庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「白ゆき姫殺人事件」
ここがポイント
 話者によって同じ場面が会話内容も人物関係も表情も違う:現実社会で過去の事実/真実に迫ることの難しさをリアルに感じさせる作品
 契約社員だからダメだとか、個人を非難してこと足れりとすることには疑問。下請に丸投げし、コスト削減で下請をいじめ、チェックもろくにせずに、非正規社員にやらせて長く育てていこうともせず、問題が発覚したらトカゲの尻尾切りで済ませようとする構造と大企業側(この作品ではテレビ局ですが、他の分野でも同じ)の姿勢こそが問題と気づくべき

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 殺人事件の夜から失踪した同僚が噂とワイドショーで犯人へと仕立て上げられて行くサスペンス映画「白ゆき姫殺人事件」を見てきました。
 封切り4週目日曜日、新宿ピカデリースクリーン3(287席)午前11時20分の上映は7〜8割の入り。

 国定公園しぐれ谷で「白ゆき石鹸」で有名な日の出化粧品のOL三木典子(菜々緒)が滅多刺しにされた上焼かれた死体で発見された。三木とコンビを組んでいた同僚の狩野里沙子(蓮佛美沙子)は元同級生のワイドショー制作会社の契約社員赤星雄治(綾野剛)に連絡し、三木と同期入社の地味なOL城野美姫(井上真央)が怪しいと話す。グルメレポートくらいしかできなかったtwitter中毒の赤星は、狩野からの電話を逐一tweetしながら聞くうち、城野が殺害したものとほぼ確信し取材を始める。同僚の満島栄美(小野恵令奈)は城野が上司の篠山係長(金子ノブアキ)とつきあっていたが三木に奪われたと語り、篠山は城野から一方的に弁当を渡されて迷惑だったと語る。さらに日の出化粧品の社員たちは事件当日先輩社員の送別会を行っていたが三木は1次会終了後8時頃気分が悪いと別れ城野もその後を追うように立ち去り、出入りの業者が三木が城野の車に乗るところを目撃し、同僚が9時頃に大きなカバンを抱えて茅野駅に猛ダッシュで駆け込む城野を目撃し、城野はその後会社に母が危篤と嘘の電話をしたまま行方不明となっていた。赤星の取材で構成した番組がワイドショーで流され、赤星は上司からほめられるが…というお話。

 赤星の取材を軸に構成していて、同じ場面が話者によって少しずつ変わっているところが大きなポイントになっています。他の人の話すストーリーの陰にその人しか知らない会話やエピソードが入ることで同じ会話の解釈が変わるというレベルではなくて、会話の内容自体が違ったり会話の相手やその時の人間関係の様子やそれを示す各人の表情も変わったりしています。私たちが映画などの映像を見るとき、映像自体は客観的なもの、間違いのないものとして捉えがちですが、そもそもそれぞれの話者が語る過去の事実自体がそれぞれの話者の記憶する事実ですから、違って当たり前というわけです。そのことをこの映画では城野の幼なじみの谷村夕子(貫地谷しほり)に、あんた私が話したことが全部事実と思うか?人は自分が記憶したいように記憶すると語らせてあえてクローズアップしています。その意味で、この作品は、これまでの「藪の中」志向の作品以上に、過去の事実/真実に迫ることの難しさをうまく描いているように思えます。そう考えるとき、終盤で示される城野の語る「真実」も、あくまでも城野の記憶の中の不確かな事実と見るのが「正しい」見方と言えるかもしれません。

 終盤、こういう展開ですから誰でも予測できることでしょうからそこは言ってしまいますが、城野の容疑がでっち上げとわかると、赤星は上司からドヤされ、ワイドショーでは「制作会社の取材不足のため関係者にご迷惑をおかけしました」とコメントし、赤星は契約を更新しないことを示唆され、ネットでは赤星を非難する声が続出します。
 確かに、赤星は、取材内容を端からtweetするという、記者としての資質を根本的に疑わせる軽率な人物ですし、取材方法もだまし討ちをするし、編集でも話の一部を切り取って違うニュアンスにしてしまうなど、問題があります(でもだまして映像を撮ったり編集で全然違うニュアンスにするのは、現実のテレビ取材でありがちなことではないかと、私は思っています)。
 しかし、これを契約社員だからダメだとか、個人の資質の問題にして、そこばかり非難するのは、問題を矮小化するものだと思います。制作会社に取材・編集を丸投げし、そのコストも絞って下請いじめをし、取材・映像のチェックを十分に行わず、そして有期契約の編集者を使い捨てにして育てていこうとしない、そういう姿勢で番組を作ってうまく行かなかったらトカゲの尻尾切りで平然としているテレビ局(この場合ワイドショーだからテレビ局ですが、この構造はあらゆる分野の大企業についていえることです)のやり方こそが一番問題なのだと思います。ネット世論では、弱い者・個人を悪者にして袋だたきにしがちで、こういう構造の問題点の指摘は(そういう指摘は「左翼的」とみられ)不人気な傾向にありますが。この作品では、テレビ局のコメントに対して、「えっ、それだけ」というtweetを当てることで、テレビ局側の姿勢に疑問を呈していますが、その後は現実のネット世論にありがちな傾向に合わせてひたすら赤星個人への非難が続いています。

 城野に殺人容疑をかけた取材が来る中で、城野の大学時代の友人前谷みのり(谷村美月)と小学校時代の友人谷村夕子(貫地谷しほり)と病床のおばあちゃんだけが城野がそんなことするはずがないと頑張ります。他の知人・友人・教師・同僚・上司が城野に不利なエピソードを語りやりかねないという中で、こういう人たちの姿は少し感動的です。こういうところで人間性が試されるのだと思いました。
 それにしても赤毛のアンが愛読書の初心で純情で地味な城野。好きになった相手が、中学の時のクラスメイトでサッカー選手、はいいけど、掃除の時間にふざけて雑巾を蹴ってそれが城野の頭に当たり雑巾が頭に乗った時に他の男子生徒とハイタッチしてるの。いや、いくら中学生男子が悪ふざけしてるって言っても、さすがにそういうときは「あ、やべー」か「あ、ごめん」でしょ。こういう見てくれはいいけど、格好はいいけど、性格の悪い男を好きになるか…:はい、僻みですよ、女性の観客が美人で性格の悪い三木になぜ男はでれでれするのかと思ってるのと同じでしょうけど。その次が、城野にお手つきしてすぐ三木に乗り換えるし取材が来たら交際なんかしてない勝手に弁当渡されて迷惑なんて平気で嘘付いて切り捨てる上司。事件に翻弄される点もそうだけど、城野の不幸を思って涙ぐんでしまいます (/_;)
(2014.4.20記)

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