庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「四十九日のレシピ」
 母の急死に茫然自失の父と、夫の子を孕んだ愛人から離婚を突きつけられて失意の里帰りをした娘が、母が残した四十九日には大宴会をというリクエストに押されて再生の道を歩む姿を描いた映画「四十九日のレシピ」を見てきました。
 封切り2日目日曜日、渋谷TOEI2(296席)午前10時20分の上映は1割足らずの入り。

 2人目の妻乙美(執行佐智子)の突然の死に茫然自失状態の熱田良平(石橋蓮司)の元へ、ロリータファッションの少女井本(二階堂ふみ)が突然やってきた。井本は「イモ」って呼んでくださいと自己紹介して乙美の部屋に上がり込み、乙美が残した「四十九日のレシピ」を探し出し、驚く良平に、乙美から四十九日までダーリンと百合っちを世話するように頼まれた、もうバイト代もらってるからこのレシピに沿ってやると宣言する。不妊に悩んでいた百合子(永作博美)は、夫浩之(原田泰造)の愛人から妊娠したことを告げられ離婚を求められて、離婚届に判をついて置いたまま家を出て実家に帰るが、そこで若い女(イモ)が父良平の背中を流しているのを見て驚く。百合子の沈む姿を見、イモが乙美のレシピで食事を作る姿を見るうちに、良平はレシピに書かれているように四十九日の大宴会をやろうと言い出す。イモが連れてきた昔乙美に世話になったという日系ブラジル人3世のハル(岡田将生)も入り交じって、大宴会に向けて古い家を明るく改装したり準備を進めていくが、そのために作り始めた乙美の年表がほとんど埋められず、子どもを産まなかった女の人生はこんなに空白ばかりなのかとショックを受けた百合子は、この空白を埋めてみせるとイモとともに乙美が書いた絵手紙を取りに戻ったり乙美の知人に会いに行くが…というお話。

 妻に先立たれてあらゆる意欲を失い呆然として畳に寝転び妻の遺影を眺める良平。若い頃というか仕事をしている時期ならさておき(現に、良平は若い頃に百合子の母である最初の妻にも先立たれています)、引退して妻と2人暮らしになって妻に先立たれた男ってこういう感じになるんでしょうねと、しみじみ思ってしまいます。
 釣りに出る際に渡されたお弁当(乙美の得意のコロッケパン)からソースが垂れていてそれに文句を言って持たずに出たのが妻との最後だったことを思い出して悔やみ続ける良平。確かにそういうパターンだと悔やむとは思いますが、人は死に際して最後だけで判断するのでしょうか、また最後だけで評価されるのでしょうか。交通事故や心臓発作等も考えれば、人の死がいつ訪れるかはまったく予想できず、それを前提に常に「一期一会」の気持ちで接せよという方針もあるでしょうけど、全体で考えるべきじゃないかなぁと思います。最後は/死に様は望みから外れていても、悪い人生/関係じゃなかったよねって評価もありなんじゃないかと。
 夫の茫然自失と後悔を読み切ったように、井本に自分の死後夫が落ち込み続けないように背中を押すように託す乙美は、できすぎた妻というべきでしょう。死を前にした夫が妻が新たな生活に進めるように手紙で指示を出しておく「P.S.アイラブユー」を見たときには、非現実的に思えたのですが、世話女房と引退すると産業廃棄物の古き日本型の夫婦に引きつけてみると、あるかもしれないと思ってしまいました。

 女たちの側では、子どもを産まない女の人生、母となることが大きなテーマになっています。子どもができずに夫の愛人から離婚を求められる百合子、子どもを産まないと伯母珠子(淡路恵子)から嫌みを言われ詰られる百合子。子連れの良平と結婚し、自分には子ができず、百合子からも幼い頃作っていったお弁当をたたき落とされ、長じても「おかあさん」とは素直に呼ばれないままの乙美。他方で、母の愛人が来ると外で遊んでいなさいと追い出され、挙げ句の果ては「この子の父親に預けるから」と言われるなど、母から疎まれて育つカイト。同じ境遇だったイモ。
 子どもができないことで周囲からプレッシャーを受け自分でも引け目を持つ女の姿を描きつつ、それでもさまざまな人に慕われる乙美の姿や、子どもを持たないことで得られる喜びや悲しみがあると珠子に言い返す百合子の映像を見せることで、それでいいじゃないかと言っているのだと思います。子どもを産むこととその子どもを愛せるかは別だと、カイトとイモを通じて語っていることと合わせて。
 女の生き様側では、永作博美の表情の語りが生きていたと思います。特に序盤、珠子との会話、そしてあえて台詞のないラストが印象的でした。

 戦災で祖父と自分だけが生き残り、母から教わることができず、幼い百合子からも拒絶され、そんな自分が母になれるだろうかと戸惑いながら、家事などの知識を聞くと絵入りのレシピに書き取り続けた乙美。祖父を介護して老人施設に残り、依存症の人たちの更生施設リボンハウスでボランティアを続けた乙美。良平と百合子が作りだした年表の顛末を見ると、その幸少なく見える平凡な乙美の人生が、実は多くの人との絆に支えられた彩り豊かな人生であった…世間に認められた立派な人生、波瀾万丈の人生ばかりがいい人生ってわけじゃない、そういうメッセージが実はメインテーマなのかもとも思えました。

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