庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「リトル・マーメイド」
ここがポイント
 ブラック・アリエルへの非難があるが、私はそこは違和感なく見れた
 アースラとの契約は法的には無効と考えられるが、より安全に保護されるような法整備をして欲しい
    
 ディズニーの記念碑的アニメ作品の実写版「リトル・マーメイド」を見てきました。
 公開2週目日曜日、新宿ピカデリーシアター8(157席)午前10時45分の上映は9割くらいの入り。

 海の王トリトン(ハビエル・バルデム)の娘の人魚アリエル(ハリー・ベイリー)は、沈没船から人間が作った道具などを拾い集め陸の世界に興味を持っていたが、トリトンから人間に近づくことを禁止されており、コレクションも破壊された。嵐の夜、沈む船から逃げ遅れた犬マックスを助けようとして王子エリック(ジョナ・ハウアー=キング)が海に落ちたのを見たアリエルは、エリックを浜辺に横たえ、歌を歌いながら介抱し、執事らが駆けつけるのを見て海中に戻った。エリックに恋をして人間の世界に行きたいと思うアリエルに魔女アースラ(メリッサ・マッカーシー)は3日間だけ人間になれる薬をやる、ただし声をもらう、そして3日以内に「真実の愛」によるキスができなければ人魚に戻りアースラに隷属する条件だと持ちかけ、アリエルは迷いながらもそれに応じた。エリックは自分を助けてくれた女性を忘れられず執事にその探索を命じるが…というお話。

 アリエル役に黒人女性(ハリー・ベイリー)を起用したことをめぐる議論が沸騰していますが、そこは、私は全然違和感なく見れました。ハリー・ベイリーの歌と演技がよかったということだけでなく、私がアニメの方を見てない(ひょっとしたら昔見ているかも知れませんが、印象に残ってない)のと、松田聖子のおかげでマーメイドの肌が小麦色ということに抵抗がないせいかもしれませんが。
 この議論を聞いているときは、タブーへの挑戦ならむしろエリックを黒人にする方が挑発的なんじゃないかとも思っていたのですが、作品を見て、やはりポジティブな面を考えるとアリエルが黒人の方がいいと思いました。エリックとの恋の場面ではアリエルの受身の姿勢が目につきますが、アースラとの戦いでアリエルが主導的に描かれていることからも、黒人女性に勇気を与えると感じました。
 陸の王を黒人女性にし、ラストでさまざまな肌の老若男女の人魚を配したことも、好感しました。それを見てさらに不満を募らせる方もいるかも知れませんが。

弁護士の視点
 アリエルがアースラと結んだ契約、弁護士としては、やはりこれはなんとかしないといけないと思います。無粋ではありますが、現在の日本でこれが裁判所で争われたらどうなるかを一応紹介します。
 アリエルは人間になったが、エリックを助けたエリックが探している女性が自分だと気づいてもらえず、声も出せなくて説明もできないことから、自分は大きな失敗をしたと後悔します。ここで、この契約を取り消せるといいですね。1つには、この作品でアリエルの年齢は示されていませんが、未成年であれば(親が同意していない限り:トリトン、同意するはずないし)、契約を取り消すことができます。また、訪問販売等の場合には、一定期間内なら無条件で契約を撤回できる「クーリングオフ」という制度があります。興奮した状態で十分考えずに契約したのを頭を冷やして冷静になったらやっぱり止めたいというのに備えての制度で、アリエルのケースにぴったりでもあります。訪問販売は、自宅に業者が来た場合だけではなくて、業者の店舗・事務所外での契約が含まれます。アリエルはアースラのところに行って契約していますが、自分から行ったというよりもキャッチセールスのような形で連れて行かれていますので、クーリングオフを適用できそうです。ただ、(広告等を見て)自分から店舗・事務所に行った場合や通信販売等にはクーリングオフの対象になりません。マルチ商法のように契約の性質から(訪問販売等の形でなくても)クーリングオフの対象となるものもありますが、アリエルのようなケースを考えると一消費者に致命的な結果をもたらしかねない契約はもっと広くクーリングオフの対象としてもらいたいですね。
 契約の内容が酷すぎるから無効にできないかということも考える必要があります。「ベニスの商人」でシャイロックがアントニオの胸の肉1ポンドを切り取ることができるというのが、現在の日本の法律では公序良俗に反するとして無効と解されているように。アースラが提供するのが人魚を人間にするという(荒唐無稽と言うべきですが)困難な債務なので、その対価として声をもらうということまで公序良俗に反して無効と言えるかは相当な議論が生じるでしょうけれども、3日以内にキスができなければ自分に隷属させるというのは、奴隷制を禁止し人身売買を禁止している日本の法制度の下では当然に無効と判断されるでしょう。
 そして、エリックとアリエルが惹かれ合いキスする趨勢にあったのをアースラが妨害したことについて、民法は契約の条件が成就することによって不利益を受ける者が故意にその条件成就を妨害したときは相手方はその条件が成就したものとみなすことができると定めていますので、このケースでは、アリエルはアースラに対しては、3日以内にエリックとキスをするという条件を達成したと主張することができそうです。もっとも、そのためにはアースラが妨害したこと、アースラの妨害がなければエリックと「真実の愛」によるキスができたことを主張立証する必要がありますので、裁判の現場ではけっこうハードルが高いかも知れませんが。
(2023.6.18記)

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