後も貯金が100万円になる度に新たな土地へ引っ越していくことに決め、また現実に新たな土地での人間関係に悩み疎ましく思って次の土地へと旅立っていくというストーリーになっています。

 新たな土地に行けばすべて解決するなんて発想は幻想で、普通そういう発想でいる限り次の土地でもうまく行きません。この映画でも、海の家でもうっとうしい男にまとわりつかれ、山村では「桃娘」としてテレビに出てくれなんていわれて断ると村中から非難され、イヤになって次の土地へ移るハメになります。
 同時進行で、鈴子に世間体が悪いの受験勉強の邪魔だのと生意気をいった小学生の弟拓也(齋藤隆成)は学校でいじめを受け堪え忍び続けますが、最後にキレていじめっ子を殴り、訴えられても、僕は逃げないと開き直り、受験をやめてこいつらと同じ中学に行くと決意します。この弟の姿が実にけなげ。ここ、この映画でほぼ唯一の涙ぐむシーンです。この手紙を読んだ鈴子が大泣きするんで、かえって観客席は泣きにくかったですが。
 新しい環境に逃げても問題は解決しない、開き直って闘おうというのがこの映画のメインメッセージだと思います。

 鈴子の不器用な生き方は、そもそもルームシェアの話が変わったところで断れないところから、家を出て行くと宣言するところ、海の家でのナンパ男の誘いをきっぱり断れないところ、桃娘の話も最初に断れないところ、そしてお話のクライマックスの中島君(森山未來)との恋愛関係でも貫かれています。その意味では、この映画の論評で通常いわれる「鈴子の成長」はないようにも見えます。でも、この点では成長しなくても、小器用にならなくてもいいんだよといっているような気がします。それ故に迎えるラストのほろ苦さも、できすぎたストーリーではなく現実にはありがちな流れで、むしろ好感を持てます。

弁護士の視点
 そして、鈴子に放浪生活を決意させ、テレビに出るなんてできないと思いこませた、「前科者」に対する日本社会の厳しさ、現実には特にメディアの厳しさが、鈴子が犯した「前科」の内容と事情との比較で、疑問視され、問題提起されていると、私は思います。一旦被害者・加害者の構図が決まると、何が何でも加害者を悪く言いたい人たちを、量刑理由で失恋して心を痛めている被害者からニンテンドー64を奪ったことを非難する下り(他方「被害者」が「加害者」が拾った猫を捨てて死に至らせたことは無視)がいかにもの揶揄をしています。

 でも、この映画の条件になっている100万円貯めるのってそんなにすぐできるんでしょうか。後の方は、使った分だけ減ったのを前からの貯金と合わせて100万円になったらですから、そう長くかからないでしょうけど、最初家を出て行くときは、罰金が払えなくて労役場留置を受けていたわけですから貯金ゼロからですよね。かき氷の天才、桃娘と呼ばれ、労働のセンスはいいようですから意外と稼げたのかもしれませんが、しかし・・・

(2008.7.21記)

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