庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「ビリーブ 未来への大逆転」
ここがポイント
 「50年前のアメリカ」を、今、日本の社会と法制度は笑うことができるでしょうか
 この作品で描かれているような口頭弁論は日本の法廷ではまずない/個人的にはああいう弁論をしてみたいと思うが
 アメリカの現職最高裁判事ルース・ギンズバーグの性差別との闘いを描いた映画「ビリーブ 未来への大逆転」を見てきました。
 公開3日目日曜日、渋谷HUMAXシネマ(202席)午前11時20分の上映は、1〜2割の入り。

 1956年、結婚・出産後、ハーバード・ロースクールに入学したルース・ベイダー・ギンズバーグ(フェリシティ・ジョーンズ)は、女性を無視して「ハーバード・マン」のあり方を彼は…(He…)と語り続ける学長や、手を挙げても無視する教授らの洗礼を受け、憤慨する。先に卒業してニューヨークの法律事務所に就職した夫のマーティン(アーミー・ハマー)を追ってコロンビア・ロースクールに転籍し首席で卒業したルースは、13の法律事務所で就職を断られ、失意のうちに弁護士を諦めて大学教授になった。税法分野で活躍するマーティンは、税法上男性である故に母親の介護費用を所得から控除できないことに不満を持つ依頼者のケースをルースに勧めた。ルースは、性に基づく差別を定めた法律が違法だと裁判所に認めさせるチャンスと捉え、アメリカ自由人権協会に協力を求め、性差別を争う裁判を長く闘ってきた伝説の弁護士ドロシー・ケニオン(キャシー・ベイツ)を尋ねるが…というお話。

 ルースが担当した男性であるが故に不利益に取り扱われる税法の規定。日本では、現在、寡婦(夫と死別または離婚した女性)については一定の要件を満たせば35万円の特定寡婦控除が認められるけど、寡夫(妻と死別または離婚した男性)については27万円の一般の寡婦・寡夫控除しか受けられません。税法領域以外で見れば、労災の遺族補償給付は、夫が死亡した妻については年齢等の要件なく遺族年金等を受給できるのに、妻が死亡した夫については高齢であるか重度の障害がなければ受給できないなどの制度が厳然と存在しています。この労災(公務災害)の遺族給付の受給要件については、最近、裁判で争われ、2013年に大阪地裁で違憲判決が出て注目されましたが、2審で逆転し最高裁も合憲判決を出して決着しました。この作品の予告編では、たった50年前のアメリカの状況を驚きの声で紹介していますが、ルースが50年前に勝ち取った判決を日本で今勝ち取ることができるでしょうか。
 男性であるが故に不利益に取り扱われるというと、逆差別を言いたがる人が多いのですが、この裁判の場合、法形式としては男性一般が男性であるが故に税法上不利益な取扱をされているとはいえ、現実にそれが問題になるのは男性の中のマイノリティ、「弱い男性」「貧しい男性」で、女性が男性を差別しているという構造ではなく、主流の「強い男性」「富裕な男性」がマイノリティの男性を差別しているのだということを見据えておくべきだろうと思います。
 ただ、その点を踏まえた上でも、(一部の)男性と共闘し巻き込んで、差別の問題を人目にさらし前進させようという戦術の政治的・運動的意味はあるとしても、女性が女性に対する差別を正面から取り上げて闘うことで勝利し前進できないという状況/情勢判断には哀しいものを感じます。

 ルースが弁護士としての経験がないために戸惑う控訴裁判所での弁論。日本の民事裁判では、持ち時間を与えられて口頭で弁論を行い、そこに裁判官から質問がなされ議論するというケースは、ほとんどありません。最高裁の弁論は(実際に経験することは、弁護士であっても稀ですが)、持ち時間を与えられて、実際に口頭で行いますが、事前に文書で原稿を提出し、基本的に提出した文書どおりに述べることを求められますし、裁判官からの質問ということはありません。ですから、日本の弁護士は、弁護士経験が十分にあっても、苦手かも知れません。私が経験した限りでは、1度しか経験していませんが、裁判手続ではない社会保険審査会の口頭審理が近いように思えます。
 弁論での説得で先例や型どおりの思考とは違う判断を引き出してゆく、それはまさに裁判/弁護士としての実務の醍醐味とも言えるもので、そういう実務を、私は羨ましく思います。日本の民事裁判でも、法定外で行う弁論準備の場での説得や、口頭でなくても文書で説得していくなど、もちろん、さまざまなやり方はあり、試み続けてはいますけど。
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(2019.3.24記)

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